「ほっ」と。キャンペーン

2009.01.30 母の退院

まだ完治しては居ないのですが、家事などしない絶対安静を条件に母が退院して良い事になりました。
今日は、叔父夫婦がいつものように車で駆けつけてくれて父と私を乗せて、母の病院へ行ってくれました。

退院のとき、全員で院長先生から病状の説明などを聞き、本当に風邪が原因ではあったけれど、ほとんど手遅れ状態になっていて、肺腑種や、心臓肥大なども起こしてあと一歩で心筋梗塞さえ起こしそうになっていたようでした。
まあ、とにかく、完治はしていないものの、私がいる間に一度退院をして、今後の生活の練習をするようにという所です。

とりあえずは、ケータリングの会社もあるようなので、叔母が調べてきてくれて、早速、夕方その会社の人も訪問してくれ、説明を受け、月曜日からそれを利用してみる事となりました。
父はそういったものが大嫌いな性格ですが、とにかく私がいなくなってから、日々の買い物もできない状態で、家事も暫くはしないようにという事で、二人が完全によくなるまではそれで我慢して、と何とか強引に説得したのでした。
話を聞いてみるとこの辺でも数件利用しているようで、二人の生活にはかえってこんなものを利用した方が安上がりで、しかもカロリーや塩分などもしっかり計算されていてよいようです。
スウェーデンにもこんなのがあるなら、私はぜひ利用したいと思いました。
スウェーデンでは、ピザしか出前がありません。風邪をひいた時などうどんなどの出前がほしいとよく思いました。

久しぶり、母とゆっくり家でおしゃべりをして過ごしました。
夕食は叔母が持って来てくれたお赤飯と母の親友がわざわざ私のために新潟から取り寄せてくれた鮭を焼いて食べました。
母も喜んで食事をしてくれたし、この鮭は本当に美味しいものでした。
私もスウェーデンに帰ったら、塩水につけて塩鮭にしてこうしてアルミフォイルで包んでオーブントースターで焼いてみようと思いました。

夜は、テレビをそのままつけて母と話していると手塚治さんの特集をやっていました。
鉄腕アトムなど、懐かしいマンガも出てきて、見ているとリボンの騎士も出てきました。リボンの騎士を見ると思い出すのが、叔父です。
叔父が私がまだ小さい頃我が家に住んでいた頃、かならず、私に「なかよし」とか「りぼん」とか言う月刊の少女誌を買って来てくれていました。
私はリボンの騎士が好きで、いつも待ち遠しく待っていました。
だから、大きくなっても大人になってもこのリボンの騎士を見るたびにこの叔父のことを思い出していました。
叔父の部屋に行って、プロレスごっこをして「力道山の空手投げ』などといいながら布団の上に投げ飛ばされるのが大好きでした。

母の二人の弟の面倒を見た父も本当に素晴らしかったんだな、と思います。
そんな父が今は年を取ってイライラしたり怒りっぽくなっているのを見ると、心が痛みます。

父と母のところには還元水という身体によいという水を作る器械が備え付けてあります。私の従姉妹のご主人がその販売をして居るのですが、ちょうどカートリッジの交換時期になり、今日取り替えに従姉妹と一緒に来てくれました。
いろいろな話をしていて、『おじちゃん、イライラする時は還元水を飲んで腹式呼吸をするとよいですよ。また、俺が俺がの我をすてて、おかげ、おかげのげで生きていくとよいですよ。』という話に私は感動しました。
俺がした、俺がしてあげた、と自分中心に考えるのではなく、だれそれのおかげで今の幸せな自分があるという考え方に切り替えると自然に感謝の気持ち、優しい気持ちがわいてくるという理論です。
私も時間に追われイライラする毎日を過ごし、家族に当り散らしている事もよくもありますが、このように少し考え方を変えるとずいぶんと変わるだろうと反省しました。
[PR]
by obreykov | 2009-01-31 01:00 | 両親
<< 2009.01.31 がんばれ... 2009.01.29 忙しい毎日 >>