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2004.11.29 東京の生活を謳歌するネディ

私が日本に住んでいたころから文化の中心は東京だという事は痛感していました。福岡の友人がどうしても聴きたいコンサートのために東京に出てきたこともしばしばでした。
私は音楽大学生だったので、より多くの生演奏を聴くのも勉強のひとつで、音大生のためにぴったりのアルバイトがありました。それは、音楽会の始まる前の準備、切符を切ったり、プログラムを売ったり、あるいは座席、休憩の案内、出演者へのお茶のサービスなどをするアルバイトでした。休憩が終わると私たちは自由で、コンサート、あるいはオペラ、劇、能だったりしますが、自分の気に入ったものの場合は聴いて帰ったものでした。
毎晩少なくとも6,7箇所では私たちの仕事がありました。それを考えただけでも、東京では毎晩のように色々な催し物があったのです。a0022183_0422222.jpg
ネディには、ぜひこの機会を利用して色々なものを観たり聴いたりしてくるようにといっておりました。彼女も忙しいながら、色々なコンサートやアイスショーなどに行ったようです。
今回はネディの留学を世話している組織が東京の留学生4人にチケットをくださったそうで、和泉元彌の「和泉流宗家による渋谷狂言ライブ」を見に行ったようです。
“昔の話し方だったからとても集中して聞いてたら、結構わかった!おもしろかった!”とメールがきました。
ライブだったから劇の後にトークがあったようで、出演者が色々劇のこととかを話してくださったようです。
和泉元彌が観客のことを話して、“ちょっとかわってる客も来てるね”と言ってネディたちの方を見てたそうです。
アンケートがあったので、それに記入して何処に提出するのかとうろうろしていたら楽屋があいててそこに見に来てた客が役者さんたちと話していたそうです。
それで、ドイツの留学生と二人でちょっと覗いてみたら、和泉元彌が外に出て来てくれ、ネディたちと話してくれたそうです。「留学生?」ときいて、いろいろ話し始めたそうです。ネディは、“もしかしてスウェーデンにまで来てくれるかもよ!頼んだから。”といっています。
外国人の上、留学生だったから英語と日本語で書いてあった本をネディたちにくださったそうです。
“やっぱりとてもやさしいんだよね、話し方も、すごく嬉しそうだった、ネディたちが来たから。あとて写真も一緒にとってもらったよ!その後みんなネディたちに握手をした。”
とネディも大喜びしていました。
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by obreykov | 2004-11-30 00:44

2004.11.29 眠りの森の美女のごとく

GFs morさんのコメントにありましたが、スウェーデンでアパートやマンション暮らしの人たちは、入り口まできれいに雪かきをしてもらえますし、夏は芝刈りもしてもらえるという、税金をしっかり活用してもらっている感じがしますが、1軒やに住んでいると道路のところしか雪かきをしてもらえず、ラッセル車が通った後は道路と家の入り口にもっこりと雪の山になっていてそれをちゃんと始末しないと車も出せないような状態です。
GFs morさんはそれは金持ちと言う証拠とコメントをくださいましたが、本当の金持ちはそれを始末してくれる人を雇っているのでしょう。

兎に角、昨晩、もう雪が降らないことを祈りつつ、雪かきをしておきました。
今日はラッセル車も通ったのですが、道にあまり雪がなかったので、うちの向かいがわに雪を寄せて走ってくれたようで、バンザーィ、私は雪の始末をせずにすみました。

土曜日は、日本人補習学校の学習発表会というものがあり、日本で言う学芸会のようなものが行われました。週に一回しかない授業の中で、このような劇の練習をしたり、準備をしたりするのは先生をはじめ親達にとってもかなり大変なものでした。でも、どの学年も本番に強いのか何とか無事に終わり、ホッとしました。
ニッキィのクラス小学3年生と中学生が2年前にネディが大道具係で大きな背景を弟達にも手伝わせて描いたものを使ってくれたので、ネディはいなかったのですが、なんだかネディも学習発表会に参加させてもらっている感じで、私も嬉しく思いました。

私は例年のごとく、図書バザーの係りで、生徒の家族から寄付を頂いた図書を安く売って、売上金は学校の運営金にしています。
沢山の親がてつだってくれて助かりました。卒業生のお母さんも駆けつけてくれて一番沢山てつだってくれたのには本当に感謝感激でした。
売れ残りそうだった漫画の雑誌をごっそりと子供が買ってきました。
ビデオも何が入っているのかよくわからないものを買ってきて、家でつけてみるとサスペンスもドラマだったので、さて、見よう、と思っているうちにすっかりソファで眠り込んでしまいました。
寝ても寝ても眠くて、まるで眠り姫になったのかしらと思いながら寝ていました。
ニッキィはフィギュアのスウェーデン全国大会SMの最終日にやるアイスショーの練習でパパと先に帰り、この日はホームグランドでの練習で、しかも衣装をつけての練習だったようです。ペールのママが電話をくれて、とても可愛い衣装だったと教えてくれました。
来週は本番どおりの予行練習です。夕方なので、日本人学校を早退する必要なくいけそうです。

夕方は、子供達をおいて、旦那様と二人、友人のお宅に御呼ばれに行きました。

日曜日は雪の状態がかなり滑る雪になっていて、ニッキィをスイミングに連れて行ったときは2,3度怖い思いをしました。
それで、その後の、謙のホッケー、イヴのスイミングは旦那様にお願いして私は土曜日に買った本でも読んでゆっくりしようと思っている矢先、またまた私の眠りの森の美女が始まってしまい、最後にはベッドに入って真剣に寝てしまいました。

こんなにしっかり寝てしまったので、夜眠れるかなと思っていたら、昨晩もしっかり眠る事が出来ました。
こんなにゆっくり寝たのは久しぶりでした。
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スウェーデンではクリスマス前の第一回目の日曜日、ファシュタ アドヴェントでした。
夜になって慌てて、4本のロウソクを用意し、1本目のロウソクをともしました。
毎週日曜日にロウソクを1本づつ灯していって4本目のロウソクがともるとクリスマスと言うわけです。
本当は家の中もしっかり掃除をして、と思っていたのですが、眠り姫になってしまい、出来ませんでした。
それでもグロッグという独特の暖かい飲み物を頂きながらロウソクを眺めて、チョコレートを食べつつ我が家でも無事、ファシュタ アドヴェントを過ごしました。
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by obreykov | 2004-11-29 21:08

2004.11.24 追記、今日の出来事

先ほどスウェーデンの学校のことを書いていてすっかり日記を忘れてしまいました。
昨日は雪かきでぐったりとつかれきってしまったので、家の掃除は無しにしてその代わりサフランが入ったルセブッレというクリスマス前にスウェーデンで焼く少し甘いレーズンで飾ってある菓子パンを焼きました。
これを焼くと90歳過ぎまで元気にしていた母の叔母の作ってくれたサツマイモのサフラン入り天ぷらを思い出します。熊本の叔母が趣味で作っていたサツマイモも美味しかったのですが、サフランを天ぷらの生地に入れて本当に美味しいものでした。
このサフラン入りの菓子パンは私は生地を作るだけでネディが張り切って弟達を取り仕切り毎年作っていましたが、今年は私が一人で作りました。イヴは、エーっぼくが作りたかったのに、と残念がっていましたが、クリスマスがくるまでまだ後何度も作るでしょうからそのときお願いね、と言いました。

夕方からはまたいつもの送り迎えと、父母会、そしてホッケーの試合とあちらこちらを飛び回り、ゆっくり夕食をとっている暇がなかったので、このサフラン入りの菓子パンを袋に詰めて車の中、スケート場で食べ、これが夕食のような感じになってしまいました。

さて、今日は、車が雪だるまみたいになっていたので、イヴとニッキィがオーケストラに言っている間珍しく何も予定のない謙と一緒にスティンセンといいうショッピングセンターにウインドーショッピングに行きました。
なぜなら地下の駐車場に入れて雪を溶かしてもらおうという魂胆だったのです。

インターネットでグッピーのことを書いてあるサイトを見つけて趣味で色々なグッピーを作っている人たちが多いのにびっくりしました。うちのグッピーはメダカみたいな色で近親結婚なので、魚を扱っている店を覗いてみました。
店の人に訊くとグッピーならどんな色の種類と混ぜても結婚するということなので、2匹きれいな色のオスを買ってきました。
急に一緒にしてはびっくりしてしまったり、万一、病気をもっていたらうちのケヴィンとヨーナスとネーモとマティルダ、ブティルダ、その他もろもろたちにうつってしまうので、別の水槽に入れました。しばらく様子をみてから一緒にしてみようと思います。

さっき謙とミミちゃんの散歩に行ったら、なんとまた粉雪が降っているではありませんか!
もう、勘弁して欲しい、という感じです。せっかく雪だるまの車を溶かしたのに、またすっかり雪に埋もれているという感じでした。
無駄だとは知りつつも謙と少し雪かきをしました。
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by obreykov | 2004-11-25 07:20

2004.11.24 スウェーデンの学校

ネディと父母のために書き始めたこの日記もこのごろは他の人たちも読んでくださっているようで、ちょっと心して書かないとと思っているところです。以前は母に字が間違っていたわよとメールをもらったりしていたのです。

さて、Belkoさんからスウェーデンの学校が余り勉強しないということにおどろいていらっしゃる様子だったので、今日は少し学校のことを書こうかなと思います。

このごろは予算削減で、だいぶ事情も悪くなったとはいえ、スウェーデンの学校では多くても30人くらいのクラスに1人の教師、そして補助の先生もたいてい付いているクラスが多いようです。クラスも2つか3つのグループに分けて、勉強することも多いようです。
そして、低学年では本当に形ばかりの宿題が週に一回出るかな、と言う感じで、夏休み、冬休みなどは全く宿題無しです。土曜日の日本人補習学校に通っている我が子達だけが宿題に親子で悩まされています。

スウェーデンの学校では国語の教科書みたいなものもなく、その子の能力にあった本をそれぞれが読んだり、その子の能力にあった作文を書いたりしています。また、算数なども日本のように先生が説明して皆いっせいに同じ内容を、同じページをやっていくのではなくその子の能力に合わせたところをその子のペースでやっていくクラスが多いようです。
日本の教育を受けた私にはちょっと戸惑いと不安がないわけではありません。
でもネディを中学まで日本人学校に通わせて、何より良かったと思うのは、小さいころから宿題などをこなしながら、勉強をするという姿勢が付いていて高学年になって成績がつくころになって慌てなくてすんだということです。
成績も八年生、つまり中学2年になって初めて優良可の三段階評価がつきます。

かなり自由な教育のようで、先生はかえって大変ではないかと思います。
日本人学校のおかげで、日本の子供が受けるのと同じ算数、数学も習ったため、内の子供達は数学はかなりクラスで進んでいるようです。
ただし、掛け算の文章題など、よーくその国の言葉で考えるとなるほどとわかることなのですが、日本の方法と計算が全く逆になってしまうため、小さい子には混乱を招くこともあるようです。でも、日本の九九のおかげで計算はクラスの子達よりはるかに速く出来るようです。
九九のないスウェーデンの子達はどのように掛け算を覚えていくのか不思議でなりません。計算はうちの子供達は日本語でやっていると言っています。

スウェーデンの学校では社会などそれぞれがテーマを決めてインターネットや本などから自分で調べてまとめ、発表をするという勉強も沢山しています。こういう勉強は私が最も不得意とするものでした。中2の謙の英語の勉強にしても、パワーポイントで英語で日本の紹介を作って発表していました。自分の子供ながらなかなか良いものが出来ておりびっくりしました。
英語といっても、社会、歴史、コンピューターなど色々な内容を含むものでした。

このように宿題も少なく、受験勉強というものもなく過ごしている子供達が高校生くらいになると日本の高校生と同じような程度になるのはどうしてでしょう。
数学など中3までははるかに日本の中3の内容からはかけ離れたくらい遅れているのに、ネディは高校に入ってからは結構難しくなってきたといっていました。
ということは日本のように小学生からがりがり勉強をしなくても高校生くらいになったら追いつくと言うことなのでしょうか?

英語の宿題などを見ても、日本の子供達のように文法もしっかりしておらず、信じられないような基本的なミスをしているのに、字幕も付いていけないような英語の映画を見ていてけらけら笑っている子供を見て、意味わかるの?と訊くとわかるからおかしいんじゃない?なんて反対に言われてしまいます。私なんて何年も日本で英語を習ったのに何にも物になっていません。低学年から英語を簡単な会話から入っていく方法で勉強し、6年生では第2外国語をはじめており、こちらの人たちは外国語をいとも簡単に取り入れているように感じます。

日本の学校のようにクラブ活動というものがないので、子供達は地域のスポーツや音楽の活動に参加をしています。
でも、これも家庭環境によってはどうしても困難なものもあります。
共働きの社会のスウェーデンでは子供を送り迎え出来ない家庭ではホッケーのような必ず送り迎えをしなくてはならない活動はさせられません。どうしてもどちらかの親が少し時間の有図のきく仕事をしていないとかなり困難です。
その点、サッカーのようなものだと自転車で練習にいける気楽さからサッカー人口が多いのかもしれません。ホッケーのチームは市に1つ、多くても2つくらいしかありませんが、サッカーはなんチームあるか数えたこともないくらい多くあります。
そんなわけで私も子供が学校に通っている時間帯に出来る仕事、ピアノの伴奏をして、午後は子供の活動の送り迎えで子供のお抱え運転手をしています。

また、スウェーデンの子供は我慢することがあまり得意ではないようです。
日本では、忍耐、努力、などと言うことをよく聞きますが、こちらでは楽しく出来る、というのが第一条件で、サッカー、ホッケーなどを見ても勝つ試合、というより、まず、皆が楽しく出来ることを重点においているようです。だから有名な選手がなかなかでてこないのかなとも思いますが。
先日もホッケーの試合中、一人がタックラされて、倒れてなかなか起き上がらないので心配しましたら、少ししたら起き上がって、次の交代の時にはちゃんと出ていました。あとで謙に聞いてみたら、あの子はちょっと相手のひじがぶつかっただけだよ、スウェーデン人はオーバーだから、なんていっていました。
オフアイスの練習でもグランドを走らされると、もう出来ない、といって弱音を吐く子も少なくありません。
仕事場でも心身症だか、なんだか知りませんが病欠の人が少なくありません。近所の旦那さんもこのごろいつも家にいるようで、家のペンキ塗りなどしているので、どうしたのかと思っていたら、やる気のおきない病気だかなんだかで病欠だそうです。
もう、私には信じられません。

日本にもまた日本の教育にも良い点、悪い点がありますが、スウェーデンにも良い点、悪い点があると思います。
その両方を持った教育方法というのはないのでしょうかね。
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by obreykov | 2004-11-25 06:52

2004.11.23 白銀の世界はつらいよ

昨晩も粉雪が降り始め、窓のそばで見ている分にはとてもきれいなのですが、今朝おきてびっくり。車も雪に埋もれて、ラッセル車が通ったので、道に出るまで雪のやま。ミミちゃんの散歩の後そのまま雪かきをはじめました。
昨日、仕事のときピアノを弾いていて、腕が痛いので、あれ、どうしたのかな、腱鞘炎でもなさそうだけど、ちょっとやばいな、と思っていたのですが、今日、雪かきしていてなぜ腕が痛かったのかがわかりました。そうです。雪かきのせいです。子供達にも手伝わせたのですが、私も雪かきをしたので、その後遺症だったのでした。
今日は、皆、学校に出かけてしまい、とても良い天気なので、これ以上雪が降らないことを祈りつつ雪かきをしました。
雪がやわらかいうちにしておかないと冷えて凍ってしまったら大変です。
東京っ子の私も随分雪に詳しくなってきました。
ああ、それにしてもくたびれた。
でも、運動の後のすがすがしさはあります。今日は仕事がないので、家の中の大掃除をしようと思っていたのですが、すっかり力を使い果たしてしまったようで、何も出来そうもないので、こうして日記を書き始めたのです。

ア、今日はなんと母の叔父の命日で、弟の誕生日ではありませんか!不思議なことに命日や誕生日が親戚の中で同じということが我が家では結構あるのです。

私は祖母の命日に産まれました。また、旦那とその祖母の誕生日が一緒です。ニッキィは旦那のスイスの叔父の命日が誕生日です。ネディはパパの姉と誕生日が一日違い。また、私の誕生日の前日が子供達の従兄弟の誕生日。などなど。

イヴの親友ロベルトがエジプトに1週間旅行に行っている為、なんとなくつまらなそうなイヴでしたが、昨日は斜向かいのクラーラと携帯電話で伝言のやり取りをしていました。こんなに近いのだからあって話した方がいいのに、といっているうち30クロ携帯に入っていたのが、なんと後、8クロしかないと言い出したので、もういいかげんに止めなさいと言いました。
謙に言わせると携帯で伝言をやり取りしているということ自体がかっこいいと思っているだけだと言うことなのですが。
とうとう、二人は会うことになって、おしゃべりするのかと思っていたら、その辺がまだ子供で、近くの坂にそり遊びしに行ってくるというので、ニッキィも連れて行きなさいと、二人を外に出しました。
このごろの子供はコンピューターゲームなどばかりですが、こうして元気に外遊びをしてくると本人も楽しかったようですし、親もなんだか安心しました。
二人ともほほを真っ赤にして戻ってきました。

謙はチェロのレッスンの後すぐにホッケーの練習に出かけ、帰ったのは10時でした。一軍なので、モールヴァクト(ゴールキーパーというのでしょうか?)の練習の時もシュートをする人として参加しなくてはならず、6時にスケート場に行ったのでした。その後は自分達の練習。
でも、このごろ練習の後、軽い運動をしてシャワーをして出てくるのがやけに速くなりました。
どうしたのかと思っていると、最後になった人が更衣室の掃除をしなくてはならないので、いままで最後を飾っていた謙たちが機敏に出来るようになったのです。
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by obreykov | 2004-11-23 20:13

2002.11.21 リネー杯、ニッキィ銅メダル!

a0022183_2145698.jpg昨日は日本人学校の学習発表会の練習だけさせてニッキィを早退させ、パパも一緒にウプサーラまでリネー杯に行きました。
結果から言うとな、な、なんと、ニッキィが3位にはいったのです。
ニッキィのクラス、ミニョールは男の子はいないため、ニッキィはそのひとつ上のウングドームと言うクラスと一緒に試合だったのです。初めてのクラブ外での大会だったので、兎に角、自分のプログラムを滑るだけでよいと思っていたので、まさか3位になるとは思ってもみませんでした。
ニッキィのクラブからもかなり選手が出ていて、また、翌日の試合に出る選手も一緒にきて応援していました。ニッキィの友達のペールも応援に駆けつけてくれました。
ネディが大会に出るときは、こんなにどきどきしたことがないのに、ニッキィのときは、ちゃんと着替えられるかしら、スケートはちゃんと履けたのかしら、と心配で一杯でした。トレーナーのカタリーナがニッキィを連れてきた姿をみたときはホッと安心しました。ニッキィが氷の上に出て行くと、それはそれは大変な歓声でした。
一度、普段は転倒しないところで少しだけ転倒してしまいましたが、結構よく滑ることが出来ました。
クラブの選手達が終わるニッキィに花を持っていったり、大騒ぎをしてくれました。
その後、ニッキィが戻ってきて、ペールとニッキィにここの名物の巨大なシナモンロールを買ってあげて、食べえさせました。
その後は次々と男子の試合が続き、大きい選手のプログラムは本当にダイナミックで素敵でした。ニッキィのスケートをいつも砥いでくれる人の息子も娘もそれは素敵な滑り方でした。二人は謙と同い年なのに、氷の上ではかなり大きく見えるから不思議です。
試合はどんどん続いて、表彰式までの時間、他の選手の演技を見たり、スケートショップを見たりして過ごしました。
大きな選手達がニッキィに会うたび、上手だったね、と声をかけてくれているのが、なんともほほえましい風景でした。a0022183_2122010.jpg

私が寒くて暖かいココアを買いに行こうとしているとカタリーナに出会い、ニッキィにはまだ内緒だけどニッキィは3位にはいったのよ、と教えてくれました。

表彰式でニッキィの名が呼ばれたときは本当に私も嬉しくて涙が出そうでした。
いろいろな人がニッキィを応援してくれ、カタリーナの旦那様もスケートを砥いでくれる人もニッキィをほめてくれました。その人の息子は今度SMスウェーデン全国大会に出ます。その人が小さいときの滑りにニッキィが似ているとカタリーナもお父さんもおっしゃっていました。
ニッキィも将来彼のようになるかしら。

ニッキィは男の選手の更衣室を使っていましたが、ストックホルムフィギュアスケート協会のプロジェクトで一緒だったりして、すでに知り合いになっているので、色々な選手とお話も沢山したらしく、とても喜んで出てきました。
こんなに小さなニッキィが一人で着替えたり、準備をしたり出来たことが私にはとても嬉しかったです。

日本人学校から電車で戻った謙とイヴ、そしてホッケーの試合に謙が行っている間、一人で留守番をしていたイヴのこともほめてあげたいと思います。
謙の試合は8対6で惜しくも負けてしまったようですが、あまり沢山の差ではなかったので、今度は頑張って欲しいと思いました。

雪は降っていませんが、マイナス3度、4度のため、そのまま雪が残っていてとてもきれいです。GFsmorさんのコメントでは日本旅行中の彼女は夜も19度だった京都で半ズボンで過ごしていらっしゃるとか。。。
このまま気温が変化しなければとても良いのですが。
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by obreykov | 2004-11-21 21:32

2004.11.18 すっかり銀世界のストックホルム

a0022183_722466.jpg昨晩遅くからストックホルムには初雪が降り始めました。この写真は降り始めたころ謙が撮ったものです。天気予報でも雪が降ることを言っていたので、翌日慌てないように子供のブーツなどを準備しておきました。
今朝、雪のことを知らないイヴとニッキィは、大声で雪を喜んでいました。ミミちゃんの散歩に行くとミミちゃんも久しぶりの雪が嬉しいのか、ピョンコピョンコ飛び跳ねて大喜びしています。私は滑らないかと恐ろしくてミミちゃんに、少し落ち着いて歩いてよ、と何度も頼みました。

家についてもミミちゃんを雪のところで遊ばせ、私は車の雪かきをしました。あまり冷え込んでいなかったので、簡単に雪かきが出来て、汗ばんでくるくらいでした。
冬のタイヤが古くなって夏のタイヤよりも溝が少なくなっていたので、今年買い換えて取り替えたばかりなので、安心でしたが、ベンツは後輪駆動なので、雪道にとても弱いのです。
十分時間を取ってゆっくり運転できるように少し早めに仕事場へ出かけました。
途中、道から滑ってはみ出している車としっかりぶつかって交通の妨げになっている車2台も見ました。
今日はほとんど1日中しっかりと降っていました。ここはもうすっかり銀世界です。
子供達は大喜びで、早速雪のボールをたくさん作って積み重ね、中にロウソクをともしていました。

a0022183_7331634.jpgさて、今日はニッキィの大会で着る衣装が出来上がってきました。小さなコサックの出来上がりです。
今度大会に出る人たちは衣装を着て滑ってみました。ニッキィもなかなか可愛らしく、衣装を着ると急に大人っぽくなった感じです。
今晩、くじで滑る順が決まるので、その後は練習をすると違反になりますので、明日のトレーニングは無しです。
土曜日は日本人学校の来週の学習発表会の劇の練習もあるので、休ませるわけには行きません。ちょっとハードスケジュールになるでしょうけれど日本人学校に少し顔を出してからウプサーラというここから北に行った学生街のスケート場に向かうことになるでしょう。
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謙は試験の結果が戻り始めているようです。数学はちょっとした計算ミスで満点が取れなかったようです。必ず謙がやるミスです。何で、もう少し落ち着いて見直しをしないのでしょう。
フランス語は優良可のうち良のプラスだと言うのでなんだ、と言ったらクラスで一番出来る子の次がフランスに住んでいた子で、その次が謙だったと言うのです。
謙はあまりこつこつ勉強するタイプの子ではないのですが、ここまで出来るのだからもう少し頑張ってくれたら満点なのに、と思うのは親の欲でしょうか。
なんだかコンピューターの前にへばりついてばかりいるように思えるのですが。

車のことを思うとこれ以上雪に降って欲しくないし、また変に暖かくなって雪が溶けてその後冷えて氷になって欲しくないし、今のままの状態で春まで雪があるけれどマイナス三,四度くらいの毎日でいて欲しいと思います。。。ちょっと欲張りな願いです。。。
先ほど子供達とミミちゃんの散歩に行きましたが、ミミちゃんのはしゃぎようったらありませんでした。寒くもなく気持ちの良い散歩でした。
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by obreykov | 2004-11-19 07:28

2004.11.17 王様、お久しぶりです。

今日は朝からなんとなく落ち着きません。それというのもブルガリアの元王様で今は首相がスウェーデンにいらしているため、夫婦でブルガリア大使館に御呼ばれしていたからです。ブルガリアの王家は第2次世界大戦後ブルガリアが共産圏になったときに追放されてしまいました。6歳で王様になったシメオンも皇太后様と王女さまとトルコからエジプトへと追放されていました。後にスペインの女性とご結婚し、5人のお子様に恵まれスペインで幸せに暮らされていました。
その後ベルリンの壁の崩壊と共にブルガリアも共和国になって、ついには王様も6歳以来ブルガリアに戻ることが出来るようになり、最後にはブルガリアの首相になられたのです。王様が首相になったなんて、ブルガリアしかないと思います。
まだ、スペインにお住まいで王様だったころ、私たちにはネディと謙しか子供がなく、王様と女王様と一緒にハンガリーの素敵なレストランで晩餐をご一緒させていただいたことがあるのです。まだ本当に小さかったネディと謙は当時、大人の席で騒ぎもせず、長い時間一緒にお食事をきちんとできる良い子達だったのです。王様と女王様もそのことには本当にびっくりなさり、褒めてくださいました。王様の隣りで食事をした謙がパンで遊び始めたので私がたしなめると、王様がにっこりなさり、“パンの橋が出来たね、これが橋というんだよ、”とおっしゃられ、謙はブルガリア語の“橋”という言葉をここで覚えたのでした。
この王様は本当に気さくで素敵な方です。スウェーデンの王様のご結婚のとき、スウェーデンにいらしたとき、私の旦那様がまだ独身でたくさん写真をとったりして王様に送ったのを何年もたった後、ハンガリーで再会した際、ちゃんと覚えていてくださったのも驚きでしたが、今回も、私がたくさんの人に混じって写真を撮っていると王様は“いつも素敵な写真の年賀状をありがとう。”と声をかけてくださいました。あがってしまって“こちらこそ、いつもきちんとお返事を有難うございます。”と言うのがやっとでした。
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うちの旦那様にも私たちの子供達のことを訊いたり、王様にとっては何万人もの方と毎日のように会っていらっしゃるたくさんの人々の一人なのに、よく覚えていてくださるものだと本当にびっくりしました。
それにしても王様や首相や大統領はなんと大変な毎日を過ごしていらっしゃるのでしょう。
ハンガリーではゆっくりお話をすることが出来たのですが、睡眠時間が本当に4,5時間しかないなどという事もおっしゃっていました。
それにしてもなんと品のある素敵な方でしょう。
王様、お疲れ様でした。
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沢山の人がそれぞれ王様に色々お話しておりましたが、王様の方から私へお声をかけてくださり、しかも私や子供たちのことを覚えていてくださったということでもう幸せ一杯です。
こんなに忙しい王様、ブルガリアの政治も大変だし、どうかお体を壊さないように頑張っていただきたいものです。

追伸
今夜中ですが、ストックホルムに初雪が降っていますよ。
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by obreykov | 2004-11-18 07:54

2004.11.16 ぼろ負けのホッケー

先日の忙しさは、頂点に達していました。ネディも読んでいるだけで目が回ってきた、とメールをくれました。
昨日はちょっと暖かくて、外のリンクでホッケーの練習の謙たちはリンクが解けてしまい、グランドでオフアイスの練習でかなりしごかれたらしくチームの皆は筋肉痛で変な歩き方をしています。
今日はしっかり寒くなってリンクの氷もビンビンに張っています。
さて、コメントを書いてくださったアントンさんから謙のホッケーの試合の結果をきかれました。ハイ、散々な結果でなんと1点も入れることが出来ず、ぼろ負けだったのでした。
でも、試合自体はよく出来たらしく、トレーナーが結構ほめていたというので、私はぼろ負けしたくせに、とつい、言ってしまいます。
今日も、テービイというところでとっても強い手ごわい相手との試合でした。物凄い試合のテンポで、1点は何とか入れたのに、やっぱりぼろ負けしてしまいました。
大体、先シーズンの結果が余りよくなく、ディヴィション2というシリーズでは試合できないことになっていた謙たちのチームですが、一チーム辞退したので、ディヴィション2のシリーズで試合が出来るようになったのです。これはかなり強いチームが相手のシリーズです。
また、謙たちのチームはディヴィション3というシリーズも出場しているのですが、ここはあまり強いチームが出ないので勝つ可能性がとても大きいのですが、謙は残念なことに(?)いわゆる一軍に入っているため、このディヴィション3には試合に出してもらえないのです。
まあ、負けるのに慣れてしまったのか、昔は負けると機嫌が悪くなったりする子もたくさんいましたが、今は結構元気にしております。
でも、タックラと言って、人をボンと押し倒したりしても良い年齢になっているので、小柄な謙は大きい子にタックラされたら吹っ飛んでいってしまいます。
幸い、小さいのですばしっこくてチョロチョロ相手を交わしていますが、今日は一人サリーに思いっきり吹き飛ばされて突っ込んでしばらく起きる事さえ出来なかったので、心配しました。
イヴがホッケーを自分から止めると言ってくれてホッとしています。
イヴはボーリングをしているので本当に平和な感じです。

ニッキィはだいぶプログラムも完成してきて練習に磨きをかけています。今日はビデオを持っていって写して上げたら、結構家で自分で見ながら小さいながらも研究している様子でした。
ネディのころはトレーナーもカタリーナのような優秀な人がいなかったし、私自身もあまり力を入れて協力してあげなかったので、可哀想なことをしたな、と思っています。
カタリーナが大会用の衣装を縫ってくれていて今日は仮縫いをしました。
可愛いコサック風の衣装で、楽しみです。

今日の我が家の夕食はイヴとニッキィはパパに“冷凍”の舌平目のムニエルを作ってもらったようです。
私は謙とヨーナスとでマクドナルドに試合のあと行っての夕食でした。
お粗末。
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by obreykov | 2004-11-17 06:22

2004.11.13 ああ、忙し、忙し

昨日と今日の忙しさは頂点に達していました。
まず、お仕事のピアノ弾きが2時に終わって、パートナーと後片付けをしたりプランを立てたりして、ニッキィの個人面談にまっしぐら。
真面目なニッキィのことなので、これという問題もなく、ニッキィも彼のテンポで着実に成長している様子だし、友達関係もとても良いようで、個人面談が終わると、家へまっしぐら。
ニッキィも大慌てでスケートの準備をしつつちょっとしたものを口にほおりこんで、スケート場へ。おっと、そのとき、謙も車に乗ってきて駅で降ろしました。謙の日本人学校の大親友と学習発表会の音響効果を二人でやっているらしく、それを一緒にするため、泊まることになっていたのです。
ニッキィをスケート場に送って、イヴとロベルトをボーリング教室に迎えに行って家に戻ると謙から電話で、友達に会えず、友達は携帯が壊れて連絡が出来ないというのです。
謙は5時前からチェロのアンサンブルのレッスンがあるので、イヴをそのまま車に乗せ、チェロも車に積んで、謙とイヴを交代させようと思って家をでたところに、行き違いになってしまった謙の友達が到着。
急きょ、イヴとその友達に家で待っていてもらい、謙を迎え、チェロと共に音楽学校において、そのままニッキィを迎えに行きました。
そのあと、ニッキィと必要なもののみ買い物をして居る間に謙から電話があり、レッスンが終わったというので、ロータリーでぐるりと回ってもう一度音楽学校に迎えに行きました。
家に戻るとニッキィは大急ぎで学校のハロウィーンパーティーに行く支度をはじめ、今度は(今年でハロウィーンは2度目)うちにあった黒い魔女の洋服を着て、目の周りを大きく青くして、額にアイラインで塗った傷跡を書いて連れて行きました。
急いで家にUターンしてアンパンの生地を仕込んで、ヒレかつの準備。
もう、このころになるとだんだん息切れがしてきました。

こんな思いで夕食を作ったのに、あまりに遅くなったので、つまみ食いをしていた子供達はあまり食べてくれなかったのにはがっかり。。。
ミミちゃんの散歩に行ってもらい、ニッキィを8時半に迎えに行ったときはもう、ふうふう言っていました。

謙の友達は本当に小さいころからの良い友達なので、ほったらかしておいても二人で色々しているので、私はお先に休ませて頂きました。

今日は、いつもの戦争のような土曜日の朝ですが、謙の友達が泊まっているため、随分抑え、それでも、結構びっくりするような大声で、子供達をせきたてて、お弁当を作り、ミミちゃんの散歩をさせ、いざ出発、となると、車のフロントガラスがビンビンに凍っていて、氷かきでごしごししてもとてもじゃないけれどすぐに取れません。遅くなってしまうので、急きょ、カーポートに泊めてある大きい方の車に乗り換えていきました。
こんな大きい車、何処に駐車しようと思っていると、ラッキー!神様はこんなに一人で忙しい私の見方をしてくれました。ちょうど出て行く車の後ろに来て、十分なスペースに止めることが出来ました。

2週間後が日本人学校の恒例の学習発表会で、ニッキィのクラスのたち稽古があったので、私も見学。
なぜなら、それが済んだら直ちにニッキィを連れて、空港までパパを迎えに行かなくてはならなかったのです。

途中でパパと連絡が取れて、まだカロリンスカ病院のあたり、と言うと、ええっ、といわれてしまい、冗談じゃない、何考えてんの、とついつい怒鳴っていました。

パパを迎えて、家に戻ると大喜びするのは言うまでもなくミミちゃんです。気が狂ったように喜んで、私は、アレ、忙しすぎて、お帰りなさい、さえ言うゆとりがなかった、と反省しました。

ゆっくりするのもつかの間、ニッキィを連れて私はストックホルムフィギュアスケート協会のプロジェクトに行きました。
今日は、スウェーデン全国大会の最終日にやるアイスショーの練習でした。
オッレのスキーという物語の、オッレの家族の場面を練習しましたが、とても可愛らしく出来、楽しみです。
大きなお姉さんやお兄さんの選手達に可愛がられニッキィもとても楽しかったといっていました。

さて、ブルガリアから帰ったばかりのパパは、イヴが私たちの住んでいる市役所でヴァイオリンを弾くことになっていたので、日本人学校に迎えに行きました。イヴもお弁当のあと早退です。イヴはパパがあまり子供のスケジュールに詳しくないので、信用していませんから、ぱぱといっしょにいくのオ、とかなり不安なようすだったので、迎えに行った?ヴァイオリンもたせた?市役所に向かった?13階よ、とそのつど電話しました。

スウェーデン人のパパは結構子供のスケジュールに詳しくて、よく面倒見て、送り迎えをたくさんしていますが、うちのパパは仕事はしっかりしてくれるのですが、事子供のことに関して何もわかっていません。誰が今何をして何処に居るのか、いつ迎えに行くのか、なーんにもわかっていないので、いつもメモに詳しく書いてあげることにしています。

でも、それも無事に終わったようでした。私たちも無事に練習を終え、無事に帰りました。
さて、これからは謙のホッケーの試合です。ホッケーのテープがなくなったので、まず、それを買いに行かなくてはなりません。そしてスケート場に謙を置いたら、1時間時間があるので、やっと休めそうです。
朝早かったパパは今寝ています。謙の試合は珍しく見に来るといっていますが、果たしておきられるのでしょうか???
今日の試合はちょっと難しい相手なので、頑張ってもらわないと!
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by obreykov | 2004-11-14 00:44