カテゴリ:徒然なる生活( 50 )

2010.06.30. わあ、1ヶ月もたっちゃった、何していたの私

ちょっと書かないで居る間に、もう1ヶ月もたってしまったのですよ。いったい私ってなにをしていたの?!
6月は本当に本当に忙しい毎日で始まりました。
なんといってもこちらスウェーデンは学年末です。私の仕事場でもコンサートやらなにやらかにやら、私はかなり急がしい毎日を過ごしておりました。
そうこうしているうちに、仕事は終わったのですが今度はニッキィのスケートの集中練習の送り迎えやらなにやら、私的に忙しく過ごしてしまいました。

仕事が休みに入ったら、必ず家の中と外のの大掃除をしようと思っていたのに、そのエンジンもなかなかかからず。。。

パパがブルガリアに行きました。
その数日あとにはネディがスケート仲間の結婚式に出席して翌日別のスケート仲間とブルガリアに行き増した。
日本人学校の運動会もありました。
謙が今一緒に住んでいる半分アメリカ人のヨンと、元彼女のヘドヴィックとマラソンに参加しに来ました。
急に前日の夜中になっていうものだからたった3人分と思っていたお弁当も急に量を増やしました。3人分だし雨も降りそうだし、中止になるかもしれないからとあまり力を入れていなくて、お稲荷さんとかっぱ巻きにしたら、ヨンとヘドヴィックは大喜びしてくれました。

ニッキィをLysekilという街まで車で送っていき、イヴはバスでボールレンゲという街の音楽フェスティヴァルに1週間のテント生活に行きました。
私は、現在、生まれて初めて「一人暮らし」をしています。
子供たちは一人暮らしを夢見ていますが、私も夢見たこともありましたが、実際は何てことないつまらないかなって気もします。
自分ひとりでは料理を作る気力もなく、ろくなものを食べていない感じです。

徐々に、6月を振り返って記していこうと思います。
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by obreykov | 2010-07-01 00:49 | 徒然なる生活

2010.05.20. もうすっかり夏です。

こちらストックホルムはもう春なんて通り越してすっかり夏になりました。急に暑くなってからだが付いていけない感じ。。。
学校でも仕事場でももう、すっかり夏休みモードが漂っています。
私たちは最後のコンサートが来週など詰まっていて大変。。。でも、今日ゲネプロしてみて、ちゃんと弾けるので、後は楽器をどのように準備するかなど、そんな問題が残されているだけとなりました。

日本人学校でも年次総会というのがあって、私は会計を担当していることから総会の間ほとんど私がしゃべっているような感じでした。今回は大幅な日本政府からの補助金カットに伴い、大幅な授業料の値上げがあったのですが、承認されなかったらどうしよう、そのときは内閣総辞職ではないけれど、「じゃあ、あなたが運営委員になって、あとお願いします。」と言おうか、なんて思っていたところ、数年前からのやりくりが大変ということが理解されたのか、出席している人のうちたった一人の反対者をのぞき、承認され、ほっとしました。
会計も会計補佐という役目に下がって、次世代に引き継いでいくこととなり、やっと肩の荷が下りたような。。。といっても、結局時間的にも引継ぎなど出来そうもなく、今回も私が請求書を作ったり、名簿を作ったり、まあ、チョコチョコと時間のあるときにやってはいたのですが、今回は会計専用のPCも購入してウィンドウズの立ち上げから、オフィスのインストールから、今まで私が持っている会計関係のファイルの移動作業やら、結構いろいろと時間も取られ。。。
ドラマのホタルのヒカリではないけれど、外のことで頑張っている分家の中がしっちゃかめっちゃかで、私は何をやっているのだろうと思います。

久しぶり、といってもこの2,3日だけ連絡をしなかっただけですが、実家に電話をしてみると父だけが留守をしていました。アルツハイマーと診断され、もう2年以上がたつのですが、このごろなんだか調子が良いようで、叔母とも電話で話したのですが、家の中で転んで頭を打って救急車で運ばれて7針縫ってからがなんだか、調子良いようです。
そんなことってあるのかしら。。。
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by obreykov | 2010-05-21 02:08 | 徒然なる生活

2010.05.05.とっても可愛いお友達

今日はこどもの日です。こんな日にちなんで、とっても可愛いお友達の紹介をしようと思います。
ブログ友達になったのですが、私がコメントをしたりすると我が家の子供たちは、そんなことやめろ、可愛そうだ、きっと困っているだろうし、こんなオバンからコメントもらうの絶対いやに決まってる、と凄い反対意見をもらったのですが、ご本人に訊いて見るとコメントもOKだし、しかもこの私の日記にリンクをはってもよいといってくださったので、早速リンクをはって、ここに紹介したいと思いました。
ボクの日常inストックホルムという写真の豊富なブログですが、子供の目から見たスウェーデンが面白い着眼点で生き生きと書かれています。
スウェーデンの本当の姿を垣間見ることができるような感じです!
ちなみに私のは、親ばかの私が私の周りでなにが起こったかをただただ、徒然なるままにつづっているので、スウェーデンを知りたい人のためには何の役にも立たないのですが。。。
あくまで私は、当時日本に留学していた長女や日本の私の両親が好きなときにメールとは別にこちらの様子を垣間見ることができるように、と始めたのでした。
でも、おかげで少しずつ親戚友人以外の人も読んでくださる事もあって、コメントを通して全く知らない人とも友達になれたのは嬉しいことだと思います。

5月5日というのに、10度もなくて、ちょっと肌寒いストックホルムです。
今日は日本人学校の運営委員会。決算予算とかが議題になっていて、会議が長引きそうな、なんだかイヤーな予感。。。
しかも昨日から花粉症がひどいようで。。。
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by obreykov | 2010-05-05 19:27 | 徒然なる生活

2010.04.30. やっぱり雨のValborg

スウェーデンでは春の掃除をした後始末にあちらこちらの広場などにそのごみを集めて火をつけます。Valborgというのですが、その前にはボーイスカウトなどが歌を歌ったり、あるいは出店などを出してちょっとしたお祭りをします。
我が家でも必ずここに行っておりましたが、去年くらいから付いていかないようになりました。もうニッキィも中3になったから、友達だけで過ごしたいのと、まあ、このくらいの夜遊びはさせてもいいかな、と私も思うようになったからと、後は付いていくの面倒くさいという怠慢心からかもしれません。
スウェーデンに住んでもう25年以上がたちますが、この日と夏至祭りに雨が降らなかったという記憶がほとんどありません。
特にこのValborgの日は必ずといっていいほど雨が降ったり、とても寒くて冬のヤッケやスキーズボンのようなものをはいて行ったりしていました。
今年もすでにニッキィを送っていく時点で小雨が降っていました。

ネディと謙がまだ小さいころ、南スペインに行ったことがありました。そのときちょうどValborgがあり、フエンギローラという街にはスウェーデン学校があり、友人がそこに勤めていた関係で学校のValborgへ行きました。スペインやスウェーデンの歌と踊りが披露され、楽しい一日でしたが、何よりも半袖で、ちっとも寒くなかったのが印象的でした。

やっと春らしくなったストックホルム。ようやくチューリップなどの芽が長くなり始めました。
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by obreykov | 2010-05-02 20:01 | 徒然なる生活

2010.04.24. 桜のない桜祭り

Kungsträdgårdenというストックホルムの中心地にある桜の沢山植えてある公園で桜祭りというのが毎年行われています。今年は去年より少し遅かったにもかかわらず、桜はまだ咲いていなくて、それでも桜祭りをやって、中にはまるで日本の花見のように茣蓙を敷いて桜なしの花見を楽しんでいる人もいました。
ストックホルム日本人学校でも今回は花やしきと小物販売を出展しました。イヴのクラスは男子ばかりのクラスでしたが、この卒業生たちが着物や浴衣、ハッピを着て、応援に駆けつけ、随分役立っていたようでした。イヴは細いので、ヤッケの上に浴衣を着ていましたが、それでちょうど良い太さになったような。。。

日本人会の桜コーラスや、コスプレ(日本人もスウェーデン人も)ショー、着物ショー、など、プログラムも豊富でした。

出展しているおすし屋さんやパン屋さんなども長蛇の列でしたが、今年は私も何とかカレーパンと焼きそばパンをゲットすることができました。

一番嬉しかったのは思いがけず、古い友人と娘さん、そしてそのお子さん二人に会えたことでした。
友人の孫は本当に可愛くて、すっかり私になついて、手をつないで離しません。
ヤッケを着せるときも乳母車を持った手と、私とつないだ手を、どうしたらよいのか随分迷って、乳母車を持っていた手を離してその腕を通し、その後私の手を反対の手に持ち替えてもう片方の腕も通し、やっとヤッケを着ました。
友人がどうしてこんなにあなたの子と気に入るの、と不思議がっていました。
私も忘れておりましたが、私って、昔から、子供、お年寄り、そして動物には何か波長が合うのか、すっかり好かれるタイプなのです。
従兄弟、従姉妹に子供が生まれたときも、それはそれは凄いなつかれぶりで、その関係はいまだに続いています。
そして、こちらに来た当初も、パパの友人たちの小さい子供たちにすっかりなつかれて、パーティーなどに行っても子供たちが私を奪い合い、私は大人の会話に入れないくらいでした。
また、パーティーに赤ちゃんを連れてきた人が、ぐずって大変な思いしているのをみて、つい、手を差し伸べてあげたら、その赤ちゃん私に抱かれてすやすや眠ってしまいました。
人を怖がって誰にもなついていなかったような先代のミミちゃんもこの友人の娘さんが一時預かっていたときに私が友人宅に遊びに行ってはじめて知り合い、その場ですっかり友達になってしまい、飼い主が亡くなって行き場のなかったミミちゃんをとうとううちで引き取ったというわけでした。

私の友人には、2度も結婚をして、今は新しい彼氏と熱々の生活をしている人や、新しい彼氏を見つけて家族をおいてその人と暮らしているという人などいるというのに、私は男にはもてないけれど、なぜか子供にはすっかりモテルという不思議な力を持っています。
私って、天使の心を持っているのかも!
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by obreykov | 2010-04-28 00:10 | 徒然なる生活

2010.04.23. 家族が戻ってきました。

火山灰でどこの空港も閉鎖だったのですが、その影響で沢山の人が足止め食ったり、陸路や海路で長旅をしたり、大変だったようです。私の知り合いでも数人影響があったようでした。
我が家のパパも23日に戻ってくる予定で、心配していましたが、何とか予定通り、戻ることができ、これで家族全員勢ぞろいできました。
とはいっても謙は相変わらず、元彼女のお姉さんのアパートに試しに住んでいますが、時々帰ってきては残り物を電子レンジで暖めて食べていき、また出て行きます。
こうして子供たちは巣立っていくのかな。。。
ちょっと寂しいような。。。
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by obreykov | 2010-04-27 23:49 | 徒然なる生活

2010.04.19. 家族が少しずつ戻ってきました。

先週は木曜日にニッキィがミッケとアンシャルスヴィークという北の果ての街でのアイスショーに出演するため、出かけていきました。土曜日日曜日にそれぞれ2回ずつ公演があり、4回のショーに出たそうですが、今朝、夜行バスで戻ってきました。私は5時に二人をストックホルムまで迎えに行き、ほとんどそのまま、今度は7時過ぎに仕事へ。。。
昨晩は金曜日からトレーナーの仕事でリンショーピングに行っていたネディが戻ってきました。
リンショーピングでは男子選手のための合宿があったのですが、ニッキィとミッケは今回はショーのほうへ行ったというわけです。
金曜日はイヴと私の二人だけ、そしてミオちゃん。。。土曜日にはニッキィが新学期早々2回も続けて日本人学校を欠席していたため、教科書を頂に私が行って、その後、夕方には友人のおすし屋さんへ二人で夕食に行きました。イヴの友人もそこでお手伝いをしており、もう一人の友人もちょうど来ていて、一緒に食事をした後、その子のピアノのあるアパートへみんなしていきました。イヴはヴァイオリンを2台持っていったので、去年のメロディーフェスティヴァルで優勝したノルウェーのアレクサンダー リーバックの曲を私が2台のヴァイオリンとピアノのためにアレンジしたものを弾かせてみました。イヴの友人の弟くんもヴァイオリンを始めているので、ちょうどよくできました。
イヴの友人が本当のグランドピアノで練習したいというので、彼ともう一人の友達を急遽我が家に泊めてあげることになり、イヴと二人だけの寂しいはずの夜が急に男の子二人も増えて、楽しい夜となったのですが、物理の試験を控えていたイヴは、かなりパニックになっていました。
どうしてもっと計画的に勉強ができないのだろうと、思ってしまいます。こちらの子供の大半はあまり家での勉強をしません。
日本ではこんなことってありえない、と泊まった友達たちとも話しました。一人の友達はもうすぐ日本へ帰国なのです。大変だア。。。イヴはここで生まれ育って本当に良かったな、と思いました。すべての人が勉強が好きというわけではありません。
寝不足のイヴは結局、夕方昼寝をしないともたなかったみたいで、夜になってから勉強し始めましたが、ネディが戻ってきて一緒に話にも加わりたくて、結局ほとんど勉強はできなかったようです。
こちらの子供は勉強の仕方がわからないということがよくあるようです。日本のように参考書や問題集も沢山完備されているわけでもないし、ある意味、こちらでの学生は大変かも。。。
何にもパターン化されていなくて、自分のやる気と個性と研究心で勉強を進めていかねばなりません。。。
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by obreykov | 2010-04-19 19:01 | 徒然なる生活

2010.04.05 えーっ、もう勘弁してぇ

また雪です!
雪は好きだけれど、4月の雪は。。。もう勘弁してっていう感じ。
私が生まれた数十年前の4月2日も東京で大雪が降って、「雪子」というなにしようか、といったくらいだったそうです。
昨夜、ミオと、ずいぶん雪も解け、道も乾いて着てよかったね、といいながら散歩したのに。。。
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by obreykov | 2010-04-05 19:41 | 徒然なる生活

2010.02.04. あっという間に節分

書こう書こうと思いつつ毎日がすっ飛んでいき、とうとう2月を迎えてしまいました。
なぜこんなに忙しいのだろう。。。と思い起こして見ると、年末には2週間ほど泊り客があったのでした。
昔、スイスで我が家のパパが通訳などしてもらったりして世話になったブルガリア人の女性、同じく世話になった彼女のスイス人のご主人が昨年他界され、一人でクリスマス新年を過ごしたくないということでうちにいらしたというわけです。
私自身、彼女とは何度も会ったことがあるわけではないので、かなり気が重かったのですが、幸い我が家のパパとブルガリアの衛星放送を見てくれたりしていたので、私は、料理などに専念することができました。
それに様子を見ていると、彼女自身、そんなに神経質にきれいでなくてはいられないというタイプの人ではなかったようなので、バストイレ、家の中のごちゃごちゃもあまり気にしなくてすみました。

とはいっても、誰か泊まっていると常に、なにを料理しようか、パンは足りているか、などなど、家族だけでは、まあいいや、と過ごせることもきちんとしなくてはならないので、大変です。私は小さいころ、ペンションのようなものをやって人をおもてなしする仕事がしたいと思っていましたが、今は、全くその考えを捨てています。ペンションなど、本当に大変なことだと思います。
とにかくお客様に提供する部屋を片付けたり、掃除したりするのに年末は体中ががたがたになるほど疲れました。おかげで大掃除ができました。(笑)
両親がよく、「この家は時々お客さんを呼ばないと片付かない。」といっていましたっけ。

この冬は何十年ぶりかの寒い冬で雪も沢山積もりました。毎日マイナス気温でしかもマイナス10度を超える日が沢山ありました。今日になって初めてプラス2度ありますが、これがまた厄介です。こうなってくると沢山の雪が少しだけ解けて、道がぐにゃぐにゃになり、車のタイヤが雪に埋まってしまいにっちもさっちも行かなくなります。

さて、こうして大変な新年を向かえ、ニッキィは元日早々から北のアンシャンスヴィーク(日本語で同格のかな。)にスケートの合宿に行きました。
お客さんを案内して、近くのSigtunaという町にも行きましたが、冬のSigtunaもなかなか素敵でした。いつもの茶色の叔母さんのカフェに連れて行ったら、コーヒーが特別美味しいとのことでした。
ものすごく寒かったけれどマリーアントワネットの恋人だったフェルゼンのお城も雪の中できれいでした。

こうしてお客様が去った翌日から私は朝7時過ぎに出勤でピアノ伴奏の仕事がいつものように始まりました。
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by obreykov | 2010-02-04 20:21 | 徒然なる生活

2009.10.13. うわア!もう10月も中旬!

書こう書こうと思っているうちになんだか、何が忙しいのかよくわからないけれど忙しい毎日であらよあらよと日にちだけが通り過ぎていき、とうとう10月も真ん中まで来てしまい、今日はストックホルム初雪がちらつきました。そんなに雪って言うほどでもなかったのですが、ちょっと40キロくらい北に住んでいる仕事仲間は、真っ白に雪が積もっていたといっていました。
あああ、とうとう冬もそこまでやってきてしまったか。。。車のタイヤをとりかえなくては!

さてさて、9月1日に書いたまま、そのうち書こうと思いつつ、数日過ぎてしまうと、何から書いてよいかわからなくなり、そうこうしているうちに、PCの前に座る時間もよく取れなかったりと、あわただしく過ごしてしまいました。

パパは友人と二人、チャーター旅行でブルガリアの黒海サニービーチに8月末から9月はじめにかけてバケーションでいってきました。
私はすでに仕事が始まっていたし、ニッキィなどの送り迎えもあって、それどころではありません。
ネディは20日に戻ってきました。
謙と二人飛行場へ迎えに行くと、乗ってくるはずの飛行機に乗っていません。日本の母に大阪で大阪からの飛行機が遅れているからフランクフルトでの乗り継ぎ時間が1時間しかないので乗れないかも、と電話していたので、たぶん遅れたのだろうと思って、次の便を待ちましたが、それにも乗っていません。インフォメーションでもわからず、謙と二人、飛行場で待つこと数時間。携帯は日本でつかえないのでもって行っていません。
やっとこさっとこ、3機後の飛行機で帰ってきました。

その3日後にはパパが再び同じ友人とブルガリアに向かいました。国際見本市もあるし、そのほかの仕事もあるし、今回は3週間ほど行っていましたが、それはそれは忙しかったようです。
ニッキィのフィギュアスケートの衣装を縫ってくれるロシア人のエレーナという人がうちのビルの隣のマンションにすんでいるので、新しいプログラムの衣装を縫ってもらい、パパの友人がこちらに戻ってきたとき持ってきてくれました。
少し大きめだったので、私が何とか直し、その2日後にはニッキィはSundsvallという北の街で今年から始まったエリートシリーズの初めての試合に間に合いました。

今年からスウェーデンでは技術テストの条件を満たして、さらに昨シーズンの成績の良い順に、このエリートシリーズに出ることができるようになりました。
スウェーデン選手権とほとんど同じようなレベルの人ばかりの試合なので、スウェーデンのフィギュアスケートの質を上げようという狙いのようですが、おかげで、スウェーデン中を試合しに行かなくてはならないので、お金がかかります。
クラブもちだったり、個人もちだったり、まだクラブによってまちまちで、ニッキィのクラブも普通の試合のようにエントリーの申込金はクラブもちだけど、旅費や宿泊費は個人もちなので、ちょっと大変になります。

今シーズン初めての試合でしたが、少年部の男子は13歳クラス、15歳クラスが統合され、そのときは5人出場し、2位と16.47の得点差をつけて1位になることができました。
嬉しかったのは2位の選手は、それまで時々、ニッキィのトレーナーに習っていた同じクラブだった友人で、この夏によその町に引っ越していった選手でした。
また、ニッキィのスケートでのお兄さんたちも、ニッキィのトレーナーに習うようになって2年ほどになりますが、ぐっと上達して、ミッケはシニアで優勝し、ダンネもジュニアで3位になりました!
ミッケが優勝したのは本当に嬉しいことでした。

その後、パパがブルガリアから戻り、この週末はニッキィはUppsalaというここから50キロくらい北の街で再び試合がありました。
この日は、ショートプログラムに失敗してしまい、なんと3位になってしまいました。
1位の選手はノルウェー人で、マルメという街のクラブから出ており、とても上手でした。これはまずいな、と思っていたのですが、なんとフリーでとてもよい点を出して、1位のノルウェーの選手と0.11の差をつけてニッキィが優勝しました。
3位にはSM(スウェーデン選手権)でも3位だった小さい可愛い子でした。

ジュニアでもショートの後では3位だったオンドレイというとっても上手な選手がなんとフリーで2位とは0.01の差をつけて優勝しました。
ダンネはトレーナーの講習があって、試合には出ることができませんでしたが、ニッキィやミッケを応援に来てくれました。
この日はミッケはスウェーデンの代表選手のアードリアン シュルタイスと戦いました。ショートでは6点くらいの差しかつけておらず、フリーもとてもよく滑りました。
さすがアードリアンはスウェーデン代表で、ジャンプに失敗はありましたが、優勝でした。でも、ミッケもずいぶん上達したな、と嬉しくなりました。
アードリアンのショートはとてもやわらかく、フリーは彼らしい、とても楽しい演技でした。
一緒に戦うはずだったジミーはスケートが壊れてしまい、棄権になってしまいました。残念!

もうひとつ嬉しかったのはニッキィたちと一緒にトレーニングしているヴェロニカが2位になったことです。とてもきれいな滑りで本当によくできました。

スケートの話ばかりになってしまいましたが、イヴはダンデリード高校の学生生活を謙と同様に大いに謳歌しているようです。そればかりでなく、毎年参加している「音の合宿」の再会というのがあったり、そのメンバーで他の楽器も含めたオーケストラの結成があって、ソルムランド地方まで練習に行ったりと、学校や、音楽学校以外の活動もして、楽しんでいるようです。
もう、みんな大きくなったので、一度など、自分たちで2時間くらいかけて電車バスで行ってきました。
2度目は交通の連絡が悪かったので、一家族が連れて行ってくれて、別の家族が迎えに行ってくれました。

謙はあちらこちら、飛行場関係か、ファッション関係のバイトを探していたようですが、この不景気なので、どこもお呼びがなかったようで、パパの会社で働き始め、何とか2ヶ月がんばっているようです。
その間、いつものサリーのガレージというバンドでは録音も行い、ライブハウスでの出演もあったようですが、私はお呼びではなかったので、どんな演奏をしたのか、聴かせてもらえませんでした。

私の仕事も何とか順調で、冬のコンサートにメロディーフェスティヴァルで優勝したノルウェーのフェアリーテイルを入れようと計画しており、生徒たちが弾けるようにアレンジをし始めています。
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by obreykov | 2009-10-14 02:10 | 徒然なる生活