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あっという間に秋休みも終わり、今日からまた仕事や学校が始まりました。
今朝はちょっと起きるのが辛い感じでした。 秋休みは子供たちもそれぞれに行動していたため、私は月曜に仕事がありましたが、そのあとはニッキィの送り迎えもなしで、火曜日、水曜日はそれはそれはゆっくり自由に過ごしました。それこそ、顔をプルンと洗って、乳液をつけただけで、ノーメイクで家でのんびり、まったり、デレーッと過ごしました。日本のドラマを見たり、ちょっと掃除や洗濯もしたり、外には犬の散歩に行くだけ。買い物さえ行かずにデレーッと過ごしました。 でも、二日目にはなんだか、それも飽きてきてしまい、木曜日は何という予定が合った訳ではないのですが、朝からきちんと化粧をして、ちょっとキリッと過ごしてみました。 金曜日は近所のショッピングセンターで秋休みの間、日本週間という特集をやっていて、友達もその催し物にでていたので、別の友達と待ち合わせて見に行きました。可愛い日本のロリータ特集というので、可愛い少女たちがまるでおとぎ話からでてきたように着飾ってのファッションショーでした。 そのあと久しぶりあった友人とは美味しいイタリアンを食べて、日本の放射能の被害の話から、惚けの話に至るまで沢山おしゃべりをしました。 ニッキィも合宿から戻り、イヴもサーラというダーラナ地方の街から戻り、そして日曜日にはパリに行っていた謙が戻ってきて、その代わりにパパがジュネーヴに発ち、家の中は入れ替わり立ち替わりという感じです。 おかしなことにパリに行った謙たちは、フランクフルト経由で行き、ジュネーヴに行ったパパはパリ経由で行ったのです。直行便がないということなのに、なぜ、謙たちはパパの使うパリ経由の便に乗れなかったのか、と考えると不思議です。 私はというと、何がいらつくのか分けわからず、すべてのことにイライラして困りものです。更年期障害かな、と密かに思っていますが、最近は痴呆症もでてきているのかと不安になることも多々あります。 たった今しようと思って部屋に入ると、はて、なぜこの部屋に来たか、とわからなくなり、たった今持っていた車の鍵なのに、何かをとりに戻った拍子に何処においたかわからなくなり、人の名字がわかるのに、名前がわからなかったり、名前や顔は浮かぶのに、名字がわからなくなったり、携帯電話はいつも何処にあるか、自分に電話をしてみて何処でなっているか聞いて、見つけるという始末。 こんなことを友人に話すと、結構みんなも同じような経験があるようで、ちょっとだけ安心したり。。。 健康第一。。。つくづくそう思います。 10月末の日曜日の夜中にこちらは夏時間から冬時間となり、日本との時差が7時間だったのが、8時間になりました。つまり、1時間よけいに眠ることができるようになった訳ですが、身体の方は全くそんなこと感じもせず、普通通りに過ごした感じでした。
先週はニッキィのトレーナーのターニャがかなり風邪がひどくて1週間以上のお休みでした。ニッキィたちは自主トレーニングをしていましたが、ビールスのため何も薬がなく、咳止めをもらっただけということで、時間が解決するしかないのです。我が家でも、イヴが熱っぽくて学校を1日休んだりしたので、心配しました。私も先週はのどがちょっと痛いと言うか気になって、一日は頭ももの凄く痛くてこれはヤバいかな、と思っていたのですが、念力で直しました。この念力というのがすごくて、私は、日本でガンガンに働いていた頃よく使っていた方法です。 本当に念力で「今は風邪などひどくなってはいられない」と念じながら、ショウガをおろしたものを少々と蜂蜜を紅茶で溶かして飲んだり、葛根湯やら、何やらいろいろ生薬と言われるような、風邪によいというもの、ビタミンC、またはそれを含む柑橘類などをやたらと沢山とって、しっかり睡眠を取るのです。 すると本当に念力で風邪が吹っ飛んでいくのです。 私はコンサートなど大仕事がある時にこの風邪っぽい症状がでたりすると、この念力療法を使うのですが、ちょっと油断していると大仕事のあとにどかーんとひどい風邪をぶり返してしまうので注意が必要です。 でも、今回は秋休みというのがあって、私も火曜日から仕事が休みで、この休みは誰にも邪魔されないようにゆっくり自分だけの時間を作ってまったり、だらーんと過ごすことにしました。 見ていなかった日本のドラマを見たり、メールを書いたり、楽器を弾いたり、その合間に掃除洗濯も疲れない程度にして、散歩も行ったりして過ごしています。 子供たちも大きくなって、ニッキィはいつも通り、スケートの合宿にリンショーピングまで行きました。いつもは大きな選手に連れて行ってもらっているのに、今回は何とニッキィが隊長(?)で小さい選手を連れて行ったのでなんだか変な感じです。ターニャも無事にリンショーピングに行っている様子。。。よい練習ができるとよいのですが。 イヴは友達の家に泊まったり、ちょっとだけ戻ってきてシャワーを浴びたり、食事をしたりして今日は同じ学年のヴァイオリンのアンサンブルで一緒のヨーハンの運転で、サーラというダーラナ地方の友人の別荘に楽器を持って出かけました。 謙は昨日からうちに泊まり、今朝早くマルティンとパリに4泊5日の旅に出かけていきました。 ネディはスケートのトレーナーの仕事もあるし大学もあるしで、家にいますが、ほとんど友達と出かけて家はホテルのようなものです。 こんなゆっくりしたのも久しぶりですが、なんだかそれでもあっという間に日が暮れてしまい、ちょっと焦りがでてきました。 今夜は何を食べようかしら。昨日はとっても大変な思いをして栗をむいて栗ごはんにしたのですが、いま一つ栗がおいしくなかったので、あんなに大変な思いをした割りには、とがっかりしてしまいました。 母の栗ごはんは美味しかったけれど、こんな大変な思いをして栗をむいてくれていたのかとつくづく思いました。 フィギュアスケート界では国内ではエリートシリーズも始まり、国外ではグランプリやジュニアグランプリも始まって、シーズン真っ盛りになってきているというのに、今年も我がニッキィは昨年と同じく膝の不調ですべてを棒に振っています。昨年は結構、私的には焦っていたのですが、今年はなんだか、なるようにしかならない、健康が第一っていう感じで、ゆっくり過ごしています。
膝や鼠蹊部などの不調を抱えながら無理している選手もいるようですが、長い目でみて、将来のためにとここはちょっと我慢の時期です。 あれこれインターネットでスケーターの膝の事など調べたりもしましたが、問題のある選手も少なくないようで。。。まあ、ニッキィの場合は転倒などして生じた怪我とは違うので、時期を待つしかないかと。。。 とにかく今まで背も低くてちびっ子のニッキィがこの2年あまりでグンと急に背が伸びたのが第一の原因だそうで、骨や筋肉の成長に対して筋の成長が間に合わず、そこへ沢山の練習が重なると負担がかかり、炎症を起こしてしまうというのが膝の不調の仕組みのようです。 日本やほかの国々ではどうなのかわかりませんが、ここ、スウェーデンでは医師とは別の専門家がいて、ニッキィも3人の専門家に見ていただいています。 一人はソルトレークのオリンピックにチームと参加してそこでカナダのボブスレーの選手と知り合ってお嫁さんにしたって言う、家もすぐ近くの人。彼はとても丁寧に身体の仕組みから説明してくれて、昨年の全国選手権の前に急に背中が痛くなった時も背中の仕組みから説明してくれて、そのための体操、マッサージなどして、一発でニッキィの顔色が明るくなってよい結果を残すことができました。 また、もう一人はバレエやフィギュアスケーターの専門の人で、そこには電気治療の特別な器械も備わっていて、針治療などと一緒に治療をしてくれます。 もう一人はスケート協会の方です。 さて、膝の調子も少しずつよくなり、ジャンプの練習も少しずつ始めたら、また膝に痛みが戻ってきました。私にはきちんと説明をしてくれないのですが、どうも今までのとは違うようです。トレーナーのターニャはだいたい分かっていたようでしたが、念のために、専門家のところへ行きました。するとやっぱり今までとは別のものだとすぐわかったようで、治療も別のもので、何やら二日間は全く安静にしておくという事で、金曜日からそろそろ練習を始めました。土曜日は練習がないので、昨日から友人のところへ泊まりにいき思いっきり楽しんできたようです。いつもは練習があって、友達とも一緒にいられない事が多いので、これも大切なことだと思います。 切り傷、擦り傷なら目で見てわかるけれど、本当に見えないものだけに母親としては不安になります。どうして専門家はこの痛みはこういう訳、あの痛みはああいう訳で、とわかるのでしょう。不思議です。 まあ、とにかく早く元気になっていつも通りの練習ができるようになり、試合にもでられるようになってもらいたいと願うのみです。 トレーナーのターニャはニッキィのトレーニング友達のノーヴィスの13と15の選手を連れて、エリート戦に行っております。そこではほかのクラブの選手の面倒も頼まれて見ているようですが、一人はノーヴィスの男の子です。彼はクリストッフェルのクラブに移ってからグンとのびた選手で、2年ほど膝の痛みに悩まされていたようですが、今では3回転をバンバン飛べるようになったとお母さんが話していらっしゃいました。 ニッキィ、抜かされるぞ。。。とは言っても、スウェーデンの選手のレベルが上がっていくのは嬉しいことです。クリストッフェルのトレーナーはチームも持っているからもの凄く忙しい方だそうで、大抵の試合にはついて来れないようです。 コルネリアちゃんは、今回のエリート戦も2位とだんとつ差をつけての優勝です。 だいぶ冷えてきたストックホルムです。今日は石狩鍋もどきをしようっと。 9月にはいってぐっと寒くなっていたストックホルムですが、このごろやたらとよい天気が続き、暖かい日も続いています。今日はミオはシャワーを浴び、爪も切って、ちょっとだけですが、毛も切りそろえました。
実はイヴがドレッドヘアーをし始めて、まだ完全にすべての髪をしたのではありませんが、ちょっと見ると何とふわふわの毛でミオのミミの下あたりも自然にドレッドになっているではありませんか! なぜてあげていた時、はじめは何かおできでもできたのかとびっくり仰天したのですが、何と毛の固まりになっていただけでした。 謙がドレッドヘアーは不潔になりがちで変な小さな虫の宿になったりもすると電話で言っていたので、早くイヴがあの髪を切ってくれる事を願っています。。。 ニッキィは、高校生になって、ニッキィのトレーニングに合わせた特別のよい時間割を学校が組んでくれたので、本当に助かります。 このごろは練習時間も十分にとれ、あとは昨年と同じ膝の具合が良くなって、フル練習ができるようになるのを待つのみとなりました。今年もせっかくのジュニアグランプリを棒に振ってしまうこととなってしまいました。 でも、健康が第一ですから。。。 トレーナーやスケート教会が慎重にしてくれるのが何より助かります。 父と母は相変わらずの様子。母には毎日電話していますが、父の洗濯物などが大変とは言いつつも結構このようなことが生活の励みになっているのではないかと思います。 パリに住む友人がブルガリアに来ていたようですが、そこで具合悪くなり、入院ということになりました。治療は自宅のあるパリでしたいと、フランスに戻っていって、その後どうなったかと連絡してみたら奥さんが癌だと診断されて15日目に亡くなってしまったと言っていたという事でした。。。なんと! そして今日はお葬式の案内の手紙が我が家に届きました。 ご冥福をお祈りします。 それにしても人の人生、人の寿命、人の運命なんて、本当にわかったものではありません。 今日一日を大切に生きていかなければ、もしかして明日なんてないかもしれません。順番通りに逝くとも限りません。
毎日せかせかと忙しく生活していたのですが、なんでこんなに忙しがらなくてはならないのか、と考え、全くゆとりのない生活から、のんびりちょっとゆとりを持った生活に、と思い、編み物を始めました。
実は、私は、その昔、ボーイフレンドのお母さんが編み物が上手で手編みのセーターなどを着ていたのに変にライバル意識をもってしまい、私も編み物くらいできるようにならなくちゃ、と日本ヴォーグ社の編み物教室に通い始めたことがありました。かぎ針編みをほんの少し、母や家庭科で習ってマフラーと手袋くらいしか編んだ事のなかった私でしたが、ちゃんと基礎から習うともう、最後には講師の資格さえも取ったくらい本格的な編み物を習いました。結局編み物教室を卒業する前にボーイフレンドとの恋ははかなく終わってしまい、そのお母さんと競い合う事もないままになってしまったのでしたが、おかげで、たいていのものを編むことができるようになっていました。 自分の子供ができたら沢山編んであげようと思っていたのに、ちくちくすると言ってあまり喜んできてもらえなかったので、ほんの数枚しか編まずに今日まできてしまったのでした。 でも、考えてみたら、私は受験がある訳でも宿題がある訳でもありません。いったい何をしているからこんなに忙しいのだろうと考え、考え方を改めて、ゆっくり生活するようにしようと思い、まずはスーパーでウール70パーセントという毛糸をひと玉購入してみました。 日本から持ってきていた編み棒セットを引っぱりだし、毛糸がガーンジー糸に少し似ていたので、ガーンジーの模様図を見つけ出し、とりあえずゲージをとってみました。10センチ四方のゲージを編んでいたら、私が編み物をしているのを見たのが初めてのニッキィやイヴがいったいママ何を編んでいるの、と不思議がっていました。 そして編み始めたのがニッキィかイヴかに使ってもらえそうなガーンジー模様のカーディガンです。 昨日はニッキィがヴァーレンテューナという車で20分くらいのちょっと遠いスケート場で練習だったので、家に帰るほどではないため、いつもは買い物したり、ちょっと見学したりして待っているのですが、編み物を持って出かけました。 車の中がぽかぽかしていたので、後部座席に移って編み始めました。 するとあまりぽかぽか気持ちよいので、何と1時間以上も居眠りをしてしまいました。 そばを通った人は編み物を持って車の中で寝ているおばさんを発見してさぞ、笑った事でしょう。 ちょうどスケート場の中の喫茶部もあく時間になったので、編み物も持っていきました。すると知ったスケートママがいたので、おしゃべりしながらの編み物になり、何度も間違えてほどいたり編んだり。。。 ガーンジー模様は主に表編みと裏編みの構成で模様になっているので、ちょっと間違えると大変なことになってしまいます。 うまくいきそうだったので、スケートの帰りに5玉買い足して帰りました。帰るとイヴの高校の友達が3人きていたので慌てて食事の支度をして、夜は再び編み物です。 イヴの髪がベートーヴェンのように長くのびてくせ毛なので、イヴはドレッドヘアーにしたいと言っており、とうとう友達がそれを死に泊まりがけでやってきたのです。 私はカーディガンを編み、イヴたちはイヴの髪をドレッドに編んで我が家は編み物のオンパレードでした。 イヴの髪も結構大変らしく、下のほう一列くらいしかできず、あとはぐちゃぐちゃにまとめてお団子にして帽子をかぶって学校やアンサンブルに行っておりました。 私も今日は仕事が午後だったので、、ゆったりと素敵な音楽を聴きながら、まず編み物から始めスケート場でも編みました。 裾から編み始めもうすぐで脇の下まで行きそうです。 果たしてイヴのドレッドと私のカーディガンとどちらが先に編み上がるでしょうか。 これができたら、もっとよい毛糸を探すぞ! 誰か、ストックホルム近辺でよい素敵な毛糸を売っている店を知っている人は教えてください。なんだかあまり素敵な毛糸を見かけないのです。日本には本当にいろいろな種類の素敵な毛糸が沢山売られておりましたが、今はどうなのでしょう。。。 先週はお客様が日本からかわりばんこに来ていたのに、せっかくの美しいストックホルムをご案内することができないほど雨が降っており、残念でした。
でも、このごろはちょっと太陽もでて、今日など何と20度近くにまでなり、仕事のあと、同僚のお宅へ伺い沢山実っているリンゴ狩りをさせていただいて、外でコーヒーをいただきました。今日の同僚はイヴのヴァイオリンの先生でもあります。 早速帰ってから、いただいてきたリンゴでアップルケーキを作りました。インターネットでいろいろなレシピを見たにもかかわらず、結局私風の独自のアップルケーキを作りました。 ちょうど、イヴが今日はヴァイオリンのレッスンがあるため、いただいたリンゴでどんなものができたかをお見せしようと思っていたのに、イヴは自分だけさっさと食べて、持っていくのなんて嫌だよ、と言って出かけていってしまいました。持たせるのによいようにと今日のアップルケーキはマフィン型に大きめに切ったリンゴをたっぷり入れて、その中に卵5つ、バター100−150gくらいかな、それに砂糖をうーん、大きなティーカップ1杯くらい、粉をその倍くらい入れて、バニラエッセンスとベーキングパウダー、そして、柔らかさを見ながら牛乳を少々。 その生地をリンゴのはいったマフィン型に入れて、上からシナモンと砂糖を振りかけてオーブンで20分くらい焼いてみました。 なかなか良い感じの出来でした。リンゴは櫛形のものを二切れ入れたのと、それをさらに二つに割って四切れにしたものと作ってみましたが、四切れにした方が美味しい感じでした。 生地が余ったので、プラムの種を取ってやはり四切れくらいにしたものを入れて、それは電子レンジで4分くらいチンしてみました。 これはちょっとした蒸しパンの雰囲気でまあまあ、それも面白いかなと。。。 思いがけずいただいたリンゴで久しぶりのお菓子作りでした。 今日はニッキィも18時からスケートの練習という事でネディの運転で出かけていきました。 さて、夕食は豚ヒレのクリーム煮とピラフの付け合わせです。 便利な世の中になったものです。私が子供の頃は(というより、つい一昔くらい前までは)、日記というと日記帳に綴ったものでしたし、ペンフレンドというのがいると、切手を貼ってポストに投函して、郵便屋さんが運んでくれる手紙を楽しみにしたものでした。
ところが今は、インターネットで日記が書ける、調べものができる、ペンフレンドはメル友とか言って瞬時に意見交換ができてしまうという世界。電話もインターネットでビデオ会話ができてしまうからうっかりお風呂上がりに電話なんてできません。だから私は本当の電話を主に使っているのですが。。。 その電話だってこのごろは携帯が主で、私が両親と住んでいる頃は長話をしていると、「もう、いい加減にしなさい」と書かれたメモを母が持ってきて電話している私の目の前においていったものでした。 テレビだって何処の家出もチャンネル争いというのがあり、テレビを2台、3台と持っている家庭はあまりなかったし、今はテレビも各部屋にあるだけでなく、インターネットでパソコンの前でそれぞれが好きなものを見ているような時代になってしまいました。なんだか味気ない感じです。 久しぶりにテレビの前で家族と一緒に見ると、やっぱりああでもないこうでもないといいながら見る方が楽しいと思います。 こちらスウェーデンではFacebookというのがとても流行していて、私も数年前友人を助けるためのスローガンを掲げたグループに参加して人数を増やすのに協力してほしい、と言われFacebookを始めたのがきっかけで、あまりアクティヴにはしておりませんが、数ヶ月前に私が中学校のとき英語の勉強のために文通をしていたドイツに住む人から連絡がありました。はじめは誰だろうと思ったのですが、よくよく見ると彼女の旧姓も書いてあったので、「あっ」とびっくりして早速返事を書き、今ではメル友になって、数十年の音信不通の期間を隔て、再び文通が始まったのでした。一つ違っているのは、少女の頃はかわいい便せんを買ってきたり、ちょこっと何かを同封したり、クリスマスや誕生日にお互いにプレゼントを贈ったりしましたが、今はどんな字を書いているのかも互いにわかる事もないパソコンの世界です。 それからもう一つ、私の小学校のクラスでは卒業してからずっと毎年クラス会をしています。私も東京に住んでいた当初は参加していましたが、もう、参加する機会もなく、それでも連絡をくださる幹事の方や仕事でこちらに来たりするクラスメートとは細々ながら連絡し合っていました。 一人、勉強もスポーツも音楽も何もかも抜群にできるクラスメートがいました。幼稚園の頃から一緒だった近所の人だったのですが、その人は頭が良すぎて、そういう人たちの通う学校へと進学していき、全く住む世界が違ってしまい、それ以後はほとんどあう事も連絡を取り合う事もなく数十年が過ぎてしまっておりました。 私は、全く目立たない、ごくごく普通の子供でしたから、クラスだけでなくクラス以外の学校中の人気者のその人には、私以外の沢山の少女たちが幼い恋心を抱いていたので、私が好きになろうなんて思ったこともありませんでした。 でも、ある日、友達のその人への気持ちを助けてあげようと私たちが通っていた日曜学校の何か催し物があったとき、私が近所に住んでいて話しやすかったこともあって、誘ってあげたのでした。 ところが、私が友達の恋のキューピットになるはずだったのに、その人に誘った事を大変喜んでいただき、何と、その人が私の事が好きだった、という事がわかって、びっくり仰天、ということが起きてしまいました。 その後も、お互いに学校が違ってしまったのでしたが、私は地元のごく普通の学校へ行き、ごく普通の塾で楽しく過ごし、(当時の塾には進学塾と私のように楽しんでみんなで勉強するような塾とがあったのです。)頭の良いその人と、お互いの塾でもらってきた問題を見せ合ったり、私がわからないところを教えてもらったりしました。 とは言っても勉強があまり好きではなかった私ですから、それは、少しありがた迷惑みたいな感じがあったのですが、その勉強にもれなくついてきた「文通」(交換日記みたいなもの)が、魅力でした。 私は一人娘でしたが、両親の友人の子供に男の子が多かったり、近所の母の友人たちも男の子を持っている方が多かった事なども手伝ってか、我が家には結構いろいろな男の子が出入りしていました。だから、交換日記や問題集を私に渡しにその人が来ても、全く問題がなく、ちょうどその人もピアノを習っていて、アメリカの私が大好きだったピアニストが日本に来るとわかった時は即座にそのチケットを買ってもらい、その人にも気楽に一緒に行こうと誘ってしまったのです。そのピアニスト、チャイコフスキーコンクールで見事第1位になった当時、ソビエト連邦とアメリカ合衆国の冷戦の中の出来事は当時かなりな話題になったそうですが、ヴァン クライバーンときくとほんのり甘酸っぱい小さな恋の思いがよみがえってきます。 ところが、まだまだ若い少年少女が夜出かけるという事が大変な騒ぎになったその人の家庭では、絶対にコンサートにいってはいけないということになったそうで、私は一人でピアノを聴きにいったのでした。 そして特にこのベートーヴェンのピアノ協奏曲の5番が好きで好きでたまらなくクライバーンの弾くLP(当時CDなどというのはなかったのです。)をすり切れるのではないかというほど何度も何度も聴いてうっとりしていました。こんなに美しくキラキラした音で弾く人がいるなんて、と幼心に感動し、こんな人のお嫁さんになれるなら何もいらない、と、思うほどでした。 そんなこんなで、コンサートにご一緒できなかった彼とは学校も違って、音信不通になってしまったのでした。その方と今になって連絡を取り合うことができ、昔々の小さな恋の物語の交換日記がメールで再現されるようになったのです。 とはいってもお互い全く別の世界に住んでおり、環境も場所も何もかも違って、一生会う事もないのでしょうけれど、このインターネットのおかげで、それでも連絡が取れるという事は何とすばらしい事でしょうか。 今、大河物語を楽しみに見ていますが、あの頃の人たちはこんな世界があるなんて、想像もできなかったと思います。 ちょっと古い話題ですが、ニッキィがシーズンの最後にあった、エリートシリーズのファイナルに出場したときの事を少し。。。
実は昨シーズンはじめに、膝を痛めて、初めてのジュニアグランプリも、国内のエリートシリーズも全部ミスってしまいました。ちょうど夏休み明け、合宿に行き、練習が始まるとほとんど同時くらいに膝が痛くなり、それはそれは心配しました。なんとかなおったかと思うと今度は風邪を引いたり、爪を痛めたり、顔面火傷をしたりと、不幸続きでしたが、なんとか国内選手権には出場させていただき、優勝という良い結果をだし、2月にはヨーロッパの青少年のオリンピックにもスウェーデン代表で出場させていただけるというよい経験をすることができました。 元々エリートシリーズは出場回数が満たなくて、ポイントも集めることができずにいたのでファイナルには出場できないと思っていたところ、オリンピックのポイントなども含め、ぎりぎり出場できるようになりました。 オリンピックではジュニアのクラスで出場し、その練習のため、ストックホルムトロフィーという国際大会でもジュニアのクラスで出場しましたが、このエリートシリーズは少年の部の最後を飾る良い滑走となりました。 スケート協会のホームページでもお褒めの言葉をいただき、親ばかではありますが、本当によい滑走だったと思います。 シーズンのポイントで滑走順が決まっているので、ショートは第1滑走でしたが良い結果を出して、フリーでは最後に滑走しパーソナルベストの得点で優勝することができました。 そして、グローベンで開催されたストックホルムアイスでは、プレショーに出演させていただき、休憩の後ではホッケーとバンディーとフィギュアスケーターの競争があり、それにも出演させていただきました。 また、ニッキィと同じトレーナーでニッキィと同じく少年の部のナショナルチャンピョンになったかわいいスケーターと一緒にペアスケートもどきを数カ所のアイスショーで滑走させていただきました。 このように、始まりは様々な故障でシーズンスタートを遅れてしまったのですが、最終的には良い結果を出すことができました。 そして、今年の夏の合宿も有意義に過ごして3週間の夏休みを取った後、私も日本へ行っている間のほんの少しの間にびっくりしたくらい背が伸びており、案の定、昨年と全く同様に夏休み明けの合宿で膝が痛くなってしまいました。 でも、今回は初めてではないのと、原因がよくわかっていたので、いろいろな治療や体操等々。。。ナショナルチームの強化合宿やジュニアグランプリはミスってしまいましたが、来週くらいからジャンプの練習も加えてよいという許可もでて。。。。。ところが今度は鼠蹊部が痛いと言い始め。。。明日また看てもらいにいくことになっています。やれやれ。。。まるで爆弾を抱えているような気分です。
こちらストックホルムはずいぶん秋も深まり、朝晩冷えるようになってきたので、とうとう我慢ができずに暖房を入れました。とは言っても昼間は結構暖かく、天気がよい今日などはぽかぽかとうれしくなります。
私の友人の中にはまだ海で泳いでいる元気な方もいますが、私には到底考えられない事です。海に入ったのはいつが最後だったかしら。。。子供が小さいころは毎年のようにブルガリアの黒海で1週間は海の生活をしていましたが、海は遠浅で水温は25度くらいあって本当に快適でした。 最後に海に入ったのは確かトルコに行った3年ほど前になるでしょうか。。。あれ、いつトルコに行ったのでしたっけ。なんだかこのごろ記憶が飛んでしまうというか、私は、アルツハイマーか痴呆症ではないかとちょっと不安になることがあります。 さてさて、仕事も始まり、今年度も3つの仕事場でピアノを弾きますが、新しいピアノを購入してもらいなんだかうれしいスタートでした。電子ピアノではありますが、まあまあよしとしなくてはと思います。予算の関係上、私の希望ばかり聞いてもらうわけにはいかないものの、まあまあの希望通りのピアノを買ってもらいました。 本当は本当のピアノがよいのですが、私たちが使っていた本当のピアノのある部屋をどうしても使うことができなくなったためです。 このごろの電子ピアノは結構よくできていて、音もまあまあだし、何しろピアノタッチなので、昔の電子ピアノより本当によくなってきたと思います。 夏に実家に戻ったとき、私が弾いていたピアノを弾いてみました。ずっと調律をしていないので、音が狂っている部分もあるのですが、なんだかとっても懐かしいタッチに子供の頃を思い出しました。 昔使っていた楽譜も開いてみると、懐かしい今は亡き先生の注意書きなどがあり、あの当時にいろいろと注意された言葉などが走馬灯のようによみがえってきたのにはびっくりしました。 大学時代の先生の注意書きを見ると、あの大学のレッスン室の雰囲気がそのまま思い出されました。 すっかり忘れていた先生方の注意書きなのに、こんなによく覚えているものかとびっくりしました。 ピアノの伴奏者になりたいと思っていた子供の頃を思い出し、日本ではままさんコーラスの伴奏くらいしかやることができず、ピアノ教師をしていましたが、こんなスウェーデンに来て、子供を育てながらのピアノ教師は少し困難だったので、言葉のハンディもあまりなく、昼間働ける仕事を、と思っていたら、何と伴奏の仕事をするようになって、結果的には自分の子供の頃の夢がかなったのか、と改めて思いました。 さあ、明日もがんばって伴奏してこよう! 三日坊主という言葉があるけれど、私のこの日記、結構続いていたのに、何と何とこーんなに長い間ログインさえもせずに過ごしていました。
今はもう仕事に行かなくてはならないけれど、またこれから少しずつでも綴っていこうと思います。 思えば、ひな祭りのあと、遅いストックホルムでも桜が満開の桜祭りが市内であったり、4月には高校のクラス会をパリで行うという、何ともリッチな気分になり懐かしい友人たちと楽しいひと時を過ごせたり、ニッキィがエリートシリーズのファイナルで優勝して、スケート協会にはよい記事を書いていただいたり、そして、年度末のコンサートやらなにやらで忙しく過ごしあっという間に夏休みを迎え、ニッキィの合宿の送り迎えで便乗ドライブをしたり、今年の夏は子供たちはそれぞれの忙しいスケジュールでそれぞれが行動し、私はというと長男の謙と北京1泊経由で日本へ行きました。 謙は2週間でかえり、私は約1ヶ月滞在し、戻ってくるとこちらでの生活も慌ただしく進んでおり、そのペースに乗せられながらあっという間に新学期も迎えてしまいました。 とにかく今は仕事に行く前ミオの散歩をさせないと! 帰ってからゆっくり時間はないと思うけれど、今後、また日記をここにも書いていこうと決心! まずは何か一言でも始めないといつまでたってもログインさえしない気がして。。。 今日、ニッキィがスケートをしている間、買い物に行ったら、桃の花や猫柳を売っていたので、ついつい桃の花を買ってしまいました。
桃の花?よくよく考えたら、プラムの花って書いてあります。まあ、いいか。。。 今はスポーツ週間で学校や私の仕事も休み。この時期はいつも家族でスキーに行っていたのですが、去年も今年も行っていません。 子供たちが大きくなってしまったのやら、ニッキィのスケートが忙しいのやらで、ゆったりとした1週間を過ごしています。 このころになると外はまだまだ雪が沢山で真冬の感じが残っているのですが、陽もだんだん長くなりつつあり、私の花粉症を感じるので、確実に春がやってきていることを感じます。 変なところが似るもので、謙もアレルギーがこのごろひどいようです。 謙は先日、マルティンとロンドンへ遊びに行って来ました。友人のエンマのところへ、マンチェスターに行っているペーテルや、数人で泊まることになっていたら、翌日だったか、エンマの家主が来て、友達を止めてはいけないといって追い出され、マルティンと謙は5つ星の高級ホテルに泊まりにいき、他の友人たちはお金がなくて別の友人のところへ転がり込んだといっていました。 私なんて、いつもどこでホテル予約したらいくら安いかな、と必死になっているのに。。。 さて、私はというと、4月に高校時代の友人たちとEUの陣と名づけたクラス会をパリで開催することになり、パリへの旅へと向かいます。 ヨーロッパに住んでいる日本人でパリに行ったことのない人はたぶん私くらいだと思いますが、本当に初めてのパリです。父が一番行きたいところで、とうとう実現しなかったところだったので、父の分も沢山見てこなくちゃと思っています。 父とは2月16日のたんじょうびに久しぶりに電話で話しました。思ったより元気そうで本当に安心しました。 2月は母も誕生日、謙も誕生日で我が家は3つも誕生日が重なります。 父と母がこちらに来ている冬は次々とケーキ作りをし、謙の誕生日ころにはケーキも食べ飽きたような感じでした。 今年の謙の誕生日は当日謙が夜の洋裁学校に行く日だったので、翌日来ました。 私はオードブルにスモークサーモン、メインに仔牛のヒレ肉とアントレコのステーキ、故障ソース添えと温野菜、そして最後のケーキは美味しそうな苺を見つけたので、デコレーションケーキにしました。苺もスライスして全体に薔薇の花びらのように飾り付けました。 謙がロンドンに立つ前日、荷物などもあるので、謙の洋裁学校に迎えに行き、そのまま、謙の一人暮らしのアパートへ行きました。なかなかちゃんと生活をしているようで、安心しました。洗濯物をもらって帰り、久しぶり洗濯をしてあげました。久しぶり謙は我が家に泊まり、翌日早朝、飛行場までマルティンと一緒に送ってあげたのでした。 話がどんどん前後しますが、2月12日にはニッキィがヨーロッパ青少年の冬季オリンピックに出場のため、スウェーデン選手団としてチェコへ向かいました。バンクーバーオリンピックのときの制服と同じものを頂き、黄色と水色のスウェーデンの選手団は元気に旅立っていきました。 すべて選手の制服を着ることになっていて、ジーンズだけニッキィのサイズがなかったので自分のジーンズを着ても良いことになっていましたが、リュックも旅行かばんもすべておそろいです。 私たちは翌日チェコに向かいました。 オリンピックの話はまたこの次に。。。 今日は、なんとお雛様ではありませんか!
ずっと日記を書いていなかったので、自分でもびっくりしてしまいました。 忙しかったのはもちろんですが、書かなくなると、何からはじめてよいやらわからず、そんなことの繰り返しでとうとう、日にちだけが通り過ぎていってしまうという悪循環! お雛様はとうとう出してあげることもなく、今日も終わりになりそうです。でも、出してあげなくちゃ! と思い、遅ればせながら今から出してきます。 やっぱり、出して見るとなんと可愛いお内裏様とお雛様! 続きはまたあとで!
去年も大変な雪と寒さでしたが、今年はもっと大雪です。雪かきしてもその雪をどこに捨てたらよいかわからないほど!
ラッセル車が通った後は、家の前のパーキングのところまでその雪がこんもりと山になってしまい、それを今度はどけなくては車がでることさえできません。 昨日は私が夜中に1度、昼間にもう1度雪かきをしたにもかかわらず、まだまだ粉雪が降り続いて謙が車を持って帰った時はパーキングすることができませんでした。 道はどんどん狭くなるし。。。 何度雪かきをしたことか!せめてパーキングの前の雪をどけて、道も少し広くなるように捨てる雪も工夫して体中が筋肉痛になりました。10日からまたピアノを弾かなくてはならないのに、特に右腕や手首が痛くてちょっとした角度ではティーカップも持てない感じです。 とはいっても雪かきをした後のすがすがしい気持ちはなんだろう。。。ミオの散歩から戻るとミオを木につないで雪かきをせっせとする私。。。かなりな運動量で、そのあとは体中がほっほっと暑くなり、汗が全身から噴き出してきます。これはかなり良いダイエット方法かもしれません。 今日も車がちゃんと出て、戻った時もパーキングできるように工夫して雪かきをしましたが、我が家には二つパーキングがあるのですが、さすがに1つしかできませんでした。もうひとつのところは子供たちにまかせましょう。。。まず、そこにパーキングしてある雪に埋もれた2台の車を雪の中から救い出して車の上の雪を下に落としてからその周りを雪かきして、パーキングの前に積もったラッセル車の残骸をどけなくてはなりません。。。。気の遠くなるような話。 だから、現在我が家で使える車は3台目だけ。。。3台あるのに1台しか使えない不自由な生活をしています。 そうだ、あす、この大雪の写真でも移しておかなくちゃと思いました。 そんな大雪で飛行機も飛ぶのかと心配していましたが、今朝はもう雪も止んで、ターニャを迎えに行ってニッキィと二人、飛行場へ送って行きました。 ターニャがいつも北の地域のエリート合同合宿に呼ばれて新年合宿に行くのですが、ニッキィとダンネとミッケもそこへ連れて行ってもらうのです。昨年はニッキィたちはバスで8時間9時間も行きましたが、今回は飛行機にしました。 いつもながら無事着いたのか、元気なのか、全く連絡のないニッキィです。まあ、連絡があるときはいつもろくなことがないのですが。。。(前にも書いたけれど、珍しく電話してきたので、どうしたのかと思うと、スケート入れるリュックにバナナが入れっぱなしで、腐って真黒になってジュクジュクしていた、というではありませんか。観戦に行ってい見るとスーパーの袋にスケート靴を入れてホテルとスケート場を行ったり来たりしていたのはわが息子ニッキィでした。) イヴは数学のテストが新学期早々あるというのに、教科書を学校のロッカーに忘れたので、友達に借りに行って今コピーをしています。これからその教科書を返しに行くのに送ってくれというので、連れていく親バカな私。。。 明けましておめでとうございます。
![]() 珍しく家族全員の写真です。クリスマスカード年賀状用に撮影したのですが、ここにいたるまで何枚うつしたでしょう!実はその出来損ないの写真を見るほうが余程我が家の様子がわかって笑えるのですが、ここではこの1枚しか紹介しません。 それぞれに大きくなって、ミオちゃんも大きくなって外は大雪なので、それはそれは大はしゃぎで散歩の始まりは歩調を合わせるまで時間がかかります。。。 今年もみんなが健康で楽しいことが沢山起こりますようにと祈りました。 ゆっくりとウィーンの新年コンサートをテレビで聴きました。 スウェーデンの大晦日は12時とともにあちらこちらで打ち上げ花火が上がり、可愛そうにミオちゃんは心臓がバクバクして、それはそれは怖がっていました。1時過ぎてあたりが静かになったころ、だいぶ冷え込みも和らいでいたので(マイナス2度ほどしかありません)、私はミオと散歩に出かけました。 なんだかこのごろ夜中の散歩を楽しんでいますが、なかなか良いものです。 細かい雪が沢山降っていたので、家の前の道やパーキングのところの雪かきをしたら、もう汗びっしょりになりました。 ところが、今日起きてみるとまたまた雪は積もっており、マルティンのところでお正月を迎えた謙が車を返しにやってきましたが、パーキングに入れるところどころか、その前の段階、つまり道のところで雪にうずもってしまい、大変でした。 この雪、どうなるのでしょう。。。雪かきをした雪をどこに捨てるか困ってしまいます。 まあ、車に乗らないなら真っ白でふわふわでとても素敵です。 きょうは、家族全員の散歩はなしでした。。。 謙も戻り、イヴも戻り、全員で早めの夕食というか遅い昼というか。。。謙は相当飲んだらしくきょうはワインを断りました。 ネディは早くもいつものスケート仲間と映画を見に出かけました。 明日からニッキィはエンシャンスヴィーク(発音難しくてカタカナで正しくかけません。)へスケート合宿に行きます。飛行機が飛ぶかしら。。。 きょうはミオちゃんと散歩をした後、少しだけ暖かくなったため(といってもマイナス6度程度)大雪の雪が少し崩れて歩きにくい場所や車のタイヤがはまってしまいそうなところがあるので、せめて家の前やパーキングの出口だけでもきちんとしようと雪かきしたら、もう思いっきりくたびれて、その上にミオちゃんをシャンプーしてちょっとだけ無駄毛のカットなどもしたらもう、立ち直れないくらいくたびれてしまったので、予定していた料理など明日にしようと、まったりしていました。そして、何を思い始めたのか、この日記の整理、つまりカテゴリー別に分けようなんて思いついてしまって、まだ途中ではありますが、あんなことこんあこと会ったなあ、なんて思いながら以前の日記を読んだりして、その上に他のインターネットを見始めたらなんだか次々と見てしまって、あらあらという間にこんな時間!オタクとはこんな生活をしているのか?!
あちらこちらクリックして色々なインターネットを読んでいたら、日本には本当にフィギュアスケートに詳しい人が多いのがわかってびっくりしました。 しかも、こんなフィギュアスケートの程度の低いスウェーデンの選手をよく応援してくれている人たちが結構多いのにもびっくりしました。 しかも私が知らないことや、つい最近のFacebookのゴシップまで、まあ詳しく出ているので、びっくり! この数日レポート書きで大忙しのネディがやっと提出できるものを完成させて、明日の大晦日、あ、もう今日なんだ!の準備やら予定やら、考えていたので、日本にはスウェーデンの選手のファンが多いのね、クリストッフェルもアードリアンもかなり多いのにはびっくりしたし、しかもサーシャや、中にはジミーなどのことも結構記事になっていたりするからびっくりしたっていうと、そりゃあ、日本は人口が半端じゃないから色々な人が居て詳しい人もいるのよ、といっていました。 日本のファンの人たちは、実はアードリアンはかなりいたずら坊主だったり、ジミーもニッキィやらジュニアの選手と一緒になってふざけあったり、なんていうことまで知っているのかな、と思いました。 まあ、でも、みんなどの選手も良い人たちで、エイリートシリーズやスウェーデン選手権やら、SKF杯やら、あるいは合宿などで一緒になると年齢男女関係なく和気藹々と楽しそうにしているのはほほえましいと思います。Facebookでも盛んに連絡を取り合っているようです。 だから、あんなスキャンダルも起きてしまったのでしょうけれど、友達同士ではないと見ることができないはずのFacebookno記事が新聞に数分のうちにすっぱ抜かれたというのはいったいどういうことだろうと思います。 私は、そちらのほうが余程、問題ではないかと思います。 それにしても、スケート連盟の対応もサーシャの対応も良かったなと思いました。 それに、日本でもこの記事はもう話題になっていたようで、びっくりしました。どこからこんなに早く情報が行くのだろうかと思うと、この世の中、インターネットの世界はかなり恐ろしいものがあるかなと思います。 スウェーデンのフィギュアスケートのファンが日本に沢山いてくれるのは嬉しいことです。 頑張れ!スウェーデン! 私はニッキィが故障続きで試合に出られなかったので、今回、久々のみんなの演技を見せてもらいましたが、前シーズンよりみんながそれぞれに上達しているのにはびっくりしました。 ジュニアの試合もかなり面白いものでした。久しぶりにバッティルも出場したし、お医者さんだかになるっていっていたけど、いつまでもスケート続けて欲しい!リンショーピングのダンネもよく滑れていたし、私好みのイケメン選手、しかも、話していてもいつも感じよくて楽しいし! ニッキィたちと仲良しのマティーアスも新しいプログラムも衣装も素敵でした。 オンドレイは私が大好きな選手です。今回は一足早くシニアで出場でしたが、ニッキィもむかーしむかし、地域別のチーム対抗のSKF杯かなにかでオンドレイと戦ったことがあったっけ。もちろんオンドレイが1位で小さかったニッキィは3位か何かだったと思うけれど、あの時は年上の選手を抜いて3位になれたのはすごかったなといまさらながら思います。 また、前シーズンは出なかったニッキィの対戦相手だったマルクスが復帰してよかったと思いました。とりあえずのニッキィの目標はマルクスかなと思います。頑張れニッキィ! 今回の選手権でストックホルムのダンネが好滑走でき、しかも銀を取れたのは本当に嬉しいことでした。ダンネもニッキィ同様、シーズンスタートで敗血症になってしまって試合に出られなかったから、余計嬉しかったです。まだ、持久力が保てないといっていたけれど、それは徐々にトレーニングしてもらうとして、3回転3回転を見事に決めたのは本当にターニャのおかげだと思いました。 ニッキィが初めて選手権に出場したとき、ミッケとダンネのお母さんがターニャに指導を御願いしたのでしたが、本当にそれは彼らにとっても良かったし、また、ニッキィにとっても良い見本があって、良かったなと思います。 ニッキィの前のプログラムを振付けたアイスダンスのプロチャンピョンだったゴーシャが「ニッキィはターニャのような良いトレーナーに出会えて本当に良かったよ、私も子供のときそんなトレーナーに出会えていたらシングルでいけたかもしれないがジャンプが得意ではなかったからアイスダンスに移行したのだ。」とおっしゃっていたのを思い出します。 それにしてもゴーシャの振り付け、スケーティングそしてインターネットの動画で見る彼のアイスダンスはすごく素敵! アードリアンもエフゲニーと別れてしまったけれど、大丈夫なのかなって思いましたが。。。 病気だったエフゲニーもイヴァンチェンコやヨーゼフを指導して、楽しそうに3人で一緒に座って他の選手の観戦をしたりしている様子を見て、安心しました。 いつだったか、エフゲニーとは、ターニャやマルメのラースロやらとお茶をご一緒したとき、なんて楽しい人なんだろうって思ったのでした。 ネディに「でもまさかニッキィやジョンオーロフ君やグスタフ君やローニアちゃんが半分日本人とは知らないだろうね」、と話すと、「そりゃあ、名前が日本っぽくないから知らないでしょう」、と話したものでした。 いつかこの子達が日本かどこかに試合に行けるような日が来ないとも限りません。そのとき、びっくりされるかなと思うとちょっと楽しみな感じです。特にニッキィは日本語でしゃべれるから。。。そんな夢のような日が来ればよいけれど、日本はちょっと遠すぎるかも。。。 ヨーロッパでは、名前からはニッキィが少しブルガリア人だって事はわかるでしょう。 それにしても、スウェーデン選手権とは言っても、考えて見たら、生粋のスウェーデン人より、結構あちらこちらの移民がかなり多かったなあと思います。 スウェーデンだけでなく、ヨーロッパやアメリカでは外国の血が入った選手が多くなるのは仕方のないことかもしれません。 それに、優れたトレーナーはほとんど外国人! おっと、こんなところで油を売っている暇はない。早く寝て、大晦日の準備をしなくちゃ! おやすみなさい! 昨晩、30日になって間もなく、ミオと真夜中の散歩へ出かけました。インターネットで色々見ていたら、あちらこちらのページに移って、なんだか終わりがないくらい色々な記事や動画や色々な知らない人のブログやらたどり着いて、こういうのをオタクって言うのかなと思ってしまいました。あっという間に時間が過ぎていきました。あまりに疲れたので、散歩に出たわけです。
マイナス20度が続いていたストックホルムでしたが、寒さが和らぎ雪もところどころ固まっていたのが崩れて歩きにくい場所もありました。 でも、だーれもいない外、ミオも落ち着いていて、帰ってからはパーキングの前の雪をもう少しきれいに雪かきさえしてしまいました。丑三つ時。。。ネディは友達のお婆さんちで本当に合った話を基にした悪魔などの出てくる怖い話をビデオで見たので、眠れないといっていましたが、私はそんな怖いものを見ていないので、外の静けさがなんとも嬉しくていつまでも外に痛いような気分になっていました。 母には昼と夜が逆さにならないように、早く寝なくては、と毎日のように電話で言っているのですが、あっという間に明け方になってしまうという意味が初めてわかったような気がしました。
遅ればせながら、昨晩、こどもからDVDを借りてハリーポッターの6番を見ました。なんと、なんと。。。ダンブルドさん、亡くなってしまったのですね。。。毎回誰かが死んでしまうということ。。。最終回では誰が亡くなるのかと子供に聞くと、本を読んだらって言われてしまいました。
それが面倒だからきいているのに。。。しかもなんだかややこしい名前やら呪文が多くて日本語の本で読んでも難しいくらいでした。 ところがこのごろは便利な世の中でインターネットで検索して、私はずるをして、最終回はどうなるかあらすじって言うものを読んでしまいました。 なーるほど。 こうなるのかあ。。。ちょっと意外だったな、と話すと、子供たちが、ママは鈍感だからわからないって笑われてしまいました。 まあ、でも19年後のハリーポッターも、考えて見るとなるほどって思いました。 小栗旬の獣医ドリトルというドラマがちょっと前に終わりましたが、なんてかっこいい青年でしょう。 流れ星に出ていた松田翔太や、塚本高史なども私の中のイケメンだなあ。。。 それから、先日の夜は、マリーアントワネットの映画をテレビでやっていたので、見ました。日本からお客様が来ると必ずフェルゼンのお城へご案内しています。 ベルサイユの薔薇が大好きだったけれど、この映画のマリーアントワネットもなかなか可愛らしく、また、普通の女性としての観点から描いている感じでなかなか良い映画でした。 オスカルさまが出てこないのはちょっと残念でした。日本に住んでいたころ映画館で上映されたレディオスカルって言う映画がとてもきれいだったなあと、思い出しました。 思いっきりぐずぐずと過ごしている冬休みです。 きょうは、ゆっくり過ごそうと思っていたのに、また、ただ働きをしてしまった。。。どうして、こんなに私はお人よしというか、なんというか、おめでたいというか。。。
3月でニッキィがめでたく日本人学校を卒業することになるので、この補習校に10年以上つくしてきた私もそろそろお役ごめんになって自由時間が増えるな、と思っていたのに、きょうは、すっかりそんなことも忘れて、今度はスケートクラブで頼まれたお正月のクラブでの試合のためのポスター製作やら、挙句の果てにはいつも私がやっていたことではあるけれど、掲示板に貼るための試合の結果の製作までしてしまいました。これはいつもやっていたのは、試合のあるたびにクラブのホームページに出た試合結果をちょっと見栄えよく掲示板様に書いていたのですが、このシーズンはホームページの係りが変わったり、やめたり、そんなこんなでアップデートされなかったのでした。 それで、掲示板様のものもかけずにいたのですが、このお正月の試合までに、掲示板がすっかり開いているのは寂しいと、書く事になったのですが、ある、役員は、もうこの際、この1ヶ月くらいの試合だけでよいわと言っていたのに、別の役員がかかれなかった選手が悲しい思いをしないようにすべてを書かないなら一部は掲示しないというので、あわてて、書き始めたというわけです。 そのつど書いていく分には全く大変な作業ではないのですが、こうして、10月からの3か月分の試合をそれぞれのホームページを探して書いていくにはかなり大変な作業でした。なぜなら、私たちのクラブのホームページには試合結果がアップデートされていないからです。 まあ、まあ、そんなわけで、おばかさんというか、家事もそのままにこんなお金にならない仕事をやってほとんど一日パソコンの前で過ごしてしまいました。 パソコンに座っているとメールも入ってくるし、余計なホームページも覗いてしまい、仕事ははかどらないし、馬鹿みたい。。。 とはいっても、何とかほぼ仕上げて、気分は上々。 私は、やっぱり私の稼ぎにならない仕事をほいほい引き受けてしまう運命にあるみたい。。。子供たちが自分で自分を忙しくさせているだけだといっています。 ホッケーでは謙が「ママは何もしないでね。」と、常に言ってくれていたので、何の役員もせず、せいぜいカフェテリアで働く程度でした。 スケートも何もするなとネディから言われて、役員はしていないものの、ついつい頼まれると色々してしまう私。。。 明日はしっかり家事に励みましょう。師走です。大掃除もしなくちゃ。。。 書こう書こうと思いつつ、最後に書いた日から1ヶ月以上が過ぎてしまいました。
クリスマス、おめでとうございます。 こちら、スウェーデンでは、昨日のクリスマスイヴが一番の祝日という感じで、どこの家庭も家族で集まり、クリスマス料理をいただいて、クリスマスツリーの下に飾られたプレゼントを開けたり、小さい子供がいる家庭では、誰かがサンタクロースになってドアをトントンとして、クリスマスプレゼントを持ってきてくれたり。。。 我が家でも、街に住んでいる謙が戻ってきて、久しぶりかぞく6人と犬一匹とで、クリスマスイヴを過ごしました。 謙のリクエストで、我が家ではたいていクリスマスイヴには七面鳥の丸焼きとピラフがメイン料理です。 できるだけ小さめの七面鳥を用意しましたがそれでも残ってしまいました。 いつもはそれぞれが忙しくて、夕食も一緒にできない状態が続いておりましたが、久しぶりみんなで食卓について、ゆっくりできた感じがしました。 謙が随分とお酒が強くなっていて、ああ、父がいたら、どんなに喜んだだろうと思いました。父がこちらに来ていたころはまだ子供たちも小さくて一緒にお酒を飲むということあはありませんでしたから。。。 CioCioSanというブルガリアの赤ワインを飲みました。私もネディもあまりワインが好きではないので、ちょっとだけ乾杯したくらいでしたが、ほとんど謙が飲んだ幹事でした。パパも飲んではいましたが、謙の量には負けていたようです。 その後はシャンペンを開けましたが、これも謙とパパで飲み干し、ネディと私も1杯づついただきました。 何より美味しかったのはミルクリキュールです。私はこういう甘いお酒がすき! さてさて、何でこんなに忙しくて日記もかけなかったのでしょう。。。 まずは何とか今年もスウェーデン青少年チャンピョンの座を守ったニッキィにおめでとう! ![]() ここにいたるまで本当に大変なシーズンでした。 夏までは調子よくいっていたのですが、シーズンはじめのリンショーピングの合宿で膝を痛めて以来、胡椒続きで本当にスウェーデン選手権もちゃんと出場できるのかと思うほどでした。 長い長い道のり、でも、何とか選手権出場までこぎつけ、しかも優勝できました。 ニッキィの至難の道のりは次回に。。。 あっという間の日本滞在でしたが、かえって早くも1週間以上たってしまいました。
2週間の滞在中はあれもこれもやることが山のようにあって、充実した帰国でした。天気にも結構恵まれて台風の影響も熊本はさほどなく、一時冷え込む日もありましたが、昼間はカーディーガン姿で出かけられるほどでした。母のジヴァンシーのカーディガンを借りておりましたが、とうとう頂いて帰ってきました。 さて、私たちが行く前は父が週3回通っていたデイサービスのほうであまりに転倒が多く母が起こしたりできなかったため、ショートステイをさせてもらっておりましたが、私が長男の謙を連れて行ったので、翌日には父を迎えに行きました。 久しぶり見る謙の顔をずっと目で追って喜ぶ父の姿はなんとも印象的でした。 そこでは本当によくしていただいているのがわかるほど、父がリハビリなども受けて、栄養も考えられ、また、転倒などもしないようにしていただいたようで、とても元気になって歩けるようになって帰宅しました。 ベッドを2階から1階に移そうと話したのですが、頑として、そのままで良いというので、われわれで見守りながらそのままにすることにしました。階段ではゆっくりではありましたが、危ない様子もなく上り下りしていました。 ところが夜中トイレに起きる際、一度はベッドから転倒し、私や母の援助は受けたくないというプライドが高い人なのですが、幸い謙には心を許し、謙が手伝ってあげることが何度もありました。 謙も父には相当可愛がられた記憶が沢山あるのでか、本当にやさしく父を介護してくれました。 今度ほど謙を連れて行ってよかったと思ったことはありませんでした。 謙が東京の友達に会いに行きたいといっていましたが、父の介護にも困るので、私はいて欲しいと思いまし方、肝心の父が若いのだから行ってくると良いと快く出してくれました。 謙はご苦労様なことに、新幹線だけでも4万以上使って東京まで2泊3日のたびをしてきました。しかもちょうど台風が東京方面に接近しているときで心配しましたが、1日だけ雨に降られただけですんだようです。 謙が戻ってくると父もかなり嬉しそうに安心したようでしたが、本人も納得して11月からショートステイをしていたところに入所する事となり、私たちと一緒に行きました。 その朝は謙と玄関先で写真を撮ったり、本当に入所するということがわかっているのかなと思うような出発でした。 毎朝の仏様参りなどもこれが最後だとわかっているのかな、と思いました。 私のほうがこれが父の我が家での生活の最後の日かな、と胸が押し付けられるような気分でした。 母も、本当にわかっているのかなと思うように、栗ご飯は父が帰ってきたらしましょうね、といってみたり、ああ、もう帰ってこないのよね、と言ってみたり。。。 父は安全な場所で安全な生活をして、自宅にいないという精神面はべつとしても安心していられるところにいるというのは私にとっても安心していられます。 ただ、母が全く一人かと思うとそちらのほうも心配です。毎日電話をしますが、思ったより元気そうなので何よりです。 また後ほど、こちらの様子、あちらの様子、など書いていきましょう。。。
20日に日本へ謙と行くことになっています。
ものすごーく忙しいのに、なんだか落ち着かず、すべてのことが中途半端で終わっている感じ。。。 今回の帰国はかなり急なもので、父の様態も随分悪くなってきているようで、デイサービスに行っているところでショートステイという短期入所をさせてもらっているのがもう2回も伸びてとうとう私たちが着く翌日までいることになりました。本人は母のことが心配なのと、テレビもラジオも本も読みたくなく、退屈で早く帰りたいと言っているようですが、運動機能がかなり低下しているようで、家での転倒などが心配で、本人には可哀想ですが、ある意味、安心しています。 母のこともかなり心配で、とにかく早く行ってあげたいと思っています。 たった2週間の滞在でいったいどれだけのことができるのかわかりませんが、とにかく、決めなくてはならないことやらなくてはならないことをひとつでも多くこなせればと思っています。 この日記も両親がいつでもこちらの様子がわかるようにとはじめたのでしたが、今年からは父もインターネットを切ってしまい、結局この日記は誰のために書いているのかわからない感じがします。。。 こんな遠くにお嫁に来るときは両親も私も若かったから、こんな状態を想像もしていませんでしたが、こうして年老いた両親、兄弟姉妹のいない私、本当にどうしたらよいのか。。。 ネディの散歩友達はお母さんがルーマニア人、お父さんがペルー人、彼は両親のすぐそばのアパートにお兄さんと住んでいて、お婆さんもまたすぐそこに住んでいて、3家族が3角形のすぐ歩いていける距離に済んでいます。 お互いが助け合って、本当にこれって理想だなって思います。 この日記もしばらくお休みかもしれません。 出発までにかけるかな。。。 10月末から11月のはじめの週は秋休みでイヴが友達二人と三人のブルガリア旅行をします。 イヴにとってははじめての両親なしのブルガリアです。 また、ニッキィは恒例のリンショーピングでのスケートの合宿です。その後の週は、膝の具合がよければ試合に出かけます。 そんなこんなで、こちら、ストックホルムも心配事など沢山ある中、出かけるのは本当に後ろ髪が惹かれる重いです。 日本の今頃の季節はどんな服装をしていたかしら。。。寒いのかしら。。。こちらは先日ほんの一瞬でしたが、雪が降りました。 朝晩はマイナス気温にもなります。 今は3度しかありません。 スノータイヤに取り替える季節がやってきました。 今日は結婚記念日。私たちにはスウェーデンでの結婚記念日と日本での結婚記念日(11月8日)があります。なんだか、たいていの年はパパが出張で一緒に過ごした結婚記念日が余りありませんでしたが、今年は二人とも一緒、4人の子供とミオも一緒でした。
覚えているかな、と思って、仕事の帰り、今日のご馳走を作る買い物をして帰るとパパもケーキや花やら買ってきていました! おぼえていたのね! というわけで、謙もうちにきて、久しぶり家族6人でアスパラガスのスモークハム包み、鮭のパイ包み、ポテトやらなにやらとザッハトルテ(といってもスウェーデン製のザッハトルテもどき)でした。 私たちが結婚式をする前日はものすごい雨でしたが、12日はからりと晴れた秋晴れの紅葉と黄色の落ち葉がとても美しい日でした。 いつまでもみんなが元気で幸せでありますように。 先日のフィンランディアトロフィーで、ショートの後1位だったクリストッフェル。フリーでちょっと失敗して総合2位になってしまったけれど、インテリジェンスがにじみ出ているようなクリストッフェルはやっぱり素敵よ!と思いました。
" target="_blank"> ニッキィがLysekilで合宿のとき、なんと彼のGFがニッキィたちのダンスのトレーナーだったのですが、そんなこんなでか、クリストッフェルもここに来て振り付けなどをしていたのです。ちょうど私たちがニッキィたちを迎えに1日前行くと、クリストッフェルの練習風景を見ることができました。 そのとき、私たちは一方的に知っているから、彼が滑ってサリエンのほうへ来たとき、つい、お辞儀をしてしまったら、ちゃーんとにっこりと微笑んでくれました。 もう、みーちゃんはーちゃんの私は舞い上がってしまいました。 あれはフリープログラムの振り付けだったようです。私は彼のフリープログラムが大好きだったので、ちょっと残念に思いましたが、今度はまた別の雰囲気のプログラムで、これもまた、良いかなと思いました。 胸に「無敵」と漢字で印刷されたTシャツを着ていたので、翌朝、朝食が一緒だったとき、「Tシャツの字は無敵といってこんないみがあるのよ、」と教えました。きっと知っていたのでしょうけれど。。。私は、思わず選手生活続けてくれるのでとっても嬉しいって言ってしまいました。 ニッキィがはじめてスウェーデン選手権でクリストッフェルと一緒にチャンピョンになったとき、ネディが二人のツーショットを写したのですが、その写真は私の宝物です。 早くニッキィも膝が元通りになってジャンプの練習、ちゃんとできるようになればよいのですが。。。 ニッキィの新しいショートプログラムはちゃんとできたら、かなり素敵なプログラムになると思います。今から楽しみ! 今は内緒ですが、私の大好きな大好きな人のプログラムだった曲を使っています。 こんなすごい曲はかえって難しいのではないかと心配しましたが、ターニャがこれはニッキィのプログラムになるのだし、シニアが使っては難しいかもしれないけれど、こんな小さな選手がその子なりのプログラムにしたら、とても良くなるっておっしゃっていました。ホント、そんな感じがしてきました。 久しぶりにUppsalaでシューマンのピアノ協奏曲を聴いてきました。
シューマンは、クライスレリアーナや、ピアノソナタなど大好きでした。そしてこのコンチェルトも好きな曲のひとつでした。ウプサーラ大学の音楽堂はとても素敵な建物だったけれど、ちょっと音がこもった感じが気になりました。でも、久々のコンサートはとても嬉しい気分になりました。 その後、一緒に行った友人たちと中華レストランでちょっと早い夕食をいただいて、これもまた美味しくて、特に肉まんと野菜まんがなんとも美味しくて、お土産に12個もお持ち帰りをしました! シューマンはクララと8人もの子供に恵まれて、幸せだったはずですが、最後には梅毒になってしまったり、自殺未遂をしてしまったり、クララは本当にブラームスと不倫をしていたのでしょうか。子供の一人はブラームスの子供だったのでしょうか。 まあ、どちらにせよ、昔の作曲家は本当に沢山の素晴らしい音楽を良く生み出したものだと思います。 いったいどんな頭の構造をしていたのでしょう。 ブラームスの交響曲4番や、ラフマニノフのピアノ協奏曲3番や、ベートーヴェンのエンペラーなんて聞いていると私は涙が出てきてしまいます。 今日はニッキィの膝の調子が悪くなかったら、本来ならエリートシリーズの試合に出ていたはずでした。 ノルウェーのソンドレ選手が1位だということですが、ニッキィが出場できずに本当に残念です。 ダンネも一緒に会場までは行ったものの、やはり棄権だったそうです。 ミッケからはSMSがきて、ショートは1回目のジャンプでサリエンに突っ込みそうな着氷をしてしまったそうですが、後はうまくいっているみたい。明日のフリーしっかり頑張ってほしいものです。 フィンランディアトロフィーに出場したクリストッフェルはショートはなんと1位、フリーで失敗があったのか、4位になり総合2位。残念だったけれど、すごいなと思いました。 私はというと、なんだか気持ちが落ち着かず、心ここにあらずという感じです。 もうすぐ日本へ行きますが、両親の具合があまり良くありません。心配がいつも頭によぎっていて、このところちっとも落ち着いていることができません。 この日記も二人のために書き始めたのに、今ではもう、パソコンをいじることもしなくなった父。。。 今はみつぐ苑というところへショートステイをしています。1週間の予定でしたが、13日まで延長したということでした。 健康が第一です。健康以外の何もいらないって言う感じ。。。
先日の日曜日は、ニッキィは散々でした。せっかく、膝の調子も少しずつではありますが、良くなりつつあるようで、この週からジャンプの予備練習を始め、この日は久しぶりVallentunaのスケート場へ行って、1回転ではありますがジャンプの木曽練習を始めたのでした。でも、あの子、厄年なのかしら。疫病神に取り付かれているのかしら。。。
オレンジページにじゃがりこのようなものの作り方がでていたので、作ると言い出したのです。私もネディもそのときは疲れていたし、面倒だったから、いやだといったのに、どうしても自分で作るといって読めない漢字を私にきいて作り始めていたのです。 私は、その日、イヴのヴァイオリンのアンサンブル「クラスローフィオール」のコンサートをパパとネディと聴きに行った帰り、センターで3人で遅いお昼も食べた後、帰ってきて眠り姫になってしまっていたのでした。クラスローが5月にエストニアに演奏旅行に行った際、お返しにこんどはこちらに秋に来てもらうという約束をして、このたびエストニアのアンサンブルが演奏旅行で来たのでした。金曜日から日曜日までイヴたちはそのアンサンブルの人たちと、講習会に出たり、演奏会に出たり、ストックホルム市を案内したりと大忙しでした。 さて、ニッキィの話に戻ります。 そうこうしているうち、謙が戻ってきた音も聞こえていたし、ニッキィがどの鍋で揚げるのかなんてききにきていたのも生返事して眠り姫をしていたら、ニッキィのすごい声が聞こえてきたので、いやな予感がして、飛び起きていきました。 すると、謙がキッチンで飛び散った油の始末をしており、ニッキィは蛇口でジャージャー水を流し顔を付けていました。 何が起こったかすぐに想像でき、恐ろしくなりました。謙が言うにはじゃがりこが爆発して、ニッキィの顔に油が飛んだということでした。 とにかく水で冷やし、アイスノンで冷やし、濡れタオルで冷やし、シャワーで冷やし、冷やすことをいろいろして、やっと9時過ぎに少しだけ落ち着いてスープを作ることができ、遅い遅い夕食をすませました。 その間もニッキィはぬれタオルやアイスノンを顔面につけて冷やしながらの食事でしたが、スープを2杯もお変わりして食欲があったので少しだけ安心しました。 全く、。。。私もつい先日油がチッっと飛んできて、かなりいたい思いをしたので、あんなちょっと、たった1点だけだったのにあんなに痛かったので、どれだけ痛いだろうと思うだけでかわいそうでなりませんが、どうしようもありません。 ニッキィの作ったじゃがりこの残りを揚げてあげました。あとできくと、一番強い火で一気に入れたので、爆発したようですし、謙は大笑いしていましたが、ニッキィが鍋の中を覗き込んでいたということでした。 じゃがりこはびっくりするほど美味しくできました。冷やしているニッキィの口に運んで食べさせてあげました。なんだか随分高くついたじゃがりこです。 オレンジページには弱火でじっくりと揚げるって書いてあったのですが、ニッキィは強火で高温で揚げてしまったのでした。 私も、眠り姫をして、母親を怠っていたので、かなり反省しています。。。 ずっと冷やし続けて、夜中にソファで眠り始めたので、しばらくそのまま寝かしておきました。ミオちゃんと最後の遅い散歩から戻ってから、ニッキィの洋服を脱がせてベッドに連れて行きました。 そのころは冷やしていたタオルももう必要なかったようで、すやすや寝始めたので、一安心したというわけです。 顔面赤くなっていたのですが、朝になるとだんだん茶色っぽくなってきました。目の周りが最後まで痛かったようでしたが、朝になってみると額のほうがひどかったようです。きっと目の周りは皮膚が弱くて敏感なのでしょう。 目の中に油が入らなかったのは本当に不幸中の幸いでした。コンタクトレンズも守ってくれたのでしょう。 翌朝はすやすや寝ていたので、欠席届を学校に出して休ませました。 スケートのトレーナーのターニャに話すと、彼女も一度ポテトフライをしていたら、爆発して、体中に油をかぶったことがあるとおっしゃっていました。 そのときは顔を背けたので、顔には来なかったけれど体中が油をかぶり、その場で洋服を脱いで捨てたということでした。 これからスケートシーズンでスケート場での食事となってポテトフライが頻繁に登場するだろうから、家ではもうポテトフライは作らないのね、と冗談を言っておりましたが。。。 さて、ニッキィは学校や、チェロや、スケート場やらに行くたびに人々からどうしたの、と聞かれ、そのたびに説明するのに疲れた、と言って降ります。 スケート場も2つのクラブで練習しているので、ソーレンテューナもヴァーレンテューナも一通り説明が終わり、チェロのレッスンでも、そして、学校でも一通り説明が終わり、昨日は膝の治療に行ったので、そこでもせつめいをし。。。後は明日の日本人学校だけだ、といっています。 まあ、この程度で済んだからよかったのですが、今年は、スタートはとても良かったニッキィでした。 スカンジナビアのチャンピョンにもなり、強化選手にも選ばれるところだったのに、この夏以降、膝を痛めてからジャンプの練習を禁止され、スケートはいまひとつ前に進めず、試合も4つ、見送ってしまいました。 ターニャは昨年きつすぎたから、天から授かった休暇だと思って休みなさい、といってくれるけれど、やっぱり普通にジャンプの練習もして試合にも出たいニッキィです。 早く良くなると良いのですが、昨日、膝の治療に行ったら、針と電気ポンプのようなもので筋肉を何とかしている治療などをうけ、来週が最後になるだろう、ということでした。そうなればよいけれど。。。 ニッキィの膝の心配、実家の両親の心配、仕事のスタート、日本人学校の運営、などなど、考えることやることがいっぱい過ぎて日記を更新するところまで行きませんでした。
ニッキィの膝は相変わらずで、時にはジャンプなしの練習、時には休んだりと、ちゃんとした練習がまだできずにいます。 9月はじめに運動選手とダンスの専門のエジプト人の専門家のところに行きました。プライベートなので、一回の診療に600krもかかります。でも、それでも治るのなら、という親心です。 そのときはなにやらポンプのような器械で右太ももの筋肉を吸い上げるような治療をしました。その後は3日間安静にしていなくてはなりません。 ちょうど週末ニッキィはクラスの旅行でゴットランドに船で行った為、練習はできなかったのですが、自転車に乗って過ごしたようで、大丈夫だったのかな、と心配です。 でも、元気に戻ってきて6日からは練習を始めたものの、9日に再びAzizのところへ行き、今度は針治療をされました。 その後です。痛みが増してきてしまい、練習はできなくなりました。 針治療は一度に治ってしまう場合もあれば、一時的に帰って痛くなったりする場合もあるので、少しは心配でしたが、まあまあ、良くなっている証拠か、と思っていたのですが、いつまで痛みが取れない様子なので、ニッキィもAzizに電話したりしました。私も知人で針の先生をしていらっしゃる方に思わず電話をしてお話を伺ってしまいました。 昨日、針治療の2回目をして、まあ、様子を見ているところです。 本当だったら、オーストリアのジュニアグランプリに出ているところだったのに。。。でも、今の時点で男子のジュニアのショートが終わっておりますが、日本を始め、世界のジュニアのレベルの高さに、ターニャが言うようにまだ青少年のニッキィをそんなに焦ってジュニアでインターナショナルの試合に出す必要がない、というのがわかる感じがしました。 Azizを紹介してくれた昔のニッキィのトレーナーもスケート協会が選手を壊してしまっているかも、といっていました。そう、もしかしたら、前シーズンの忙しさの疲れがどっと出ているのかもしれません。 前シーズンは毎月、スウェーデン全国を試合に出て、何度も強化合宿があり、その上、スカンジナヴィアのノルディックや、北欧内とはいえ、外国にも行き、遠征の試合試合の連続でありました。 ターニャがいうように、天が授けた休暇だと思ってゆっくり休むと良くなる、というようなものなのかもしれません。 それにしても速くよくなります様に。。。 実家の両親もいまひとつ。。。 主治医とメール連絡が取れるようになったのは本当に安心です。 秋休みに日本へ行かなくてはならない、と思っています。謙が長いこと日本へ行っていないので生きたいといっていたからこの時期、一緒に行けるか仕事の調整もしてもらっています。 私のほうも秋休みは1週間なので、前後調整してもう少し時間が取れるようにしなくては、と思っています。 ミオちゃんは生理のため、今はほとんどキッチンで過ごしています。私も家にいるときはなるべく一緒にキッチンで過ごせるようにしていますが、玄関先の階段のところで外を見ているのも好きなので、今は玄関先につないでおります。 散歩のとき、友達のヴァルテルなどと会うと大喜びしますが、今は、一緒に遊べません。 良く行く犬用の公園も今はおあずけ。。。 母に買ってあげたデジタルフォトフレームがお気に入りのようで、夏に買ったときはちょうど持ち合わせた写真を少し入れてあげただけでしたが、今、SDカードに色々な写真を整理しているところです。 デジカメの前の時代の写真をスキャンして整理しようと思いつつ、なかなかそこまで行きません。 膝が痛いニッキィは、結局、痛くない程度の練習はして良いということで、別にものすごい怪我をしているわけではないらしいので、少しは安心ですが、ジャンプはしてはいけないし、痛いと感じたら練習もやめなくてはならないという条件でやっております。不幸中の幸いというか、先週は、風邪を引いたらしく喉が痛いので、喉が痛いときはスポーツ選手は練習を控えなくてはならないというところから、木曜日からスケートは休んでおりました。
月曜日にスタッファンという専門家に、水曜日はペーテルという専門家に診てもらいました。二人とも同じ意見で、3週間の休みのあと急にハードな練習をしすぎて体が追いついていかなくなったから、ということです。やはり3回転の練習は大変なのでしょうか。 水曜日の帰りには、入院しているダンネの病院へもお見舞いに行きました。もともとスマートなダンネでしたが、すっかりやせて目もくぼんでしまって、2週間以上も熱が上がったり下がったりを繰り返し、本当に痛々しげでした。腕には刺すところがないほど点滴の後が沢山。。。 でも、週末には退院ができて、本当に良かったです。 恐ろしいほどの抗生物質を投与されているようですが、ほんとに早く元気になって、ダンネとミッケとニッキィの氷の上での練習を見たいな、と思いました。3人が3回転を練習するのを見るのは本当にいつになるでしょう。 ニッキィは本当は先週、強化選手の合宿に参加することになっていたのに、それも行くことがでず、来週予定されていたオーストリアでのジュニアグランプリにもいくことができず、しかも9月末のエリートシリーズの第1戦もニッキィとダンネは出ることができません。 なんというシーズンの始まりでしょう。。。 早くダンネとニッキィが元気に氷の上を跳べるようになりますように。。。 イヴの日本人学校時代の友人が数年前からピアノに興味を持ち出して、久石譲の曲から始まって今はクラシック音楽も弾いているという話は、前にも書きました。
彼から「本物のグランドピアノで練習をしたいからピアノを貸してくださいますか?」と、ものすごく丁寧な言葉で電話がかかってきました。 イヴと信じられないようないたずらをして外で遊びまわっていた小さいころから良く知っている子なので、本当にこんな丁寧なお電話いただいて、私のほうが対応に困ってしまうほどでした。 結局、その子やうちの弟たちが日本人学校が終わったときに一緒に我が家に来て練習をすることになりました。 私は、我が家のパパが水曜日から1ヶ月ブルガリアに行ってしまったので、誰かが来てくれるのは嬉しいことでした。 イヴは、友達のピアノの練習の邪魔になるからって、自分の友人のところへ行きましたが、私が夕食にバーベキューをしようと思っていたので、我が家ではバーベキューはいつもイヴたち、男の子の仕事だったので、その友達も一緒でよいなら夕食の時間に帰ってくるといいました。 イヴは結構、このように良く気を利かせて思いやりがある子なので、私は大好きです。 さてさて、ピアノの練習の合間には、お母さんが用意してくれたカップラーメンを私たちもいただきました。 そのお母さんと私はとてもよい友人関係を保っております。年代はものすごく離れているのに、彼女もすっかりお母さんになって、私は万年36歳といっているのも手伝って、年代を超えてよい友人関係が保たれているのは嬉しいことだと思います。 彼女も私も、眠り姫になるのが大好きです。特に土曜日の午後のお昼寝は最高です。 私は、この日はとても張り切っていたので、バーベキューの下準備を始めましたが、彼女にはどうぞ横になって、と勧めて私のお気に入りの昼寝の場所、リビングのソファーなのですが、そこを提供しました。 犬のミオをそこの足元に座らせての昼寝が最高なのですが、何を勘違いしたのかミオもすぐそのソファにのってくるので、だめだめと追いやって彼女を寝かしました。 嬉しいことに、とてもくつろいでくれて、すやすやと眠ってしまいました! 私は、つい嬉しくなって、ブルガリアのヨーグルトでできた冷たいスープ、新じゃがのこふきいも、肉きってバーベキューの漬け汁につけ、色々な野菜も温野菜として焼けるように準備し、サラダも用意したころ、イヴも友人たちと戻ってきてバーベキューに火をおこして、ニッキィは外のテーブルセッティングをしてくれて、そのころ、我が家にやってきた眠り姫が王子様のキスなしで、目覚めてきました。 彼女と私は全く違った性格の違った人間なのですが、(色々話を聞いていると、どうも彼女の旦那様と私が結構似ているんだと思います。)なぜか気が合い、家の中もしっちゃかめっちゃかな状態でもまあいいかって、お呼びすることができるのは、なんとも嬉しいことです。全く違った性格とはいっても、結構似ている部分も沢山あるのかもしれません。 しかも、そんな彼女が私の包丁の音を聞きながらすやすやと爆睡してくれるのも、なんとも嬉しいことでした。 車で連れてきてあげた上に、夕食も息子二人とお母さんにご馳走して、ピアノも貸してあげて、しかも昼寝までつけてあげたとは!グランドホテル1泊とディナーくらいの貸しができたぞ!(笑) このことをここに書くことに許可をしてくれた友人、爆睡の写真を撮っておけばよかった、と後で二人で残念がりました。
いつも健康が第一と思ってすごしていますが、今ほどそれを思い知らされることってありません。
あれからニッキィは膝の痛みでスケートの練習がほとんどできません。 振り付けをやったり、ステップだけの練習をしたり。。。でもトレーナーのターニャもしばらく休んでも良くならないから心配して、本日、専門家に診てもらうことになっています。 普段痛いわけではないので、いわゆる成長痛ではない感じがします。 使い始めると(スケートを始めたり、特にジャンプ、また、走ったり、階段の上り下りなど)痛くなるようです。変な怪我で泣ければよいけれど。。。 また、ダンネの高熱は敗血症ということで、高熱が引いたかと思うとまた高熱の繰り返しで、もう1週間以上たっているのにいまだに退院できない状態でおります。 いったい、どうしてしまったのでしょう。。。 ターニャも二人も選手が練習できない状態で、心配がかなり大きいようです。 ニッキィは今週予定されていた強化選手の合宿にも参加できそうもありません。また、ジュニアグランプリも無理です。まあ、これは不幸中の幸いというか、ターニャはまだニッキィをそんなところに出したくないというところなのですが、スケート協会が結構急いでいるような歩調の合わない感じがあったので。。。 本来はニッキィはまだ青少年のクラスなのに、ジュニアのクラスで試合に出なくてはならず、プログラムも青少年用とジュニア用と時間が多少違っているので、4種類も用意しなくてはならないのが、大変だと思っていました。 まあ、どちらにせよ、とにかくニッキィの膝とダンネの病気が良くなることを毎朝神様仏様にお祈りしているのですが、この祈りがちゃんと届きますように。。。
昨日13日はストックホルムのノーベル賞授賞式の開催されるコンサートヒューセットというコンサート会場でショパンマラソンという、スウェーデンのピアニストによるショパンのピアノ曲のマラソンが午後3時から14日の朝3時まで行われました。
イヴの日本人学校での親友が、大きくなってからふとピアノを弾き始めて、今では久石譲の曲だけでなくクラシックのピアノにもとても興味を持ち始め、彼が3時からききに行っていると言うので、私も彼のお母さんと夜になってから出かけました。 イヴはというと謙などもききに行っていたグロナルンドという後楽園のようなところでロックコンサートに友達といっておりましたが、帰りにここのショパンマラソンに来るようにと、待ち合わせていたのでした。 何の行列かというほど演奏会場の外まで長蛇の列でした。さすがに無料のコンサートだとこんなにも人が集まるのか、とびっくりしました。 私たちは10時ごろ入りました。 次の曲のころ、イヴが到着しました。 イヴはコンサートの中で一番良い曲を聴いた感じでした。バラードop.23を聴いていると、今は亡き私の恩師、田中園子先生を思い出し、涙が出そうになりました。 その次はエチュードのop.25の全曲でした。1曲弾くのも腕が疲れるのに、12曲、休みなしに弾きこなすなんて、とびっくりしました。音大時代の苦しかったレッスンを思い出しました。「フレーズを何できれないの?自分でわかるように何とか注意書きを書き入れなさい!」なんて、ちょうど私の先生がアメリカに行っている間代講だった厳しい先生に、怒鳴られたところ、こうしてきいていると確かにその部分ではフレーズをきらないとおかしいのに、なぜかその部分で切ることができなかった私。。。あれは何だったのだろう。。。と思いました。 そのほかワルツなどいくつか聴きました。中にはとても速いテンポで淡々と弾いているピアニストも居て、ちょっと淡々としすぎているな、と思いましたが、前に座っている女性は頭でテンポを取って、嬉しそうに聞いていたので、意外でした。 そうこうしているうちに、ニッキィが一緒にスケートの合宿に行っているダンネのお母さんからダンネが41度7部の高熱でサントヨーラン病院に来ているとSMSが入りました。 実はこの夜、ニッキィとダンネとミッケはリンショーピングという街から戻ってきて、1週間一緒に射たのも足りずに、ミッケとダンネの家に一拍するのだといってあちらの家にお世話になるはずだったのです。 私はびっくりしてコンサートもその後はマズルカやノクターンだったので、そんなに魅力もなかったのも手伝って、ニッキィを迎えに行くことにしました。 ダンネは太ももの内側に炎症があったのですが、それが原因か何か、いまだにわかっては居ないのですが、たぶんバクテリアの炎症を起こしているらしく、とりあえず、点滴と抗生物質で入院という事になってしまったのです。 朝は少し熱があって、具合が悪かったそうですが、その後、前日にいった病院でもらった薬を飲んだら、熱も引いて気分も良くなり、スケートの練習は控えたようでしたが、帰りの汽車の中でも原器だったようです。ところが迎えの車の中で急に震えだして高熱に襲われたと言うわけです。 CTスキャンやレントゲンや血液検査などをしているようですが、どのバクテリアかわかるまで時間がかかるそうで、今はとりあえず色々なバクテリアに効く抗生物質を投与している状態で、月曜日になったらはっきりしたことがわかり、そのバクテリアにきく抗生物質に変えることができると言うこと。。。 彼の従姉妹は22歳のとき、スウェーデンでハルスフルスといわれる喉の痛みのバクテリアで抗生物質を与えられ、良くなった感じがしたので、最後まで飲まずに薬を捨ててしまったところ、感知しなかったので、バクテリアが脳までいってしまい、倒れてしまったそうです。ところが病院では脳出血か何かかと思って別の方向で調べていたので、手遅れになり、生と死の間をさまよったとのこと。。。 たかが、喉の痛み、と思っていると大変なことになります。 現在29歳の彼女は法律を勉強を続けているそうですが、言語障害を残してしまったそうです。 ダンネは私たちにとっても自分の子供や兄弟と同じくらい大切な人なので、一日も早く元気になって欲しいのです。
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