2011.12.05. ニッキィの誕生日に父もだいぶ回復か。

誕生日に近しい人が亡くなったり、近しい人の命日に誕生したりということがよくあるので、実を言うと私はニッキィの誕生日のこの日、父がどうかなってしまったらというわずかながらの不安がありました。12月1日の父の母親の命日は無事に乗り越えたので、本当にニッキィの誕生日はどうかと心配でしたが、母をデイサービスに送り出した後11時の面会に行きました。
本家の叔母と母の弟夫婦が面会に来てくれて父も目をうっすら開け、あーあーとしか言うことはできなかったけれど、私は父の回復に本当にほっとしました。
叔母たちと久しぶりに「鈴の屋」という日本料亭でお昼をご一緒しました。上品な鈴弁当で、久しぶりに美味しく食事がのどを通って行った気分でした。
午後にもう一度私一人で面会に行きました。
相変わらずの父の様子に安堵して、インターネットカフェに行き、メールのチェックなどをしてから夕方には戻りました。母も元気であまり父のこと、深刻に考えていないのはかえってよいのかと思いました。
父の担当の先生とも話し、父が延命治療を受けたくなかったことなど話して、もの凄い装備の人工呼吸器なども本人に苦痛になっていないのかなど訊きました。
本人にしかわからないけれど、苦痛はあるだろうということで、できるだけ痛い思い、苦しい思いをさせないでほしいことを頼みました。
現在父にしていることはあくまで治療であり、延命治療ではないこと、現在の日本では、この治療を取りやめることはできないことなどの説明がありました。私は、安楽死をしてあげてほしいと行っているのではありません。
ただ、父のように回復の見込みのない病気を抱えていて、苦しい思いをさせて1日1日延ばして行くより、痛い思い苦しい思いをさせない様な方法をとってほしいと願うのです。
回復の見込みがあるのなら、少々苦しい思いをしても、なんとか治療して治してもらいたいけれど、父が苦しそうにしているのを見るのは本当に辛いことでした。
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by obreykov | 2012-06-17 08:30 | 両親
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