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2005.10.31 秋休み

相変わらず、私がいないと地球の回転が止まっちゃうぞ、と言う自分だけの思い込みで、パニックって忙しい毎日を過ごしています。
でも今週は秋休みで、子供達も私も学校が休みのため、日ごろ貯めていた仕事を片付けるのに最高の週となっています。
今日は朝からパンを焼きました。

謙は、といえば、ホッケーのチームで金曜日の夜から大型バスに乗ってチェコまでホッケーの試合を含む合宿に行きました。携帯メールが入って、無事に着いた様子、バス旅行は22時間だったようです。昼まで平気で寝ていられるような謙が朝6時起床のスケジュールを果たして、ちゃんとこなしているかが心配です。

パパは、土曜日にブルガリアに飛びました。こちらも元気に到着したようで、プロヴディフのビルの建設がどこまで進むかが楽しみです。
土曜日の日本人学校の後にはイヴは仲良しの洋二くんの所に泊りがけで行ってくれました。これは、私と仲良しのお母さんの思いやりでもあると感謝しています。
ニッキィしかいない私は教頭先生と30周年記念行事についての打ち合わせがあったので、夜はニッキィをストックホルムの南端のほうへ連れて行かねばならなかったので、急に我が家に来ていただくことにしました。でも、とっさに、家の中が爆弾が落ちた後のような散らかりようだったことを思い出し、入ったとたんには絶対に家の中を見ないように、と先生に約束させて、家に向かい、ミミちゃんが先生を歓迎している間に、リビングのテーブルを大急ぎで片して、お迎えしました。
特にパパが出発した朝のままだったので、それはそれは、しっちゃかめっちゃかでした。

教頭先生も、私とほぼ同類項の様で、公私共々いろいろな仕事を抱え込んで、お忙しそうでした。自分でも、時々頭がボーっとして働かなくなるほど頭の中が一杯になってしまうことがありますが、先生もそのような状態の時をお見受けして、ああ、私だけではないのか、と変に安心したりしてしまいました。

でも、一つ一つ、物事が片付いていくと、だんだん不安感もひとつづつ消えていくようで、やっとこうして日記も書ける気分になってきたというわけです。

兎に角、音楽学校の11月10日のコンサート及び年次総会と、11月12日の日本人補習学校の30周年記念行事が終わらないことには、気分が一つも休まりません。
私だけがその係や責任者ではないのに、ついつい、何もかもが心配になってしまいます。

謙と祐馬くんが30年の歴史の紹介部分で、ナレーションをすることになっており、パワーポイントのプレゼンテーションができているものと思っていたら、それがまだできていなかった事を発見して、急きょ、祐馬くんに電話してお願いしました。
祐馬くんや謙にとってはパワーポイントのファイル作りは朝飯前なので、すぐにこころよく引き受けてくれて助かりました。謙がチェコからもどったら、教頭先生も含めて、ファイルつくりと練習をすることになっています。
そこで、また私の老婆心が疼き始め、使うはずのコンピューターにパワーポイントのプログラムが入っていないのをどうしたらよいか、という問題が頭を駆け巡りました。全くこれは私の関知する問題ではないのに、コンピューターの専門化のダニエルに電話して尋ねました。
PDFファイルかWEBファイルにして保存すればよいという方法を教えてもらいましたが、実際にして見ないと不安な私は、謙のコンピューターで、簡単な2ページのプレゼンテーションを作ってWEBファイルとして保存して私のコンピューターに送ってやってみました。なんと、パワーポイントのプログラムが入っていない、コンピューターでもまるでパワーポイントそのままのように表すことができたのです。なんと言う感激!
大忙しである上に、自分から勝手に仕事を増やしてますます忙しくしているのですが、こうして利口にもなりました。

ブログ友達のピヨさんが、“遠くで見守れる、忍耐力を是非!!(笑)” というコメントをくださいました。全くその通りだと思っています。
私にはその遠くで見守れる忍耐力が欠けているのです。
ほっておけばよいのに、それができない、また、それをして、最後に土壇場になって尻拭いをするのはこの私、という経験も何度もしているので、そうなるのもまたいやなのです。
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by obreykov | 2005-10-31 23:20

2005.10.18 私たちがいないと地球が止まっちゃう!

私の勤める文化学校(日本で言う市立の音楽教室のようなもの)はノルウェーの姉妹都市に招待されて、5月にはイヴや私を含めて言ってきましたし、9月には別のグループが行き歓待されました。今度はノルウェー、デンマーク、フィンランドの小学校の校長や教師、そして、音楽、文化学校の校長や教師もきました。
私の同僚はヴァイオリンの教師だけでなく、かなりな文化人なので、市の200年前に出来たクラスロー学校博物館のガイドもしています。市から頼まれてこのお客さん達のクラスロー学校のガイドをちょうど昨日することになり、ちょうどヴァイオリンの日だったので、午前のレッスンを休講にして二人で200年前の洋服を着て、コーヒーなども準備してお迎えしました。
その後はイヴの学校の校長先生がイヴたちの学校へ先生方を案内して、文化音楽学校関係の4名は私たちがヴァイオリンの午後のレッスンに連れて行きました。
普通の市立の小学校が文化学校からレッスンを購入してヴァイオリンを6歳児から1年生まで強制で授業の一部として習わせ、2年で選択にして、3年からは希望者が文化学校の生徒となりレッスンを受けるという形がとても面白かったようです。
この形は私の同僚であり、イヴやネディのヴァイオリンの先生と私が作り上げた形です。アメリカのスラム街でヴァイオリンを弾かせて成功させた本当にあった例をヒントにエヴァブリットという人がスウェーデンでもはじめたのを私たちも取り入れて独自のものも作り上げて来たのです。
その後はいくつかの学校でもこのレッスンを購入し、その伴奏は私がしているのですが、別の学校は2年3年のグループで、少し方法も違っています。
翌日は、現在ニッキィの学校の校長になっている、元エークバッカ小学校の校長の所に私がノルウェーとデンマークの文化学校の校長達を案内しました。この校長が、普通の市立の学校でヴァイオリン教育をはじめたきっかけや経済のやりくりなどを説明してくれました。皆満足してくれて、これで、私たちの学校が受けた恩が返せたな、と言う自己満足で、忙しさも吹っ飛びました。私の上司が、貴女は世界の天使よ、などと冗談っぽく言っていましたが、忙しくても、大変でも、誰かに満足してもらえると本当に遣り甲斐があるというものです。

その翌日は、またまた、大忙しで、日本人学校が30周年をむかえるに当たって、いろいろと準備をしなくてはなりません。
子供を学校においてから、係の保護者を集めて、相談したり、教頭先生と事務所に出向いて、講習をお願いした先生にお目にかかり、打ち合わせをしたり、私は教頭先生と車でストックホルム中をあちこち走り回っていました。
ニッキィは、ネディ達が受けているスケートのトレーナーの生徒役で借り出されており、学校が終わってからその足でパパにスケート場まで送ってもらい、夕方は私がつれに行き、考えてみたら、昼食も取っていないことに気が付き、スケート場のカフェテリアで、サンドイッチやら沢山食べてしまいました。

私の同僚も、日本人学校の教頭先生も、そして私も、ついつい一生懸命なりすぎて、自爆しそうになることが多々あります。つい、私たちがいないと運営がいきずまる様な気がして、まるで、自分達がいないと地球の回転さえ止まってしまうような錯覚に陥って頑張りすぎてしまうところは、本当に困った性格だと思います。
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by obreykov | 2005-10-19 18:56

2005.10.13 フィギュアスケートDM

a0022183_3241429.jpgこれは、先週のフィギュアスケート、ストックホルム地域の選手権の表彰のときの写真です。
点数をメモしていたあるお母さんが、ニッキィが2位にはいっている、と言っていましたが、なんだか信じられない気分でした。でも、本当にニッキィがベテラン イーサックを破って2位にはいりました。ベテランのイーサックとはいっても、去年のストックホルムカップのフィナーレでもこの順位でしたっけ。イーサックは本番に弱いのか、ニッキィが上達したのか。。。

ソフィアでの国際大会で、スウェーデンの青少年代表で行ったアマンダ ニューランデルはなんとソフィア大会では14位にしかなれなかったのに、やっぱりストックホルムは2位とも大差をつけての1位でした。
でも、ショートの方はちょっと調子が良くなかったようです。
全体的に誰もが調子で無かったようでした。

ニッキィのトレーナーの娘は今まで、ほとんどの選手権もその他の大会も1位、2位という成績でしたが、なぜか今回は4位。あれだけ良く滑れたと私は思ったし、本人も滑った後に満足そうな笑顔を見せたのに、思った点が出なくて、結構たくさんの人が変な審判だった、と言う感想を持っていたようです。別のクラスもちょっと変だな、という感じのものもありました。
それに随分変だと思ったのはフィンランドの一人の審判が他の審判と随分大きな差をつけて点数が物凄く辛かったのでした。

何はともあれ、ニッキィは前回の滑りよりは随分良くできました。
試合や、ストックホルムスケート協会のプロジェクトなどのおかげで、他のクラブの選手とも結構友達になって、待ち時間など私のところからはなれて、友達といるので、学校だけの友達以外にもいろいろな友達が出来ただけでもよかったなと思います。

ニッキィのクラブはまあまあの成績を残すことが出来ました。心配していたエリーカもなんとか上位12位まではいったので、LMまですすめることになりました。

ネディはシンクロナイズド スケーティングの練習がいつも重なっていてニッキィの応援にこれませんでしたが、翌日の大きい選手のフリーの試合は見ることが出来ました。
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by obreykov | 2005-10-14 03:35

2005.10.13 ピヨさん、りんさん有難う!

ピヨさん、りんさん、私のブログで知り合った大切なお友達です。さっそく、コメントに私たちの結婚記念日のお祝いのお言葉を頂きまして、有難うございます。

昨日は、結婚記念日なので、いつもより気を入れて掃除をしようと思ったのですが、あまりの散らかりように、(この頃家にいる物理的な時間が本当に少なくて掃除どころではないのです。)一体どこから手をつけたらよいのか、とボーっとしていたら、電話もかかってきたり、なんだか家にいるといたで、落ち着かずに、何かはじめなくちゃ、でも寝不足で力がはいらないから、15分だけ横になろう、とソファに横になリました。するとうつらうつらしてきて、つけっぱなしのテレビが急に大きな音を出し、目がさめました。
私のつけっぱなしのテレビは日本の番組なのですが、私の家では会員になっていないので、国際放送のニュースしか入らず、他の番組になるとぱちんと画面も真っ暗になってしまうのです。

どこから片して、どこからはじめようかな、と思って呆然としていたら、また電話です。
なんと旦那様からでした。
気が付くかな、と思って話していると、今何しているの?というので、うーん、掃除しなくてはと思ってはいるけれど、どこからはじめたらよいかわからないでボーっとしていた、というと、美味しい魚料理を食べに出てこない?というではありませんか!
会社の傍のレストランなのですが、魚料理が美味しいことで有名で、新鮮な魚を使うので、有名なのです。
なんと、結婚記念日を覚えていて、お昼に二人でお食事をというわけでした!

眠くてエンジンのかからなかった私は、すっかり、目がさめて、そくOKして、慌てて支度をしてそそくさと出かけました。
お、い、し、い、!
たいていは出張だったりで、肝心の結婚記念日に一緒に過ごしたことがあまり無い私たち、最高の記念日になりました。

帰りに、ちょっと素敵な鉢植えの花を花に水を上げるのが大好きな旦那様に買って、スモークサーモンと海老の前菜、どじょうインゲンのねぎ、にんにくトマト煮、そして不二家風のアップルパイを用意しました。
夕方はいつものように、ニッキィとイヴをオーケストラに送り迎え、ご苦労なことに近所の子供二人まで面倒みて、ネディはスケート、謙はエレキギター、その後直接ホッケー、夜はニッキィがスケート、と家族全員が集まることなく終わってしまいました。
でも、不二家風のアップルパイは美味しく頂き、こうして結婚記念日はあわただしくすぎました。
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by obreykov | 2005-10-14 01:52

2005.10.12 結婚記念日

いま、朝子供達を送り出して、今日は時間があるので、メールのチェックをしていました。来ている来ている、沢山の連絡事項、試合の知らせ。。。そうこうしているうちにもう1通はいってきました。父からです。
なんと、結婚記念日おめでとうと書いてあるではありませんか!
そうでした。今日は結婚記念日その1です。再婚した訳ではありませんが、私たちには結婚記念日が2回あります。スウェーデンでの記念日が今日。11月8日が日本での記念日。
すっかり忘れていました。
旦那様は覚えているかな?夜まで何も言わないで黙っていてみよう。
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by obreykov | 2005-10-12 16:02

2005.10.10 すべて大成功!

イヴは土曜日から1泊でイエーヴレに演奏旅行に行きましたが、一緒に行った人の話からコンサートもその前のいろいろな講習や練習も大成功だったそうです。
イヴも楽しそうに話してくれました。
私がついていけなかったので、淋しかったのかなと心配しましたが、かえって親がいないほうが楽しかったようです。

ニッキィのDMストックホルムの選手権大会はなんと!2位になりました。
信じられないことですが、なんとイーサックをやぶってアントンに継ぐ2位です!
ニッキィも嬉しかったようで、表彰の後、日本の祖父母に携帯電話で知らせました。
表彰式まではアントンとニッキィは、男子の競技はしっかり見ていましたが、後は駆けずり回ったり、更衣室でいたずらをして回ったり、随分、元気一杯だったようです。
イーサックはいつものようにおとなしく、その上ジャンプや演技を失敗したことをかなり悔しがっていたそうです。勝負の世界は厳しい。。。

私は、相変わらず大忙しで、ほとんど家にいない状態。
パパがしっかり主夫をして料理をしてくれるので、なんとか食べ物だけはありつけている我が家ですが、家中、しっちゃかめっちゃか。

ゆっくり書いている暇が無いので、今日はこのまま寝ますが、詳しい選手権の様子はまた後ほど書きましょう。
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by obreykov | 2005-10-11 07:39

2005.10.07 猫の手もネズミの足も借りたい忙しさ

今日は日本人補習学校の教頭先生にお仕事も休んで頂いて、私と二人で30周年記念の細かい打ち合わせをしました。
この先生はとても真面目な方で、授業もものすごく熱心で、良い授業をしてくださり(子供達が慕っている様子を見てもよくわかります。)本当に熱心な良い先生だと思うのですが、お忙しすぎてそのうちパンクしてしまうのではないか、と、傍で見ていてもはらはらするほどです。
でも、お話していると、私とよく似た部分があって、気が付いたときには、“ハイ、私がいたします。私がお手伝いします。”といってしまっているようなところがあるようです。
私も全く同じで、後で、あ、しまった、と思っても後の祭りです。
仕事場の上司には、“貴女は、口にハンカチを詰め込んで、腕を後ろで縛っておきなさい。”といわれることもあります。
この先生も同様で、私も人事だから言えるのですが、なぜ出来ませんとおっしゃらないのですか、なぜ、そんなことまでお引き受けになったのですか、と思わず訊いてしまいました。

でも二人でいろいろな事柄をひとつづつ整理していったらだんだん形が出来てきたので、少しストレスが解消できた感じです。
仕事まで休んで、本当に有難うございました。(ご本人には通じないけれど。。。)

その上にこの30周年記念の実行委員長という方がまたまたとても良い方で、私にこころよく手助けをしてくださり、本当に感謝の気持ちで一杯です。
こういうとき、こんな役員をしたから、このような良い方とも知り合いになれてよかった、という気持ちになります。

今日も教頭先生と、皆も一生懸命にして、私たちの仕事も認めてもらえたら、どんなに忙しくたって頑張っちゃうけれど、批判を受けたり、受けないまでもそんな感じを感じるだけで、元気が一気になくなってしまいます。

私も運営委員など、子供のため、子供の通う学校のため、とやっているのですが、子供のためだったはずの運営委員の仕事で、忙しくて、イライラして十分に子供の宿題を見てあげられなかったりすると一体自分は何をしているのだろう、と思ってしまいます。
音楽学校の役員も、ほどほどにしようと思ってはいるのですが、上にたつ立場の人がしなくてはならない連絡事項など、お膳立てしてあげてもなかなか連絡してくれなかったりすると、一人でイライラしてしまいます。

すると、やっぱり人に任せたり、頼んだりするより自分でした方がよっぽどよいと思ってやり始め、またまたアップアップしてしまうのです。
これは、父から受け継いだ良いような悪いような性格。。。
電電公社の総裁さん、というニックネームのあった、父がいないと電電公社も、日本も、地球も回っていかないと思い込む恐ろしい性格をしっかり受け継いでしまったからです。
管理者であった父は、実家で危篤の姉がいたのに、春闘の際、仕事場を空けられずにとうとうあうことが出来なかったのです。こんなの多くある例のほんの一つです。

明日はイヴはクラスロー フィオールのグループでイエーヴレという町で音楽の講習と夜は演奏会出演で朝早くからヴァネッサのお母さんの車で出かけます。

ニッキィはDM(ローカルの選手権)に出場で、朝から私とスケート場です。
久しぶりにいるパパは謙を日本人学校に送っていくはず。。。(早起きできるかな)
その後ニッキィの応援に来るはず。
ネディはスケートのトレーナーとその後はシンクロのダンストレーニング。
家族中があちらこちらに散らばって活躍しなくてはなりません。(いつものこと)
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by obreykov | 2005-10-08 07:34

2005.10.07 こんなに悲しい友人の死

昨日は、学校は同じになったことは無かったけれど、同じく音楽を勉強していて音大時代にしていたコンサート会場のアルバイト先で友人になった人から、久しぶりに手紙がきた!と表書きを見ただけで、彼女からだとわかるような筆跡で、封筒の裏を見るとなんと名前が違っていました。一体どうしたのかと封を気って読み進んでいくうちに筆跡のそっくりな娘さんだったのでした。

そして、それはなんとその死を知らせる悲しい手紙でした。

こんなに遠くに離れているとごくごく親しい友人達ともなかなか連絡が取れなくなる中、私が長女を出産したときに、娘さんに使ったおくるみを使ってください、と送ってくれたのが彼女でした。
思いがけないプレゼントに私がどんなに喜んだか!
そのほかにも可愛いベビートレーナーセット等、出産祝いも贈ってくれました。

その後は、毎年クリスマスの時期になると日本の評判の良い本等を送ってくれて、我が家のクリスマスツリーの下には必ず彼女からのプレゼントも置かれておリました。
毎年毎年、本当のサンタクロースのように私たちのことを忘れずにプレゼントを贈り続けてくれたのでした。
彼女のプレゼントしてくださったノンタンの絵本や、トトロ始め、もののけ姫などなど、我が家の大切な蔵書となって、ノンタンなどは今でも子供達が暗記しているほどです。

学生時代は、なぜかよく気が合って、アルバイト先だけではなく、一緒に音楽会に行ったり、食事やお茶に行ったり夜中にお互いの悩みを電話で長話したり、あるいはバッハなどの音楽解釈をしたり。。。

昨日は、ショックと、悲しくて、涙はぽろぽろ出るし、本当に自分で自分をコントロールできない感じでした。
友人を失う悲しみがこんなに大きいものとは想像もしていませんでした。
でも、さすがに彼女の娘さんです。ご本人が一番辛いときでしょうに、私にこうして手紙でしらせてくれました。
医者嫌いで、具合が悪いのも更年期かと思っていたそうで、本当に突然の死だったようです。後でわかったのは子宮癌だったという事。。。どんなに苦しかっただろうと思うと本当に不憫でなりません。

子育てが終わったら遊びに来てね、といっており、本当にそろそろ実現するころだろうと思っていたのでした。
残されたお嬢さんと弟さん、そしてお母様の悲しみを思うと胸が痛みます。

コンちゃん、本当にもう一度ゆっくり会ってお話がしたかった。。。お嫁入り前の娘さんを残してどんなに心残りだったでしょう。。。
どうぞ安らかに眠ってください。コンちゃんのご冥福を心からお祈りします。
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by obreykov | 2005-10-08 07:02

2005.10.05 原監督 がんばれ!

今日のニュースで巨人軍の監督に再び原監督が就任すると言っていました。頑張れ!原監督!謙の使っている原監督のサイン入りのバスタオルを見るたびにどうしてやめちゃったんだろうと思っていましたが、原監督はやっぱり巨人軍です!
その上、ヤンキーズの松井選手も大活躍したようで、ルンルンしてきました。

我が家のニッキィは先週の日曜日に今シーズンの初めての競技会がありました。
a0022183_1763670.jpg夫婦で国立オペラ座のバレリーナだったパパの友達家族も、愛犬ロミオと一緒に応援に来てくれました。
この大会には、A選手とB選手しか出られません。春にA選手になったニッキィはミニオールのAのクラスで出場しましたが、C選手などがいなかったため、対戦相手がありませんでした。
始めから1位になるのがわかっている試合でしたが、トレーナーのカタリーナが次のDMの予行練習、また、自分自身との試合だと思ってやりなさいと、話していたようです。a0022183_17121189.jpg
でも、対戦相手がいるときはあまり、緊張しないニッキィでしたが、今回は緊張していたそうで、カタリーナがニッキィは対戦相手がいるほうがよいみたい、と笑っていました。
普段の練習のとき、転倒などしない場面で、転んでおりました。
昨日の練習のとき、私がいるときにちょうどニッキィのプログラムをやり始めたので、見ていたら、アクセルなどとてもきれいに飛べて、びっくりしました。カタリーナがこのまま、DMに持っていきたいわね、と言っていました。
カタリーナの娘のローロはこの試合の前日に高熱を出してしまって、棄権しました。
いままで、ほとんどすべての試合は楽勝していただけに、ストレスもあるようで、昨日は練習にきており、私たちにとってはとても良い滑りをしているのに本人がかなり自信を無くしているそうで、かわいそうです。
精神的にもかなり強くないとスケートの選手はやっていけないんだと実感しました。いままで王座の位置を取っていた選手にとって、かなりのストレスのようです。
その点、ニッキィは追う側なので気楽です。
今度のDMはアントンとイーサックが相手です。二人とも年上だし、テストも確か3を取っているので、大変ですが、誰かに追いつこうというのは目的があって良いと思います。
イーサックとはプロジェクトで一緒ですが、ニッキィも上手になったけれど、彼も負けずに上手になっていたので、かなり今度のDMは大変でしょう。。。

同じ日にウプサーラではスウェーデン杯がありました。アレクセイ ヤグーディンの子供の頃のトレーナーをしていたアレクセイ マヨロフというトレーナーの15歳くらいの息子がトレーナーのお父さんと1歳くらいのときからスウェーデンのリウリオという町に住んでいますが、なんとショートでは5.38をフリーでは5.68を出していました。(旧採点方法でヤグーディン等が出した6.0が最高点です。)
もう、オリンピック級の点ではないかとびっくりしました。
去年のSM(スウェーデン選手権)のとき初めて見ましたが、信じられない滑りでした。

謙は昨日はバイクでオーケストラに行き、学校でチェロを借りて、その後すぐホッケーに行ったようです。ホッケーは集合が8時半で、アイスの練習が9時半から11時まで、シャワー等をして戻ってきたときはもうすぐ零時になる頃だったので、ちょっと心配しました。
15歳の子供にとって普段の日の練習がこんなに遅いのはちょっと良くないな、と思いました。
帰ってきたら、私の部屋に顔見せに来て、とテレビを見ているパパに伝言しておいたので、きました。するとネディまで来て、久しぶり、オーケストラの話などを私のベッドの上に座って話し始めました。
コンピューターや友達やトレーニングで大忙しの謙ですが、本当に久しぶり顔を見たような気がしました。
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by obreykov | 2005-10-05 17:25