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2005.09.22 ニッキィのスケート

クラブのペーテルが写したストックホルムフィギュアスケート協会で行なっているプロジェクトのときの写真。
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a0022183_7292731.jpgストックホルムのスケートクラブのエリート達のみ集まってのプロジェクトなので、かなりレベルが高い練習ですが、おかげでぐんと上達したようです。上手な選手の練習を見るだけでもかなり良い刺激になるようですし、また、別のクラブの選手と友達になるのも楽しいようです。これはニッキィのいるミニョールクラスの選手達です。
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最後にマラソン2キロのタイムを取りました。ニッキィは結構よい成績で9分28秒でした。体力もかなりついてきたようです。楽しい1日だったようです。トレーナーも選手も、そしてお手伝いをした私たちも御苦労様でした。
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by obreykov | 2005-09-22 07:22

2005.09.21 パパの病気は何

ブルガリアの病院で1日がかりでいろいろ精密検査をしてもらったパパは、なんと通風ではなかったという結果が出ました。でも、インターネットで調べた痛風の症状そのままで、あの激痛と、肉などを少しでも多めに食べるとすぐに翌日は痛くなっていたあれは、一体何???
温泉に入ったときの影響だろうということだけど、なんだか、ちょっとおかしいみたい。今日やっとこちらの病院で調べた結果が届きましたが、いろいろな数値が書いてあるだけで、結局何の病気だかわからず、とりあえず、その書類をデジタル化してメールでブルガリアに送りました。
ブルガリアの医者には、もう、何の薬も漢方のお茶も飲まなくてよい、と言われたというけれど、私は、1ヶ月以上の私の苦労、つまり、白いパンは食べさせず、私が焼いたり、出来る限り野菜料理をしたり、甘いものは与えず、厳格なダイエットをさせた努力の成果で検査の結果がよかったのではないかと思うのです。
先ほど電話で話したら、さっそくキュフテというブルガリアのハンバーグのようなものと焼酎で友達と楽しくやっている、というではありませんか!
まあ、なんともなかったのはよかったのですが、それではあの激痛は本当に一体なんなのでしょう。

昨日は仕事の合間、昼休み中にニッキィを学校に迎えに行って、アイススケート場に連れて行き、慌ててまた仕事場に戻りました。ニッキィは再び早退をして、サーシャのレッスンを受けました。
私が仕事を終えて、スケート場に駆けつけるとちょうど、ポントゥスというダンサーであり、俳優である人がニッキィのプログラムのレッスンを終えたところでした。見ていたアンやカタリーナたちが、残念だったわ、とってもよく滑っていたのよ、と言いました。

今日の夜はサーシャのレッスンで、そのあと、プログラムを滑りました。随分、よくなってきて、10月の始めの競技会では結構よい成績を出すことが出来るのではないかと思います。
今日は本人も満足だったようで、アクセルもダブルループもうまくいった、と喜んでいました。
明日がサーシャのレッスンの最終日です。明日は私は1日ピアノ弾きなので、アンがペールとニッキィをスケート場に連れて行ってくれることになっています。

今日はイヴもニッキィもオーケストラでした。そのあと、ニッキィはレベッカのお父さんにレベッカと一緒に連れて帰ってもらい、私はイヴのクラスロー フィオールという、ノルウェーに行ったヴァイオリンのグループの練習とその父母会に出ました。
10月はイエーブレというところのフェスティバルに参加予定です。
また、市議会の集会の時も演奏を頼まれています。

謙は今朝から学校のキャンプで、近所のボーグスゴード(私とアンの好きなカフェテリアのあるところ)でテントを張って泊まりです。
夜中には夜露で湿気と気温もかなり下がり多分氷点下になるでしょうから、寒い思いをするのだろうと思います。
きっとヤッケを着たまま寝袋に入るのでしょうけれど。

久しぶりに人参ケーキを焼いて見ました。
いつもは胡桃の砕いたものとレーズンを入れるのですが、今日は人参だけにしました。

ミミちゃんの散歩では、猫やらウサギやらいないのを見計らっては、綱無しで家の近くから戻る練習をしていますが、今日は少し遠いところから離しました。私から遠くにならないように、声をかけながら、ご褒美もあげながら、随分おりこうに散歩ができるようになっています。
つないでいない方が、こちらの指示を待つような感じでよく言うことをきく感じです。
でも、突然猫やら野うさぎやらも出てくるので、油断は出来ません。
アンとモーリッツが犬の講習にいっていて、いろんな話をしてくれるので、私たちも影響を受けているわけです。
なかなかいうことをきかないモーリッツ、まだ子供だから仕方がないけれど、ひと時もお留守番が出来ないモーリッツに、アンは、1週間だけでもミミちゃんと取りかえっこしない?と言います。
ミミちゃんも結構おりこうなんじゃない、と実感するひと時です。
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by obreykov | 2005-09-22 06:27

2005.09.19 あっという間の1週間

高校時代の友人が帰っていってあっという間に1週間が過ぎてしまいました。
急に寒くなってとうとう暖房も入れました。
水曜日からはニッキィもイヴもオーケストラが始まりましたが、イヴは学校のお祭りがあったので、欠席しました。私は父母会があったので、ロベルトのパパがイヴもつれて帰ってくれました。
私もニッキィも風邪を引いてしまったのか、どうも熱までは出ませんでしたが、のどが痛かったり、気分が悪かったりで、ニッキィもスケートを3日間休みました。
木曜日から再び練習を始め、金曜日からサーシャという、チェコ人の優秀なトレーナーがストックホルムにみえて、特別練習が始まりました。ペールとオリビアとニッキィは学校も特別に早退して、11時30分から練習が始まりました。サーシャがストックホルムに来るときには練習を付けてくれます。ニッキィも先シーズンからレッスンを受け、サーシャはかなりニッキィに力を入れてくれるようになりました。ニッキィもサーシャのレッスンは好きなようです。
練習のあと、次の練習まで、かなり時間があったので、3人の子供とペールのママ、アンと犬のモーリッツとで、ボーグスゴードという先日もモーリッツやミミちゃんと散歩したところに行って、そこのカフェテリアで昼食を取りました。子供達も私たち同様に、牛肉の薄切りステーキにカンタレーラというきのこのソース、ポテトソテーつきという豪華な料理を平らげたのにはびっくりしました。
そのあと3人をスケート場に送り、私はいったん家に戻りました。イヴとロベルトのボーリングの送り迎えをしたり、あわただしく1週間は終わりました。

土曜日には日本人学校に送り、私は30周年創立記念の委員会というのに出席し、その後はストックホルムフィギュアスケート協会のプロジェクトにニッキィを連れてテューレソーまで行きました。サーシャのレッスンだったので、ニッキィも楽しそうでした
また、日曜日はニッキィのクラブでプロジェクトでした。このクラブからはニッキィとロニアとカタリーナの娘のローロが参加しているので、私たちが中心になって、プロジェクトの手伝いをしました。あちらこちらのクラブからわれわれのクラブがとても良くやったので、ほめられたとカタリーナが大変喜んでメールをくれました。
こんなに喜ばれると私たちも嬉しくなります。
子供達も丸々1日疲れも見せずに楽しかったようです。

ネディはネディでシンクロナイズドスケーティングの練習があり、その後はチームの一人の家に集まって親睦会のようなものがあったようで、友達と電車バスで行ってくれるので助かりますが、忙しいながらも結構楽しんでいるようです。

パパは、土曜日にブルガリアへ発ちました。私がたいていは空港まで送っていくのですが、委員会があったため、一緒に行くイヴァンの奥さんに送ってもらったようでした。

今日はニッキィと謙のチェロのレッスンの後はイヴのエレキギターのレッスン。おっとその前に仕事の後はイヴの楽譜を買いに南ストックホルムまで車を飛ばしました。
ニッキィをスケート場においてから今日は私の番で、サーシャを迎えにホテルまで行って、スケート場まで送りました。
そのときからどうも車の中のランプがついたままで、どこかのドアが開いているのか、とすべてのドアをあけてみたり、閉めてみたり、いろいろするけれどどうもランプが消えません。
スケート場の管理のおじさん達も一緒になって見てくれるけれど、わかりません。車の価値を決めたりする会社に勤めているアンも見てくれたけれどとうとう原因がわからず、バッテリーが上がってしまったらどうしよう、と思っているとスケート場の管理のおじさんが管理人達のところのパーキングに止めるようにしてくださり、万一スタートしなかったら充電器などあるし、何とかしてあげるから、と親切にしてくれました。
帰るときはスタートしたのですが、ランプはついたまま。。。
ブルガリアのパパに電話すると、ラジオの付いているあたりにスイッチのようなものがあるはずだから、と言いました。どうしても消えないのなら、謙に言ってバッテリーをはずすように、と言われました。さっそくみてみるとなんとそんなスイッチがいつのまにか押されていたからで、なんと簡単にランプが消えました。
よくよく考えてみると今日はサーシャを車に乗せるから、と出発前に前のところだけ慌てて雑巾で拭いたのでした。その時、しらないまにスイッチを押してしまったのでしょう。
なんと馬鹿みたいな話。スケート場中のいろいろな人を巻き添えに大騒ぎしていたのですが、誰もこのスイッチに気がつかないとは!
さすが、パパだと思いました!
私のパパもそして、子供達のパパも、いざというときには本当に役に立ち頼もしいのです。
ネディと食事しながら、そんな話をしていたら、“本当にじっちゃ(祖父のこと)とパパはいざというときに頼りになるのよね、私もそんな人と結婚しなくちゃと思うけれど、そんな人ってもうこの時代にはいないかも。。。”なんて言っていました。
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by obreykov | 2005-09-20 07:10

2005.09.11 ジンジン ストックホルム 到着

高校時代の友人、ジンジンが21年ぶりの再会で9月8日夜遅く、ストックホルムに到着しました。迎えに行くと21年前と全く同じで、髪型だけが違っているジンジンが到着ロビーに姿を現し、私たちは高校時代と全く同じ声ではしゃいで駆け寄りました。
ジンジンとは同じクラスになったことはなかったのに、音楽の授業だけが一緒で、二人とも音楽をやっていたので、気の合う友達として、大学時代もごく親しくお付き合いをしていたのでした。
私は早くに結婚して赤ちゃんがいたジンジンが羨ましくてたまりませんでした。
お互いに音楽大学を目指していたのに、急に進路を変えて勉強に励みだしたジンジンも羨ましかったのを覚えています。
二人でしみじみ、あの時はねえ、と21年後に話すのもなんとも楽しいものでした。
でも賞味二日しかいないので何からストックホルムを見せてよいのか気ばかり焦るのでしたが、土曜日は子供を日本人学校へ連れて行きつつストックホルムの中心地に行けるので、第一日目は郊外のシゴテューナという可愛い町にお連れしました。
ここでは茶色の叔母さんというちょっと可愛いカフェテリアで食事をしました。

そのあと、ステーニンゲ宮殿というところに行きました。ドロットニング宮殿にも連れて行くはずが、時間がなくなってしまい、私が普段買い物をするスーパーに行きたいということで、そこを案内しました。
そのあと、謙がホッケーだったので、迎えに行くとき、少し早めに行ってホッケーを見ようといっていたのですが、さすがのジンジンも時差に負けて夕方、チラッと横になったら、寝てしまったようです。そうです。日本から来ると必ず、朝は結構早く目覚めるのですが、夕方になるととても眠くなるのです。

夕食には鮭を丸焼きにしました。ワインも飲んだりしたら、歌まで出てきました。
ピアノの部屋に行って、ちょうど私が日本から持ってきたイタリア歌曲の楽譜を出して、高校時代のようにジンジンの歌に私の伴奏で、21年ぶりにいや、もっとかな、いろいろうたってもらいました。
ジンジンは私はすっかり忘れていましたが、高校の昼のコンサートというので弾いたショパンのスケルツオに感動して自分もこんな曲が弾けるようになったらと思ったというし、私は私で、ジンジンの明るい感じの歌声が大好きで伴奏するのがとても楽しかったことや、あれだけ上手で、音楽を目指していたジンジンが突然方向転換し、また方向転換できる頭のよさに羨ましく思ったことなど話しました。
大学時代も、私の大学のピアノ練習室を予約して、私が遊び歩いている間にジンジンが私の代わりに練習したり、新婚家庭に遊びに行ったり、ミュージカルなど聴きに行ったり、ちょっとしゃれたレストランに行ったりしたことなど、走馬灯のように思い出して、二人で話しました。

翌日土曜日は子供達を日本人学校に送っていってから私がいつも行っている唯一の私の贅沢、ヴェーテカッテンという素敵なカフェテリアに行きました。a0022183_5171672.jpgそのあと、旧市街の方へ向かいつつ、市場、ノーベル賞の授賞式のあるコンサートホール、王宮などを見ました。結構観光客が多くて、写真を一緒に写してもらおうと思うと、いろいろな外国語で話していて、やっとスウェーデン人のカップルを見つけ、頼んで写してもらいました。中国人やロシア人が結構旅行をしていたようです。
a0022183_51991.jpg旧市街はさすがに人出も多く、前日までの訪問先ではほとんど人に会うことも無く、どうして誰もいないの?とジンジンが不思議がるほどでした。
旧市街の石畳は本当にロマンチックです。1本、店の建ち並ぶ通りはたくさんの人でごった返していますが、このように、ちょっと小道に入ると人っ子一人いない、素敵な通りがたくさんあります。そして、現在もこのようなところに普通の人たちが生活しています。
私もスウェーデン語を習っているころ、この旧市街に住んでいる先生がいらして、私たち生徒をお宅まで案内してくれました。中には、石の暖炉があって、そのタイルが温まり、火を消した後も暖かいのだと説明していただいたことがありました。
a0022183_5195385.jpg子供達を迎えてからドロットニング宮殿に向かいました。王宮はストックホルムの中心地にあるのですが、王様が子供を育てる環境ではないから、と、郊外のドロットニングホルム宮殿に住居を構えたのでした。昔、お客様を御案内して中を見学したとき、建物の半分が王家の住居で、半分が博物館のようになっているのですが、図書館を見ているとき、ちょうどあちら側の扉が開いて、王様が何かの本を取りにいらしたことがありました。
ベルサイユ宮殿を小さくしたような、本当に素敵な所です。
a0022183_520188.jpg夜には、パパの友人で整形外科のユリウスのお宅に呼ばれており、是非、私の友人も連れてくるように、といってくださっていたので、ジンジンにきくと、楽しみ、と言ってくれたので、ジンジンも連れてお呼ばれに行きました。
もう一家族もユリウスと同様、昔、うちの別荘のある島に同じように別荘を持っていらして、両親も一緒に楽しく過ごした思い出のたくさんある人たちです。
ユリウスはブルガリアのプロヴディフにもマンションを買ったので、この夏はブルガリアでも一緒に過ごしました。
ジンジンにはつまらないかな、と思いましたが、皆も英語を使ってくれたりして、会話もなんとなく出来て、ジンジンも明るい朗らかな性格なので、すっかり打ち解けて楽しんでくれたのが何よりでした。
a0022183_524823.jpgユリウスのお宅から帰る途中ではストックホルムの夜のドライヴをしました。
この場所は夜景のとてもきれいなところで、私の両親がはじめてストックホルムに来た時も、旦那様が案内したところでした。父も母もこの夜景には本当に感激していました。
この写真にすばらしい夜景が写らなかったのが残念ですが。。。

今朝は、8時半に家を出発して、ジンジンを空港まで送っていきました。
本当にあっという間の3日間。というより二日間でした。
こちらの人はみんな、日本人のこのようなスピード旅行にびっくりしていました。
でも、ジンジンが来てくれたおかげで、私も楽しいひと時を過ごし、懐かしい話もできて、気持ちがよくなりました。無事に日本までたどり着いてくれますように。
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by obreykov | 2005-09-12 05:51

2005.09.05 パパのDNAをそのまま受け継いだイヴ

テーブルの上においてあった少し大きめの輪ゴムを手にとったパパは、近くに来て座っていたミミちゃんの口におもむろに輪ゴムをはめました。
私は、その発想にあきれて、イヴのしそうなことをするのね、といいました。かわいそうに、我慢強いミミちゃんは私たちが大笑いしている間、ゴムをはめられたまま、じっとしていました。
本当にイヴのやりそうなことを大の大人のパパがしていたので、びっくりもしましたが、本人も本当にイヴのしそうなことだと思ったのか、かなり受けていました。
学校から帰ったイヴとニッキィがおやつを食べているとき、朝からそのままだったテーブルに置いたままの輪ゴムを見せて、この輪ゴムがあって、ミミちゃんが傍に来たら、どうする?と尋ねると、ニッキィは変な顔をして考えていましたが、イヴは間髪をいれずに、ミミちゃんの口にはめる!といったので、私は、本当にやっぱりパパのDNAを十分すぎるほど受け継いだ子なんだと思いました。私が大笑いをしていたので、イヴとニッキィはびっくりしましたが、なぜ私が笑ったかを説明すると本人も受けていました。
あきれた親子。見た目もよく似ているけれど、発想まで同じかと思うとびっくりです。

日本もアメリカも台風の被害が大きいようで、心配です。
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by obreykov | 2005-09-06 06:59

2005.09.02 ルチアーノ パヴァロッティ

ネディの誕生日祝いを兼ねて、二人で、グローベンというホッケーなどの試合さえするような大きな会場でのルチアーノ パヴァロッティのコンサートに行ってきました。
渋滞に会う時間帯なので、早めに出て、グローベンのセンターで二人でお寿司を食べました。お寿司は色々なサイズがあるのですが、ほとんど鮭と海老と太巻きのみです。
でも、やっぱり美味しいなと思いました。
パヴァロッティのさよならコンサートは会場満員で、中央の大きなテレビ画面にも写され、私たちの席からでは豆粒のようなパヴァロッティの表情もうかがうことが出来ました。
はじめは、古典的なイタリア歌曲をピアノ伴奏で何曲かうたいました。なんと私のオン第時代に声楽のテストで歌った曲や、友人の伴奏をした曲がたくさん出てきて、とっても懐かしく思いました。
私がテストで歌った曲は彼が歌うと、まるで別の歌のようにすばらしいものでした。それにしても朗々と響く声にはびっくりします。これぞ、天才テノール!
でも、私はもう少し小さいコンサートホールで、マイクを通さない生の歌声を聴きたかったなと思いました。
こんなに良い歌声なのに、演奏活動をやめてしまうのは本当に残念です。
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by obreykov | 2005-09-03 21:40

2005.09.01 ネディ、18歳の誕生日

ネディが18歳になりました。本当に年月の流れは速いと思います。相変わらず、忙しくて誕生日の当日もスケート場にいっていました。明日、ルチアーノ パヴァロッティのコンサートがあるので、誕生日プレゼントも兼ねて、二人で聴きに行きます。
本当のプレゼントはノートパソコンです。まだ手元に届いていませんが、ネディだけ、パソコンは謙やら、イヴやら、私やら、みんなのコンピューターを借りているので、時々宿題も思うように出来ないときもあるので、パパが買ってあげることにしたのです。
昔からあれが欲しい、これが欲しいといわない子なので、自分のコンピューターが欲しいとチラッといったときにパパが無条件で買ってあげるといったのでした。反面、謙は何でも欲しいので、手に入れるまで、私たちに100万回言わないと手に入りません。
イヴも余り欲のない子なのですが、兄弟で、こうも性格など違うのは面白いなと思います。
兎に角、皆が元気に育ってくれるのが何よりです。
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by obreykov | 2005-09-02 04:57

2005.08.31 同郷の懐かしさ

ミミちゃんを夏休みに預かってくれたアンが今3ヶ月の仔犬を飼っています。よく吼えるミミちゃんですが、アンのうちでは人気者だったようで、モーリッツ(仔犬、なんていう種類だったか。。。大きくなると眉毛など長くなり、顎鬚のようなものも生えてくる犬)がまだ仔犬なので、いたずらをすると、ミミちゃんはこんなことはしなかったのに、と家族みんなでミミちゃんを懐かしがって、1,2週間交換したいとさえ言っているようです。
さて、良い天気だったので、アンと待ち合わせて、近くのボーグスゴードという自然一杯の牧場のようなところで散歩をしました。ミミちゃんに遊んで欲しくてモーリッツはじゃれてばかり。約3キロの散歩をした後は、カフェテリアで、ケーキを食べました。久しぶり良い天気で20度くらいになっていたので、外の席でミミちゃんとモーリッツもつないで楽しいひと時を過ごしました。
するとあちらの方から、懐かしい犬がやってきます。ミミちゃんとモーリッツとくんくん言って挨拶をしました。
柴犬だと思ったけれど、こんなところで、柴犬がいるなんて信じられず、どんな種類なのかと尋ねるとやっぱり柴犬で、お父さんは日本から直輸入だったと飼い主が言っていました。私の日本で飼っていたシロちゃんは同じような顔をした秋田犬よ、というとめったにスウェーデンにはいないけれど、秋田犬は憧れだとその人は言っていました。
私は、本当にその柴犬が可愛くて可愛くて、なんだか同郷の人に会ったような懐かしさで一杯になりました。
やっぱりミミちゃんたちは外国の犬です。可愛いけれど、外国犬だな、と実感しました。

夜は謙のクラスとイヴのクラスで父母会があり、私は謙のほうへ、パパがイヴの方へ行きました。
謙は今年が中学3年なのに、夏休みは遊びほうけて、新学期が始まった今も余り勉強をしていません。一方、日本人学校で同じクラスの友人はこの夏日本へ帰って、日本の受験生を見てきて、自分も受験生という自覚を持ち、お父さんの仕事がどうなっても本人は日本へ帰って受験をする決意を固め、しっかり勉強をするために日本人学校を退学することにしました。それに比べ、余りに好きなことばかりをしている謙を見ると歯がゆくなり、余り勉強しなかった私だって、もう少ししていた、というと、ここはスウェーデン、受験もなければ、ぼくは勉強が一番嫌いなんだ、といいます。せっかく頭よいのに、十分に能力を発揮していなくて、本当に残念だと思いますが、本人がその気にならなければどうにもなりません。この国も受験があったほうが良いと思います。
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by obreykov | 2005-09-02 04:55