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カテゴリ:旅行( 11 )

2010.10.17. もうすぐ日本へ

20日に日本へ謙と行くことになっています。
ものすごーく忙しいのに、なんだか落ち着かず、すべてのことが中途半端で終わっている感じ。。。
今回の帰国はかなり急なもので、父の様態も随分悪くなってきているようで、デイサービスに行っているところでショートステイという短期入所をさせてもらっているのがもう2回も伸びてとうとう私たちが着く翌日までいることになりました。本人は母のことが心配なのと、テレビもラジオも本も読みたくなく、退屈で早く帰りたいと言っているようですが、運動機能がかなり低下しているようで、家での転倒などが心配で、本人には可哀想ですが、ある意味、安心しています。
母のこともかなり心配で、とにかく早く行ってあげたいと思っています。
たった2週間の滞在でいったいどれだけのことができるのかわかりませんが、とにかく、決めなくてはならないことやらなくてはならないことをひとつでも多くこなせればと思っています。

この日記も両親がいつでもこちらの様子がわかるようにとはじめたのでしたが、今年からは父もインターネットを切ってしまい、結局この日記は誰のために書いているのかわからない感じがします。。。

こんな遠くにお嫁に来るときは両親も私も若かったから、こんな状態を想像もしていませんでしたが、こうして年老いた両親、兄弟姉妹のいない私、本当にどうしたらよいのか。。。

ネディの散歩友達はお母さんがルーマニア人、お父さんがペルー人、彼は両親のすぐそばのアパートにお兄さんと住んでいて、お婆さんもまたすぐそこに住んでいて、3家族が3角形のすぐ歩いていける距離に済んでいます。
お互いが助け合って、本当にこれって理想だなって思います。

この日記もしばらくお休みかもしれません。
出発までにかけるかな。。。

10月末から11月のはじめの週は秋休みでイヴが友達二人と三人のブルガリア旅行をします。
イヴにとってははじめての両親なしのブルガリアです。
また、ニッキィは恒例のリンショーピングでのスケートの合宿です。その後の週は、膝の具合がよければ試合に出かけます。
そんなこんなで、こちら、ストックホルムも心配事など沢山ある中、出かけるのは本当に後ろ髪が惹かれる重いです。

日本の今頃の季節はどんな服装をしていたかしら。。。寒いのかしら。。。こちらは先日ほんの一瞬でしたが、雪が降りました。
朝晩はマイナス気温にもなります。
今は3度しかありません。
スノータイヤに取り替える季節がやってきました。
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by obreykov | 2010-10-18 05:35 | 旅行

2010.08.11 夏祭り、頓写絵

7月23日は、毎年恒例の熊本本名寺で頓写絵が行われます。実家はこの本名寺からバスで数分のところにあるので、この時期熊本に居るときは子供たちも楽しみに夕方から出かけます。

頓写絵は、加藤清正公の死を悼んだ日蓮宗の僧たちが約7万字に及ぶお経を一晩で写経したのが始まりとされております。前回はその写経も見ました。
本名寺の入り口から境内に続く道は沢山の屋台が出て、それもまた楽しいものです。浴衣を着た小さい子からお年寄りまでが沢山の階段を上って境内まで向かいます。
その階段脇の灯篭に火がともるとそれはそれはなんともいえない美しさです。
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300段ほどある階段を登ると加藤清正公の銅像があります。ここから見る熊本の景色は素晴らしいものです。暑い時にある頓写絵ではありますが、ここまで来ると心地よい風が吹いています。
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熊本城も見えます。
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仏舎利塔も見えます。
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写経の奉納後、読経が夜半まで続くそうです。
この日は実家のバス停から熊本市内中心街に行くバスも途中通行止めとなり、ピストン運行をしています。
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by obreykov | 2010-08-11 22:49 | 旅行

2010.08.10. 日本からヨーロッパへのギャップ

サービスを売る国民、日本から気分良く戻ってきました。帰りの飛行機も満席ではありましたが、ANAの良いサービスにかなり体は疲れておりましたが、心地よく旅ができました。
ところが、ロンドンに着いたとたん、まるで犯罪者か動物かのような扱いを受けた感じがしました。
せっかく買っていた日本の飲み物も、まあ、とられるのは当然として、とられる前に飲みたいと思ったのに、すでに取られてしまって返してくれないし、ヒールの少しあるサンダルをはいていた私は裸足になるよういわれるし、私だって下手な英語かもしれないけれど、無効も変な外人たちが変な外国語を話しながら働いているし、日本でのお姫様扱いからすごいギャップでイヴとニッキィともども、ああ、悲しいね、寂しいね、日本へ戻りたいよお、と話しました。

考えて見るとここを出発するときもストックホルムの空港カウンターで日本人の係りの人に当たって、とても感じよく送り出してもらえたのでした。
ルフトハンザはまあまあでしたし、お腹がすくとおにぎりをいただけたのが嬉しかったです。
日本へは初めて名古屋に着きましたが、お役人さんたちも昔のようにいかつい感じがなく、気分良く入国できました。
名古屋から福岡、福岡から高速バスで熊本へと、その後は良いサービスと感じの良い笑顔にいつも良い気分になっておりました。

店に入っても感じの良い売り子さんたち、一度は暑さと疲れからだと思いますが、イヴが街で胃痙攣を起こした時でした。
ダイエーというデパート前の道に、うずくまったので、とにかくデパートに入ってエスカレーター横の椅子に座らせました。
しばらくすると「もう、息ができない感じ。。。救急車を呼んでください。」なんていいだすので、びっくりしたら、少しもどしてしまいました。
あわてて、売り子さんに「息子が気分悪くなってもどしてしまいました。掃除する道具を貸してください。」といいに良くと「そんなことは、どうでもよいから、救急車を呼びましょうか。」
と数人の人が来て色々と世話を焼いてくれ、またイヴはゲッともどしてしまいました。すぐに掃除の人が来てきれいにしてくれ、職員の休憩室で休むように連れて行ってくれました。
もどしてしまったイヴはかなり気分も良くなったようで、夕食の買い物をする間、休ませてタクシーで帰ったというわけですが、本当に人々の優しさに涙が出るほどでした。

日本人の思いやりの気持ちはどの国民にも負けないと思います。
スウェーデンでたくさんの外国人に接して、韓国人タイ、シンガポール、トルコ、ペルシャ、アフリカの人々も本当に心の優しい人が多いこともわかりました。
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by obreykov | 2010-08-10 19:47 | 旅行

2010.08.09. 真夏の日本から秋の香りのストックホルムへ

あっという間の日本滞在から帰ってきて、あっという間に数日が過ぎてしまいました。
なんという速さでしょう!

日本へは今回は7月13日に発ち、フランクフルト経由のルフトハンザで名古屋入りをし、そこから福岡空港へ降りて14日の夕方には熊本に到着しました。
そのまま家にいると寝てしまいそうで、時差ボケ防止のため、バスで15分くらいの街まで出かけました。すごいパワー!
そこで今回はなんとプリペイドの携帯電話を手に入れたのです。電話自体は私のこちらで使っているHTCという携帯というより、ナビゲーションと予定表を主に使っている、こちらのプリペイドのSIMを入れている携帯を持って行ったのでした。しかもその中に入っているこちらのSIMがドコモの電波を利用して使えたのにはびっくりしました。
とはいっても数秒だけ家に電話しましたが、いくらかかるか、後ほど請求書が来たときが楽しみです。
ヨーロッパの中を旅行するときは「ようこそ!ここでは通話はいくら、SMSはいくらです。」とSMSが入るのに日本では何もメッセージが入りませんでした。
とはいっても、スウェーデンのComviqが日本のドコモの電波を使って使えるということにはびっくりしました。
ソフトバンクのSIMを購入して私の携帯に入れるとちゃんと使えるようになったので感激しました。
ところが日本では携帯は通話のほかはEmailを使うようで、私たちがヨーロッパで気軽に利用しているSMSはほとんど利用していないことがわかりました。それもそのはず、SMSは同じ電話会社同士ではないと使えないということ。。。
なんと島国根性そのままの日本でしょう!

とはいっても、携帯電話がもてたということはすごいことでした。
残念なことに私のComviqのSIMをソフトバンクの携帯に入れてみてもらったらカードを読み取ることができないので、やっぱり日本の携帯はロックがかかっていて他の会社のSIMなどは使えないことがわかりました。
こちらでも会社ごとにロックがかかっていることが多いのですが、ある一定期間を過ぎるとロックを解除することもできるし、その前にもロックを解除する方法があります。
日本ももう少し、広い心を持って携帯など開発すればよいのに。。。と思いました。

日本でのことは徐々にのせていきましょう。
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by obreykov | 2010-08-09 22:35 | 旅行

2010.05.02. 日本へ行くぞ

先日、旅行会社に電話をして、とうとう日本行きのチケットをゲットしました。ここは昔からよく世話になっていた旅行会社でうちの事情をよくご存知で無理をかなえてくれるところです。
今回はぜひ東京へもよりたいと思い、7月13日の便で、フランクフルト、名古屋経由、福岡まで飛ぶことにしました。熊本の実家にしばらくいて、8月2日には熊本空港から羽田に向かいます。熊本空港からの便というのが魅力です。したの二人を連れて3人の旅行となります。
そして、箱崎シティターミナルのすぐそばのホテルを三泊予約しました。
最後に残っていた禁煙のトリプルだそうで。。。
イヴは赤ん坊のころ東京へ行ったことあるけれど、二人ともはじめての東京見物です。私だって、新しい東京都庁も知らないのですし、お台場も何も知らないときているから、本当におのぼりさんです。
このことを友人に知らせると、すぐに大喜びで連絡くれる友人がいて、嬉しく思いました。
そんな友人たちともいったい何年会っていないだろうと思うと、うきうきしてきます。
ディズニーランドに行きたいという子供の希望はかなえてあげようと思いますが、私自身豊島園で育ったようなものですから本当は豊島園の花火も見たかったのです。。。残念。これはまたの機会ということにしましょう。
とにかく、東京の地を踏めるということで私の気持ちはもう舞い上がっています。
熊本も良いところですが、やはり、私にはよその土地です。。。
楽しみ!
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by obreykov | 2010-05-02 21:38 | 旅行

2009.07.25 ただいま!

ヨーロッパ車旅行から無事帰ってきました。
そして数日たってしまったのですが、徐々に写真なども整理して旅の様子を載せましょう。。。

帰宅早々には昔、ストックホルムに住んでいらした友人がお友達二人とストックホルム旅行をしていらしたのに何とか間に合って、ほんの少しの時間でしたが、お目にかかることができ、10年前と全く同じの彼女を見て、まるでタイムスリップした感じがしました。子供たちだけが大きくなってしまって。。。
嬉しい嬉しい再会でした。
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by obreykov | 2009-07-25 23:08 | 旅行

2009.07.12. St.Antonの別荘

パパの叔父さんが1928年に購入して1971年にSt.Antonの街に売った別荘の写真です。今は下はレストラン、上はスキーの博物館になっており、ここは野沢市とも姉妹都市を結んでいるので野沢温泉のポスターなども沢山あります。
昨日は観光局の局長さんがわざわざ迎えてくれて、家の中を案内してくれ、普通の人には公開していない3階(パパの部屋があった階)までも見せてくれました。その間、パパがこの部屋はこうだったああだったと説明する間いちいちメモを取っていました。
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ここが3階のパパが叔父さんとここに住んでいたときの部屋の隣の部屋です。こんなベッドが隣の部屋にもありましたが、今は博物館のための別の部屋になっています。
下の写真はパパの部屋だったところです。部屋からはアルプスが一望できるベランダがあります。
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ベランダから見える庭の池にはアルプスの水が流れてきており、当時も鱒がいたそうです。今はレストランが養鱒しており、ここのマス料理は有名です。こちらはガラス張りのベランダです。
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ここが叔母さんの部屋で下が叔父さんの部屋です。もうベッドなどなく、博物館の展示物がありますが、天井が叔父さんと叔母さんの部屋では違っています。
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ここが図書室で叔父さんの蔵書がそのままありました。中にはブルガリアの本もありました。叔父さんの故郷のロドピ地方の本もありました。ここの中央の窓には叔母さんがどこからか買ってきて掛けていた丸いステンドグラスの飾り物がありましたが、パパが当時もらってきてストックホルムに持ってきていました。そのステンドグラスは我が家のキッチンの窓に今も飾られています。
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天気の良い日は外で、それ以外はここで食事をしていたそうです。そしてこのテーブルでパパが勉強したり、叔父さんの仕事を手伝ってタイプで打っていたとき、リスが遊びに来ていたので、へーゼルナッツを少しずつおいて部屋におびき寄せていたら、最後にはパパの手からへーゼルナッツを取って食べるようになったそうです。そしてこんな素敵なペチカもあります。ペチカの絵はそれぞれひとつとして同じものがありませんし、天井の木彫りもひとつとして同じ模様はありません。
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by obreykov | 2009-07-13 01:35 | 旅行

2009.07.10. St.Antonから

3日目にやっとインターネットを使っています。
先日スウェーデンを車で出発して、マルメと言う街から長い長い橋を渡って、コペンハーゲンに行き、そこからデンマークの南に来てフェリーでドイツに入り、一日目はOdenburg と言う街に止まりました。昔よく車でヨーロッパまで行っていたころ泊まっていたなじみのホテルです。
二日目も車を走らせ、ドイツ、スイス、オーストリアの国境の町Lindauというボーデン湖の町に一泊して今日はオーストリアのSt.Antonというスキー場へ来ました。
ここはパパの叔父さんが別荘を持っていたところで、私にとっても思い出深い土地。パパと新婚のころもここに来ました。
父と母をつれてヨーロッパ車旅行をしたとき以来ですからかれこれ20年近く前に来たっきりです。
沢山沢山ホテルやペンションができていました。
子供たちには叔父さんの別荘だった家も見せました。
ここはスキーの博物館になっており、下はレストランになっています。庭の鱒の養鱒場になっている池から取った鱒料理を食べさせてくれます。
この別荘を叔父さんが買った理由を聞いていなかったのですが、今日知りました。
ローザンヌにすんでいた叔父さんは友達と汽車でここまで来て散歩しているうちに汽車をミスってしまい、後数時間ここをうろうろしていて、すっかり気に入り、どこかに家は売っていないかと尋ねたら「あそこに売り家がある」と教えてもらい、その場で見に行って気に入り、持ち主のドイツ人のところへ行ってその当時シリングやマルクの価値がよくなく、持ち主がドルで払えるのなら、と言い、叔父さんがOKしてドルでその別荘を買ったと言うことでした。
ああ、私も80年位前に産まれていてこの叔父さんの彼女だったらどんなに良かったでしょう、4人子供を作って今頃イヴあたりがこの別荘を後継いで。。。なんてパパと冗談を言って笑いました。
この叔父さんはとうとう子供に恵まれず、大きな財産は街に寄付したり、スイスの基金に騙し取られたり、残された叔父さんの親戚が喧嘩したり、まるで映画の世界のような話が沢山あるのです。

あまりお金持ち過ぎず、健康であるのが何よりだと思いました。

さて、うちは父と母を連れてヨーロッパ旅行をしたとき、トラックに追突されたことがありました。
そのため、思いがけず、車の修理ができるまでインスブルックに2週間くらい滞在したことがありました。
父は毎日インスブルックを探索したので、インスブルックは目をつぶっても歩ける、と言うのが自慢です。
方向音痴の私はそんなことできませんが、インスブルックは本当に素敵な街でした。
そう、そのとき全面的にトラックが悪かったので、修理費はもちろん、旅行が延期しなくてはならなかったこと(別に予定のある旅行をしていたわけでもないのですが)パパと父の仕事をしている期間の給料分の保険なども向こうが支払ってくれたのでした。
でもそのお金はそのままになっていて、今回、取りに行ったのですが、その間銀行は何度か吸収され、今はオーストリアバンクとか名前が変わっていました。当時シリングで入っていたお金はヨーロになって、30年たっていたら受け取ることができなかったのですが、その前にとりに行ったので、急にお金持ちになりました!
トラックに追突され後ろがペッチャンコになった私がスウェーデンに来てすぐ買い換えたばかりのベンツでしたが、このベンツはそれから何度も追突されたり横からぶつけられたりする運命をたどったのでした。でも、ただの一度も乗っている人が怪我をしたりしなかった運が強い車でした。(ぶつけられると言うこと自体は運が悪いのですが。。。)
しかも父と母が乗っているときに2回ほどぶつけられました。義姉が乗っているときもぶつけられました。
すべて相手が悪かったのですが、本当に誰も怪我することなく良かったと思います。
母がお数珠を持っていたので、きっとそれが助けてくれたのでしょう、と話し、私もそれ以降、別に信心深いわけではないのですが、京都で買ったお数珠を肌身離さず持っています。
そして車には安産のお守りをバックミラーのところにつけています。とても安産にしてくれたお守りなので、きっと車も守ってくれると信じています。
そのベンツはもうとっくに売ってしまいましたが、次のベンツもこのお守りに守られて、2度も居眠り運転で森の中に突っ込んでいったと言うすごい車ですが、中の人はなんともないという凄さを持っています。
今考えてもぞっとするくらい、高速道路で、溝もなく凄い塀もなく、ずずーんとスムーズに(?)森に突っ込める場所はあまりないのですが、そんなところから森に突っ込んでいったのです。
一度は父と母も一緒にネディたちも小さいころ。2度目はニッキィの試合に行くときで、車を森から出すことができず、あたふたしているときに、親切な人がニッキィをスケート場まで運んでくれたそうです。私はいなかったのですが、その後森から脱出できたパパと謙はスケート場までちょっとドアがつぶれた車で駆けつけ何とかニッキィの滑走をビデオにさめることができたそうです。
これは、私が日本へ戻っているときの話で、エンショーピングと言う街まで時々スケート場に私も連れて行くのですが、ぞっとするほど危険な場所が沢山で、岩が聳え立っているところも大きな橋が架かっているところもある高速ですが、よく、すんなりと森に入っていけるところで、居眠りしてくれたと思うほど、運の強い車です。
岩のあるところや溝の深いところでだったら、私はいっぺんに二人の息子と旦那を失っていたことになっただろうと思うと今でも鳥肌が立ちます。

居眠り運転だけは本当に恐ろしいと思います。私の母の親友のお兄さんもそれで亡くなりました。

6人乗りのフォードも後ろから追突されたり、前に信号待ちしていた消防自動車が急バックして前に衝突してきたりしたのですが、もうひとつの安産のお守りのおかげか、私たちはいつも無事でした。

今はもう一台一番新しいベンツがあって、これでヨーロッパ旅行をしているのですが、ネディが日本へ行ったらぜひお守りを買ってきてもらおうと思っています。今は私のお数珠だけに頼っています。
このベンツ、なんと私の生涯の半分を過ごした練馬ナンバーだったのです。中古車を買ったのですが、ベンツなのに日本から逆輸入されてきたのです。すべて日本語で書いてあったりするものだからスウェーデンではなかなか売れなかったのでしょう。運よく私を待っていたかのように練馬ナンバーが転がり込んできました。しかも東京ではスウェーデンのように沢山車に乗ることもないでしょうから、走行距離が本当に少なくて我が家で購入してからあっという間に3千キロくらい走ってしまった車です。
この車には日本のGPSがついているのですが、先日、Lysekilという西海岸まで行ったら、東京から倉敷あたりの方面まで行っておりました。
今は、ちょっと道案内のアナウンスがうるさいので、GPSは使っていませんが、こちらのプログラムを入れ替えることができるのかしら。。。私の小さい電話けんハンドコンピューター(というのでしょうか?)にもGPSははいっているのですが、画面が小さいので、この車のGPSにこちらのプログラムが入ればどんなに便利だろうと思うのです。

ここオーストリアは素敵なペンションが多く、5つ星のホテルよりも安く、2部屋と大きなリビング、大きなバスルームと別に中くらいのシャワー室、大きな二つのバルコニー前にはアルプスの山、と言う素敵な素敵なペンションに泊まっています。

オーストリアが好きなのは、ホテルやレストランの人々、道を歩く人々がとてもにこやかで親切な点です。それにどの家も窓と言う窓に素敵な花を飾ってアルプスの山とすべてが本当にきれい!
忘れかけていたドイツ語も戻ってきてイヴとニッキィは私がドイツ語少しだけだけれどわかるので、びっくりして、母親の株もちょっと上がりました。(ドイツ語で過去形では表現できませんけど。。。)
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by obreykov | 2009-07-11 05:43 | 旅行

2009.01.20 はるばる日本へ

家族や同僚が進めてくれたので、思い切って日本へ来ました。
長い長い20年以上ぶりの一人旅でした。
飛行機の連絡は良かったのですが、今、うちに電話をしたりしていたら、バス乗り場に行くと熊本域のバスが出たばかりで後1時間後と言うことでした。
PCを開けてみるとインターネットにつながったので、メールの整理をしたりしていました。
母の弟が今日の夕方私が来ることを伝えてくれたようです。
どうぞ、少しでも良くなっていますように。
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by obreykov | 2009-01-20 14:29 | 旅行

2008.09.06 ネディの窯訪問

熊本に無事着いたネディは翌日は疲れてよく寝て、1日ゆっくりしていたようですが、6日にはここで知り合いになった徒然草ぼうぼうの93hossyさんの所へ父母とともに行ってきました。
こんなところでお知り合いになって、ご親切にすっかり甘えて訪問させていただいた上に飯碗間で作らせていただいたそうです。

徒然草ぼうぼうのほうへ早速、そのときの様子を書いていただいています。本当にありがとうございました!

母が自分の飯碗を作ったととてもはしゃいでいたので、焼きあがってくる日が本当に楽しみです。私もぜひ行きたくなってしまいました。

こちらは暖房を入れたと言うのに、すっかり風邪を引いてしまいました。
ニッキィがのどが痛いと言い始め、イヴも熱っぽくて、金曜日のスケートは休みました。
土曜日もプロジェクトがあって、ストックホルム中のA選手とB選手の男の子が集まったのですが、ニッキィのトレーナーのターニャがのどが痛いときの練習はよくないことをいつも行っているので、練習に出ないことにしました。
プロジェクトはニッキィのクラブで、責任者のトレーナーがターニャだったので残念でした。
その代わり、ニッキィは日本人学校へ行きました。
私も風邪なのか、怠け心なのか、なんだか何もしたくない感じで、かったるくて、夕方はすっかり寝ました。そして、夜も結構早くですが、おやすみなさい。。。ZZZ...
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by obreykov | 2008-09-08 04:23 | 旅行