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ずっと書いていなかった

ずっとずっと書いていなかった私のブログ。
この数年で、インターネットの生活も変わってきて、パソコンより携帯やiPadなどを使うようになって、Facebookだのinstagramだのと携帯などで便利なものもたくさん出てきて、改まってブログを書いたり読んだりしなくなってしまったのでした。

思えば色々あったこの2年間。

一番大きな出来事はこのブログのサブタイトル的な家族6人のっていうところが5人になってしまった。。。大黒柱がこの春、天国にいっちゃって。。。
といっても、なんだか実感わかないのですが。
今頃は父と会っているのかな、この世の人じゃなくなったら外国語も何もなくなって話が通じているのかな。などと思う今日この頃です。

このブログの写真も古いまんま。でも変えるのもなんだか心寂しいような。。。ま、このままでいいか。男の子たちはパパよりも大きくなっちゃっているし、謙は街に小さなマンション買って一人暮らし。ちょっと遠いところの大学の学生アパートに住んでいたネディもこの夏卒業してとりあえずうちに戻ってきました。
オーストラリアの音大に留学していたイヴはパパの病気をきっかけに休学届けを出して戻ってきたまま。もうオーストラリアには戻らない様子です。そのほうが私は嬉しいけれど。

大変な2015年でした。これでもか、これでもか、というように私の前に困難や大変なことが次々と。でも父がいっていたように私はかなり強い女なのか、なんとか、なんとか、ここまでやってきた。頑張っているわけじゃないけれど、とにかく前を向いて進むしかない。
健康第一でいこう!

仕事があってよかったとつくづく思います。仕事場に行って忙しくしているとあっという間に1週間がすぎ、余計なこと考える時間がなくて済みます。

今日はとても懐かしい方からメールをいただいて、なんだか、心がぱあっと晴れてきたような気分になってきました。だから、こうしてブログを書いてみました。ありがとう、懐かしい素敵な方!
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by obreykov | 2015-09-28 07:05

2011.03.03. ひな祭り その2

今日、ニッキィがスケートをしている間、買い物に行ったら、桃の花や猫柳を売っていたので、ついつい桃の花を買ってしまいました。
桃の花?よくよく考えたら、プラムの花って書いてあります。まあ、いいか。。。

今はスポーツ週間で学校や私の仕事も休み。この時期はいつも家族でスキーに行っていたのですが、去年も今年も行っていません。
子供たちが大きくなってしまったのやら、ニッキィのスケートが忙しいのやらで、ゆったりとした1週間を過ごしています。
このころになると外はまだまだ雪が沢山で真冬の感じが残っているのですが、陽もだんだん長くなりつつあり、私の花粉症を感じるので、確実に春がやってきていることを感じます。
変なところが似るもので、謙もアレルギーがこのごろひどいようです。

謙は先日、マルティンとロンドンへ遊びに行って来ました。友人のエンマのところへ、マンチェスターに行っているペーテルや、数人で泊まることになっていたら、翌日だったか、エンマの家主が来て、友達を止めてはいけないといって追い出され、マルティンと謙は5つ星の高級ホテルに泊まりにいき、他の友人たちはお金がなくて別の友人のところへ転がり込んだといっていました。
私なんて、いつもどこでホテル予約したらいくら安いかな、と必死になっているのに。。。

さて、私はというと、4月に高校時代の友人たちとEUの陣と名づけたクラス会をパリで開催することになり、パリへの旅へと向かいます。
ヨーロッパに住んでいる日本人でパリに行ったことのない人はたぶん私くらいだと思いますが、本当に初めてのパリです。父が一番行きたいところで、とうとう実現しなかったところだったので、父の分も沢山見てこなくちゃと思っています。
父とは2月16日のたんじょうびに久しぶりに電話で話しました。思ったより元気そうで本当に安心しました。

2月は母も誕生日、謙も誕生日で我が家は3つも誕生日が重なります。
父と母がこちらに来ている冬は次々とケーキ作りをし、謙の誕生日ころにはケーキも食べ飽きたような感じでした。
今年の謙の誕生日は当日謙が夜の洋裁学校に行く日だったので、翌日来ました。
私はオードブルにスモークサーモン、メインに仔牛のヒレ肉とアントレコのステーキ、故障ソース添えと温野菜、そして最後のケーキは美味しそうな苺を見つけたので、デコレーションケーキにしました。苺もスライスして全体に薔薇の花びらのように飾り付けました。

謙がロンドンに立つ前日、荷物などもあるので、謙の洋裁学校に迎えに行き、そのまま、謙の一人暮らしのアパートへ行きました。なかなかちゃんと生活をしているようで、安心しました。洗濯物をもらって帰り、久しぶり洗濯をしてあげました。久しぶり謙は我が家に泊まり、翌日早朝、飛行場までマルティンと一緒に送ってあげたのでした。

話がどんどん前後しますが、2月12日にはニッキィがヨーロッパ青少年の冬季オリンピックに出場のため、スウェーデン選手団としてチェコへ向かいました。バンクーバーオリンピックのときの制服と同じものを頂き、黄色と水色のスウェーデンの選手団は元気に旅立っていきました。
すべて選手の制服を着ることになっていて、ジーンズだけニッキィのサイズがなかったので自分のジーンズを着ても良いことになっていましたが、リュックも旅行かばんもすべておそろいです。
私たちは翌日チェコに向かいました。
オリンピックの話はまたこの次に。。。
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by obreykov | 2011-03-04 07:40

2011.03.03 ひな祭り

今日は、なんとお雛様ではありませんか!
ずっと日記を書いていなかったので、自分でもびっくりしてしまいました。
忙しかったのはもちろんですが、書かなくなると、何からはじめてよいやらわからず、そんなことの繰り返しでとうとう、日にちだけが通り過ぎていってしまうという悪循環!

お雛様はとうとう出してあげることもなく、今日も終わりになりそうです。でも、出してあげなくちゃ!
と思い、遅ればせながら今から出してきます。
やっぱり、出して見るとなんと可愛いお内裏様とお雛様!

続きはまたあとで!
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by obreykov | 2011-03-04 01:52

2010.12.29.その2 ハリーポッター

遅ればせながら、昨晩、こどもからDVDを借りてハリーポッターの6番を見ました。なんと、なんと。。。ダンブルドさん、亡くなってしまったのですね。。。毎回誰かが死んでしまうということ。。。最終回では誰が亡くなるのかと子供に聞くと、本を読んだらって言われてしまいました。
それが面倒だからきいているのに。。。しかもなんだかややこしい名前やら呪文が多くて日本語の本で読んでも難しいくらいでした。
ところがこのごろは便利な世の中でインターネットで検索して、私はずるをして、最終回はどうなるかあらすじって言うものを読んでしまいました。
なーるほど。
こうなるのかあ。。。ちょっと意外だったな、と話すと、子供たちが、ママは鈍感だからわからないって笑われてしまいました。
まあ、でも19年後のハリーポッターも、考えて見るとなるほどって思いました。

小栗旬の獣医ドリトルというドラマがちょっと前に終わりましたが、なんてかっこいい青年でしょう。
流れ星に出ていた松田翔太や、塚本高史なども私の中のイケメンだなあ。。。

それから、先日の夜は、マリーアントワネットの映画をテレビでやっていたので、見ました。日本からお客様が来ると必ずフェルゼンのお城へご案内しています。
ベルサイユの薔薇が大好きだったけれど、この映画のマリーアントワネットもなかなか可愛らしく、また、普通の女性としての観点から描いている感じでなかなか良い映画でした。
オスカルさまが出てこないのはちょっと残念でした。日本に住んでいたころ映画館で上映されたレディオスカルって言う映画がとてもきれいだったなあと、思い出しました。

思いっきりぐずぐずと過ごしている冬休みです。
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by obreykov | 2010-12-30 02:56

2010.08.28. くつろぎのお客さん

イヴの日本人学校時代の友人が数年前からピアノに興味を持ち出して、久石譲の曲から始まって今はクラシック音楽も弾いているという話は、前にも書きました。
彼から「本物のグランドピアノで練習をしたいからピアノを貸してくださいますか?」と、ものすごく丁寧な言葉で電話がかかってきました。
イヴと信じられないようないたずらをして外で遊びまわっていた小さいころから良く知っている子なので、本当にこんな丁寧なお電話いただいて、私のほうが対応に困ってしまうほどでした。

結局、その子やうちの弟たちが日本人学校が終わったときに一緒に我が家に来て練習をすることになりました。
私は、我が家のパパが水曜日から1ヶ月ブルガリアに行ってしまったので、誰かが来てくれるのは嬉しいことでした。
イヴは、友達のピアノの練習の邪魔になるからって、自分の友人のところへ行きましたが、私が夕食にバーベキューをしようと思っていたので、我が家ではバーベキューはいつもイヴたち、男の子の仕事だったので、その友達も一緒でよいなら夕食の時間に帰ってくるといいました。
イヴは結構、このように良く気を利かせて思いやりがある子なので、私は大好きです。

さてさて、ピアノの練習の合間には、お母さんが用意してくれたカップラーメンを私たちもいただきました。
そのお母さんと私はとてもよい友人関係を保っております。年代はものすごく離れているのに、彼女もすっかりお母さんになって、私は万年36歳といっているのも手伝って、年代を超えてよい友人関係が保たれているのは嬉しいことだと思います。

彼女も私も、眠り姫になるのが大好きです。特に土曜日の午後のお昼寝は最高です。
私は、この日はとても張り切っていたので、バーベキューの下準備を始めましたが、彼女にはどうぞ横になって、と勧めて私のお気に入りの昼寝の場所、リビングのソファーなのですが、そこを提供しました。
犬のミオをそこの足元に座らせての昼寝が最高なのですが、何を勘違いしたのかミオもすぐそのソファにのってくるので、だめだめと追いやって彼女を寝かしました。

嬉しいことに、とてもくつろいでくれて、すやすやと眠ってしまいました!

私は、つい嬉しくなって、ブルガリアのヨーグルトでできた冷たいスープ、新じゃがのこふきいも、肉きってバーベキューの漬け汁につけ、色々な野菜も温野菜として焼けるように準備し、サラダも用意したころ、イヴも友人たちと戻ってきてバーベキューに火をおこして、ニッキィは外のテーブルセッティングをしてくれて、そのころ、我が家にやってきた眠り姫が王子様のキスなしで、目覚めてきました。

彼女と私は全く違った性格の違った人間なのですが、(色々話を聞いていると、どうも彼女の旦那様と私が結構似ているんだと思います。)なぜか気が合い、家の中もしっちゃかめっちゃかな状態でもまあいいかって、お呼びすることができるのは、なんとも嬉しいことです。全く違った性格とはいっても、結構似ている部分も沢山あるのかもしれません。
しかも、そんな彼女が私の包丁の音を聞きながらすやすやと爆睡してくれるのも、なんとも嬉しいことでした。

車で連れてきてあげた上に、夕食も息子二人とお母さんにご馳走して、ピアノも貸してあげて、しかも昼寝までつけてあげたとは!グランドホテル1泊とディナーくらいの貸しができたぞ!(笑)

このことをここに書くことに許可をしてくれた友人、爆睡の写真を撮っておけばよかった、と後で二人で残念がりました。
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by obreykov | 2010-08-31 04:08

2008.11.16 犬は喜び庭駆け回り。。。

まさに歌の通り、雪が降って大喜びの15週のMioは大喜びでボールや木の枝で一人遊びです。

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by obreykov | 2008-11-17 06:40

2008.09.02 暖房をいれました。

あまりに寒い日が続くので、とうとう今日は暖房を入れました。はじめ、何かひとつボタンを押し間違えたのか、蛇口をひねり間違えたのか、お湯さえもなくなってきて、暖房もつかなくなって、地下のポンプ室へ何度も降りていって温度計をにらみながら、悲しくなり始めていました。お湯が出なくなりつつある状態だったので、ニッキィは学校で体操の後すぐにスケートの練習に行ったし、ネディもトレーナーとして汗びっしょり買い足し明日は日本へ出発なのに、シャワーが浴びれないなんて、とみんなで焦っておりましたが、毎年のようにここに来ていた父母のためにポンプのつけ方暖房のつけ方、お湯の調節の仕方などを日本語で説明して書いてあったメモが貼り付けてあったままだったので、それをよく読んで操作しました。
するとお湯の温度も上がり、徐々にセントラルヒーティングも暖かくなりつつあるので、何とか暖房が入ったようです。
9月にはいると暖房を入れていましたが、2日に入れるのはちょっと早いなと思います。今年は特に寒い感じです。
夜寝ていても寒くてトイレに1度おきるときがあるし、布団も1枚多くかけて寝ています。

今日はスケート場へミンクが裏に貼り付けてあるコートを着ていこうと思ったのですが、さすがに襟の辺りにチラッと見える毛皮が滑稽でやめました。
でも、羽毛のセミロングヤッケを持っていき、毛布も持っていって毛布は腰に巻きつけました。
もっと寒くなって早く堂々と真冬の洋服が着たいと思います。
こんな中途半端な寒さが一番耐えられません。早くどこ行っても暖房が効いている暖かい生活がしたい、と思います。

本日のヴァイオリンの伴奏にて、8名が風邪を引いていて欠席でした。
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by obreykov | 2008-09-03 06:49

2008.09.01 お誕生日おめでとうネディ!

ネディの誕生日おめでとう。
ほかの3人の子供に比べてちょっと難産だったといえるかな、でも、母に言わせると安産だったそうで。。。産まれたとたんにパッチリと目を開けて私をじっと見ていたのは今でも忘れられません。21年も前のことなのについ先日のことのように思い出します。

13を逆さにして8月31日にはイヴの誕生会を家族のみでしました。イヴの注文でホワイトチョコで飾ったコアキのケーキを作りました。作り方はここにあるコアキのケーキが基本ですが、イヴのリクエストで胡桃なし、アプリコットジャムなしのアレンジでした。

そして9月1日はネディの21歳の誕生日でしたが、ろうそくが21本なかったので、逆さにして12本立てました。(なんといういい加減な家族!)
リクエストのケーキはイヴの得意、イチゴ入りメレンゲケーキです。
黄卵と砂糖、粉、ベーキングパウダーのスポンジ台を流した上にメレンゲをのせて150度くらいの比較的低い温度で1時間弱焼いたものを二つ作ってよく冷やしてから、ひとつには生クリームをたっぷりのせてその上に半分に切ったイチゴをたっぷり並べて、もうひとつのメレンゲの台をのせるのです。
あまーいあまーいケーキです。

そうそう、メインディッシュは鮭のオーブン焼きと手作りマッシュポテトでした。

毎日、ケーキのオンパレードでした。

今日は、ニッキィたち、ヴぁーレンテューナで練習でしたが、授業が終わるのが遅いので、学校までサンドイッチを持って迎えに行って、そのままスケート場に向かいました。
30分くらい車で行くので、ニッキィはサンドイッチを食べて一眠りして、2時間半ほど練習ができました。
今日はみんな調子が悪くてターニャもがっかりしていたようでした。
ニッキィは3回転トウループやダブルアクセルを練習していましたが、どうもうまく着氷ができないようです。
大変大変。。。

ネディは日本へ明日発ちますが、今日が最後のスケートのトレーナーでした。1ヶ月お休みです。するとラッキーなことにわがスケート場で育ったマッツ スンディーンが来ていたそうでニッキィたちフィギュアの男の子の更衣室を使っていたそうです。
ニッキィの友達のラムティンが「僕たちの更衣室をつかっているう。。。」と言っていたそうですが、サインをもらいにいくと言ったので、ネディが「私の分ももらってきて」とミーちゃんハーちゃんをして頼んだら本当にもらってくれたそうです。

マッツ スンディーンは少年時代はそれほどに優れたプレーヤーではなかったそうです。
そういえば、謙がホッケーを始めて2,3年くらいしてからだったか、地元の子供たちのためにとここのスケート場に練習に来たことがありました。そのとき謙や謙の友達たちを連れて見学に行きました。
ホッケーの防具をつけているのも手伝って、本当に大きな大きな選手だと私はびっくりしました。
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by obreykov | 2008-09-03 06:03

2008.08.31 おめでとうイヴ!

8月13日がイヴの15歳の誕生日でしたが、音楽の合宿に行っている途中でお祝いをすることができませんでした。その後はパパが大変なことになって、我が家では誕生か居所ではありませんでした。
今日はイヴが音楽の青少年のコンクールにヴァイオリンのアンサンブル「クラスローフィオール」で出場して金曜日からリンショーピングという街へ行っていたのですが、帰ってくるので、13日を逆さにした31日ということでイヴのほしかった「コアキのケーキ」というチョコレートケーキを作って祝ってあげました。

このコンクールでは、なんとクラスローフィオールが2位になりました。1位はもっと大きい高校生のグループだったそうで、これは仕方なかったのですが、審査官の2人は技術面を考えなかったら、心だけで採点してよかったらクラスローフィオールに優勝をあげたかったとクリスティーナ先生におっしゃっていたそうです。

エルヴィーラの祖父母のお宅にみんなで泊めていただいてそれはそれは楽しい3日間を過ごしてきたようでした。

今日は、先日買ったどじょうインゲンが余りに安くて美味しかったので、今度は1キロくらい買ってブルガリア料理のインゲンマメのトマト煮という料理を作りました。にんにくたっぷりでおまめも柔らかく美味しくとても美味しいのができました。
そして、オードブルにはザリガニです。
いつも8月になるとスウェーデンではザリガニが解禁になり、ザリガニパーティーをします。今年はなんとなく忙しかったり、パパが体調を崩したりで、パーティーはできませんでしたが、我が家だけでザリガニを食べました。
謙だけは友達とザリガニパーティーをしたのですが、謙と半分アメリカ人のヨン(アメリカではジョン)がザリガニの本当の食べ方を知っていて、本場のスウェーデン人たちに教えたというから笑ってしまいます。
スウェーデンの8月の風物詩なのに、高校生くらいのスウェーデン人はザリガニを食べないのでしょうか。我が家では、昔は島の別荘で、必ず、夏至祭りと同じように半分ブルガリアの家族が集まって飲めや歌えや、の大騒ぎをしながら父と母も一緒にザリガニパーティーをしたものでした。
島の別荘の友人家族二家族が別荘を売ってしまってからは、地元で友人と集まったり、また、この我が家の通りの10件ほどが集まって道をふさいで道にテーブルを出してパーティーをしたりしておりました。我が家の道のパーティーはこの数年、すっかりやらなくなってしまいました。もう、みんな面倒くさくなってしまったのでしょうか。。。

とても可愛いゴールデンを見つけてしまいました。ここです。
ミミちゃんより可愛い犬はいないと思っていました。
でも、この赤ちゃんたちはミミちゃんのお母さんと同じケンネルの犬でした。だから、この子犬のお母さんはちょっとミミちゃんに面影が似ているのかも。
兄弟ではないけれど、親戚かも。。。
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by obreykov | 2008-09-01 05:58

2008.08.24 健康第一

ここのところ、日記を書かなかったのは、我が家のパパが大変なことになって、入院していたためでした。
それはちょうどイヴの誕生日の夜だったのですが、本人は食後に食べた桃のアレルギーで具合が悪くなったのかと思っていたのでした。
翌日イヴの合宿のコンサートに行ったのですが、その直前に気分が悪いと一時外に出たのでした。その時、私の肩に腕をかけて、気分が悪いから、と言ったとき、私はなんだかとってもいやな予感がして、その腕から何かとても嫌なものを感じたのでしたが、それが虫の知らせのようなものだったのか、と今になって思います。
しばらくして、コンサートを聴きに戻ってきたのですが、桃のアレルギーかもしれない、と言っていたので、私は、少し安心したのでした。
家に戻ってから、アレルギーの薬を飲んで、休んだので、そのまま静かにさせておきました。
でも、一向に良くならず、胸のあたりが少し痛いというので、心配になり、医療相談に電話すると即、病院へ行くように言われ、夜遅くではありましたが、連れて行きました。

救急で行っても5時間も6時間も待たせるスウェーデンではありますが、こと心臓などに関する急患には超スピードの対応で、私が駐車場を探している間に心電図をとり、いろいろな器械を体につけて、血液検査やら何やらいろいろしておりました。
それにしても、心筋梗塞や狭心症の患者の多いことにはびっくりしました。

その夜は即入院ということになり、私は眠れぬ1夜を過ごしました。

血圧が下がらないので、点滴で下げようとすると今度はかえって下がりすぎ、まるで救急のテレビドラマを見ているような感じがしました。
朝方になって、普通病棟に移され、血圧なども少し下がり、安定してきたというので、私は7時頃帰宅しました。
そのあとは、心電図にはじまり、血圧、動脈、レントゲン、エコーの検査、などなど、数えきれない検査の毎日が続きます。

良い血圧の薬も効いてきて、火曜日には退院することになり、我が家も安心したのですが、心臓の病棟には、若い人年取った人、さまざまな人が毎日のように入院してきました。
心筋梗塞も必ずしもものすごい胸の痛みを伴うわけではないことがよくわかりました。
おなかが痛くて病院に来た人が実は心筋梗塞だった、とか、本人が知らないうちに心筋梗塞を以前に起こしていたことが初めて分かった人とか、本当に怖いなと思いました。

私は、毎日生きた心地がしませんでした。夜も眠れず、退院してきてネディが録画しておいたパパが欠かさず見ているブルガリアのテレビのドラマを見ている時、初めて傍のソファで昼寝を始め、ゆっくりと寝ました。
こんなに1日中寝ていたら、夜が眠れなくなるぞ、と思いながらも寝ておりましたが、夜になってもちゃんと眠れたので、私はつくづく心身ともにくたびれ果てていたんだと実感しました。

パパがリンショーピングにスケートの合宿に行っていたニッキィをストックホルムの中央駅まで迎えに行くことになっていたのですが、ちょうど入院していたし、私も病院へ行ったりしていたので、イヴに電車で迎えに行ってもらいました。
帰宅してから、ニッキィにパパが入院をしている、ということを告げるとかわいそうに大粒の涙をたくさん出して心配していたので、その日はニッキィとネディを連れて病院へ見舞いに行きました。
かわいそうに、ニッキィは合宿から戻るとミミちゃんが亡くなっていて、今度の合宿から戻るとパパが入院をしていたので、感じやすくなっていたのでしょう。

謙が、マルティンのパパも心筋梗塞で入院していたし、ピーターのパパも2度目の心筋梗塞で、ついこの前入院していた、と言っていたので、びっくりしました。
話してみると、あの人もこの人も心筋梗塞を経験していました。

食事もとっても重要なので、インターネットなどを見て、いろいろ工夫を始めました。
肉より魚が良いということで、この頃はほとんど魚料理です。
塩もあまり良くないので、薄味にしていると、子供たちは美味しくないといいます。確かにしっかりした味で、生クリームやバターをたっぷり使って作った料理はおいしいけれど、ほどほどにしないと大変なことになります。
もっともっと研究しなくては。

それにしても、大変なことにならずに本当に良かったです。一時はネディの日本行きをキャンセルさせようかとも思ったくらいです。でも医者が、それは大丈夫と言ってくれたので、本当に安心しました。
我が家の大黒柱のパパにはまだまだ元気でいてもらわなくてはなりません。
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by obreykov | 2008-08-24 22:20