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2005.01.29 フィギュアスケート ストックホルム杯

今日はくたびれて寝てしまおうと思ったけれど、記念すべきことがあったので、ちょっと記しておくことにしました。

朝、大慌てで、子供達の日本人学校のお弁当を作り、ニッキィのスケートの支度もして、ますます大慌てで出て行きました。
まず、子供を日本人学校に送り、私はそのまま、他のお母様たちと井戸端会議。
そして1時間ほどして、ニッキィを迎えに行き、早退しました。
そうです。ニッキィがストックホルムカップに出ることになっていたのです。
カー ナビゲーターもあるけれど、子供の友達のスウェーデン人のお父さんにもテューレソーというところへ行く方法を色々聞いて少し早めに出かけました。
何しろ、カーナビがあっても道を間違えてカーナビに“直ちUターンしてください”なんていわれるような私です。
もう、ほとんど到着というところで、小道に入るところを、しっかり間違えて変なパーキングに入ってしまいカーナビに、直ちに引き返すようにと言われて、そらきた、またやってしまった、と思いつつなんとか無事に到着しました。
パーキングするとすぐ隣りにペールの車が止まりました。なんと、グッドタイミング!

更衣室に荷物を置いてから、とりあえずカフェテリアで軽食を取りました。
そこでトレーナーに出会い、1時間前に集合、という事で、少しゆっくりする時間もありました。
トレーナーに子供達を預けてから私とペールのお母さんのアンは他の選手の競技を観て過ごしました。
ネディが大会に出ていたころは、結構しっかりした子供だったので、何も心配したことが無かったのですが、ニッキィはいつまでたっても私にとって小さい赤ちゃんのようで、ちゃんと着替えることが出来たかしら、ちゃんとトイレに行ったかしら、と余計なことばかり考えて心配でなりませんでした。
でも、トレーナーは私たちがのこのこと更衣室に行くのを嫌がるので、我慢して任せておきました。そしてニッキィたちの出番になって姿を見せるとホット安心しました。

ネディはクラブのトレーナーの仕事があったので、パパがおじいちゃん、おばあちゃんを連れてネディを迎えながら、後からやってきました。
でも、ちょうど良い時間に到着でき、それも安心しました。

第1滑走がペールでした。ペールにとってははじめての外部での試合だったのです。
背が高くちょっと長い金髪がヒラヒラと風に舞って、とても素敵で、今までの練習の時のスベリよりもずっと上手に出来ました。
点数もかなり良い点が取れて、ネディがはじめての試合に出たときより良い点数が出た、と話しました。

ニッキィも今日はアクセルも失敗することなく、音楽にもまあまあ合って、上出来でした。
ニッキィとペールには、クラブの女の子達も応援にきてくれていたので、他の選手以上に物凄い声援がおくられ、物凄い喝采でした。
かなり良い点がもらえて、これはいけるかな2位には入るかな、と思いました。

表彰式のとき、準備が整うまで、選手達は氷の上に入って滑るのですが、男の子達はクラスの別の子達も含めて、プロジェクトですっかり友達になっているので、楽しそうに皆でおしゃべりをしたり、一緒に滑ったりしていました。
本当に微笑ましい姿でした。

さて、ニッキィのクラスですが、1位は予想通り、スウェーデン全国選手権大会の最終日にニッキィたちとアイスショーアイスショーに出て、オッレの役をしたアントンが取りました。
そしてなんとニッキィは2位に入りました。
ペールは4位に来ましたが、初めての大会であったことと、同じクラスの選手は1段階上のテストを取っていることなども考えると、とても上出来だったと思います。

その後は、夕方にローニアとポリーが滑ることになっているので、パパと祖父母は先に帰ってもらい、私たちは残りました。
5人で、センターに行って、遅い昼を食べて、体を温めてから、またスケート場に戻りました。
ローニアとポリーはクラスがかなり上なので、今日はショートプログラム、明日はフリーをすべることになっていますが、ローニアは今回レベルが一クラス上がった割りにかなり良いところまできていますし、ポリーは1位にいるので、明日の結果が楽しみです。

とっても冷え込むストックホルムでしたが、ニッキィが2位になったので、嬉しい1日でした。
今日は日本人学校から電車で帰宅した謙とイヴもほめてあげたいと思います。
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by obreykov | 2005-01-30 07:53

2005.01.27 元気になった我が家

ニッキィの熱から始まって、私にまでうつって、なんとかひどくならないうちに治したと思っている矢先、母までうつってしまい、やっとこのごろ熱も下がって皆が元気になりました。
ニッキィのインタビューも月曜日にジャーナリストがやってきて、更衣室で色々聞いていました。スウェーデンの子が良く使う、さあ、知らない、という返事だけはしないように、とネディと私とで、散々言っておいたため、ジャーナリストの質問に結構しっかりと答えていたのには私も内心びっくりしました。
私の知らないニッキィの別の1面を見たような気がしました。
それに、四回転などができるようになりたいという抱負をさえ持っているのです。また、好きな目標としたいスケーターは、もうプロになったけれどヤグーディンとそして現役のプロシェンコだそうです。
どんな記事になるか楽しみです。
火曜日にはカメラマンが来て、たくさん写真をとっていきました。
ニッキィの友達のペールにも参加してもらって、たくさん注文をつけられて、色々な写真をとられていました。
今は、今週末にあるストックホルムカップの競技会の練習をしていますが、最近、アクセルなどで、着氷に失敗して、音楽の終わったあとに滑り終わるということを繰り返していました。
それ以外は結構上達したらしいのですが、素人の私に言わせるとなんだか音楽に合わないとどうもしっくりしません。
ところが今日はペールもニッキィも音楽とぴったしマッチして終わることが出来ました。
明日の夜にスタートのくじが引かれることになっているので、明日の練習は出来る予定です。
本来ならニッキィとペールは年も違うので、別のクラスなのですが、ナンセ、男の子が少ないので、同じクラスで戦うことになっています。
友達同士、応援しあいたいのに、戦わなくてはならないのが、ちょっとかわいそうです。
他の男の子達もプロジェクトで一緒の友人なので、ちょっと残念。
まあ、これが勝負の世界と言うものでしょう。

今日は、ヨーロッパ選手権大会の男子のフリーがありました。
とうとう、ニッキィもついさっきまで一緒になってみていました。
ショートプログラムで、ブライアン ジュビエールが1位になってプロシェンコが2位だったのですが、さすがプロシェンコ、すばらしい演技で1位を獲得しました。
ネディが応援していたスイスのランビエールは惜しくも4位になってしまいました。
それにしても彼のピルエットのすばらしさったらありません。
スウェーデンのクリストッフェルは10位を守りました。
初めて公式の大会で四回転をしたようですが、着氷に失敗したようで、残念でしたが、クリストッフェルの上達振りもなかなかのものでした。

今は、EM(ヨーロッパフィギュアスケート選手権大会)のおかげで、寝不足やら生活もかなり不規則になってしまっております。

イヴの学校で、家庭科の宿題が良く出るのですが、今週はマッシュポテトを作ることで、作り方にポテト10個、と出ているため、どうしても10個しなくては、と全くゆずりません。
でも、なんとか美味しいマッシュポテトが出来ました。親のサインをして、明日、宿題をしたことを証明する紙を提出するようです。
ちなみに、イヴの家庭科の宿題は、皿洗い機で3回以上、手で3回以上お皿を洗うこと、というものや、ベッドメーキングをすること(きちんと掛け布団など外でパタパタとするなど手順が書いてあります。)値段を吟味しつつ買い物をすること、自分の部屋を掃除すること、などなど、あって、そのたびに親のサインをした証明する紙を提出しています。
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by obreykov | 2005-01-28 07:57

2005.01.19 風邪が流行っているようです。

今朝はニッキィが熱を出したので、学校を休ませました。どんどんあがっていき、39度まできております。母達はお医者さんに連れて行ったほうがよいのでは、と心配していますが、スウェーデンでは3日も高熱が下がらない場合、やっと診療してくれます。はじめのころは私もかなり心配でしたが、たいていの風邪は薬を飲んでも飲まなくても大体1週間もあれば治ってしまうのです。しかもヴィールス性の風ならどんな薬も効く筈がありません。
まあ、そんなわけで、熱がしっかり出て、ヴィールスやバクテリアをやっつけてくれれば、と思っています。日本のアイスノンは大活躍です。

うちの子供達は、何か特別なことがあるというと必ず熱を出します。ニッキィもカムラートポステンという子供の雑誌からインタビューの申し込みがありました。本当は明日、ニッキィがスケートのトレーニングをしている時にインタビューをして写真もとりたかったようですが、熱が出たことを知らせるとがっかりしていました。
でも、雑誌社で話し合って、やっぱり他の子よりも小さい男の子のフィギュアスケートというのが面白いので、来週に回し、来週のトレーニングのときにインタビューに来ることになったのです。ニッキィも安心して、今日は寝ておりました。

夕方はネディが日本のホストファミリーとチャットをしていました。ネディがいたころはうちの様子はカメラで写っていたようですが、あちらの様子はこちらでみることが出来ませんでした。でも今日はあちらの様子もみることが出来、最後にはマイクを使って音声チャットというものをし始めました。
なんと、科学の進歩でしょう!
私の時代には本当にいろいろなことが発展していきました。
8ミリというものが出来て、祖母がじっとカメラに向かって静止しているので、動いて、しゃべって、と大騒ぎしたのを覚えています。
うちに冷蔵庫が届いたときも良く覚えています。
水冷式のクーラーというのもありました。これは実家の仏間でウィーンウィーンという音とともに健在です。
ビデオもベーターというのがありました。私の友人のテレビは8チャンネルまでしかなくて、テレビ朝日や東京12チャンネルが見れず、ちょうど受験のころに買い換えてあまり勉強が出来なかった、という話もきいています。
テレビはどの家庭にもあるものではなく、劇場中継なんていうのがあると近所の人がうちに集まって、カーテンを閉めてテレビ鑑賞をしたのも覚えています。
父が現役時代扱っていたコンピューターは箪笥よりも大きいものでした。
電話だって、何軒かに1台しかない時代があって、近所の人にかかってきた電話を、電話ですよ、とその人を呼びにいったりするのも私の仕事でした。
20年前にスウェーデンに来たころ、旦那さまの友人が携帯電話というものを持ってきて、自慢していましたが、それは大きなバッグの上に大きな電話が乗っかっているようなタイプでした。遠距離恋愛だと手紙も書いてから1週間かかって相手に届き、その返事が来るのは早くてもそのまた1週間後という時代から、今は音声チャット、カメラで顔までみることが出来る時代になりました。
と、こんなことを書いていると自称36歳が、うそだということがばれてしまいます。
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by obreykov | 2005-01-20 06:41

2005.01.18 おっと、10日も前にネディ帰国!

ネディが日本から戻ってきました!
それも10日も前に!
なんだか何もかもがいっぺんに始まってしまって、忙しくて忙しくて日記を書いている暇がありませんでした。
ネディの戻ってきた10日は子供達も学校が始まり、私自身もピアノの伴奏の仕事が始まりました。
ホッケーやフィギュアは相変わらず新年も練習があったのですが、学校もその他の習い事や私の仕事も始まるとなんだかリズムが狂ってしまい、またネディからの楽しい土産話も尽きずに忙しい毎日です。

10日は、ニッキィはスケートに行かずにネディを迎えに行くというので、練習を休みました。
謙はチェロやロックバンド“グレイド”(日本のグループ、グレイをもじったようです)のレッスンがあったので、そちらに行きました。
ネディの祖父母も一緒に謙を除く家族全員で飛行場まで出かけました。
時間通りに到着するはずの飛行機が少し遅れてつきました。一緒に戻ってくる留学生の御家族にも空港で会いました。皆でわくわくしながら待っていると、元気なネディの姿が目に入りました。気がついたときにはもうネディの方へ駆け出していました。

元気そうで、ストレートパーマでイメージチェンジして、ちょっと大人っぽくなって帰ってきました。
色々な話が泉の様に出てきて止まりません。
ネディの大好きな鮭の尾頭付きをオーブンで丸焼きして久しぶり家族8人の夕食を楽しみました。

それから1週間はネディは学校から休みをもらっていたのですが、今週から授業に出始めました。今までのクラスではなく、1年生に入ったので、ちょっとつまらなそうです。
でも、友達が人の2倍も出来てよいじゃない、と慰めています。そのうち新しいクラスにも慣れるでしょう。

ニッキィのフィギュアの練習のときにネディも付いて来ました。トレーナーや選手達が大喜びしてくれました。
木曜日にネディも久しぶりの練習に出ました。エネルギーが有り余っているという感じでした。
週末はトレーナーとしての仕事があって早速、いくつかのグループの練習に出たようです。日曜日は自主トレーニングも早朝にあるので速くおきて出かけていきましたが、トレーナー不足で急きょ仕事になってしまったようです。
昨日のトレーニングのときはニッキィのグループもネディたちのグループと一緒に練習していましたが、なんとアクセルの練習のときにニッキィがお手本として大きなお姉さん達のグループに滑って見せているのにはびっくりしてしまいました。
小さいけれど男の子なので、ジャンプ力や度胸があるようです。
ニッキィのトレーナーはこのような形でニッキィに自信を持たせることも上手です。厳しいトレーナーではあるけれど、ニッキィもネディもこのトレーナーが大好きです。

今は次の大会に向けて、ニッキィたちの練習も磨きがかかってきています。
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by obreykov | 2005-01-19 07:01

2005.01.08 餅つき大会

a0022183_1172911.jpg今日は日本人補習学校の第一日目、そして校長先生と奥様のおはからいで大使館からお借りしたうすでの本格的な餅つき大会がありました。
子供達はもちろん、私も楽しみで、他のお母様たちと一緒にお手伝いをしました。
前の校長先生のときもちょうど創立25周年記念として餅つき大会をしました。前の校長先生もそして現在の校長先生もそれはそれはお上手で、びっくりしました。a0022183_1125960.jpg
子供達もそれぞれの学年が時間差で講堂に集まって、餅つき機で8分ほどついたお餅をうすに移して全員順番につきました。
ニッキィたちのお餅は少し粒粒がありましたが、それでもつきたてのお餅は最高です。私もニッキィのおこぼれをもらいました。
甘辛醤油とあんころ餅ときな粉餅を頂きました。a0022183_1133449.jpg
イヴたちのクラスになると力があるのか、結構伸びの良いお餅が出来たようですが、私はとうとう試食をすることができませんでした。
中学生は元気が良すぎて、杵がうすに当たってしまったりして、杵の木のくずが入っていたりしましたが、さすがに中学生、一番伸びの良い美味しいお餅が出来たようでした。
謙があんころ餅を少し、お裾分けしてくれました。
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最後にあまったお餅を3つづつ販売することにしましたが、お手伝いのお母様方で、完売してしまいました。
私もしっかり6袋も買い占めてしまいました。家族が多いので、全く買わないか、たくさん買わないとならないのです。
そんな家族が数家族いたため、あっという間に売り切れです。
他の販売を期待していらした御父兄に申し訳ない、と思いつつ欲には勝てなかったというわけです。
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イヴの日本人学校での親友がクリスマス休暇にモルディブに行っており、とても心配しましたが、津波にあって、着の身着のままだったようですが、全員無事に帰ってきて本当に安心しました。
冬休みの宿題の文集の作文を書く材料がいくらでもあっていいなあ、とイヴは言っておりましたが、本当に不幸中の幸いとはこのことを言うのでしょう。
スウェーデンではなくなった方もかなり多くいて、新聞を読むのは心が痛みます。
それにしても、現地の人たちの観光客に対する態度が信じられないほど良かったようで、新聞にもそのことはたくさん書かれています。仏教の教えだろうか、とスウェーデンの新聞は書いています。

なくなった方の御冥福を心からお祈りしたいと思います。
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by obreykov | 2005-01-09 00:24

2005.01.01 謹賀新年

みなさま、明けましておめでとうございます。
2005年の幕開けです。昨年は災害やら多い年でしたが、2005年はよい事が多い年となりますように心からお祈りしました。

昨日は大晦日をスキーに長年一緒に行っている友人の家族(といってもお父さんと息子のみ)と一緒にすごしました。近所に住む友人家族も夕食後遊びに来ました。3歳のちびっ子ギャングがいるので、この家族が来てからは大騒ぎでした。
クリスマスツリーに下げていたパラソルのキャンディーやチョコレートはもちろん、食べられないクリスマスツリーの飾りつけもあっちこっちに落ちているし、コンピューターの画面にかけてあるビニールはビリビリ、ネディから送ってきたかわいいキャンディーの箱も寸でのところで危機一髪、イヴが救い、謙の部屋に隠すことができました。
テレビの上の飛行機でもらった飛行機のプラモデルもばらばら事件になりそうだったところ、別の飛行機を貸してあげて、何とかごまかしました。
ああ、大変!
でも、お父さんがコンピューターの仕事をしているので、コンピューターに何かがあるとどんな時間でもヘルプに駆けつけてくれたりするので、あまり文句も言っていられません。。。
ネディちゃん、誰のこといっているかわかるでしょ?

さて、メニューどおりの食事で、みんなも満足。何とか無事に日本の新年、ブルガリアの新年、そして最後にスウェーデンの新年を迎えることができました。

バーニッツァというブルガリアのチーズパイに入れたおみくじでは、1クローネ硬貨が謙に、その半分の50エーレ硬貨が私に、そして、旦那には新車、父と母には偶然にも吉報というおみくじ、イヴは長寿、ニッキィは旅行、そして、友人には新しい洋服(これは謙に当たったらよいなと思いながら書いたのでしたが。)その息子のロベルトには成功、というのがそれぞれ当たりました。

ネディの作ったバーニッツァはどうなったでしょう。。。

普段は12時の時報とともにスカンセンというストックホルムのユネスコ村みたいなところで、盛大な花火が上がるのですが、今年は12月26日の大津波の災害のため、控えました。
心持近所であがる花火もいつもより少なかったようです。
うちでも16連発の花火を上げ、あとは線香花火をしました。

かわいそうなのはミミちゃんです。はやばや花火を上げている人もいて、夕方からずっと怖がってキャンキャンないたりしていました。
私たちのそばにいると少しは落ち着いていましたが、散歩に連れて行こうとしても外に出たがりませんでした。

お客さんが帰ったのは2時を過ぎており、それから後片付けをしたり、最後には掃除機をかけてふき掃除までして、寝たのは毎年のとおり5時でした。

今朝はずいぶん遅かったのですが、ミミちゃんも疲れていたのか、おとなしく寝ていたようです。早起きの父がまず散歩に連れて行ってくれたようですが、どこもシーンと静まり返っていたそうです。
12時にウィーンのニューイヤーコンサートのもようをテレビで聴いてから、終わるころに謙が起きてきて、皆でミミちゃんを連れて恒例の元日の散歩に行きました。
結構散歩に出ている人がたくさんでした。

夕方には私はソファで居眠りをしてしまい、その気持ちのよさったらありませんでした。
昨日の残りの料理で、十分豊かな食事ができ、主婦もゆっくりできてよかったでーす。
欲を言えば、おせち料理のお重がほしいのと、おとそもほしいな、お雑煮も食べたいな、というところでしたが。。。
子供たちはスウェーデンと日本のお年玉をもらって大喜びでした。
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by obreykov | 2005-01-02 04:00