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2012.11.25. あれから1年

父が入院してちょうど今日で1年目。
父の入院から死に至までを記録しようとし始めて、途中でとまってしまいました。でも、辛いけれど少しずつでも書いて行こうと思います。

あれから、もう1年が過ぎてしまったなんて、まるで昨日の様でもあるし、もうずいぶんと時が流れた様な気もするし、不思議な気持ちです。父が亡くなってしまったのは事実で受け止めているのに、なんだか今頃になって実感がなかったりするから不思議です。何かあると、父に相談してみよう、と思っていて、あ、もういないんだ。。。と思うことが多々あります。
一時の悲しい気持ちが薄れてなんだか亡くなったのが事実ではなかった様な気がしてきます。
それに、あの頃の自分自身も一体どうやって毎日を過ごせて、瀕死の父を残して、スウェーデンに戻れたのだろう、と自分自身の気持ちもわからなくなります。
あの時、はたして私は父は亡くならず、良くなると思ったのだろうか。。。だから、ちょっとだけスウェーデンに戻ってまた来る、と父に言い残してスウェーデンに戻ったのだろうか。。。私は父が死ぬはずがないと思っていたのだろうか。父は私に戻るようにと願ったのだろうか。私が戻るのを待つようにしてなくなった父。「夜爪を切ると親の死に目に会えないぞ。」と言っていた父を思い出します。爪を夜に切ったことあるから父が亡くなるとき私はそばにいることができなかったのかなと思うことがあります。
でも、私ははたして、あの時のこって、父の最後に向き合うことができたのだろうか。。。
父が亡くなったということを考えないように、朝の仏さまにお茶をお供えしてお参りする時は父に向かって話すけれど、亡くなったという実感を考えないようにしていたのに、こうして書き始めると、涙があふれてくる。。。
どんなに辛い20日間を過ごしたのかと思うと、かわいそうでならない。何と強い人だったのだろうと思う。。。

夏休みには一人で日本へ行き、6週間の滞在をして、相続のこと、家のこと、色々な沢山の手続きをなんとか済ませて、母を天草への旅行にもつれていき、少し親孝行もできたようで、また、無事に初盆も済ませて、納骨もすることができました。
何十年ぶりかで東京の高校と小学校のクラス会にも出席することができました。

秋休みには2週間ではあったけれど謙とイヴを連れて、もう一度日本へ行って少し早めの1周忌を済ませることもできました。
この2週間は時間との戦いのようでしたが、予定していたすべてのことをなんとかこなして帰ることができました。

父の闘病の後半、また少しずつ綴っていこうと思います。
みんなが健康で幸せでありますように。
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by obreykov | 2012-11-26 07:45 | 両親
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