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2005.05.24 ヴァイオリン62台のコンサートの準備

ヴァイオリンのピアノ伴奏で、コンサートがあるたびに、市の音楽学校のあちこちに貸しているヴァイオリンをかき集めてくるのが私の仕事の一部。音大にいっているころ、音楽をやる人は力仕事も含むと言われていなかったので、今の音大生には声を大にして言いたいところです。
先週はから、62人の生徒がいるヴァイオリンのコンサートの準備で、またまたヴァイオリン集めが始まりました。現在、かき集めてきたヴァイオリンがうちに14台あります。それに、名簿に基づいて名前を貼り付け、またそのヴァイオリンがどこから借りてきたかもわかるように印をつけて、準備は進んでいます。
昨日は、私の仕事場である音楽学校で新たに新しいヴァイオリンを購入したので、同僚とその下準備に追われました。まず、音楽学校の印をつけ、名簿に基づいて生徒の名前を貼り付け、真新しいので、調音して、弓も弾けるようにして、と、二人で、まるでチャップリンのオートメーション工場の映画みたいと笑い出してしまいました。
その後、コンサート会場の下見に行きました。その会場は普段借りるjホールではなかったので、ライトと音響のことを尋ねると、その予約は入っていないというではありませんか!
真っ暗な中でコンサートを行うはずでした。冷や汗!

その後、慌ててニッキィにチェロを届け、ニッキィたちは4人のチェリストで学校の終業式にチェロを弾くというので、飛び込みで私が伴奏をしてあげました。なかなか上手に弾けたので、楽しみです。日本の終業式と違って、こちらは生徒たちが色々な歌を歌って最後に皆でケーキなどを食べてお終いです。謙やイヴがこの学校に行っているころは学童保育の先生が音楽が得意で、ギターやリコーダーのグループを作ったりして、謙やイヴにも、チェロやヴァイオリンを弾かせたりして、盛りだくさんの終業式でした。その先生のお蔭で謙もイヴも学校の放課後の学童保育のときギターを習い、高学年になったときには音楽学校のギターに通うようになったのでした。

昨日は日本人学校の運営委員会があって、私は委員の一人と1時間前に待ち合わせて事務所の蕎麦の日本食店の一角で出しているお寿司を夕食にしました。カリフォルニア巻の中に入っている鮭をマヨネーズと七味であえたものがわさびとはちがったピリッとして、なんとも美味!
委員会は11時30分まで続き、くたくたになって戻りました。
パパも仕事で遅かったので、可愛そうにニッキィはスケートのトレーニングは行くことが出来ませんでした。
ネディもスケートのオフアイスのトレーニングがいつものところとは別のところであったのですが、なんとか電車とバスで行ったようでした。
帰ってくると目もさえてしまっていたので、頭が新鮮なうちに議事録を書き終えてしまおうとやっていたらなんと3時をすぎてしまい、今日は幸い朝は仕事に行かないので、子供を学校に送った後、ソファでうたた寝をしてしまいました。

謙がオスカルの原付バイクでホッケーのオフアイスのトレーニングにいくことになっていたのですが、会議中に、ママ今どこ?と携帯に電話してきました。オスカルの原付バイクが調子悪くて乗れないので送ってくれというのです。
新品のバイクがもう乗れないのなら、やっぱり駄目ね、二人で自転車で行きなさいといいました。後で聞くとたいしたことなくすぐに治ったそうですが、やっぱり私はバイクは反対。
でもパパが甘いというか、パパ自体が欲しいのか?なんだか購入モードになっています。
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by obreykov | 2005-05-24 19:38

2005.05.18 あっという間に5月も半分すぎた

ノルウェー旅行、風邪と始まった5月ももう半ばを過ぎてしまいました。本当に日にちが経つのが速くて目が回りそうです。
この頃、オブレイコフ家のパパスペシャル料理がちまたで有名になりつつある感じです。ブログ仲間のおかげで、日本やアメリカあちこちでお米入りのハンバーグのトマトソース煮を作っていただき、アメリカにお住まいのMapleさんは画像まで入れてくださいました。

謙がこの頃またモペード(50ccの原付バイク)が欲しいと言い出したと思っていたら、友達と講習に申し込んで、実技、筆記の試験までしてきて、しかもなんと合格してしまいました。
あああ、心配事がまた増えた。パパはママが良いというなら、と無責任なこと言って、謙はパパにママはいいって言った、なんて見え透いた嘘をついて、一体どうなるのだろうと心配でなりません。実は日本に行ったときはパパが日本に住んでいたらまず始めに単車を買っていた!といっていたことを思い出します。パパもまんざら、バイクの類が嫌いではない様子です。

私が小さいころ、子供用の自転車さえ父が買ってくれませんでした。父の友人で自転車を買い与えたとたん、交通事故でそのお子さんが亡くなったので、我が家では自転車は御法度だったのです。でも、隠れて大きい自転車に乗っていた私。その方がよっぽど危なかったのではないかと今にして思います。
私は謙に後1年待って、車の練習を始め、18歳になったとたんに免許を取れば、パパがベンツを買ってくれるよ、といっているのですが、どうも流行というか、そんな年頃というのか、とうとうカメラつきの携帯が欲しくて貯めていたお金でヘルメットを買ってきてしまいました。
ちょうどむかし謙がしていたスキーのヘルメットの形に似ていたのでスキーのを使えばよいのにといったら、冷ややかな目で見られてしまいました。

私には子供の自転車を買ってくれなかった父が謙にメールを書いてきて、免許おめでとう、他人のことを考えて注意して運転するように、なんて書いてきているので、謙はおじいさんは注意して運転するようにと書いてくれた、と大喜びしています。

この2週間は謙たちの学年は、無償の働く実習でそれぞれの学生が色々な店やレストラン、学校、幼稚園等等で働いています。今週からオスカルが一足速く原付バイクを買ってもらっているので、謙を迎えに来ています。
今もホッケーのオフアイスの練習に二人でバイクに乗っていっています。あああ、心配。

働く実習はうまくいっているようで、仕事も正確で速いらしく、時間より早く帰してもらったりしているようです。そんなに速く働かなくても良い、とさえ言われているようです。この辺はやっぱり勤勉な日本人なのだなあと思います。
私の友人で、お寿司屋さんをしている人も、タイの人などが良く働くので良い、言っています。
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by obreykov | 2005-05-19 02:48

2005.05.10 ノルウェー、風邪 続き

a0022183_316339.jpg私にとってノルウェーはスウェーデンと同じ北欧、オスロもあまり変わりは無いような気がしましたが、やっぱりストックホルムとはイメージがちょっと違っています。どちらかというとヨーテボリやヘルシンボリの雰囲気に近いかなと思ったけれど、そちらに詳しい人は違うと言うことでしょう。いつもそうなのかわからないけれど、からっと晴れているストックホルムに比べて、ちょっと霧雨模様のオスロでした。
a0022183_317431.jpgコンティッキという博物館を見ると楽しいよ、と教えられていきました。コンティッキって一体何?と聞いていったのですが、いまひとつなんだかよくわからずに、おかしな船を見て、説明書きを読んでいました。藁で出来たような船がなんと大西洋などを航海したという冒険船。日本語の説明文が出ていたので、読んでいて、日本語ではコンチキと書いてあり、頭の中に電気がぱっとついたようにあ、小さいころ図書館で読んだ、コンチキ号漂流記という本はこれのことだったのか、と40年以上隔てて本物の船を見た感激は新たなものでした。
a0022183_3173113.jpgストックホルムっ子達は路面電車が珍しくてたまらなかったのですが、イヴは熊本でもよく乗っていたし、ブルガリアにもあるしで、大して珍しくはありませんでした。でも子供達の大きな希望で2駅ばかり路面電車に乗りました。写真を撮って、といわれ、写したのですが、バスと大差なくがっかり。かえって電車の通っていない線路を写した方がよくわかったようです。この写真ではちょっと線路もよく見えませんが。

スウェーデン語とノルウェー語は一番よく似ているのかとたかをくくっていたら、トンでもありません。一見よく似ているようで、全く意味がちがっていたり、もっとよく理解できると思っていたら、何言われているのか、さっぱりわからなかったりでした。
スウェーデン人がノルウェー人をちょっと小ばかにしたなぞなぞや小話がたくさんあるのにはびっくりしました。
飛行場に向かう電車の中で、子供達がそんななぞなぞをしていたら、後ろの方に座っていた二人の若者はスウェーデン人を小ばかにした答えを言ったりして私たちの会話に参加していました。

何でノルウェー人はトイレに入るときドアを閉めないか、何でノルウェー人はスーパーで下の方ばかり見て這ってあるくのか、等など馬鹿らしい話ばかりですが。
(答え、鍵穴から覗かれないように、低価格の品を探しているから)
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by obreykov | 2005-05-12 03:40

2005.05.10 ノルウェー、風邪

5月2日からイヴと私は音楽学校からの派遣で、ノルウェーの音楽学校へ行っていました。ところが出発前に風邪っぽくなりちょっと不安な旅でしたが、なんとか漢方薬や薬を飲んで、だましだまし、過ごして、風邪もひどくなることなく幸運でした。
早朝、パパが私たちと、一人の女の子と、もう一人の母娘を空港まで送ってくれました。皆が集合してからチェックインしてオスロへ旅立ちました。日本やブルガリアに比べてとても近いので、あっという間の空のたびでした。
到着すると、バスで市の中心のホテルへ直行、荷物を置いてすぐにお昼を取れるよう、全世界共通のマクドナルドへ皆で行きました。ところが、ノルウェーのマクドナルドはコーラやポテトのサイズが一回り大きい替わりに物凄く時間がかかって、最後にはもって帰らなくてはならないほどの時間しかありませんでした。

オッペゴード音楽学校の校長先生がホテルまで迎えに来てくださっており、皆で音楽学校へ向かいました。7人のヴァイオリンの子供達はノルウェーの先生のレッスンを、そしてクリスティーナ先生はノルウェーの生徒のレッスンをしました。
音楽学校の建物は謙が熊本で三味線を習ったときの日本の音楽教室の雰囲気でした。

2時間のレッスンの後にはバスで私たちの音楽学校の関係者を観光案内してくれました。ちょうど私は普通のカメラしか持っていっていなかったので、とても残念でした。
夜はノルウェーのシチューのような料理を御馳走になりました。

長ーい長ーい1日が終わりました。
翌日は何人かは8時に朝食を済ませてオスロの町を散歩すると言っていましたが、私たちは自信が無かったので、いかれたら行くけれど、待たないで、と約束をしませんでした。案の定、9時に朝食をとりにおりていくと散歩の終わったグループがちょうど戻ってくるところでした。私たちはホテルのリッチな朝食を1時間半もかけて済ませたので、皆が昼ごはんを心配し始める頃はまだおなかさえすいていませんでした。
昼頃、クリスティーナ先生とイヴたちのクラスローヴァイオリンのグループは老人ホームに演奏に行きました。老人ホームといっても皆お元気なお年寄りで、誰もが素敵に着飾って昼食を取っているところでした。イヴたちのヴァイオリン演奏にとても喜んでくれました。

午後はコンサートの練習でした。
そして18時からはコンサートです。なんとオッペゴード音楽学校には弦楽器のオーケストラがないそうで、ノルウェーの生徒はこのとき始めてグループで演奏したということでした。
クリスティーナ先生の巧みなプログラム構成とヴァイオリンにノルウェーの国旗のリボンを結ぶなどの演出で随分すばらしいコンサートでした。

夜は、音楽学校の主催の夕食会をご遠慮して、子供達とその親のみ、レストランに行き、私たちだけでゆっくり過ごしました。
子供達は、ひとつのテーブルで、私たち親は別のテーブルで、和気あいあいと楽しい夕食を楽しみました。

翌日も8時集合と言うことで、なんとかぎりぎりにおきてレストランに下りていくと、なんと私たちが一番のりでした。
私とイヴのテーブルに、普段一緒の仕事をしているヴァイオリンの先生や、イヴや謙のエレキの先生なども座って、前日のコンサートの話などをしました。
ロックバンドのシンガーがとてもよかったので、そんな話をしていると、エレキの先生はいやいや、ぼくの生徒のほうがずっと上手だ、と言っていました。つまり、謙たちのことです。
でも、謙のバンドよりもシンガーが抜群によかったと思います。謙が2年位前に弾いた曲だったので余計、そのように感じたのですが。

朝、私たちは7人の子供達と博物館めぐりをしました。子供達の大きな希望で、電車にもフェリーにも乗りました。
詳しい様子はまたの機会に報告します。

さて、帰国するととたんに私もイヴも39度の熱を出してしまい、ダウンでした。
せっかく帰国したら、あれもしてあげようこれもしてあげようと思っていたのに、欲もとくも無くベッドにバタンキューでした。
そしておかげでなんとか元気になって学校や仕事も始まりました。すると今はネディが風邪で寝込んでいます。今日熱も下がって随分元気にはしていますが、学校は休み。。。
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by obreykov | 2005-05-11 20:56