2010.02.04. The Nordics ニッキィ優勝
7日にニッキィたちスウェーデン選手団がノルウェーから戻ってきました。18メダルのうち10メダルを獲得し、ショートがとてもよかったので、フリーでは、ミスがありましたが、なんとか1位の座を守り、ニッキィはNovic boysのクラスの金メダルを獲得しました。
ショートの後のインタビューがあったので、ここに入れておきましょう。

便利な世の中でLiveをインターネットで見ることができました。私はちょうど、イヴのKlasro-fiolのアンサンブルとGnestaという街での演奏について行っていたのですが、素敵な古いカフェテリアで小さなパソコンを使ってニッキィのフリーも見ることができました。3回転サルコウに失敗したのは本当に残念でした。いつもうまくはいかないのが勝負の世界です。。。
月曜日は幸い学校が休みだったので、旅と試合の疲れをとることができたと思いますが、ノルウェーは物価がとても高く、食事もあまりおいしくなかったようです。
# by obreykov | 2010-02-10 21:14 | Trackback | Comments(0)
2010.02.04. The Nordics 最新情報
今日はNordics 2010 のNovicの女子、男子の試合が第一日目にありました。
私は、留守番。。。
なんと!ニッキィが自己最高記録の44.22点を出して、ショートでは1位にいます。2位は32.84点なので、土曜日によほどのことがない限り、勝つことができるかもしれません。
http://ovragard.se/nordics2010/SEG192.HTM
ここにショートの結果が出ています。ショートで44.22はニッキィの自己最高記録です。
私も観戦に行きたかったなあ。。。
# by obreykov | 2010-02-05 05:01 | Trackback | Comments(4)
2010.02.04.ニッキィのスケート
ニッキィは、昨日からスウェーデンチームでThe Nordicsというスカンジナビアの選手権に出かけていきました。本当は私も行きたかったのですが、ノルウェーの高物価には、ちょっと二の足を踏んでしまいました。ダンネもスウェーデン代表に選ばれたのですが、ミッケのほうはリザーブになってしまいました。それで、今日応援に出発したわけで、私も一緒に車で行こうと誘われたのですが、いろいろ考えて、今回はやめました。なんといってもこの天気、そして、ニッキィ以外にも私には子供がいます。。。。
ニッキィのトレーナーもたった6分のために、やめなさい、ゆっくり休んで家族と楽しみなさい、とおっしゃったので、涙を呑んで留守番です。
今日の6時半ごろ滑走なので、うまく滑れるように神仏に頼みます。。。

ニッキィは3回転がまだ完全ではありません。スウェーデン選手権では3回転もうまくできて、良い成績を取ることができました。
以前にはニッキィは大きな選手が3回転が完全に出来上がっていないとき、2回転だけでうまく着氷したり、芸術点を沢山とって結局大きな選手を負かせたことが何度もありました。
今回はニッキィのほうがその負かされるほうとなってきています。

1月にはエリートシリーズがリンショーピングでありました。ノルウェーのソンドレ選手が2回転をきちんと跳んで、ニッキィは3回転がうまくいかずに4点も差がつけられて負けてしまいました。
まあ、本人もけろっとしていたし、トレーナーのターニャが滑り方はとてもよかったから、とおっしゃっていたので、良いけれど。。。
今回はプログラムも少し変えたようで、3回転さえうまく決まってくれたら良いのですが。

そうそう、先週の日曜日にはスウェーデンではじめてのフィギュアスケートリンクが開場されるというので、ニッキィとレベッカ、ミッケとスウェーデンのオリンピック選手ヴィクトリア ヘルゲソンが開場式に出ました。
話に聞くとバレエスタジオのように鏡張りのフィギュアスケート専用リンクというので、楽しみに行ったら、なんとホッケーリンクのままでホッケーの青い線やゴールの線などがあるではありませんか。
鏡張りなのかと思ったら、2箇所ほど割れないタイプの鏡をリンクにおいてあるだけ。
思わず、入り口で「ここがフィギュアスケート場の開場式ですか?」ときいてしまいました。
何百万クローナもかけて改装した割にはなんでもない普通のスケート場でした。
4人とも小売の上でのウォーミングアップをする時間もなかったためか、みんな3回転には失敗するし、ヴィッキィも2回転にしてしまったし、このようなショーのときは試合のようなウォーミングアップの時間がないのがかわいそうだなと思いました。

ニッキィ、がんばれ!
# by obreykov | 2010-02-04 21:22 | Trackback | Comments(0)
2010.02.04. あっという間に節分
書こう書こうと思いつつ毎日がすっ飛んでいき、とうとう2月を迎えてしまいました。
なぜこんなに忙しいのだろう。。。と思い起こして見ると、年末には2週間ほど泊り客があったのでした。
昔、スイスで我が家のパパが通訳などしてもらったりして世話になったブルガリア人の女性、同じく世話になった彼女のスイス人のご主人が昨年他界され、一人でクリスマス新年を過ごしたくないということでうちにいらしたというわけです。
私自身、彼女とは何度も会ったことがあるわけではないので、かなり気が重かったのですが、幸い我が家のパパとブルガリアの衛星放送を見てくれたりしていたので、私は、料理などに専念することができました。
それに様子を見ていると、彼女自身、そんなに神経質にきれいでなくてはいられないというタイプの人ではなかったようなので、バストイレ、家の中のごちゃごちゃもあまり気にしなくてすみました。

とはいっても、誰か泊まっていると常に、なにを料理しようか、パンは足りているか、などなど、家族だけでは、まあいいや、と過ごせることもきちんとしなくてはならないので、大変です。私は小さいころ、ペンションのようなものをやって人をおもてなしする仕事がしたいと思っていましたが、今は、全くその考えを捨てています。ペンションなど、本当に大変なことだと思います。
とにかくお客様に提供する部屋を片付けたり、掃除したりするのに年末は体中ががたがたになるほど疲れました。おかげで大掃除ができました。(笑)
両親がよく、「この家は時々お客さんを呼ばないと片付かない。」といっていましたっけ。

この冬は何十年ぶりかの寒い冬で雪も沢山積もりました。毎日マイナス気温でしかもマイナス10度を超える日が沢山ありました。今日になって初めてプラス2度ありますが、これがまた厄介です。こうなってくると沢山の雪が少しだけ解けて、道がぐにゃぐにゃになり、車のタイヤが雪に埋まってしまいにっちもさっちも行かなくなります。

さて、こうして大変な新年を向かえ、ニッキィは元日早々から北のアンシャンスヴィーク(日本語で同格のかな。)にスケートの合宿に行きました。
お客さんを案内して、近くのSigtunaという町にも行きましたが、冬のSigtunaもなかなか素敵でした。いつもの茶色の叔母さんのカフェに連れて行ったら、コーヒーが特別美味しいとのことでした。
ものすごく寒かったけれどマリーアントワネットの恋人だったフェルゼンのお城も雪の中できれいでした。

こうしてお客様が去った翌日から私は朝7時過ぎに出勤でピアノ伴奏の仕事がいつものように始まりました。
# by obreykov | 2010-02-04 20:21 | Trackback | Comments(0)
2009.12.22 ニッキィのスケート
ニッキィのSM(スウェーデン選手権)でのショートプログラムです。



ここは、ニッキィのフリープログラム。3回転サルコウと2回転アクセルに成功!



最終日の前日の夜はちょっとドレスアップしてスケーターたちは夕食会があります。ここのスケート場は会場が見渡せる場所にレストランがあるので、観戦しながらの夕食です。

# by obreykov | 2009-12-22 18:12 | Trackback | Comments(8)
2009.12.20.ニッキィ、スウェーデンチャンピョンおめでとう
こーんなに日にちがたってしまいました。
書くこと沢山だけど、とりあえず、11月からの出来事はいずれ書くとして
ニッキィ、フィギュアスケートのスウェーデン選手権チャンピョン、おめでとう!
チャンピョンになったこともだけど、スケート協会のホームページにも書いてあるけれど、ダブルアクセルとトリプルサルコウ(記事にはトウループと書いてあるけれどこれは間違いでサルコウを飛んだのです。)が成功し、自己最高の112.79点を出したのがなんとも嬉しいことでした。
珍しく、トレーナーのターニャも満足でした。
シニアの男子、クリストッフェルとアードリアンとサーシャの演技、もう、素晴らしすぎて、会場も大歓声、甲乙つけがたい演技でしたが、クリストッフェルが優勝しました。
ニッキィにとって楽しい楽しいSM週間だったようでした。

詳しくは、またいずれ。。。
# by obreykov | 2009-12-21 07:31 | Trackback | Comments(0)
2009.11.09. やっと少し落ち着けるかな
ネコの手もねずみの足も借りたいような狂人的な忙しい毎日が過ぎて、やっと今日、早朝からの仕事を終え、何とか人間らしい呼吸ができるような気持ちになりました。

仕事も、私生活もなんだか信じられない忙しさで、今思い起こして見ると、何がこんなに忙しかったのかな、と不思議に思うくらいですが、忙しい忙しいと息せき切っていたように思います。
寝不足もここまで来ると、余計寝付くことができない感じで、頭がいつもズーンといたいというよりどんよりした重さを感じます。目は充血しているような、本当に哀れな姿になってしまった感じです。

とはいっても、この週末は疲れたけれどかなり楽しい週末でした。
ニッキィとトレーナーのターニャは金曜日の夜、トレーニングが終わってから夕食を済ませて9時過ぎの飛行機でヨーテボリノ方へ向かいました。
私は、ミッケとダンネとその弟とお母さんとで土曜日の朝、ヨーテボリまで飛びました。Landvetterという飛行場からすぐ近くのスケート場へ直行しました。
ニッキィとミッケとダンネがエリートシリーズの試合に出場のため、ランドヴェッテルのクラブの人が迎えに来てくれました。
このクラブはネディがシンクロナイズドスケーティングをしていたころ、毎年合宿があったスケート場で、スウェーデンの代表のクリストッフェル バーンションのホームグラウンドです。
クリストッフェルはちょうど日本でのNHK杯で、惜しくも12位になってしまいました。
でも、ネディが演技が始まる直前ではなく、もうすでに氷の上に上がっていくときから、そのプログラムの表情に変わっていて、なりきっていたと話していました。

ニッキィはというと、その部分が足りないようです。前回のUppsalaでは、ボレロっぽく滑っていたようですが、今回は自己最高点を取ったわりに、ターニャに言わせるときれいに滑っていただけで、ボレロって言う感じが出ていなかったようです。
でも99.76を出して、2位のノルウェーのSondre選手より6.73点多く取れました。フリーでは芸術点を40.06もらい、これは結構良い線を行っていたようで、100点までは夢ではなくなりそうです。

がんばれがんばれ!

パパはブルガリアに再び行って1週間たち、飛行場までの送り迎えは謙がしてくれました。
まあ、なかなか役に立つようになって来ました!
# by obreykov | 2009-11-09 21:49 | Trackback | Comments(2)
2009.10.13 Nicky Bolero
ダブルアクセルができなかったり、ミスはあったけれど、3位のショートプログラムから優勝を勝ち取ったフリーのボレロです。

# by obreykov | 2009-10-14 05:21 | Trackback | Comments(2)
2009.10.13. うわア!もう10月も中旬!
書こう書こうと思っているうちになんだか、何が忙しいのかよくわからないけれど忙しい毎日であらよあらよと日にちだけが通り過ぎていき、とうとう10月も真ん中まで来てしまい、今日はストックホルム初雪がちらつきました。そんなに雪って言うほどでもなかったのですが、ちょっと40キロくらい北に住んでいる仕事仲間は、真っ白に雪が積もっていたといっていました。
あああ、とうとう冬もそこまでやってきてしまったか。。。車のタイヤをとりかえなくては!

さてさて、9月1日に書いたまま、そのうち書こうと思いつつ、数日過ぎてしまうと、何から書いてよいかわからなくなり、そうこうしているうちに、PCの前に座る時間もよく取れなかったりと、あわただしく過ごしてしまいました。

パパは友人と二人、チャーター旅行でブルガリアの黒海サニービーチに8月末から9月はじめにかけてバケーションでいってきました。
私はすでに仕事が始まっていたし、ニッキィなどの送り迎えもあって、それどころではありません。
ネディは20日に戻ってきました。
謙と二人飛行場へ迎えに行くと、乗ってくるはずの飛行機に乗っていません。日本の母に大阪で大阪からの飛行機が遅れているからフランクフルトでの乗り継ぎ時間が1時間しかないので乗れないかも、と電話していたので、たぶん遅れたのだろうと思って、次の便を待ちましたが、それにも乗っていません。インフォメーションでもわからず、謙と二人、飛行場で待つこと数時間。携帯は日本でつかえないのでもって行っていません。
やっとこさっとこ、3機後の飛行機で帰ってきました。

その3日後にはパパが再び同じ友人とブルガリアに向かいました。国際見本市もあるし、そのほかの仕事もあるし、今回は3週間ほど行っていましたが、それはそれは忙しかったようです。
ニッキィのフィギュアスケートの衣装を縫ってくれるロシア人のエレーナという人がうちのビルの隣のマンションにすんでいるので、新しいプログラムの衣装を縫ってもらい、パパの友人がこちらに戻ってきたとき持ってきてくれました。
少し大きめだったので、私が何とか直し、その2日後にはニッキィはSundsvallという北の街で今年から始まったエリートシリーズの初めての試合に間に合いました。

今年からスウェーデンでは技術テストの条件を満たして、さらに昨シーズンの成績の良い順に、このエリートシリーズに出ることができるようになりました。
スウェーデン選手権とほとんど同じようなレベルの人ばかりの試合なので、スウェーデンのフィギュアスケートの質を上げようという狙いのようですが、おかげで、スウェーデン中を試合しに行かなくてはならないので、お金がかかります。
クラブもちだったり、個人もちだったり、まだクラブによってまちまちで、ニッキィのクラブも普通の試合のようにエントリーの申込金はクラブもちだけど、旅費や宿泊費は個人もちなので、ちょっと大変になります。

今シーズン初めての試合でしたが、少年部の男子は13歳クラス、15歳クラスが統合され、そのときは5人出場し、2位と16.47の得点差をつけて1位になることができました。
嬉しかったのは2位の選手は、それまで時々、ニッキィのトレーナーに習っていた同じクラブだった友人で、この夏によその町に引っ越していった選手でした。
また、ニッキィのスケートでのお兄さんたちも、ニッキィのトレーナーに習うようになって2年ほどになりますが、ぐっと上達して、ミッケはシニアで優勝し、ダンネもジュニアで3位になりました!
ミッケが優勝したのは本当に嬉しいことでした。

その後、パパがブルガリアから戻り、この週末はニッキィはUppsalaというここから50キロくらい北の街で再び試合がありました。
この日は、ショートプログラムに失敗してしまい、なんと3位になってしまいました。
1位の選手はノルウェー人で、マルメという街のクラブから出ており、とても上手でした。これはまずいな、と思っていたのですが、なんとフリーでとてもよい点を出して、1位のノルウェーの選手と0.11の差をつけてニッキィが優勝しました。
3位にはSM(スウェーデン選手権)でも3位だった小さい可愛い子でした。

ジュニアでもショートの後では3位だったオンドレイというとっても上手な選手がなんとフリーで2位とは0.01の差をつけて優勝しました。
ダンネはトレーナーの講習があって、試合には出ることができませんでしたが、ニッキィやミッケを応援に来てくれました。
この日はミッケはスウェーデンの代表選手のアードリアン シュルタイスと戦いました。ショートでは6点くらいの差しかつけておらず、フリーもとてもよく滑りました。
さすがアードリアンはスウェーデン代表で、ジャンプに失敗はありましたが、優勝でした。でも、ミッケもずいぶん上達したな、と嬉しくなりました。
アードリアンのショートはとてもやわらかく、フリーは彼らしい、とても楽しい演技でした。
一緒に戦うはずだったジミーはスケートが壊れてしまい、棄権になってしまいました。残念!

もうひとつ嬉しかったのはニッキィたちと一緒にトレーニングしているヴェロニカが2位になったことです。とてもきれいな滑りで本当によくできました。

スケートの話ばかりになってしまいましたが、イヴはダンデリード高校の学生生活を謙と同様に大いに謳歌しているようです。そればかりでなく、毎年参加している「音の合宿」の再会というのがあったり、そのメンバーで他の楽器も含めたオーケストラの結成があって、ソルムランド地方まで練習に行ったりと、学校や、音楽学校以外の活動もして、楽しんでいるようです。
もう、みんな大きくなったので、一度など、自分たちで2時間くらいかけて電車バスで行ってきました。
2度目は交通の連絡が悪かったので、一家族が連れて行ってくれて、別の家族が迎えに行ってくれました。

謙はあちらこちら、飛行場関係か、ファッション関係のバイトを探していたようですが、この不景気なので、どこもお呼びがなかったようで、パパの会社で働き始め、何とか2ヶ月がんばっているようです。
その間、いつものサリーのガレージというバンドでは録音も行い、ライブハウスでの出演もあったようですが、私はお呼びではなかったので、どんな演奏をしたのか、聴かせてもらえませんでした。

私の仕事も何とか順調で、冬のコンサートにメロディーフェスティヴァルで優勝したノルウェーのフェアリーテイルを入れようと計画しており、生徒たちが弾けるようにアレンジをし始めています。
# by obreykov | 2009-10-14 02:10 | Trackback | Comments(0)
2009.09.01 ネディお誕生日おめでとう
イヴの誕生日が終わったかと思うと、あっという間にネディの誕生日になりました。
健康で幸せで楽しい1年になりますように。

ふた昔以上前の出来事なのに、ネディが生まれたときのことがつい昨日のことのように思い出されます。
ネディのときは6人部屋で、赤ちゃんたちは新生児室に置かれていて、おっぱいのときとか昼間に看護婦さんが連れてきてくれたり、私たち新米ママが新生児室に行って授乳室などに行ったりしていたのですが、6人部屋で寝ていると、いろいろな赤ちゃんの鳴き声がきこえてきます。
でも、今でも不思議なのですが、ネディの泣き声だけがよくわかって、あ、泣いてる、と思うとおっぱいがきゅっとなってきたのでした。
これって、本能なのかな、と思いました。動物のお母さんも、自分の子供の泣き声がわかるのは本能なのかな、と思います。

二人目以降は親子の個人部屋で、新生児室なんてなかったので、よその赤ちゃんと一緒に泣いている自分の赤ちゃんを聞き分けるということはありませんでしたが、ネディのときは本当に自分でもびっくりしたものでした。

それに、産まれてすぐ、パッチリと目を見開いて私を見ながら私のお腹の上で泣いていたのも印象的でした。
今までお腹の中で元気にお腹をけっていたのに、今度はお腹の外から私のお腹を小さい足でけったのは本当に不思議な感じでした。
あの小さな赤ちゃんがもう成人して一人で東京や祖父母のところへ行くようになるとは。。。

今日は、熊本の養鱒場のレストランへ祖父母と行った筈です。こちらでは、子供たちがうらやましがって射ます。
# by obreykov | 2009-09-02 06:12 | Trackback | Comments(6)
2009.08.13 イヴ、16歳のおたんじょうびおめでとう
イヴが16歳になりました。信じられない!
せっかくの誕生日が毎年音楽の合宿中ですが、今回は合宿はなかったものの、音楽のプロジェクトで留守。。。何が一番食べたいか、食べたい物を作ってあげるというと、コロッケということ。なーんと安上がりな子供ですが、コロッケも結構手がかかるので、なかなか我が家のメニューに登場しません。
チョコレートもの(ケーキもアイスも)が好きなので、クラードカーカという、ちょっと生っぽいチョコレートのケーキにパウダーシュガーで文字を書いてあげました。

健康第一、いつまでも健康であってほしいものです。
# by obreykov | 2009-08-15 23:07 | Trackback | Comments(2)
2009.08.05. MioのパパAlbinと兄弟姉妹の再会、Valpträff
今日はミオの兄弟、LokeとNellieと、パパAlbin、そして一緒に住んでいるRexと一日すごしました。ママのVildaは、残念なことに飼い主のソフィーが働いていたため残念ながらこれませんでした。
でも、兄弟はそっくりだし、もうとにかくとっても楽しい一日を過ごしました。
ミオは、我が家の4にんの子供たちとまったく同じで、人前ではとってもお利口さんでした。
とってもお利口なので、みんながびっくりするほどでした。
アポルトという、投げられたものを取りにいってもって戻ることなんか、我が家ではまったく興味なしのミオですが、人前では、とってもお利口にやって抜けて、私のほうがびっくりしました。
広い原っぱと森の中でもきちんということを聞いて、まあ、ミオはちょっと怖がりなので、慣れていないところでは、私のそばをあまり離れないのですが。。。

怪我した獣を見つける仕事の練習として、血を原っぱにぽたぽた落として最後に鹿の足を隠しておいてそれを見つけさせるというのもやってみました。ミオは見つけることは見つけたのですが、鹿の足は私もぞっとするほどだったので、ミオもぞっとしたのか、咥えようとはしませんでした。。。

アルビンの飼い主のモニカが最後に首周りの毛をカットして毛並みをそろえてくれました。ほっそりした感じになって、涼しげになりました。

今日は初めて酔い止めというか、気が静まる薬を飲ませましたが、1時間くらいのドライブで、最後の最後にもどしてしまいました。
帰りは1時間半くらいドライブしてニッキィが練習しているエンショーピングという町まで行くとやっぱりもうすぐスケート場というところでもどしてしまいました。
ミミちゃんはどんなに長いドライブをしても平気だったし車で出かけるのも大好きだったのですが、ミオは慣れるでしょうか。。。
でも帰りは、家に着くまで何とかがんばりました。

ビデオやカメラを忘れたので、写真を撮ることができませんでしたが、モニカが取ってくれたので、そのうち送ってくれるでしょう。

とにかくとっても楽しい一日でした。
# by obreykov | 2009-08-06 05:37 | Trackback | Comments(0)
2009.08.03. お誕生日おめでとう、Mio 1歳!
Happy birthday to Mio & Co.!

VildaとAlbinの子供たちが満1歳になりました。おめでとう!VildaとSofiからお祝いのカードまで届きました!

沢山写真を撮った割には、あまり良いできのものがなかったのは残念。でも、ピーナツクリームの香りとたぶん味もするおしゃぶりをもらって、お母さんのVildaからのカードもくんくんにおいをかいでなめて、嬉しかったようでした。
1歳になったためか、この日の夜の散歩はとてもおりこうでした!この調子!

さて、夏休みだというのに、何か忙しくてゆっくり日記を書いている時間がありません。いったい私は何をしているのだろうと思うのですが、あっという間に1日が過ぎていきます。

ネディは31日に日本へ発ち、無事着きました。心配した荷物も22キロで問題なく通過し、もう少しも足せても良かったかな、と思うくらいでした。何しろ、うちの体重計が壊れているようで、私たちが乗ると、そのときそのときで少なくとも5キロから10キロの差が出てしまうのです。
イヴなどが飛び乗ったりして遊んでいたからでしょう。。。25年以上使ったのだから、仕方ないか。。。

ネディは日本人学校のクラス会も楽しかったようでした。高校のとき留学していたホストファミリーがいまだに第二のファミリーのようにネディを受け入れてくださるので、本当に安心です。実はネディはシェアハウスやら、ホテルやら調べたり調べてもらったりしていたのです。
17日は熊本へ向かうようです。

ニッキィはÖ-vikという北の街でスケートの合宿があって、それはそれは大満足で戻ってきて休む暇もないくらい、また今度はエンショーピングというここから60キロくらい先の町で合宿ですが、これは毎日私が送り迎えをします。ゆっくり家で休んだほうが良いかと思って。。。私もおかげでゆっくり町をぶらぶらして、靴とスカートを買いました!
# by obreykov | 2009-08-05 00:16 | Trackback | Comments(2)
2009.07.25 ただいま!
ヨーロッパ車旅行から無事帰ってきました。
そして数日たってしまったのですが、徐々に写真なども整理して旅の様子を載せましょう。。。

帰宅早々には昔、ストックホルムに住んでいらした友人がお友達二人とストックホルム旅行をしていらしたのに何とか間に合って、ほんの少しの時間でしたが、お目にかかることができ、10年前と全く同じの彼女を見て、まるでタイムスリップした感じがしました。子供たちだけが大きくなってしまって。。。
嬉しい嬉しい再会でした。
# by obreykov | 2009-07-25 23:08 | Trackback | Comments(6)
2009.07.12. St.Antonの別荘
パパの叔父さんが1928年に購入して1971年にSt.Antonの街に売った別荘の写真です。今は下はレストラン、上はスキーの博物館になっており、ここは野沢市とも姉妹都市を結んでいるので野沢温泉のポスターなども沢山あります。
昨日は観光局の局長さんがわざわざ迎えてくれて、家の中を案内してくれ、普通の人には公開していない3階(パパの部屋があった階)までも見せてくれました。その間、パパがこの部屋はこうだったああだったと説明する間いちいちメモを取っていました。
ここが3階のパパが叔父さんとここに住んでいたときの部屋の隣の部屋です。こんなベッドが隣の部屋にもありましたが、今は博物館のための別の部屋になっています。
下の写真はパパの部屋だったところです。部屋からはアルプスが一望できるベランダがあります。
ベランダから見える庭の池にはアルプスの水が流れてきており、当時も鱒がいたそうです。今はレストランが養鱒しており、ここのマス料理は有名です。こちらはガラス張りのベランダです。
ここが叔母さんの部屋で下が叔父さんの部屋です。もうベッドなどなく、博物館の展示物がありますが、天井が叔父さんと叔母さんの部屋では違っています。
ここが図書室で叔父さんの蔵書がそのままありました。中にはブルガリアの本もありました。叔父さんの故郷のロドピ地方の本もありました。ここの中央の窓には叔母さんがどこからか買ってきて掛けていた丸いステンドグラスの飾り物がありましたが、パパが当時もらってきてストックホルムに持ってきていました。そのステンドグラスは我が家のキッチンの窓に今も飾られています。
天気の良い日は外で、それ以外はここで食事をしていたそうです。そしてこのテーブルでパパが勉強したり、叔父さんの仕事を手伝ってタイプで打っていたとき、リスが遊びに来ていたので、へーゼルナッツを少しずつおいて部屋におびき寄せていたら、最後にはパパの手からへーゼルナッツを取って食べるようになったそうです。そしてこんな素敵なペチカもあります。ペチカの絵はそれぞれひとつとして同じものがありませんし、天井の木彫りもひとつとして同じ模様はありません。
# by obreykov | 2009-07-13 01:35 | Trackback | Comments(6)
2009.07.11.ネディのところで一泊したハリネズミ
私たちは父が目をつぶっても歩けるという街、インスブルックに行きました。その前は叔父さんの別荘だった今はレストランと博物館になっている家を観光局の偉い人の案内で見学しました。
その様子は後ほど、写真とともに。。。

さて、ネディがミオちゃんと散歩をしていると家のすぐそばでミオちゃんが座り込んでじっと何かを見ているので、よーくみて見るとなんと手のひらサイズのハリネズミの子供がふらふら散歩をしていたそうです。後でまた行くとまだふらふらしていたようなので、自動車に惹かれてしまうから家の庭につれてきたそうです。
水をあげ、ミオちゃんの餌をあげるとカリカリと沢山食べたようです。そして、すっかりお昼寝をして、目覚めてからはネディと謙の彼女ヘドヴィックとで、一日中写真撮ったり、ハリネズミの様子を観察して楽しんだようでした。

スウェーデンは野生動物を48時間以上飼ってはいけない事になっているので、そのまま庭を散歩させ、そのうち奥の草木が沢山生えているところにはいっていったのを見送ったと言うことでした。
昔犬を飼っていないころ、うちにもハリネズミの家族が住んでいました。隣の家がまだ土地を売っていないころ小さな森のようになっていた庭には鹿の家族も住んでいました。
# by obreykov | 2009-07-12 16:35 | Trackback | Comments(4)
2009.07.10. St.Antonから
3日目にやっとインターネットを使っています。
先日スウェーデンを車で出発して、マルメと言う街から長い長い橋を渡って、コペンハーゲンに行き、そこからデンマークの南に来てフェリーでドイツに入り、一日目はOdenburg と言う街に止まりました。昔よく車でヨーロッパまで行っていたころ泊まっていたなじみのホテルです。
二日目も車を走らせ、ドイツ、スイス、オーストリアの国境の町Lindauというボーデン湖の町に一泊して今日はオーストリアのSt.Antonというスキー場へ来ました。
ここはパパの叔父さんが別荘を持っていたところで、私にとっても思い出深い土地。パパと新婚のころもここに来ました。
父と母をつれてヨーロッパ車旅行をしたとき以来ですからかれこれ20年近く前に来たっきりです。
沢山沢山ホテルやペンションができていました。
子供たちには叔父さんの別荘だった家も見せました。
ここはスキーの博物館になっており、下はレストランになっています。庭の鱒の養鱒場になっている池から取った鱒料理を食べさせてくれます。
この別荘を叔父さんが買った理由を聞いていなかったのですが、今日知りました。
ローザンヌにすんでいた叔父さんは友達と汽車でここまで来て散歩しているうちに汽車をミスってしまい、後数時間ここをうろうろしていて、すっかり気に入り、どこかに家は売っていないかと尋ねたら「あそこに売り家がある」と教えてもらい、その場で見に行って気に入り、持ち主のドイツ人のところへ行ってその当時シリングやマルクの価値がよくなく、持ち主がドルで払えるのなら、と言い、叔父さんがOKしてドルでその別荘を買ったと言うことでした。
ああ、私も80年位前に産まれていてこの叔父さんの彼女だったらどんなに良かったでしょう、4人子供を作って今頃イヴあたりがこの別荘を後継いで。。。なんてパパと冗談を言って笑いました。
この叔父さんはとうとう子供に恵まれず、大きな財産は街に寄付したり、スイスの基金に騙し取られたり、残された叔父さんの親戚が喧嘩したり、まるで映画の世界のような話が沢山あるのです。

あまりお金持ち過ぎず、健康であるのが何よりだと思いました。

さて、うちは父と母を連れてヨーロッパ旅行をしたとき、トラックに追突されたことがありました。
そのため、思いがけず、車の修理ができるまでインスブルックに2週間くらい滞在したことがありました。
父は毎日インスブルックを探索したので、インスブルックは目をつぶっても歩ける、と言うのが自慢です。
方向音痴の私はそんなことできませんが、インスブルックは本当に素敵な街でした。
そう、そのとき全面的にトラックが悪かったので、修理費はもちろん、旅行が延期しなくてはならなかったこと(別に予定のある旅行をしていたわけでもないのですが)パパと父の仕事をしている期間の給料分の保険なども向こうが支払ってくれたのでした。
でもそのお金はそのままになっていて、今回、取りに行ったのですが、その間銀行は何度か吸収され、今はオーストリアバンクとか名前が変わっていました。当時シリングで入っていたお金はヨーロになって、30年たっていたら受け取ることができなかったのですが、その前にとりに行ったので、急にお金持ちになりました!
トラックに追突され後ろがペッチャンコになった私がスウェーデンに来てすぐ買い換えたばかりのベンツでしたが、このベンツはそれから何度も追突されたり横からぶつけられたりする運命をたどったのでした。でも、ただの一度も乗っている人が怪我をしたりしなかった運が強い車でした。(ぶつけられると言うこと自体は運が悪いのですが。。。)
しかも父と母が乗っているときに2回ほどぶつけられました。義姉が乗っているときもぶつけられました。
すべて相手が悪かったのですが、本当に誰も怪我することなく良かったと思います。
母がお数珠を持っていたので、きっとそれが助けてくれたのでしょう、と話し、私もそれ以降、別に信心深いわけではないのですが、京都で買ったお数珠を肌身離さず持っています。
そして車には安産のお守りをバックミラーのところにつけています。とても安産にしてくれたお守りなので、きっと車も守ってくれると信じています。
そのベンツはもうとっくに売ってしまいましたが、次のベンツもこのお守りに守られて、2度も居眠り運転で森の中に突っ込んでいったと言うすごい車ですが、中の人はなんともないという凄さを持っています。
今考えてもぞっとするくらい、高速道路で、溝もなく凄い塀もなく、ずずーんとスムーズに(?)森に突っ込める場所はあまりないのですが、そんなところから森に突っ込んでいったのです。
一度は父と母も一緒にネディたちも小さいころ。2度目はニッキィの試合に行くときで、車を森から出すことができず、あたふたしているときに、親切な人がニッキィをスケート場まで運んでくれたそうです。私はいなかったのですが、その後森から脱出できたパパと謙はスケート場までちょっとドアがつぶれた車で駆けつけ何とかニッキィの滑走をビデオにさめることができたそうです。
これは、私が日本へ戻っているときの話で、エンショーピングと言う街まで時々スケート場に私も連れて行くのですが、ぞっとするほど危険な場所が沢山で、岩が聳え立っているところも大きな橋が架かっているところもある高速ですが、よく、すんなりと森に入っていけるところで、居眠りしてくれたと思うほど、運の強い車です。
岩のあるところや溝の深いところでだったら、私はいっぺんに二人の息子と旦那を失っていたことになっただろうと思うと今でも鳥肌が立ちます。

居眠り運転だけは本当に恐ろしいと思います。私の母の親友のお兄さんもそれで亡くなりました。

6人乗りのフォードも後ろから追突されたり、前に信号待ちしていた消防自動車が急バックして前に衝突してきたりしたのですが、もうひとつの安産のお守りのおかげか、私たちはいつも無事でした。

今はもう一台一番新しいベンツがあって、これでヨーロッパ旅行をしているのですが、ネディが日本へ行ったらぜひお守りを買ってきてもらおうと思っています。今は私のお数珠だけに頼っています。
このベンツ、なんと私の生涯の半分を過ごした練馬ナンバーだったのです。中古車を買ったのですが、ベンツなのに日本から逆輸入されてきたのです。すべて日本語で書いてあったりするものだからスウェーデンではなかなか売れなかったのでしょう。運よく私を待っていたかのように練馬ナンバーが転がり込んできました。しかも東京ではスウェーデンのように沢山車に乗ることもないでしょうから、走行距離が本当に少なくて我が家で購入してからあっという間に3千キロくらい走ってしまった車です。
この車には日本のGPSがついているのですが、先日、Lysekilという西海岸まで行ったら、東京から倉敷あたりの方面まで行っておりました。
今は、ちょっと道案内のアナウンスがうるさいので、GPSは使っていませんが、こちらのプログラムを入れ替えることができるのかしら。。。私の小さい電話けんハンドコンピューター(というのでしょうか?)にもGPSははいっているのですが、画面が小さいので、この車のGPSにこちらのプログラムが入ればどんなに便利だろうと思うのです。

ここオーストリアは素敵なペンションが多く、5つ星のホテルよりも安く、2部屋と大きなリビング、大きなバスルームと別に中くらいのシャワー室、大きな二つのバルコニー前にはアルプスの山、と言う素敵な素敵なペンションに泊まっています。

オーストリアが好きなのは、ホテルやレストランの人々、道を歩く人々がとてもにこやかで親切な点です。それにどの家も窓と言う窓に素敵な花を飾ってアルプスの山とすべてが本当にきれい!
忘れかけていたドイツ語も戻ってきてイヴとニッキィは私がドイツ語少しだけだけれどわかるので、びっくりして、母親の株もちょっと上がりました。(ドイツ語で過去形では表現できませんけど。。。)
# by obreykov | 2009-07-11 05:43 | Trackback | Comments(4)
2009.06.29. 音の合宿のコンサート
金曜日はイヴたちが毎年参加しているソルムランド地方の音楽の合宿の最後の日に行われるコンサートに子供たちを向かえがてら行ってきました。
イヴたちがいつも楽しみにしている合宿です。とてもよい合宿で、ヴァイオリンを中心にその他の楽器も加わっての合宿です。毎年同じ生徒があちらこちらから集まってくるので、それも楽しみの一つであるようです。
4つのグループに分けられ、それぞれが楽譜を使わない方法で音楽を作り出していきます。合宿が終わってしばらくしてから楽譜が家に送られてきます。
ブルガリアにも楽譜をはじめに使わない方法で音楽を作り上げていく合唱団がありますが、この方法で、よく難しい音程も覚えていくな、と感心します。
イヴたちのヴァイオリンの先生は楽譜を使う方法で、主にクラッシックの曲を個人レッスンで教え、使わない方法で、クラスロー フィオールと言うヴァイオリンのアンサンブルを教えています。だから、イヴたちは楽譜を読むこともまた、聴音だけで聴きとって弾いていくこともできます。

# by obreykov | 2009-06-29 20:36 | Trackback | Comments(2)
2009.06.17 やっと太陽が戻ってきました。
ストックホルムにも梅雨があるのかと思うくらい雨が降り続き、寒い毎日が続きましたが、やっとこの2日ほど太陽が顔を見せました。もうすぐ夏至祭りになりますが、どんな天気になるのでしょう。。。

15日には、謙たちのバンド、サリーのガレージ(Sally's Garage)が、ストックホルムの旧市街にあるStampenというライブハウスで、演奏しました。何曲か演奏したうち、私の携帯で撮影したので、画像も音もかなり悪いのですが、ここにその様子を載せましょう。

だいぶ中も暗かったし、沢山の人やその声援やらで演奏自体は良く聴こえないし、もっとロックの曲もあったのですが、曲に合わせてか、舞台が暗くなって私の携帯ではとても画像がきちんと映らなかったので、残念ですが、2曲しか載せることができません。

この4人は小さいころからの良い友達で、半分イギリス人のピーターは謙と同じ高校を卒業しました。もう一人のギターのシーモンとドラムスのマルティンは別の高校でしたが、4人とも近所に住んでいて、マルティンのおばあさんのガレージを借りてバンドの練習をしていたので、おばあさんの名前を頂き、こんなバンド名になったというわけです。
今は、そのガレージもなくなってしまい、4人は練習をする場所を失って、事実上解散、という事になり、これが最後のライブだったようです。
私たちは、なかなかライブに呼んでもらえず、話にだけは聞いていたのですが、この日は、マルティンやピーターのご両親も来ていました。謙が「ママたちの来るような場所じゃないよ。音がすごくて。。。」などと言っていたので、招かれざる客かと思ったのですが、私がいつものようにビデオを持ってきていなかったので、なんだ、ビデオ持ってこなかったの、なんて言われてしまいました。携帯のビデオで撮るときも、遠慮しながら撮ったのに。。。
自分たちのオリジナルの曲がいくつも持っているのにはびっくりしました。
今日は謙の高校の成績が届きましたが、曲のアレンジや、楽器の成績などもとても良かったので、音楽関係の学校や仕事をしたいときは、役に立つかなと思いました。

ニッキィはというと、学校が終わる1週間前から集中練習が始まり、先週はショートプログラムの振り付けも始まりました。リゴレットのLa Dona e mobileですが、なかなか良いプログラムになりそうです。
振り付けはニッキィが小さいころトレーナーだったカタリーナですが、ニッキィのことも良く知っているし、ターニャと音楽などもどうするかずいぶん長い間相談をしていたようで、みんなの力が集まってとてもよいものになりそうです。
なかなか3回転や、ダブルアクセルの成功率が悪いのですが、男の子はたいてい、体ができる前、3回転やダブルアクセルで進歩が見られなくなる時期があるけれど、長い目で焦らずやらないと、と言ってくれたので、なんとなく気が楽になったようです。
とはいってもヤグーディンなど、ニッキィの年には3回転やダブルアクセルは飛んでいたのですから、安心もしていられません。
それに今年はノルディックで、優勝したマルクスと同じクラスになってしまいます。2年前のスウェーデン選手権では、そのころのマルクスがダブルアクセルで失敗をしてくれたので、ニッキィが優勝できましたが、今回はちょっと難しいと思います。マルクスはとてもきれいにダブルアクセルを決めます。
がんばれ、ニッキィ!

ノルウェーのアレクサンダーAlexander Rybakと言う青年がメロディーフェスティヴァルで優勝して、私たちのヴァイオリンのコンサートのとき、私と同僚のクリスティーナとで、この曲を弾いてコンサートの幕を開けましたが、イヴたちのヴァイオリンのアンサンブル、クラスローフィオールもこの曲を練習しています。
昨晩はイヴと二人でピアノと合わせてみました。まだイヴの音が不安定な場所も数箇所ありますが、なかなかよい感じで、アレクサンダーが歌っている部分もヴァイオリンで弾いていますが、クラスローフィオールが6人で弾いたらかなり良いものになりそうで、楽しみです。
# by obreykov | 2009-06-18 07:03 | Trackback | Comments(0)
2009.06.09 妹の50回忌、高校の卒業の日
今日は2歳で亡くなった私の妹の50回忌です。父も母も50年たったのだから、きっと成仏してくれたでしょうと電話で話していました。母は同じ年の4月29日に父親を亡くしています。きっと未熟児で血液不適合で産まれ、2歳になっても歩くことも座ることもできなかった孫を不憫に思い、天国に連れて行ったのでしょう。見た目には障害児のように見えないとても美しい赤ちゃんだったのはせめてもの救いのような気がします。
私の子供たちが元気に生まれ育ってくれたのは本当に奇跡のようなものです。そう思って日々を感謝して暮らさなくては、とつくづく思いました。

さて、ここからは謙の高校卒業のときの写真を載せましょう。このように沢山のプラカードを持った両親や親戚、友達が生徒が出てくるのを待っています。
クラスごとにバルコニーにワーワー言いながら出てきます。謙のクラスは最後に出てきました。左端のチラッと見えているのが謙です。
謙の彼女はクラスメートなので、一緒に卒業パーティーはできません。この日はここでお別れでした。でもピーターは近所に住んでいるので、自分の家でのイギリスの叔父さんたちを囲んでの小さいパーティーをした後は我が家に来ました。
その後はこのように着替えて
このようにビールを沢山積んで
このようなトラックに乗ってビールを振りまきながら、大きな音で音楽を奏で、トラックを乗り回して祝うのです。

そして私たちは急いで家に戻りパーティーの準備にかかります。
今回はこのようなメニューにしました。鮭のパイ包み、鮭の丸焼き、海老蟹のパイ、チキンのカレー風味パイ、豚ヒレ肉の私流煮豚と桜の花びら人参あえ、ネディが焼いたブルガリアのチーズパイ、ブルガリアのキョポロという焼き茄子とピーマンにんにくを入れたペースト状のもの、そして葡萄の葉で包んだサルミというブルガリアの料理、(これは作るのは難しくはないのですが、時間だけがやたらとかかる手の込んだもの。。。)ジャガイモサラダ、ロシアサラダ、野菜サラダ、サラミのいろいろ、チーズのいろいろ、鮭の甘酢付けスライス(これは手作りではありません。)焼き鳥、とスウェーデンの肉団子、等等。。。この焼き鳥と肉団子も手作りではないのですが、手作りかと思っていた人もいたようで。。。私は無言。。。思いたい人には思わせておこうかと。。。日本人が見たら、この焼き鳥は手作りではないことがわかるのですし、スウェーデン人が見たらこの肉団子も冷凍なのがわかるのですが。。。
そして、チョコレートのケーキと、胡桃入りのふわふわケーキ私流を少しデザインを変化させ、卒業生の帽子風にアレンジしました。ふわふわケーキは2段にし、中には黄桃の缶詰を細かく切って入れ、シロップをスポンジにしみこませたので、かなりしっとりとした仕上がりになったようでした。(私の口には入らなかった。。。)
沢山のお客様が入れ替わり立ち代り。。。
やっと私も少しだけ座ることができた感じでした。。。

そして、こんなに沢山のお花やプレゼントをいただきました。
みんなに祝ってもらって謙は幸せです。そして、私は健康に育ってくれていることを何よりも感謝します。
# by obreykov | 2009-06-09 21:44 | Trackback | Comments(4)
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