2011.09.16. すごい! ネットの世界

便利な世の中になったものです。私が子供の頃は(というより、つい一昔くらい前までは)、日記というと日記帳に綴ったものでしたし、ペンフレンドというのがいると、切手を貼ってポストに投函して、郵便屋さんが運んでくれる手紙を楽しみにしたものでした。
ところが今は、インターネットで日記が書ける、調べものができる、ペンフレンドはメル友とか言って瞬時に意見交換ができてしまうという世界。電話もインターネットでビデオ会話ができてしまうからうっかりお風呂上がりに電話なんてできません。だから私は本当の電話を主に使っているのですが。。。
その電話だってこのごろは携帯が主で、私が両親と住んでいる頃は長話をしていると、「もう、いい加減にしなさい」と書かれたメモを母が持ってきて電話している私の目の前においていったものでした。
テレビだって何処の家出もチャンネル争いというのがあり、テレビを2台、3台と持っている家庭はあまりなかったし、今はテレビも各部屋にあるだけでなく、インターネットでパソコンの前でそれぞれが好きなものを見ているような時代になってしまいました。なんだか味気ない感じです。
久しぶりにテレビの前で家族と一緒に見ると、やっぱりああでもないこうでもないといいながら見る方が楽しいと思います。

こちらスウェーデンではFacebookというのがとても流行していて、私も数年前友人を助けるためのスローガンを掲げたグループに参加して人数を増やすのに協力してほしい、と言われFacebookを始めたのがきっかけで、あまりアクティヴにはしておりませんが、数ヶ月前に私が中学校のとき英語の勉強のために文通をしていたドイツに住む人から連絡がありました。はじめは誰だろうと思ったのですが、よくよく見ると彼女の旧姓も書いてあったので、「あっ」とびっくりして早速返事を書き、今ではメル友になって、数十年の音信不通の期間を隔て、再び文通が始まったのでした。一つ違っているのは、少女の頃はかわいい便せんを買ってきたり、ちょこっと何かを同封したり、クリスマスや誕生日にお互いにプレゼントを贈ったりしましたが、今はどんな字を書いているのかも互いにわかる事もないパソコンの世界です。

それからもう一つ、私の小学校のクラスでは卒業してからずっと毎年クラス会をしています。私も東京に住んでいた当初は参加していましたが、もう、参加する機会もなく、それでも連絡をくださる幹事の方や仕事でこちらに来たりするクラスメートとは細々ながら連絡し合っていました。
一人、勉強もスポーツも音楽も何もかも抜群にできるクラスメートがいました。幼稚園の頃から一緒だった近所の人だったのですが、その人は頭が良すぎて、そういう人たちの通う学校へと進学していき、全く住む世界が違ってしまい、それ以後はほとんどあう事も連絡を取り合う事もなく数十年が過ぎてしまっておりました。
私は、全く目立たない、ごくごく普通の子供でしたから、クラスだけでなくクラス以外の学校中の人気者のその人には、私以外の沢山の少女たちが幼い恋心を抱いていたので、私が好きになろうなんて思ったこともありませんでした。
でも、ある日、友達のその人への気持ちを助けてあげようと私たちが通っていた日曜学校の何か催し物があったとき、私が近所に住んでいて話しやすかったこともあって、誘ってあげたのでした。
ところが、私が友達の恋のキューピットになるはずだったのに、その人に誘った事を大変喜んでいただき、何と、その人が私の事が好きだった、という事がわかって、びっくり仰天、ということが起きてしまいました。
その後も、お互いに学校が違ってしまったのでしたが、私は地元のごく普通の学校へ行き、ごく普通の塾で楽しく過ごし、(当時の塾には進学塾と私のように楽しんでみんなで勉強するような塾とがあったのです。)頭の良いその人と、お互いの塾でもらってきた問題を見せ合ったり、私がわからないところを教えてもらったりしました。
とは言っても勉強があまり好きではなかった私ですから、それは、少しありがた迷惑みたいな感じがあったのですが、その勉強にもれなくついてきた「文通」(交換日記みたいなもの)が、魅力でした。

私は一人娘でしたが、両親の友人の子供に男の子が多かったり、近所の母の友人たちも男の子を持っている方が多かった事なども手伝ってか、我が家には結構いろいろな男の子が出入りしていました。だから、交換日記や問題集を私に渡しにその人が来ても、全く問題がなく、ちょうどその人もピアノを習っていて、アメリカの私が大好きだったピアニストが日本に来るとわかった時は即座にそのチケットを買ってもらい、その人にも気楽に一緒に行こうと誘ってしまったのです。そのピアニスト、チャイコフスキーコンクールで見事第1位になった当時、ソビエト連邦とアメリカ合衆国の冷戦の中の出来事は当時かなりな話題になったそうですが、ヴァン クライバーンときくとほんのり甘酸っぱい小さな恋の思いがよみがえってきます。
ところが、まだまだ若い少年少女が夜出かけるという事が大変な騒ぎになったその人の家庭では、絶対にコンサートにいってはいけないということになったそうで、私は一人でピアノを聴きにいったのでした。
そして特にこのベートーヴェンのピアノ協奏曲の5番が好きで好きでたまらなくクライバーンの弾くLP(当時CDなどというのはなかったのです。)をすり切れるのではないかというほど何度も何度も聴いてうっとりしていました。こんなに美しくキラキラした音で弾く人がいるなんて、と幼心に感動し、こんな人のお嫁さんになれるなら何もいらない、と、思うほどでした。


そんなこんなで、コンサートにご一緒できなかった彼とは学校も違って、音信不通になってしまったのでした。その方と今になって連絡を取り合うことができ、昔々の小さな恋の物語の交換日記がメールで再現されるようになったのです。
とはいってもお互い全く別の世界に住んでおり、環境も場所も何もかも違って、一生会う事もないのでしょうけれど、このインターネットのおかげで、それでも連絡が取れるという事は何とすばらしい事でしょうか。
今、大河物語を楽しみに見ていますが、あの頃の人たちはこんな世界があるなんて、想像もできなかったと思います。
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by obreykov | 2011-09-17 03:52 | 徒然なる生活
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