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2011.12.10.一般病棟へ

朝、叔父たちが迎えに来てくれて一緒に病院へ行きました。
信じられないことですが、なんと午後には一般病棟に移るということ。びっくりしてうれしくてその日は日本に来て初めてショッピングをするために叔父たちがユニクロに連れて行ってくれ、まったく食欲も何もなかったのですが、とても美味しい回転寿司にも連れて行ってくれました。
私は始めて、ショッピングをする気分になって子供たちや母や私の洋服などを買う気になりました。
今まではどこに行っても商品を見ても目に入らず、父のために必要なものを病院から言われたとおりのものを買うくらいしかできなかったのに、人間の心とは本当に不思議にできています。

あの日は本当にうれしいだけでしたが、いま、1年もたって考えて見れば、一般病棟へ写るということは必ずしも回復に向かっているから移ったということではなかったのだろうと思います。
普通の人工呼吸器になったのも必ずしもよい方向へ向かっていたからではなかったのでしょう。
でも、あのときの私は単純だったのか、そう願いたいという気持ちからか、喜んでいたのでした。回復するはずがないのがよくわかっていたのに、認めたくなかったのか、でも、父が少しでも楽になってきたのかと錯覚していたのか、いまだに自分でもよくわかりません。

とにかく私は本当にうれしくて、お寿司も美味しくいただき、初めて熊本で何かを美味しく食べたような気がしました。子供や夫へのプレセントとして日本の洋服も買い、気持ちがずいぶんと楽になりました。

3時ごろ病院へ行くとちょうど一般病棟へ移ろうとしているところで私も手伝うことができました。
担当医はそのまま同じ先生だったので、安心しました。
あとで知ったことでしたが、担当医は父がお世話になっいたみつぐ苑の診療所の先生もご存知で、とても優秀な救命救急の先生でした。
ドラマで見ていたような救命救急が現実に本当にあわただしい毎日を送っているのを目の当たりにしました。

父にもよかったねよかったねと連発して安心して夕方には家に帰りました。
もう、30分以内の決められた面会時間ではなく、いつでも父に会いにいけるようになりました。
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by obreykov | 2012-12-14 20:11 | 両親
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