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2006.05.20 1等賞で炊飯器が当たりました。

今日は、朝からネディたちとサーレムというストックホルムの南の果ての町のスケート場へ行き、ヨハンナのママと私は父母会に出席しました。

その後、ヨハンナのママをストックホルムの中央駅まで送って、私はサンアイOCSに寄って焼きそばなどを買いました。今日は、急に日本人学校の校舎が使用できなくなったため、日本人学校は休みだったので、いま一つお客さんの入りが少なかったようですが、開店三十周年のイベントの最終日で、何ヶ月も前に頂いていた抽選券の抽選発表があったのですが、なんとそのすぐあとに私が到着し、私がEMIKOさま、と書いてある文字を見たのですが、良くある名前なので、まさか私じゃあないわよね、なんて、お店の人と話していると、いると店長さんがいらして、“あー、ご本人がいらしている!”とおっしゃり、缶をガンガン鳴らしておめでとうと店長、店員みんなで祝ってくれました!
なんとなんと1等賞でセンサーつきのタイガーの炊飯器が当たったのです。
先日、ここで買い物をしているとき、友人がちょうどこの炊飯器を購入していらして、日本で買うのと変わりない値段だし、海外使用なので、変圧器も必要ないということでした。私も欲しいなと思ったけれど、決して安くないし、こちらで買った炊飯器、日本では四、五十年程前にあったようなスイッチを押すタイプがあるので、今は必要ないけれど。。。と思っていた矢先でした。
まるで、神様が私の願いを密かに聞いていらしたかのよう!

嬉しくて家に戻ってすぐ母に電話をすると、母が今年初めて、ツバメが巣作りをはじめたので、何か良いことが起きるかも、と父と話していたところで、良いことはそちらに起こったのね、と喜んでくれました。
しかも当たったのはサンアイOCSさんで置いてある炊飯器の中でも一番高くてよい炊飯器が当たったのです。

嬉しくて嬉しくて、早速あきたこまちをタイマーで炊いて、お寿司にしました。急に思い立ってしたので、鮭と、カッパ巻き、納豆巻きしかできなかったのですが、私のセットした時間に出来上がるので、これから毎週土曜日の朝、お弁当のために5時半に起きて炊飯器のスイッチを入れなくて済みます。
サンアイOCSさん!ありがとう!
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by obreykov | 2006-05-21 05:30

2006.05.15 マラソン大会でした。

昨日はちょっと肌寒かったのですが、良い天気で、近くの湖でのマラソン大会がありました。
ローショーロッペットという大会にはあちらこちらからの出場者がありましたが、クラブ毎に参加をしているところが多く、ニッキィとネディもフィギュアスケートクラブから参加しました。
なんと私は申し込みをしていなかったのに、欠員を埋めるために急きょ参加になってしまいました。花粉症がひどいので、私はいったん帰るつもりだったのに、すぐのせられてしまう。。。
まあ、でもスケートクラブが一番参加の多かったクラブだったようで、しかもアンネというトレーナーが6キロメートルのマラソンで1位でゴールしました。
そのあとは夕方、アイスのトレーニングがあり、くたくたの選手達だったようです。

ところで、話が前後しますが、金曜日にニッキィがアシナガ蜂(黄蜂)に刺された、と学校から帰ってきました。腫れてもなんともないので、きっと刺されたのでなくチョコッとこすっていったのかなと甘く見ていました。本人もそれほど痛くなかったけれど、学校で保険の先生に連絡したり、冷たく冷やしたりしてくれたので、腫れが弾いたようでした。
なのに、翌日土曜日起きてみると刺された目の下が物凄く腫れていました。心配はしたのですが、何しろ大忙しの一日だったので、そのままで過ごしていたら、夜になって、だんだん腫れがひどくなってきました。インターネットで蜂刺されに付いて読んでいたらだんだん私も不安になってしまい、そんなに不安なら病院へ行けばよいと言うパパの言葉を聞いたとたんにニッキィを車に乗せて、カロリンスカ病院へ向かっていました。
でも受付けで、これは心配ない、救急で待っても5,6時間くらい待たなくてはならず、その代わり、痛み止めくらいしかもらえず、何も治療はできないからかえってゆっくり休みなさいといわれました。
まあ、私の安心料というわけでしたが、やっぱりい心配でした。
日曜日は腫れが一番ひどかったのですが、今日はもう、ずいぶん腫れも引いて来ました。
アレルギー反応が強かったのだろうと、友人達が言っています。。。

やれやれ。。。
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by obreykov | 2006-05-15 22:02

2006.05.15 相変わらず花粉症です。

土曜日はそれはそれは忙しい1日でした。日本人学校へ連れて行って、学校総会というのがあったので、運営委員の私はそれに出席しました。その後、ニッキィのクラスの授業参観と懇談会がありました。去年のイヴの担任だった先生で、去年は騒がしいクラスに四苦八苦していらしたようでしたが、ニッキィたちは結構おりこうさんたちのクラスなので、授業も静かにすすめられていました。
その後、私は私の勤める音楽学校の大コンサートがあったので、吹っ飛んで戻りました。うちの子供達も出場しましたが、イヴとニッキィは午後なので、パパが学校まで迎えに行って会場まで連れてきました。私は、なんとか謙のバンドに間に合い、私の仕事にも間に合いました。

今年の大イベントは子供達のオーケストラに合わせて、ダンスがあったことでした。ニッキィはダンスに見とれて、楽譜に目を戻したとき、1段間違えて見て、焦ったと話していました。
ネディと謙がオーケストラを辞めてしまったのは残念でした。でも、毎年、したから上がってくる生徒がいるため、オーケストラの質が上がらず、いつも同じ様なもので、つまらなくなってきていたのも良くわかります。

私の伴奏しているバレエは木曜日に小さな発表会がありました。保護者達が生のピアノ伴奏はとても良いと言ってくださるのが嬉しいと思います。バレエの先生も私が無声映画の語り手の伴奏のように伴奏をつけていくので、レッスンがしやすいと言ってくれます。これは、ヴァイオリンのクリスティーナと私で作り上げた効果的なレッスン方法のお陰だな、と影でにんまりと微笑みました。
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by obreykov | 2006-05-15 21:49

2006.05.07 春です、花粉症です。

パパは三週間ぶりに我家に戻ってきました。
市のスポーツマンを代表して金曜日からでフィンランドのオーランドという島に視察に行っていたフィギュアスケートクラブ代表のネディとテレースも昨日戻ってきました。これで家族全員そろったわけです。
春もたけなわ、色々な花が沢山咲き始め、芝も緑を増してきて、春爛漫ですが、そのお陰で木曜日から私を始めとする花粉症のものには地獄のような季節が始まりました。
木曜はニッキィも具合が悪くなり、トレーニングを休んで、私が仕事から戻ると熱さえ出ていました。私も頭は痛いわ、鼻はでるわで、風邪ひいたかなと思っていたのですが、どうやら花粉症だったようです。
金曜日はニッキィは熱が下がっていたけれど学校を休ませました。私も一緒にゆっくりしていたら、まあ、眠り姫になったかと思うほど、つらつらと寝てしまい、本当に身体の具合が悪いのかと思いました。
夜も早々、寝てしまい、自分でもびっくりしてしまいました。
昨日は、あまりに掃除も出来ていないので、子供を日本人学校に送ってすぐまたユーターンして掃除にかかりました。

迎えに行って、買い物などをしているとあっという間にニッキィのトレーニングの時間となりました。5月からはリートルプのスケート場しかあいていないので、アイスのトレーニングは週2回となり、あとはオフアイスとバレエです。
イヴは日本人学校の友達の誕生会に呼ばれ、帰りはどうなるかわからないので、洋二くんのところに帰るようにお願いしました。ところが皆で誕生日の子のお宅にいったようで、夜ご飯までご馳走になってきたようでした。

パパがブルガリアで二年ほど前だったか、買ってあげていたほとんど使っていない自転車をイヴのためにもってきました。
謙が乗っていたのですが、イヴも大きくなったのだなあと思いました。大喜びです。

花粉症で頭が良く回りません。文章も何を書いているかわからなくなるようです。。。
今日はミミの散歩をネディに頼みましたが、アレルギーのないネディでさえおかしくなったので、散歩を少し早く切り上げてきたといっています。今年はかなり、ひどいようです。
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by obreykov | 2006-05-07 18:53

2006.05.02 4月の終わりに焚くキャンプファイアー

スウェーデンでは4月30日の王様の誕生日の夜、あちらこちらで、春の掃除をして集めたゴミや庭木の落とした枝やらを広いところに集めて大きなキャンプファイアーをします。この日をヴァールボリィス メッソアフトンといいますがもともとは魔女よけのお祭りだったようです。
私たちはたいてい近所のスカウトが行なっているところに出向いていって、ロータリーやら、楽しんで、キャンプファイアーとスカウトたちの合唱を聴いて最後の打ち上げ花火を見るのを毎年の楽しみとしています。でも、考えてみるとこのときパパが在宅の年は数えるほどしかありません。
今年は土曜日から洋二くんと弟の勇樹くんが泊まっていたので、翌日お母さんも来て、一緒に夕食をしてから出かけました。ネディはもう、そんなところ生きたくないといって留守番をしていたし、謙は友達と出かけたので私たちは5人でした。謙たちも同じと頃に行っていたようでしたが、とうとう会いませんでした。
でも、たくさんの知っている人に合いました。
たいていこの日は雨が降ったりするのですが、ちょっと寒いくらいで、雨には降られずに済みました。
夜遅くに帰宅して、洋二たちのお父さんが迎えに来てさよならをしました。謙も私たちと同じ様な頃帰ったようで、いつものバンドの仲間とマルティンのおばあさんのガレージにマルティン、ピーターと三人で泊まってきました。

忙しい、忙しい毎日でした。5月1日はメーデーで休みだったので、気持を入れ替えて宿題を少しさせ、後はゆっくり過ごしました。私もソファでうたた寝をしました。これが最高!
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by obreykov | 2006-05-03 06:02

2006.05.02 日本から届いたアロマシューズキーパー

私がノルウェーから戻ってから、待っていたように日本から荷物が届きました。日本でスケート用品を販売しているスケートママの友人から送ってもらったアロマシューズキーパーです。もう、可愛いのなんのって!(アロマシューズキーパーという文字をクリックしてください。)
ニッキィの友達がスケート靴の匂いを取るボールのようなものをスケート靴に入れています。ニッキィも欲しいといっていたので、買ってあげようと思っている矢先、日本のスケートママがお店を開いたという知らせがあって、早速、インターネットで覗いてみるとこのアロマシューズキーパーがあったのでした。思わず、海外からでも良いかしら、と頼んでしまいました。
この兎は除湿アップバージョンだそうで、ネディとニッキィがおそろいで買いました。
その他にくまさんやネコを買いました。ネコは私が買い占めてしまったようなので、もうインターネットでは掲載されていませんが、とってもよい香りです。
ネコは謙と私が、くまはイヴがもらって、靴に使うのはもったいないので、ベッドの傍においています。

ネディがこれはクラブではやるぞ、でも誰も簡単には購入できないので、似たものを作り出すかも、と言っています。a0022183_5294745.jpg
ちなみにスウェーデンではスケートのエッジカバーで可愛い動物がついているのがはやっています。ネディとニッキィのクラブに日本人のお母さんで、衣装やらクラブのトレーナーやら注文であっという間に縫ってくれるバレエの先生がいらっしゃいます。その人が作っているエッジカバーは本当に可愛くて、出来合いのぬいぐるみの頭と手足をばらばらにしてエッジカバーに縫いつけたものです。
日本のスケートママがやっているお店でも出したらどうかな、とニッキィのぞうさんを写真にとって送ってあげました。そのときの写真はこれです。
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by obreykov | 2006-05-03 05:31

2006.05.02 日本人学校入学式

私がノルウェーに行っている間、4月22日に第二回目の日本人学校の授業があり、簡単な入学式と新入生歓迎会が行なわれました。
この日は、謙が二人のお弁当を作り、(といっても、私が炊いていったご飯をお弁当箱に詰めて、前に作っておいた牛そぼろの冷凍をチンして詰めたものでした。)二人の弟を電車で日本人学校のあるストックホルムの中心地まで連れて行きました。ネディはもっとはやくに出て、フィギュアスケートのトレーナーの講習に行っていたので、全て謙が世話をしていたようです。
朝、起きたか電話をするときちんと起きてお弁当も用意して、ちゃんとしているようでした。
途中で、カメラを忘れた、と携帯にメッセージが入りました。携帯カメラで写したようでした。
この日は本当はニッキィはスケートクラブの友達の誕生会に呼ばれていて、パパに送り迎えしてもらうはずだったのですが、日本人学校があるので、人にも頼めないし、仕方ないのでお断りしていたのでした。すると、前日、アンから連絡があり、わざわざ、日本人学校まで迎えに行ってニッキィを連れて行ってくれるということで、アンとニッキィは学校のところで待ち合わせることになっていました。
謙が時間を見て、ニッキィに下まで降りるようにいうことになっていたのですが、アンが5分ほど早く着いたので、学校の仲間では慰労としました。すると、防犯のための当番を保護者二人で行なっているので、アンのスコーネ訛りのスウェーデン語がなかなか通じなくて大変だったそうです。アンが、あの様子なら子供を誘拐など絶対できないわ、と話していました。

謙はこの日のために私からアルバイトをしたため、洋服を買ったようでした。
体操の靴が壊れているというので、買ってきなさいといっていたのですが、そのためのお金はもらっていないから、と別の日に運動靴の代金をまたまた私からもらって出かけました。運動靴は子供に必要なもので、親はそれを買ってあげる義務があるそうで、この日のためのアルバイト代ではそのような必要なものは買わないのだそうです。。。

とはいっても、翌日もネディは講習だったので、謙がバイクでニッキィをフィギュアスケートのトレーニングに連れて行ってくれました。
かなり助かったし、謙を始め、子供達にはとても良い経験になったようでした。
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by obreykov | 2006-05-03 05:11

2006.05.02 あっという間に5月です。まずはノルウェーへの出張のこと。

あっという間にもう5月になってしまいました。
パパもいないし、会議や、父母会や、パーティーやらで、なんだかやたらと忙しい毎日でした。

さーて、どこから書こうかな。
イースターも終わって、モーリッツが戻っていきました。アンたちが迎えに来たとき、大喜びはしていましたが、いざ車に乗るというときになって、足を踏ん張って、嫌がりました。ミミちゃんと離れるのがいやだったのかな。大変ではあったけれど、可愛い、いたずらなモーリッツとの生活はかなり楽しいものでした。

ノルウェーに私の仕事仲間が二日早く出かけたので、その週のヴァイオリンは私が一人でレッスンをしました。ピアノ伴奏なのに、結構ヴァイオリンにも詳しくなったぞ。

4月21日金曜日の朝早くに、私は出かけていきました。初めて空港傍の長期のパーキングというところに車をとめて、サービスのバスで空港まで向かいました。時間をたっぷりとっていったので、かなり早く着きました。
途中で、皆がおきたか、電話を入れると、ちゃんとそれぞれ起きて学校に向かっていたので、安心しました。なかなか起きない謙さえ、いつもより早く起きていたのにはびっくりしました。

早めにチェックインしてぶらぶらしていると、私の名を呼ぶ人がいました。誰かと思うと、日本人学校のイヴのクラスメートのお母さんでした。
彼女は日帰りでフランクフルトまで出張のはずが、フライトがキャンセルになって、次の便を待っているところでした。二人で思いがけず、お茶を飲みながら楽しいひと時を過ごしました。

飛行機はノルウェーのトロンドハイムというフィヨルドの町まで直行便ではあるのですが50人ほどしか乗れない、プロペラ機でした。
前日にすでにノルウェーにいっていたクリスティーナから電話で、飛行機がうるさいから耳栓を持ってきたほうが良いと教えられていたので、早速耳栓をして、寝ました。
この頃のヨーロッパ便は食事のサービスがなくなっていたのですが、なぜか、朝早かったためか、朝食のサービスがあり助かりました。
小さい空港で、すぐにバスが待っていて、30分ほどの中心街まで行きました。ホテルに付くとすでに会議は始まっていたのですが、ストックホルムからの便に何人も乗っていたようで、遅れたのは私だけではありませんでした。

すばらしい昼食の後も、会議は続き、いくら似ているといってもノルウェー語は難しくて、集中して聞いていてもなかなか理解できないことが多くてくたびれ果ててしまいました。
かえってアイスランドの人がスカンジナビア語を使ってくれたときの方がわかりやすい感じでした。
一番わかりやすいのはフィンランド人のスウェーデン語です。スウェーデン人よりも発音がはっきりして日本語的な感じなので、一番気楽に聞くことが出来ました。
そうそう、何の会議なのかというと、これはスカンジナヴィアの音楽教育者の会議です。
夕方に少しだけ、時間があったので、クリスティーナと散歩をしました。
物凄いカテドラルもあったのですが、残念なことに中を見ることはできませんでした。
同じスカンジナビアでもスウェーデンとは少し雰囲気が違っています。ノルウェーには山も多いので、日本アルプスを思い出す感じで、山のある風景はやっぱりいいなと思いました。

晩餐会があったので、ちょっとおしゃれをしていきました。皆何らかの形で音楽に携わっている人たちなので、和やかないい雰囲気の晩餐会でした。デンマーク語は全くわからなくてノルウェー人やスウェーデン人に通訳してもらわないとなりませんでした。
夜はくたびれ果てていたので、晩餐会の後それぞれ部屋に戻ってくつろぎました。
何の物音もなく、部屋もよけいなものがなく片付いているところに一人でゆっくりするのはなんともいえない贅沢でした。
ところが、11時ごろになって、レストランの生演奏がまるで私の部屋で演奏しているように聴こえてきたので、フロントに電話して何時終わるか訊いてみたら、2時に終わるというのでびっくりしてしまいました。
でも、明日は別の部屋に変えてくれるというので、MP3の自分の音楽を聴きながらいつのまにか眠ってしまいました。

翌朝は素敵な朝食の後、トロンドハイムの音楽学校の生徒の演奏から始まって、また会議、会議の連続でした。
昼食の時間だけゆっくりしただけで、夕方までびっしり会議でした。
夕方もゆっくりする暇なく、教会に音楽学校のフィルハーモニーの演奏に出かけました。
シューベルトの未完成とショスタコービッチを聴きましたが、上手な演奏にびっくりしてしまいました。

その後、クリスティーナの旦那様の同僚だった人がここにお嫁にきていたので、クリスティーナと一緒に呼ばれてノルウェー人のお宅に伺いました。
ご主人はノルウェーのセーターを作っている工場の持ち主で、趣味で家を作るのが好きで、ちょうど増築して、改装しているところでした。子供がやっと歩けるような吹き抜けの屋根裏部屋もとっても素敵で、地下は彼女のダンススタジオになっていました。

そのあとは、他の会議で一緒だった人たちで、もう1日泊まる人たちのところに合流して、イタリアレストランで陽気に過ごしました。

前の日の部屋が音楽がうるさかったので、ホテルが部屋を変えてくれたのですが、シングルがなかったのか、ダブルベットの広い部屋を頂きました。バスルームも2倍ほどあって、私はお湯を貯めて、ゆっくりと過ごしました。極楽極楽!

翌日はお昼の便だったので、ゆっくり皆と朝食をとって出かけました。

空港からパーキングまでの10分ほどのバスの中で、名前を呼ばれたので、誰かと思うとなんと近所のイヴの友達、ロベルトのご両親でした。あちらも初めて子供達を叔父さんに預けて夫婦でロンドン旅行に行ってきたということでした。
私はクリスティーナを送っていき、その足で、スケート場に向かいました。

謙が土曜日、日曜日の弟達の面倒をしっかり見ていてくれました。
ネディも土曜、日曜はスケートのトレーナーの講習があって、朝早くから夜遅くまで留守だったのです。

謙の活躍ぶりはまた後ほど。。。
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by obreykov | 2006-05-02 23:35