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2005.06.30 あっという間に6月も終わり。

あっという間にもう30日になってしまいました。忙しくないはずなのに、やっぱりなんだか忙しくてゆっくりPCの前に座っていられず、日にちばかりがすぎていきます。

今年の夏は父と母が来ないことに決心したそうで、子供達はがっかりしています。下の二人が喧嘩をしながら家中を追い掛け回していると、その上に犬のミミちゃんまでがワンワン言って二人を追い掛け回し、その様子を見て、ネディは“やっぱりこんなうるさい家、来ない方がいいよ、二人とも病気になってしまうかも。。。”といいました。それはまんざら冗談ではないなと思いました。

さて、この頃は、夏休みなので、普段はしっかり日本人学校の宿題をチェックして、できるものはさっさとやらせていたのですが、今年は私のほうが力尽きてしまった感じで、腰が上がらず、ほったらかしていたら、子供達も、思いっきり遊びに没頭しているようです。
スウェーデンの子供達は、休みの宿題というものがないので、見事に遊びに没頭していますが、遊べるのは本当に子供の時代ですから、しっかり遊ばせるのも大切かなと思っている今日この頃です。

夏至祭り前夜祭の日は珍しく良い天気で、ニッキィはペールとペールの御両親に連れられてスカンセンというストックホルムの動物園と明治村みたいなのを合わせたようなところに行ってきました。ここでは民族色豊かな夏至祭り前夜祭のポールの周りでのダンスなどがあるのですが、あまりの人でよく見えなかったようです。私たちはテレビでとても良く見る事ができました。

a0022183_20333181.jpg火曜日には、ニッキィのフィギュアスケートクラブでグロナルンドという遊園地に遊びに行きました。イヴはフィギュアスケートをしていませんが、連れて行きました。皆が少なくとも3回はフィギュアスケートの練習に出なくては、と冗談を言いましたが、イヴは本気にして、うーん、なんて答えていました。それにしても、入場料のほかに乗り放題のブレスレッド、これが物凄く高くて、中のレストランも十分に高くて、お金がどんどん消えていってしまいました。でもデズニーランドなどを考えるとそうでもないかな、という感じです。
a0022183_2044245.jpg日本の遊園地を知っている人にはストックホルムの遊園地は後楽園よりも小さくて面白みも何にもないところですが、ストックホルムッ子は大喜びで、腕に乗り放題のバンドをつけてもらって、何十回何百回と乗っていました。夕方に皆とそれぞれ別れて、自分達の都合の良い時間に帰ることにしました。私たちはちょうど仕事が終わったパパが迎えに来てくれたので、7時ごろ帰りました。
今日はネディが学校の友人と行っています。少し涼しくなってしまったストックホルムです。
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by obreykov | 2005-06-30 20:53

2005.06.21 パパ無事帰宅

やっとパパが戻ってきたのは昨日の夜でした。飛行機が遅れて23時に到着しましたが、夏至祭りの近くなったストックホルムでは日本の夕方のようなもので、一人で飛行場まで運転してもちっとも大変ではありませんでした。
いつものことながら、ミミちゃんの喜びようったらありませんでした。

ネディとニッキィは今週もスケートの集中練習があり、氷の練習は3時間、オフアイスは1時間でかなりきついようです。今朝はネディなど筋肉痛なのか体中が痛くておきられないといっていました。その点ニッキィはちょっとだけ痛いと言う程度でした。練習の後もネディは疲れきってしまってソファに寝たりしていましたが、ニッキィは元気に遊んだりしています。小さい子のほうが元気があるのかしら。

謙は早くもガソリン切れで、昨日は私もいなかったので、いつも金欠病のため、イヴからまた50クローネを借りてガソリンを入れたようです。イヴといえば、3年も前に謙が近くのゲレンデでスノーボードをするため3回ほど100クローネずつ、貸したままです。
庭のとげとげの木の剪定、いつもは父がしているのですが、去年の夏は私たちが日本へ行ったため、剪定をしてもらえず、謙にさせました。
かなり大変だったようですが、虎刈りの様ではありますが、なんとかできました。そのアルバイト代と行って50クローネをあげる、ということにして、その場でイヴに50クローネ返させました。

イヴの親友たちは日本へ行ったり、親戚に行ったりといなくなってしまいましたが、謙は友達が多くて100人はいるのではないかと思うくらい友達の多い子なので、次々といろいろな友達が着ていたり、謙が出かけたりで大忙しのようです。
昨日は別の友達たちが二人ほど泊まっていたようです。
そのとき作ったベッドもそのまま、コーラのボトルもそまま、謙の部屋はすさまじいのですが、今急に夏が着たストックホルムでは、謙の半地下の部屋が涼しくてちょうど良い気温なのです。
ちょうどイギリス人のピーターのうちで数人集まって映画を見ると出かけているので、謙のコンピューターを拝借して日記を書いています。
さすが、性能の良いコンピューターは反応が速くてびっくりしました。

これから謙がコンピューターに入っている日本のドラマをテレビで見られるようにしてくれているので、ネディとドラマタイムです。

ニッキィとイヴは下の部屋と上の部屋のそれぞれのコンピューターでゲームをしながらチャットをしているのですが、まったくすごい時代になりました。
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by obreykov | 2005-06-22 05:23

2005.06.18 友人の命日

今日は中学生になったばかりで、ほとんど通学できずに亡くなった私の小学校時代仲の良かった友人の命日でした。私と同じ一人っ子でしたが、違っていたのは喘息を患って体育もほとんど見学をしていた友達でした。中学のクラスの人たちは授業中にお通夜に行きましたが、クラスが分かれてしまった私も数人の小学校時代の友達とお通夜に行かせて頂きました。泣いている友人達もいましたが、私にはとても信じられなくて綺麗にお化粧していたこの友達が今にも起き上がってくるような気がしてなりませんでした。胸に置かれた短刀がとても印象的でした。私は歳を取って彼女よりも大きい子供の母親になってしまいましたが、彼女は今でも中学1年生のままです。
そんな日に謙の原付バイクが納品になり、昼前から謙と取りに行きました。店の人は偶然にもパパの会社で20年以上前に働いていた人でした。そんな人のところで、私の友人の命日にバイクを購入したのは何かの巡り合わせかな、と思い、きっと空から私の友人が謙の安全運転を守ってくれるかなと、家に戻ってお線香をあげました。
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謙の原付とそれをはだしで飛び出して見に来た弟たち。



謙にばかりいろいろ買っているので、ネディが随分怒っていました。それもそのはず、数年前にはネディの誕生日のころに謙に1台目のエレキを買ってあげたのでした。そしてそれをイヴにあげて2台目のエレキを買ってもらい、一番良いコンピューターは謙が使い、先日は私の一存でもありましたが、かなり高価なチェロも買ってあげました。
世渡りの上手な子なのでしょうけれどこれでは兄弟姉妹から文句が出るのも当然だと思いました。
子供の分け隔てをするつもりはありませんが、これではいけないなと思っているところです。、
バイクは私は反対でしたが、パパと謙とで買ってしまったようでした。パパは日本へ行ったとき、もし日本に住むならまずバイクを買うな、と言っていました。その自分の果たせなかった夢を謙に託したのかな、という感じもしないではありません。
チェロはなかなかよい楽器との出会いが難しいことをよく知っている私が、謙も私もすっかり気に入った音の出る楽器に巡り会ってしまったので、つい買ってしまったのでした。
でもそれにしてもこの頃謙の者ばかり。これではいけない、と反省。。。

今日は謙の日本人学校の親友がクラスメートを連れて遊びにきました。泊まっていくものだと思っていたら、女の子を連れてきているので、帰っていきましたが、日が長くなっていたのといつも謙の友達は遅くまでいたので、ついうっかりと私も時間を気にせずにいました。相手が女の子だったので、慌てて9時半の電車に乗せましたが、御家庭ではどんなに御心配をしただろうと、深く反省しました。

今日は本当に反省ばかりでした。

ネディの少女漫画を読み始めると止まらなくなり、とうとうばかみたい、と言いつつも次々に何冊も読んでしまいました。でも、ばかみたいといいつつものめりこんで読んでしまい、ほのかな純愛に私までほのかな気分になるから不思議です。
私にもそんな時代があったっけ、と懐かしく思いました。
憧れた卓球部の先輩、どうしているのかな、高校は頑張って同じ郡を受けたのに、都立の郡制度で全く別の学校になってしまったので、その後はどうなったのか全く分からないところがほのかな思い出で楽しいのかも。でもその先輩の真似してペンホルダーからシェークハンドに切り替えた私を思うとなんと乙女チックで少女漫そのままじゃない、と思ってしまいます。

obreykovパパもしばらく留守をしているので、昔交換したラブレターでも読み直して昔を懐かしもうっと。
あのころはインターネットもメールもなかったから、早くても2週間で手紙が行き来する時代で、今思うとかなりロマンチックな時代だったと思います。郵便やさんを待つ気持ちもじれったいながらも楽しかったなあ。
今の人たちはあまりに簡単に連絡が取れすぎてある意味では可哀想。メールなんかよりもやっぱり手紙がロマンチック!
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by obreykov | 2005-06-19 09:17

2005.06.17 兄弟そろってまた喧嘩

イヴの日本人学校の親友、洋二くんが泊まりに来ていて、イヴは楽しい楽しい日々を過ごしました。うちの子供のようにくつろいでくれるので、こちらもまるでうちの子供のように扱っているので、洋二くんがいても疲れません。かえって兄弟喧嘩が少なくて助かるくらいです。夏休みなので、夜もうるさく言わずに好きな時間まで遊ばせ、ここ数日とても天気がよく夏らしくなってきたので、外で食事をしたり、芝刈りを手伝ってもらったり、外で遊んだり、ホースで水かけっこしたり、自転車乗ったり、水風船で遊んだり、などなど、それはそれは楽しく過ごしたようです。
イヴも自分のことを俺なんていってみたり、こうして日本語の上手なお子さんと遊ぶと日本語も上達するようです。

3時過ぎにホッケーの合宿から謙が帰ってきました。行くときはオスカルのお父さんが送ってくれて、帰りはヨーナスのお父さんが迎えに行ってくれました。うちだけパパもいないし、ダーラナ地方ま一人で車を運転する自信がありませんでした。でも、皆こころよく送り迎えしてくれたので、助かりました。
携帯をもってこない方が良いとパンフレットに書いてあったので、携帯無しでは生きていかれないような謙が置いていきました。そのため、1週間一度も連絡なし!
連絡ないのは元気な証拠と思っておりましたが。。。
元気に戻ってきたかと思うと、早速兄弟姉喧嘩が始まりました。
あああ、一人っ子だった私が、夢に見た楽しい兄弟のある生活。兄弟助け合っていたわりあって、なんてことはほとんどない現実。。。
まあ、でも喧嘩ができる相手がいるのもまた良いものでしょう。。。

今日は金曜日なので、どうしても洋二くんをバスに乗せないと週末はバスが普通です。来週は日本へ行くというので、8月にまた泊まりっこしようね、と約束してバスに乗せました。

昨晩、ネディが日本で買ってきていた少女恋愛漫画を借りて読みました。こんなことありえないじゃない、ばかみたい、と言いつつも読みふけってしまい、なんだか私も恋をしたようなほのぼのとした気分になったから不思議です。こんな気持ちになるのも、いつもの髪を振り乱しての忙しさがないおかげかな?と思いました。

でも、昔わずらった左腕の痛みが始まりつつありそうで、今無理をしたら取り返しのつかないことになるぞ、と思いつつ、掃除もしないでできる限りゆっくりするようにしています。でも、あまりにミミちゃんの毛も部屋の隅々にたくさん溜まってきて玄関先や庭に出るところなど砂砂利で一杯だったので、今日は休み休み掃除をしました。
芝刈りなどをイヴとニッキィでしてくれたので助かりました。ちょっととら刈りみたいになってしまいましたが。。。謙が自分は何もせず、どのように芝刈りをしたら良いかえらそうに講義していたので、そんなに言うなら謙がして頂戴と言うと、チビ二人が芝刈りをしたくてたまらなかったそうで、謙は舌出して喜んでいました。。。
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by obreykov | 2005-06-18 03:14

2005.06.14 楽しい会議

昨日はクリスティーナと私の通っているエークバッカ スコーランの職員会議がストックホルム郊外の素敵なホテルをかねた昔の王家の別荘だったところで行なわれました。アスケのサイトを見ればどんなに素敵なところかが分かります。
私たちも昼からそちらに行って、計画やら楽譜の整理やらをしました。

朝からネディとニッキィをスケート場に送り、慌てて家に戻ってからは、昼夜、子供たちが食べられるように椎茸炊き込み御飯の下準備をしました。具を煮てから、イヴにご飯のスイッチを入れるときにこの具を上に乗せて炊いてね、といっておいたのに、何も知らないネディがそのままスイッチを入れて、炊き上がったところに具を混ぜたというから、炊き込みご飯ではなく、ばら寿司のような感覚になってしまったようです。

さて、クリスティーナの御主人が迎えに来てくださり、私たちを送り迎えしてくれました。なんとリッチな気分。
しかも、どうも天気がすぐれなかったのに、昨日肌寒いながら、はなんとか太陽も出て素敵な1日となりました。
私たちは、クリスマスコンサートのプログラムまで組むことができ、楽譜の整理などもできました。a0022183_7231448.jpg
昼食は、ヴァイキング方式で食べ放題とは言ってもそうそう沢山は入りません。とてもリッチなサラダを食べたら満腹になった感じでした。でも、グリーンlペッパーと干しぶどう入りの豚の外ヒレ肉のオーブン焼きというのを頂くと入るところがちがうのか、美味しくペロリと平らげてしまいました。
外で食後のコーヒーを頂き、午後の仕事をしました。夕食の前のドリンクのとき何曲か演奏しようという事になり、他の人たちが会議をしている間、素敵なサロンで二人で色々な曲を弾きました。仕事というより、むしろ、楽しんでいる感じでした。
そういえば、日本で独身のころ乗馬仲間と遠乗りに行ったとき、そこの乗馬クラブにピアノやヴァイオリンが置いてあり、ちょうど仲間に音大のヴァイオリン科を出た人がいて、私と彼女とクラブのオーナーとでいろいろな演奏をしたことがありました。
大学などで課題曲や試験やらにおわれていたピアノとちがって本当に楽しく弾けた思い出があります。
クリスティーナのヴァイオリンはとても素敵な音と解釈なので、一緒に弾くと楽しいばかりです。
これが本当の音楽だな、とつくづく思います。

3時のお茶の時間には手作りの菓子パンを頂きました。
大体、家族から離れて、こんな素敵なところに来て、静かでゆったりとした気持ちを味あったのは本当に何年ぶりかという感じです。
仕事のプランも普段の仕事場でやるのとは全くちがいます。ああ、極楽!

夕食の前に苺の入ったシャンペンを頂きながら、団欒をしたときに、クリスティーナと数曲弾きました。その中にはこの学校の校長先生の娘さんの結婚式でも弾いたメンデルスゾーンの歌の翼にもあり、校長先生が結婚式の時の話などもなさいました。
クリスティーナの歌の翼には本当にロマンチックで素敵でした。
ただし、結婚式場のピアノはペダルが効いていなかったし、ここのピアノは3つのキーがもちあがらなくて、ゆっくりのときはキーを私が戻すことができましたが、3つの音が出ないことが何度もあり、残念でした。

試験のときなどいつも、ヴァイオリンや管楽器などの人は自分の楽器で弾くことができて羨ましいと思っていました。私たちピアノはどの楽器に当たるかによって、出来栄えが随分ちがってきます。また試験となると、自分の気に入っている楽器に当たらなかっただけで、気持ち的に半分は損をしていました。
かといって、持ち運びのできる電子ピアノではやっぱり私は、満足できません。

さてさて、美味しい夕食を写真にとったので、見てください。a0022183_724779.jpga0022183_7242591.jpg



私の日記にもよくコメントを残してくださるアントンさん や ピヨさん や りんさん たちのような素敵な料理の写真にはなりませんでしたが、前菜もメインもデザートもそれはそれは美味しくて、最後にはおなかがパンクするかと思う感じでした。ひっそりとスカートのフォックをひとつはずしてしまいました。

他の職員達はそのまま1泊したのですが、私は今日もうひとつの学校の終業式でピアノ伴奏の仕事があったので、私たちはその日のうちに帰宅しました。
ネディとニッキィはスケートからバスと電車を利用して帰宅しており、イヴも本当は洋二くんの所に泊りがけで遊びに行きたかったのですが、良い時間にバスがないため、うちで留守番をしていました。

今日は私は朝早くから十台のヴァイオリンを積んで、仕事に向かいました。今日は物凄く良い天気で、気温もかなり高く上がってきました。
学校ではヤマハの電子ピアノを新しく購入して、ヴァイオリンのシャルオーケという先生とピアノの台の組み立てから仕事をはじめました。
音大では将来、たくさんの楽器を運んだり、ピアノの台を組み立てたりすることも仕事の1部だとは教えてくれませんでした。私は未来の音楽家達に言いたいと思います。音楽をする人は力持ちで健康でなくては勤まりません。
そういう意味ではロックバンドの人たちなども自分の出した音がスピーカーやアンプから出てきて、音の大きさはミキサーの人を頼りにしなくてはならず、大変だろうなと思いました。

ニッキィのスケート仲間、ペールのお母さんや、数人の私の友人も来ていて、私たちの演奏がとてもよかったと言って下さり、安心しました。
こうして普通の公立学校で、音楽の授業のように、ヴァイオリンを弾かせている学校はそうたくさんはありません。スズキメトードのように大勢でヴァイオリンを弾かせることはあるでしょうけれどそれは弾きたい人が集まっている団体です。ところがこの学校のヴァイオリンは弾きたい、弾きたくないに関係なく、クラス全員が算数の授業を受けるようにヴァイオリンを弾いているのです。この教育を取り入れた校長先生の決心ははじめは本当に大きな冒険とかけだったと思いますが、この頃とみに評価され、エークバッカの生徒たちはスウェーデンでいっせいに行なわれる国語、算数、英語のテストで、算数はトップの成績をあげました。
音楽の得意な人は数学も得意ということを証明したようなものです。
自由を尊重するスウェーデンの学校教育ですが、私たちのヴァイオリンの授業では規律と態度の躾をとても重視しています。この頃はその様な時間も大切だということが評価されてきました。

この教育はロンドンのスラム街に住む楽器など弾く環境にない子供達をヴァイオリンをその場だけで与えて家にはもって帰らせず、最後には音楽的にも上達し、すれていた子供も素直な良い子に育っていったという実話を元にエーヴァ ブリットという人がスウェーデン様に作り直したメトードをクリスティーナと私とで取り入れて、他の方法や教材も混ぜつつ、手探りですすめてきたのでした。同じようなことがアメリカのスラム街でも行なわれていたようです。
今日、終業式のあった学校では、シャルオーケという男の先生とやっておりますが、彼ははじめのころ、仕事の時間帯が良いという魅力ではじめ、こんなこと自分のタイプではないといっていました。ところが、1年、2年とやってくるうちに、彼の思っていた以上の成果があがり、今ではかなり、満足して、力を入れるようになりました。

このようなものは、すぐには成果が出てきませんが、こうして何年かたって、成果が見えてくると本当に嬉しいものです。

仕事が終わってから、家に戻りミミちゃんの散歩をさせて、ネディたちを迎えに行きました。
洋二くんとイヴが待ち構えていたので、3時のバスにイヴを乗せて洋二くんたちに終点の駅まで迎えに来てもらい今日から泊まりに行きました。
このバスは土日は運行していません。普段の日も朝8時まで数本、そして2時から1時間に2本ずつ夕方までのみ運行している不思議なバスです。
でも、これでイヴも洋二くんもバスを使ってお互いに行き来ができるようになりそうです。
明日かあさって二人で今度はうちに泊まりにくることになっています。

ホッケーの合宿に行っている謙からは全く音沙汰がありません。携帯電話は保障できないので置いてくるように、と言われていたので、置いていったため、こちらからは連絡できません。テレフォンカードを持たせたのですが、全く1度も連絡してこないなんて!
でも、ネディが何かあったら、合宿所からなり連絡あるでしょ、何も言ってこないのは無事な祥子よ、といわれてしまいました。全くその通りでしょう。。。
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by obreykov | 2005-06-15 08:09

2005.06.12 もう夏休み。

金曜日にイヴとネディの学校も終業式があり、とうとううち中みんな夏休みとなりました。
お昼のしたくなど、かえって面倒になりそう。。。
一足早く夏休みになった謙とニッキィは木曜、金曜と遊びまくったようでした。
謙は昨日からホッケーの合宿にダーラナ地方に行きましたが、準備もできていないのに、前日は友達が二人着ているのかと思ったら、ミミちゃんがいるので、犬が怖くないミミちゃんを好きな友達が二人玄関から入っただけで、地下の入り口からあと3,4人友達が入って皆で映画鑑賞をしていたようでした。こちらも付き合っていられなかったので、寝てしまったら、12時半ごろミミちゃんがワンワン行っていたので、ああ、こんな時間に帰っていったのか、と思いました。

スウェーデンは夏至祭りが近づいて今は遅くまで日が暮れず、時間の感覚がずれています。
謙の友達では原付バイクを手にいれた子が増えてきて、今まであまり行き来のできなかったホッケーの友人達まで、結構遠くからやってくるようになりました。
謙は初めて携帯電話を置いていき、無事ついたのでしょうけれど連絡もつかないので、なんだか変な感じです。

昨日はネディとニッキィはフィギュアスケートの集中練習が始まりました。トレーナーのカタリーナはハンガリーに行っているしで、ニッキィたちのクラブの子はカタリーナに紹介されたソルナのクラブの主催する練習に加わっています。いつもとは違うトレーナーに習うのもまた良い勉強になるようです。
あとでグループ分けをしたようですが、ネディとニッキィともう一人の女の子が同じグループになって三人でトレーニングを受けていたので、びっくりしました。ジャンプなどを見るとニッキィのほうが成功率が高いようで、フォームはネディのほうがきれいですが、やっぱり小さい身軽な子は回転数の多いジャンプをこなすようです。

夕方はついソファにうとうとと寝てしまいました。目覚めたとき一瞬、自分が今どこに何日にいるのか分からず、一人であせってしまいました。ちょうど学生のころ、試験中にちょっと一眠り、と思って寝たとき、5時ごろ目覚めて、朝の5時と勘違いしてひどくあせってしまったころの感じと同じでした。

ピヨさんのページの美味しそうな蜂蜜パンやころころパンを見て、影響され、今日はパンを焼こうと生地だけ仕込んで寝てしまっていたので、発酵しすぎた記事をイヴとニッキィがころころぱんんイして良いかときくので、半分寝ながらいいよ、といいました。キッチン中粉だらけにしてころころパンというより色々な形パンができていました。

でも、美味しい蜂蜜入りのパンで、ピヨさんのようにいかにも美味しそうな写真は取れませんが味だけは久しぶりの焼きたてのパンに皆で大喜びでたべました。
ブロッコリーのクリームスープ(作り方をきかれると大変なので、ここで書いておきますが、これはインスタントで水でといて煮るだけなのです。)とハム、チーズなどで美味しく頂きました。

さーて、そろそろネディたちのスケートを見に行きながら、迎えに行くとするかな。
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by obreykov | 2005-06-12 16:46

2005.06.09 妹の命日

今日は私の妹の命日で実家に電話をしました。妹は私が4歳のときに2歳になったばかりでなくなってしまったのでした。当時、未熟児が多かったようで、早産だった妹は保育器に入れられたのですが、次々未熟児が出産され、早めに出されてしまったのが間違いだったのではないかと言う事で、今の時代だったら裁判などを起こしたりしたのでしょうけれど。。。また、血液不適合という事もあったようです。それこそ今の時代だったら、血液不適合でもすぐに処置をできたでしょうに。。。
自分でも子供をもってみるとよくわかりますが、子供に先立たれる親の気持ちを思うと、言葉がありません。いろいろな事故などでも子供に先立たれた親の気持ち、本等になんと言ってよいのかわかりません。
本当に健康第一だとつくづく思います。

私のところではそれぞれ元気に生まれ、元気に育ってくれて何の文句も言えないと思いました。
よそでは、ダウン症候群の子供を持っていらしたり、ヴァイオリンの生徒だった一人も水頭症の後遺症で障害が残っている子供がいたり、身近にその様な障害のある人を見ると本当に家族全員大変だと思います。
人間、健康だと追訴のありがたさを忘れて、欲ばかり深くなりますが時々原点に戻って、ああ、健康でありがたいなあと思わなくてはならないとつくづく思いました。

謙の原付バイクの免許証が届きました。こんなもの取ってくれちゃって心配事がまた増えました。
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by obreykov | 2005-06-09 18:19

2005.06.08 ニッキィと謙の終業式

ニッキィの学校と謙の学校の終業式でした。
ニッキィはイヴの親友ロベルトの妹レベッカとあと二人の女の子と一緒にチェロを弾くことになっていました。前日学校であわせるはずでしたが、レベッカのクラスが遠足でいなくてあわせられなかったため、夜皆でうちに集まってあわせました。
終業式の朝は私が調音してあげ、4人のチェリストは上手に弾けました。レベッカの御両親もとても上手に弾けていたので、びっくりしていました。レベッカたちは以前にイヴやニッキィが弾いたのを聴いてその影響でチェロをはじめたのでした。人に良い影響を与えていると思うとなんとも嬉しい感じがします。

謙はとうとう私にどこで何時に終業式なのか教えてくれません。謙がエレキを弾くことは知っていたのですが、聴きにくるな、といってどうしても教えてくれないのです。ちょうどニッキィたちの終業式が終わったとき謙のクラスメートの御両親がしたの子供のために来ていたので、終業式のことを聞いてみるとやはり彼も来てくれるなといって何時かも何も教えてくれないそうです。
私が帰ろうとしていると昔謙たちが技術工作を習っていて、終業式などに謙たちとベースを演奏していた先生が “次の終業式に行くの”とおっしゃるので、時間も場所も教えてくれずに着てはいけないといわれている、というと、そんな年頃なんだ、と大笑いしていらっしゃいました。

ニッキィがマクドナルドに行きたいというので、買い物もあったので、連れて行きました。ちょうど合鍵20パーセントオフなんてあったので、ニッキィは秋から学童保育がなくなり私がいない間に帰宅しなくてはならないこともあるので、鍵を作ってあげました。
鍵は絵の描いてあるのが良い、と言うので何のことかと思っていたら、子供の方が詳しく、この頃色々な絵が付いている鍵を作ることができるそうです。
ただし、いろいろな型も合って、ニッキィが一番欲しかった柄はうちの鍵には合わず、別のものにしました。
するとそれを見たイヴがぼくもこんなの欲しいといっていたのにママは何も聞いてくれなかったのにどうしてニッキィにだけ、と怒っていました。
本当にこんな鍵私は始めてみました。でもイヴは欲しいと言っていたようです。そういえばそんなこと言っていたなあ、と思うのですが、イヴの説明が悪く、当時なんだか何のこと言っているのか分からなかったのでした。

家に戻るとエレキを玄関先に放り出して、成績表をテーブルに放り出して謙がソファで寝ていました。
成績は8年生から付くのですが、スウェーデンでは優良可、不可です。フランス語の可が良に変わっただけで後は全く同じ。数学、科学、音楽のみ優で、後は良。テストは良くできたのに何でこんな成績しかもらえなかったのか聞くと、9年生で成績を下げたくないので、今はあげないのだというのです。それは個人面談の時も先生がおっしゃっていたけれど、成績はそのときの状態を表して、サボったら次は下がる、頑張ればあがる、というのが普通じゃないかとスウェーデンの成績のつけ方におどろいてしまいました。
美術は全員に可しかくれていないそうです。こんなのって評価といえるのでしょうか?
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by obreykov | 2005-06-09 18:11

2005.06.04 運動会と結婚式

6月4日には日本人学校の運動会があるはずでした。雨が朝から降っていましたが、福引だけはやることになっていたので、会場に向かいました。スウェーデンで育った子供達にとっては雨が降ろうが、雪が降ろうが何かが中止になるということはほとんどないので、運動会大好き人間のうちの子供達はかなり張り切っていたのですが、グランドがびしょびしょで使えない状態だったので、中止になってしまいました。ネディが入学して以来、雨に少し降られたことはあってもこのように中止になったのは初めてでした。
ニッキィはマラソンなど今回は高学年として参加しなくてはならないので、去年のように1位は取れないよ、と言って聞かせていたのですが、かなり本人は頑張るつもりだったようで、とてもがっかりしていました。

この日の午後私は結婚式の演奏の仕事があったので、子供達をおいてしばらくしたら帰らなくてはなりませんでした。謙の親友のお母さんがうちのお弁当も作ってきてくださるというので、本当に助かりました。でも雨で中止になってしまったので、お弁当だけ頂いて帰ってきました。本当に美味しいお弁当。友達に支えられて生きているんだなあとつくづくありがたく思いました。
その謙はそこの御家族について遊びに行ってしまいました。謙の親友が日本人会のテニスクラブに入っていて、お父さんと毎週土曜日にテニスをしているので、謙も連れて行っていただいたわけです。とても楽しかったようで、これからも続けたいといっています。
とうとうその日は泊めていただいて、翌日は二人で我が家に来て泊まっていきました。

イヴとニッキィもそれぞれの友達の家に連れて行ってもらいました。でも翌日からパパがまたいなくなるので、迎えに行くのがいやで、その日のうちによる迎えに行くとそれはそれは文句をたくさん言われてしまいました。

結婚式の演奏は仕事仲間のクリスティーナのヴァイオリンの伴奏と、歌2曲の伴奏でした。
クリスティーナとは3曲弾き、その中にはメンデルスゾーンの歌の翼にもあり、クリスティーナのヴァイオリンの音がとてもロマンチックなのでうっとりとしながら弾きました。
簡素な素敵な結婚式でした。
そのころ、子供達も大好きないとこの慎ちゃんの結婚式も日本で行なわれていました。父のところに送っておいたメールでの祝辞も祝電紹介のときにしていただいたようで、私たちも遠くながらちょっと参加できたかなと思っています。
子供達が行きたい、行きたい、と大変でした。
日本は良い天気だったようで、何よりです。

夕方になってすっかり晴れたので、中止になった運動会、今更のように残念に思いました。
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by obreykov | 2005-06-09 17:42

2005.06.02 エークバッカ スコーランのヴァイオリンコンサート

2日には無事にもうひとつのコンサートが終わりました。6歳児から小学2年生までの生徒がヴァイオリンを週一回習っているのです。ここの学校は6歳児から全員がヴァイオリンを弾くというのをモットーにしているのです。ヴァイオリンだけでなく、集中力や、色々な教育につながっています。私の勤めているカルチャースクール(市立の文化学校といって、ほとんどは日本で言う音楽教室のように希望する生徒がそれぞれの楽器やダンスやミュージカルなどを習いにくるのです。)では、このように普通の学校が私たちの仕事を購入して授業の一環としてヴァイオリンを習ったり、合唱を習ったりできるようにしています。

2日のコンサートではイヴたちのノルウェーに行ったヴァイオリンのグループも出演しました。このグループ7人のうち4人が私たちのヴァイオリンの生徒だったのです。後に希望してヴァイオリンを続けるとこんなに上手になるよ、というところを見せたのでした。

学校生活で、授業中にしてもかなり自由な教育方法をしているスウェーデンですが、私たちのヴァイオリンに関して教室に入ってくるところから入室の音楽にあわせてゆっくりと入り、無駄話をせず、先生の指示に従って、レッスンが行なわれ、生活面の躾も同時にしています。
それが何年もたった今、色々な良い面で表れてきているようで、私たちもさらに評価されているのが何よりも嬉しいと思います。
また、スウェーデン全国で行なわれる一斉テストの結果が出て、エークバッカ スコーランの3年生の算数のテスト結果が市1位だったそうで、これも音楽をしている人は数学に強くなるというのを裏付けているなと思いました。
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by obreykov | 2005-06-09 17:29