「ほっ」と。キャンペーン

<   2005年 04月 ( 10 )   > この月の画像一覧

2005.04.28 悲しい事故

先日、日本で大変な、脱線事故がありニュースを見ていましたが、犠牲者数が多くなる毎にかわいそうで涙涙です。
今日もインターネットの新聞を読んでいて、涙無しでは読めません。将来、こんなことあんなことと夢見て生活していた人々の命が、こんな形でなくなってしまうのはなんと悲しいことでしょう。
なんといってよいのか言葉がありません。ただ、犠牲者の御冥福を祈るのみです。

先日、ネディが悲しみを体験した人のインタビューをしてまとめる国語の宿題がありました。
クリスマスにスキー場で母を亡くしたスケートクラブのトレーナーに、断ってよいから、と言って頼んでみたようでした。すると、なんととても快く承知してくれたそうで、ネディは彼にインタビューをしました。
まとめたものを読んでもらい、色々と助けてもらってよい作品が出来たようですが、彼の家族は我が家と同じく、クレッペンというスキー場によく行っています。うちでは家を借りていくので1年に1度しか行っていませんが、彼の家では別荘を持っているので、本当によく行っていたようです。クリスマスにも家族で行っており、お母さんはスキーのインストラクターになる講習を50を超えてから受けたり、と元気なスポーツウーマンでした。
それなのに、皆が楽しいはずのクリスマスに突然の脳出血で頭が痛いと言って一人家に戻って、ずっと意識はあったそうですが、夜、救急車で病院に運ばれ、彼とお姉さんが後から病院に着いたときには亡くなっていたという事でした。
でも、健康な方だったので、4つの内臓を4人の人に移植したそうで、彼はそれで気持ちが楽になったと言っていたそうです。
家族間では、悲しすぎてお互いになかなか話せなかったことも、ネディには話せて、自分の中でも心の整理が出来たと言ってくれたそうで、ネディも喜んでいました。
スウェーデンではお葬式は1ヶ月もあるいはそれ以上も後になることがあります。火葬の場合も土葬の場合も冷たい安置所に置かれており、彼もお葬式を心待ちにしていた、と言っていました。そこでひとつの区切りが出来、お葬式の後、やっと心が落ち着いたということでした。

いつどこでどのようなことが起きるかわからない毎日を過ごしている私たち、普段は当然のように暮らしていますが、その時その時を大切に生きていかなくてはならないのだとつくづく思います。ところがすぐにそんなことを忘れてしまい、また元の私に戻っています。
健康であることに感謝しつつ、いつ死んでも悔いのない生活をしなくては。。。

ちょっと、悲しい日記になってしまったので、最後に昨日のたのしいことを!
オーケストラの後、イヴたちクラスロー フィオールというヴァイオリンのグループのノルウェー行きのための練習がありました。
引率する親達もその間集まって、楽しく団欒の場も設けました。
パパが3人の子供達の世話をして(?)3日間留守番できるかな???

ネディはヨハンナと電車バスを使ってストックホルムの南の方にあるスケート場にシンクロナイズの練習に行きました。
このチームは色々なクラブの選手を集めて作ったチームですが、試しに滑ってみないかという誘いを受けて、それ以来続いているのです。
ヨーテボリの方は先日の世界選手権でも優勝したような強いチームがあるのですが、ストックホルムの方はあまり盛んではありません。でもこのごろ他でもチームを組んで選手を募集し始めています。
シングルのフィギュアはなかなか仲間意識はもつことが出来ませんが、このチームはホッケーなどと同じで、皆で助け合っていかなければならないので、そんな意味で今までとは違ったスケート生活が出来そうで、ネディとヨハンナを迎えに行くと二人とも嬉しそうに滑っていたし、終わってからも楽しそうに弾んだ声で話していました。a0022183_16445284.jpg
夏に合宿があるのですが二人はどうやらこれに参加したいようです。
[PR]
by obreykov | 2005-04-28 16:45

2005.04.27 グッピー誕生

グッピーの家族構成を少し変えたのです。10月の赤ちゃんメス5匹ともともといたメスのエーリンをもともといたヨーナス、ケヴィン、ニーモと一緒にしました。
そして、色のきれいな謙が買ってきたのを、10月の赤ちゃんメス3匹と一緒にすると結構仲良くなったので、それも別の水槽で1家族にしました。
後は、10月の赤ちゃん水槽にオスメスたくさんいます。
そして、小さい水槽(?というよりプラスティックの入れ物)に先日生まれた赤ちゃんを入れています。

するとどうでしょう!今日は水草の中に小さいのがチョロチョロしています。
食べられてしまってはいけないので、小さい水槽に移してあげると合計で6匹いました。
これは赤ちゃん達が産んだのか、エーリンが産んだのか、よくわからないのですが、兎に角、ヨーナスたちの赤ちゃんです。

さて、私は日本人学校の委員もやっていて、しかも会計委員なんていうのをやっているので、今決算時で、先日なんて夜中までエクセルと格闘していました。
予算案はとってもすっきりしたのを仕上げたとたん、ドル仕立てで日本の政府から頂いている補助金がレートの関係でどーんと下がってしまい、今度は予算の立て直し、3種類の予算案を作り、昨日の委員会に持っていきました。
学校の30周年記念も予定されているので、その討議やら、何やらで、会議が終わったのはなんと11時過ぎでした。

月曜日は、ニッキィがスケートのテストを受けました。
カタリーナも言っていましたが、こんなに緊張しているニッキィは始めてだったようです。
テスト2の回転が残ってしまったのです。2度失敗してしまうとテスト2の内容をすべてやり直さなければなりません。
カタリーナは1度目失敗したら、棄権をさせ、すべてをやり直さないようにしようといいました。
私もニッキィ以上に緊張してしまいました。

四時から練習をして、立ったまま回転足を交換するピルエットをなんとか出来るようなりました。
これは以前は問題なく出来ていたはずなのに、この前のテストのとき、2度失敗をしてしまったのでした。それ以来、本人が自信をなくしてしまったのか、うまく出来なくなっていたのでした。
でもカタリーナの時には厳しく、時には優しくのトレーニングでなんとか良い状態に持っていってもらい、しかもニッキィには審判の近くで一度練習してみよう、と嘘をついて、実はそれがテストの第一回のチャレンジだったのですが、ニッキィは見事に成功しました。
すると審判が合格を出してくれたので、ニッキィはびっくりしていました。
カタリーナは上のクラブ室から見ていた私にガッツサインを送ってくれました。
クラブ室でも他の選手やトレーナーがニッキィ頑張れ、と応援していてくれ、皆で喜んでくれました。
試合よりもテストの方がいやだと誰もが口をそろえて言っています。

これでニッキィはAクラスになりました。今度からはストックホルムだけではなく、地方の競技会にも出場できるようになり、そうなると男子の数も多くなり、自分と同年代の選手と戦えるので、より楽しみになります。

でも、新しいスケートを買わなくてはならないのです。財布がますますさびしくなります。
a0022183_2022187.gif

[PR]
by obreykov | 2005-04-27 20:22

2005.04.27 なにから書こうかしら

物凄く忙しくて、PCの前には座っていたのですが、日記やブログ友達のコメントやらは手付かずになっていました。
やり始めると夜中になってしまうのはわかっていたし、兎に角、忙しさの頂点にたっていたのです。
その間、二日ほど、ゆっくりした日もあったのですが、グロッキーで何もせずにソファでうたた寝をして過ごしました。

なにがこんなに忙しかったのかというと、音楽学校の大きなコンサートがあって、そのときには奨学金の表彰もあり、その準備を私もしなくてはならなかったのです。ポスター作り、奨学金の封筒作り、結構色々と大変でした。

そのコンサートは23日の土曜日で、謙がまず、チェロのデュエットをするため、10時過ぎに日本人学校を早退しました。
謙はラーシュというネディと同い年のチェロ仲間と弾きましたが、もう少し二人とも元気に弾ければよかったのに、というのが私や先生の感想でした。
その後は謙は大急ぎで、もうひとつの会場に行って、ロックバンドでエレキを弾きました。
ヴォーカルの子がインネ バンディーの遠征試合でいなかったため、エレキのシーモンが急きょヴォーカルを受け持ちましたが、もともと合唱などをしている子なので、とても上手でした。

その後、ネディやラーシュも一緒にコン ブリオという最年長のオーケストラの演奏でした。
良くないと言っていたわりには結構上手だと思いました。でもネディや謙はあまり満足ではありません。したのオーケストラから上がってきた生徒も弾けるような曲となると今までこのオーケストラで弾いていた生徒にはちょっと簡単すぎて面白くないようです。
でも、小さいころから何年も一緒のため、週に1度会うのも楽しいようで、止められない、というのが本音のようです。
何人かで次の出番まで、センターに軽食をしに行きました。

パパがイヴとニッキィを日本人学校に迎えに行って、着替えさせてから連れてきました。
二人の入っているオーケストラが演奏してから、イヴのヴァイオリンのグループが演奏しました。
私と仕事をしているイヴのヴァイオリンの先生、クリスティーナが持っている7人の生徒のグループで、主に、楽譜無しでスウェーデンの民俗音楽を演奏します。
そしてこのグループは今度5月にノルウェーの音楽学校に招かれてオスロに行くことになっているのです。
それで、その為の演奏旅行の奨学金というのを7人の生徒が1000krづつもらいました。
私やイヴは知っていたのですが、他の生徒やその親達は知らなかったので、突然のことにびっくりしていました。

その後は本当の奨学金の表彰があり、高校を卒業しこれからも音楽を目指していくベースとコントラバスの生徒が2000kr、その他7人がそれぞれ500krづつもらいました。
最後にはイヴとニッキィの弦楽オーケストラとネディたちの弦楽オーケストラ、そして2つの管楽オーケストラが一緒になり、管弦楽団として演奏し、大きなコンサートは終わりました。

その日は私もなんだかくたくたで、夕方からソファでうたた寝して、ついにベッドに移って本格的に寝てしまいました。
パパがなにやら作っている音がしていたのは寝ながらも聞こえていたのですが、赤ピーマンの肉詰めで、これはもともとブルガリア料理でパパのお姉さんから習ったものなので、私がしゃしゃり出なくても出来るはず、と思って、黙って寝続けました。
子供達を食べさせている様子も寝ながらわかっていたし、私のことも呼びに来ていたのも知っていたのですが、なんだか体が鉛のように重くて起きられませんでした。
夜10時ごろになってごそごそ起き出して、赤ピーマンの肉詰めを美味しく頂きました。

忙しさの続きは、また後ほど。
[PR]
by obreykov | 2005-04-27 19:47

2005.04.13 パパのトマト味ソースのハンバーグ

皆さんからパパのトマト味のハンバーグについてコメントを沢山いただいたので、ここでちょっと紹介しようと思います。
写真を撮っていなかったのがとても残念ですが、今度また作ってもらったら(2度と同じのができないというのが我が家の欠点ですが。)写真を撮るようにしましょう。

ひき肉を(何の肉でも良いのですが、豚が多い方が美味しいようです。)塩コショウして、よく混ぜ、なんと洗い米を適当に入れます。
ひき肉の中にはパセリのみじん切りやら、玉葱のみじん切りなど、なにやら色々な香辛料も入れてよいみたいです。そのときの気分で。
さて、玉葱を1センチ角くらいに切ったものをたっぷりの油でやわらかくなるまで炒めます。
そこにトマトの缶詰をひとつ入れて少し水も加えて塩や、コンソメスープの元を少々などなど適当に入れて煮込んでいるうちに先ほどのひき肉をハンバーグの形にして中にころころと入れていき煮込んだら出来上がり。
ご飯が少しソースの中にも落ちて、適当なとろみが出来て美味しいのです。
ブルガリア料理なのかもしれませんが、もしかしたらパパオリジナルかもしれません。
パパの料理は沢山の用具を使い、そこらじゅう油だらけになって後片付けがちょっと悲しくなるけれど味は良くて美味しいです。

今日は何の献立にしようかな。
今日は音楽学校にイヴのエレキギターを届け、その後はイヴとニッキィがオーケストラの練習があるだけなので、ちょっとはまってキッチンに立てそうです。
何の料理にしようか、ヒントを得る為ちょっとピヨさんやりんさんのページを覗きに行ってみましょう。とはいっても、とても私にはまねできないすばらしい料理の数々ですが、目の保養にも良いし。。。
[PR]
by obreykov | 2005-04-13 19:06

2005.04.11 土曜日は日本人学校の新学期

今日はニッキィの個人面談、そのあと慌ててスケート場において、買い物、夕食のしたく、スケート場に迎えに行き、ニッキィのクラスの父母会、18時30分、そして少し送れて音楽学校の会議19時、となんだか大忙しの1日でした。

そうそう、土曜日には日本人学校が新学期でした。新しい担任が決まり、今年からは私自身もちょっと手綱を締めて、子供の宿題の手伝いをしっかりしてあげないと、と思っているところです。

ネディと待ち合わせをして、ネディのスケートの練習用のタイツを買いに行き、少し時間があったので学校の入り口の順番でボランティアで警備のようなことをしているお母さんたちや新任の校長先生の奥様やらと楽しいおしゃべりをしました。
そして早速、ニッキィは30分早く早退をしました。
ニッキィとネディはその日、スケートのトレーナーになる人のための生徒の役で借り出されていたのです。かなり程度の高いトレーナーの講習会だったので、ネディ自身もトレーナーの資格はあるけれど、この日は生徒として自分の練習にもなるから、とカタリーナが入れてくれたのでした。
生徒一人に対してトレーナーが二人ほどついてずいぶんリッチなトレーニングが出来ました。
2時間びっしりあり、その後はニッキィとオリビアだけがプログラムを披露しました。
それはカタリーナが作ったプログラムです。

そのあと1時間近く休憩をして、再び、ニッキィとオリビアとあと二人ニッキィたちのクラブの選手が来て4人が14,5人のトレーナーにプログラムを作ってもらいました。
時間が少ないので、賞味2分もあったかどうかわかりませんが、トレーナー達がどのように選手にプログラムの振り付けをするかという講習だったのです。

ニッキィはイースターの集中練習のときにイギリスからきていたジャックという少年の使っていたギリシャ民謡の曲をもらって振付けてもらったので、とっても喜んでいました。

パパが謙とイヴを日本人学校に迎えに行ったのですが、謙はちゃっかり友達の家に遊びに行ってしまいとうとう泊まってきてしまいました。
イヴはパパの会社に行って仕事が終わるまでインターネットゲームをしていたそうです。
帰宅するとパパのトマト味のソースに入ったハンバーグがほとんど出来上がった状態で待っていました。

日曜日には、イヴとニッキィをキッチンのテーブルに座らせて早速、新しい教科書やノートに名前を書いたり、宿題を始めたりさせました。
行きたくないスイミングもなんとか行かせました。でもニッキィはスケートは行きましたが、どうしてもスイミングはいやだというので、せっかくスイミングのお金も納めているのに、休んでしまいました。まあ、平泳ぎ、背泳ぎなら沢山泳げるし、ニッキィは運動不足にはなっていないのでよいかなと思いますが、クロールがもう少しちゃんとできるようになって欲しいなと思います。
[PR]
by obreykov | 2005-04-12 07:34

2005.04.07 シンクロナイズドスケーティング

ネディとヨハンナが最近注目されているシンクロナイズドスケーティングを試してみました。
これはニッキィのトレーナーがとても楽しいはずだからやってみると良いわ、と紹介してくれたのでした。ニッキィのトレーニングのあと、別のリンクに向かいました。ニッキィもどうしても見たいというので、連れて行きました。そのチームは十数名だったのですが、ネディたちのように試してみる選手が同じくらい来て30名足らずでスケートをしました。皆、大きい選手で、技術も同じくらいの人たちが集まっていたので、一度コーチが説明するととたんに皆が出来て、それはそれは素敵でした。見ていても楽しくなるような感じでした。ニッキィもやりたいな、と盛んに言っていました。
実はシンクロを始めてみたのは、ニッキィたちがスウェーデン全国選手権の最終日にアイスショーに出た日、シンクロの競技の最終日だったのです。
世界大会などに出るようなチームがきていて、大人数で同じように滑ったり、クロスして滑ったり、そのすばらしさはここには表現できないほどでした。
ネディとヨハンナも個人で滑るよりずっと難しかったけれど楽しかったと喜んでいました。しばらく続けてみるようです。
私の日記にコメントもくださった日本のシンクロの選手達も今月末にスウェーデンのヨーテボリで行われる大会に来るようです。スウェーデンのシンクロはかなり上手なようですが、スウェーデンは日本のチームもかなり注目しているようです。
私はやっぱり日本のチームを応援したいなと思ってしまいます。
週末はホッケーのカップがあるのですが、謙は風邪を引いてしまい、鼻で息が出来ないので出ないことにしたようです。
今週から日本人学校も新学期です。
[PR]
by obreykov | 2005-04-08 06:58

2005.04.04 スケートのテスト

今日はフィギュアスケートのテストがありました。
ニッキィはテスト二のフリーを受けました。回転で片足を上げたまま6回以上回転するのが自信なかったようでしたが、それはなんとうまく行きました。ジャンプも心配だったアクセルもきれいに飛べて安心しました。ところが、考えてもいなかった回転で途中で足を変えるところで、変えた後の回転軸がどうしてもずれてしまい、とうとうこの種目だけ残ってしまいました。
これは予期しないことだったので、ちょっとニッキィも悲しかったようですが、いつもすべてが一回でうまくいくとは限らない、ということを学ぶためにも良かったかな、と考えの視点を変えるようにしました。
トレーナーのカタリーナもニッキィに、次はこの回転だけを考えればよいから、と励ましていました。
ペールとソフィアはテスト1のフリーとベーシックを受け、パスしました。ペールも回転でちょっと苦労していたようでしたが、最後に出来て本当によかったです。
競技会のときは点数がつくだけですが、テストは可か不可かのどちらかなので、どの選手もいやだと言っています。
大きいお姉さん達はもっと難しいテスト4を受けていましたが、多くの選手が合格しました。

さて、その後は謙たちのホッケーの試合でした。練習試合なので、見にこなくて良い、むしろこないで、なんていわれていたので、夕食の支度などをしていました。
試合が終わった頃迎えに行き、結果を聞くと、大体いつものようだ、と言っていました。4対1で負けたそうですが、なんと反則で場外に出たことがほとんどない謙が10分間の退場、と言うので、びっくりしたら、どうも試合中にもみ合いになったようでした。詳しいことを教えてくれないのですが、うちで、うるさかったりするため、イライラがたまっていてそれをつい吐き出したんだ、と冗談とも取れないような発言をします。
謙のチームは比較的、きれいな試合をするチームだったのに、最近の試合ではもみ合いになることがしばしばあるようです。しかもほとんどそんなことのなかった謙が退場になったと言うのはちょっと心配です。

今、謙がダウンロードしたと言う日本の親父と言うドラマを見ていますが、私と似ている頑固親父です。怒ってばかり。私も怒ってばかり、子供達も喧嘩ばかり。これって問題かしら。
[PR]
by obreykov | 2005-04-05 07:06

2005.04.02 グッピーの孫再び誕生

子供達が作ってくれたチョコレートケーキをビデオに写していたとき、グッピーも写そう、と謙がカメラを向けると赤ちゃんの水槽に孫が3匹!
早速先日生まれた12匹の中に移しました。
なんと、今度生まれた孫達は、ちょっと色黒です。特に1匹はまっくろくろすけでイヴはアフリカ人と呼んでいました。ところが不思議なことに30分もたつとだんだん色が白くなってきました。とはいっても今までの子よりずっと色黒です。
私と同じ誕生日のグッピー3匹です。
ちなみに日本で飼っていた秋田犬のシロちゃんも私と誕生日が同じでした。
[PR]
by obreykov | 2005-04-03 05:40

3005.04.02 お誕生日おめでとう、私。

今日は私の誕生日です。とうとう36歳になりました。(このところ毎年36歳です。長女の年を考えて引き算などしないのです。)
でも、パパも今は留守だし、ネディとニッキィのスケートクラブの集中練習で私たち親も大忙しで、誕生日どころではありません。
1週間前は、パパもいないからごく親しい友人を呼んで、なんて、こっそり考えてはいたのですが、なんだか疲れ果てていて、それよりもグズグズして怠惰な一日を送りたい、それが自分へのプレゼント、なんて考えてしまいました。

今朝は、この1週間ではじめて、朝一には出かけず、ニッキィの氷のトレーニングも10時からだったので、寝坊をすることにしました。
お人よしのアンとまたまた、自分達で仕事を作ってしまい、私は謙たちのホッケーチームのカフェテリアを借りたお礼のポスター、整氷車で氷の整備をしてくれる管理の人たちへのお礼のポスターなどを作り、ニッキィやネディを連れて行ったときにはまたまた、手伝ってしまいました。

でも、一度帰宅して、お昼ご飯に焼きそばを謙やイヴと食べてから、一休みして、またでかけていきました。
御世話になったトレーナー達に春の花を子供達から差し上げたりして、ニッキィはオリヴィアと一緒にサンナのところに遊びに行ってしまいました。
チームのスポーツではないけれど、こうして集中トレーニングの時には選手達が空き時間に良く遊んで、クラブの和が大きくなるのは良いことです。

アンが、あとでゆっくり一緒にコーヒーを飲みましょう、と言ったので、私も帰らずにいろいろな人とお話していると、なんとアンは私のためにセンターのケーキ屋さんに誕生日ケーキを買いに行ってくれたのでした。
本当に思いがけない誕生ケーキに私は感激してしまいました。しかもアンは“34歳のお誕生日おめでとう”とケーキに書いてくれました。東洋人は若く見えるので、よく知らないお母さんは本当に信じたみたいで、他のお母さんと大笑いしてしまいました。
アンをはじめ、数人のお母さんや、リンクで働いている人、数人の選手達と一緒に祝ってもらいながらケーキをいただきました。
こんな思いがけない誕生日は初めてでした。カメラを持っていっていなかったのが、とても残念でした。

ニッキィとネディもこの集中トレーニングは本当に楽しかったようですし、出来なかったジャンプが出来るようになったり、いろいろと実りのあるトレーニングだったようです。
[PR]
by obreykov | 2005-04-03 00:46

2005.03.31 あっという間に3月も終わり

今日で3月も終わりです。忙しい、忙しい毎日です。
本当はプロテスタント国のスウェーデンではイースターが先週の週末にあり、子供達は学校が今週一杯休みです。
パパがブルガリアに月曜日から行っており、謙もイヴも行きたいと言っていたのですが、チケットが取れずにあきらめました。
イースターには友人ドーラのお宅に呼ばれて私たち夫婦のみ出かけました。子供達は自分達でなんとか過ごしたようでした。
その他は、思いっきりのんびりグズグズ過ごそうと思ってコンピューターとも御無沙汰しました。
といっても、あっという間にのんびりの二日間は終わってしまい、子供がイースター休みになると、ネディとニッキィがフィギュアスケートクラブで集中トレーニングがあるので、私たち親達も裏方の手伝いに借り出されておりました。
なんと、第一日目は朝7時30分にはスケート場に着いて、色々な準備に取り掛かりました。
ホッケーのカフェテリアを借りたので、ペールのお母さんのアンと私はホッケーの子供もいるため、このカフェテリアは得意中の得意です。ホッケーのチームで持っているカフェテリアなので、順番でシーズン中に何度か当番が回ってくるのです

私とアンとで、仕事の合間に作ったポスターやら、更衣室の案内やら、その他色々あちらこちらに貼ったり、クラブ室の世話をしたり、また第一日目で、出席リストをチェックして、参加者に素敵なクラブのトレーナーを配ったりと1日中大忙しでした。

アイスのトレーニングやバレエ、ショウダンスなどがないあき時間にはニッキィのトレーナーの御両親が絵画ルームを作ってくださり、子供達はそれぞれに水彩画を教えていただきました。
フィギュアスケートより絵描きにしようか、と冗談を言うくらい上手に描けていました。
たちまちスケート場の廊下は画廊のようになりました。

私とアンは二日間びっしり働き詰で、くたくたになってしまいましたが、他のクラブの人から、とても良い集中トレーニングで、企画が良く、世話が行き届いていて、歓迎の気持ちが伝わってきてとても子供が喜んでいるというメールを受け取り、そんなときは疲れも吹き飛んでしまいます。

とはいっても、夕方家に戻ると足もまるで自分の足ではなくなったようにくたくたで、一時も早く寝てしまいたい気分でした。

そして今日は私たちの当番ではないのですが、8時前に子供をおきに行った時、当番の人がよくわからずにまごまごしているので、とうとう私たちが朝の準備を整えてあげてしまいました。
アンも私以上に面倒見の良い人で、私は父から譲り受けたこの性格、つい、自分がいないと地球がまわっていかないかのように思ってしまって何もかも引き受けてやってしまういやな性格、アンも私に負けていません。でも、一息ついたら、それぞれ仕事に向かいました。

そして夕方迎えに行くと、ちょうどアンも車を止めているところで、もう、私たちが後始末まですることないわよね、他の人たちだって出来るわよね、と話しながら行ったのに、二人ともまたまた、水彩画の部屋の掃除をはじめていました。
自分であきれてしまいますが、どうしても手を出さずにいられないこの性格、仕事仲間にはあなたは口にハンカチを詰めて手は後ろに結んで置きなさい、といわれるほどついつい、余計なことに手を出してしまって一人で勝手に必要以上忙しくなって、イライラしてくたびれ果ててしまうのです。

このごろこの日記も書いていなかったので、父母も心配して電話をしてきました。お蔭様で元気はモリモリです。

ほったらかされた謙とイヴが可哀想だなと思っていると、なんと謙は昼過ぎまで寝ていたり、イヴはゲームをしたい放題しているようでした。
帰宅してから、勉強をさせようと思いつつも、それを言ってさせるまでの気力も残っていない状態です。
昨日は謙のホッケーの練習が21時から23時まであったので、その迎えのために早く寝ることも出来ず、本当にくたくたでした。

さて、フィギュアの方はネディも結構調子が出てきたようで、疲れてはいるようですが、嬉しそうなのが何よりです。
ニッキィはスケート自体も水彩画や友達とのゲームやトランプ遊びなどが楽しくてたまらないようです。
謙たちのホッケーのようにチームのスポーツではないので、このように1日中集中練習があるときにクラブの友達と遊んだりするのもなかなか楽しいようです。
ニッキィも随分上達したようです。

私の最も好きな従姉妹の長男がこの6月に結婚することになったようです。6月末なら飛んでいくところですが、6月はじめはコンサートなどが詰まっていて私の仕事の一番忙しいときです。残念!
この子は赤ちゃんのときから知っているし、小さい頃も良く遊んであげたしで特に親しみを感じるのです。そして大学時代にはこちらに来て一緒にスキーなどにも行きました。そのときは反対にたくさんうちの子供たちを遊んでくれました。
その為か子供達も特に一番なついています。そんな彼が結婚するなんて信じられないけれど、お嫁さんになる方ともこの前帰省したときにたくさん遊んでいただきました。可愛らしくて優しいお姉さんなので、きっと良いお嫁さんになることでしょう。
[PR]
by obreykov | 2005-04-01 02:23