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2006.09.27 父と母も無事に到着、やっと安心

昨日昼過ぎ我家を出て行った父と母は今回はフィンエアを利用したので、ドアからドアまで24時間と言う例年の旅とは違って、数時間早い到着でした。
日本時間で3時過ぎに家に着くのは夜中に着くよりはずっと楽なはずです。

こちらの朝8時過ぎにはついているはずということだったので、実家に電話してみると誰も出ません。
急に心配になってきました。ヘルシンキが1時間早いのを忘れて、飛行機に乗り遅れたのではないか、などなど、いろいろなことが頭をかすめます。
こちらの9時になって、また電話してみるとたった今、家に入ったばかりという母が息を切らせて出てきました。これで、ひとまず安心。またあとでゆっくりした頃電話すると電話を切って、私もやっと落ち着いて仕事ができるようになりました。

実家ではブレーカーが下りており、その拍子で、冷凍庫のドアが開いたのか、全ての冷凍食品が腐って虫がたかって、物凄い匂いで、帰宅そうそう、冷凍庫の中身を捨てる作業から、冷蔵庫も捨てて新しいものを購入することにしたようです。
呆然としている母を思うと手伝いにもいけずに本当に可哀想に思いました。

一緒に居ると喧嘩をしたりもしますが、こうして別れるとすっかりいやなことも忘れて、寂しさだけがつのるのは血のつながった家族だからでしょう。
別れたとたんに今度会う日を楽しみにしてしまいます。
兎に角無事に帰国した父と母、神様、仏様に感謝します。

今日はピアノの仕事がないかわり、昨日の日本人補習学校の授業料値上げに伴う、資料作りが私の役目だったので、朝からエクセルとにらめっこでした。
ピアノを弾いている方がどんなに楽しく楽なことか、と実感。。。
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by obreykov | 2006-09-28 00:52

2006.09.26 淋しくなった我家

今日は仕事か吹っ飛んでもどり、パパと二人で、父と母を空港まで送りました。今ごろ二人は空の上の旅人。。。いつも思うことですが、快適な空の旅を楽しめて疲れも少なく元気に無事に着きますように。。。
朝はそれぞれの子供達がじっちゃとばっちゃにさよならをして、ちょっぴり淋しそうに学校に行きました。
私もパパが空港から帰って仕事にいってしまってからはかなり淋しいムードでした。ニッキィがついさっき学校からもどり、「じっちゃとばっちゃはまだいるの?」ときいて、もうたった今空の上の旅人になったことを知ると淋しそうにしていました。
二人がいるときに必ず見ていた日本のニュースをつけるとなんだか、二人がまだうちに居る様。。。
今日は、母が手伝ってくれて、子供達の好きなカレーライスを食べる予定です。私も今夜は日本人学校の運営委員会で、家を留守するので、子供達には一寸かわいそう。。。

何年も前のことですが、父と母が帰宅していった日、父の作っていったカレーライスを夕食にするため、「じっちゃのカレーをたべるわよ。」と言って用意したら、急に謙がいなくなってしまいました。ネディと二人で探し回ると父と母の部屋のベッドの横に座りこんで、しくしく泣いていました。
その姿を見たら、私も急に淋しくなって涙がぽろぽろ流れてきたことがありました。
あれから何回、このような淋しい思いを繰り返したことでしょう。
お互いに会うのは楽しいのですが、必ず別れがあり、そのたびに淋しい思いをして、だんだん慣れていって忙しい日常生活が始まるのです。

そんな感受性の強い小さな謙ももう高校生になって、すっかりとたくましくなりました。
月日がどんどんすぎていって、私たちは年取るばかり。。。
何時までも父と母が元気にまたやってきますように。

今回はフィンエアでの帰国なので、いつもとは数時間もはやく付くようです。ヘルシンキも関空も連絡がよいので、こちらの明日朝8時頃には家に着くはずです。
快適な空のたびが出来ますように。
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by obreykov | 2006-09-26 21:47

2006.09.24 美味しい中華まん

日本人学校に子供が行っている間、仲のよい友人とイタリアレストランなるところで、二人の言うところの素敵なイタリア人オーナーを時折観察しつつ美味しいパスタとサラダを頂きました。
そのあと、中華店に行って、春巻きの皮やら買いましたが、友人達がここのブタまんは物凄く美味しい、と言って先週も今週も購入しているので、私も一寸高いかなと思いましたが、10個入りの袋を買いました。
友人達に日本人の口に合うブタまんかどうか、何度も確認して買ってきたのですが、喜んだのはネディ、謙、イヴのみ、母と私は中村屋のブタまんやごまあんのあんまんを食べたくなったわね、と勝手なことを話しました。
ニッキィはママの肉まんが食べたいというので、今日は昼ごはんに私の優れものの蒸し器機能を持った電子レンジで、作りました。
かなり、私風にアレンジした中身ですが、やっぱり手作りにかなうものはありません。
みんな、旦那様でさえ、美味しいと食べてくれました。
今夜は真竹さえ入れた、私風にアレンジしたミニ春巻きを作る予定です。
昨日はパパのブルガリア料理、パパ風にアレンジした物ですが、たくさんの野菜たっぷりのオーブンで煮込んだギュベッチという料理でした。美味!

昨日はストックホルムから一寸北へ向かったシゴテューナという可愛い中世のままの町に父母を連れて、ネディを抜かした皆でいきました。
父と母もここには何度も来ていますが、何時いってもなんとも素敵な街です。
天気もよく、気持ちよい散歩が出来ました。
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by obreykov | 2006-09-24 23:43

2006.09.22 すばらしいお葬式

今日は92歳で9月6日に亡くなった私の同僚のお母さまのお葬式でした。すばらしい秋晴れで、ストックホルムから南に80キロくらいのグネースタという海辺の小さな町の素敵な教会で11時から式が始まりました。
教会の礼拝堂の中に真っ白な棺が花で飾られており、それを見ただけで、涙が出てきそうになりました。鐘の音とともに、私の友人と御主人と娘さんが神父様に連れられて入場しました。
パイプオルガンの演奏で始まり、神父様のお話、ヴァイオリンの演奏、讃美歌、歌、と式は厳かに進められました。
そのあと、皆で教会の敷地内のお墓まで棺とともに行進していき、ヴァイオリンの演奏の中を、一人一人深く地下に下ろされた棺に別れを告げ、花を投げました。

お母さまは音楽をこよなく愛していらし、私の同僚クリスティーナの生徒たちのクラスロー フィオールというヴァイオリンのアンサンブルを優しく見守っていてくださり、高齢にもかかわらず、コンサートなどがあると聴きにきてくださっておりました。
ついこの夏もアンサンブルのほとんどのメンバーが夏の音楽合宿に行き、最終日にコンサートをしたのですが、そのときも駆けつけてくださいました。
うちの子供達もクリスティーナには全員がお世話になりました。謙とニッキィはチェロですが、小さいころのプリマ ヴォルタという弦楽器のオーケストラではクリスティーナ先生についておりました。ネディは小さいころからヴァイオリンを習っており、ネディたちのオーケストラが親兄弟を招待して小さなコンサートをしたときに、親兄弟もヴァイオリンを弾く機会を与えていただき、3歳まで何もしゃべれなかったイヴは、8分の1のヴァイオリンを借りてクリスティーナ先生の膝の間でヴァイオリンを弾かせてもらって以来、“ぼくの先生”といって、慕ってきました。
私も、クリスティーナと一緒に仕事をするのは楽しくて、二人で本当に息の合った仕事をすることが出来ます。
お母さまもとてもお話がお上手で、楽しい方でした。92歳でも、しっかりしていらして、冗談などもおっしゃり、今はもういないなんて、信じられない感じです。

素敵なお葬式でした。
でも、私が死んだら、どうなるのかな、と思いました。こんな素敵な教会で、素敵な音楽に包まれたお葬式も素敵ではあるけれど、神父さまのお話や、賛美歌をスウェーデン語でしてもらっても果たしてピンと来るのかなと考えてしまいました。
あるいはブルガリアかロシアの教会で、古代ブルガリア語で、お祈りして頂いても意味がよくわからないのに。。。ちゃんと成仏できるのかな、と考えてしまいました。
かといって、浄土宗のお経をきいてもそれもまた、全て意味がわかるわけではないし、スウェーデンにはお寺はないし。。。
まあ、死んでしまったらそれまでですが。。。
人間は産まれた以上、いつかは死ぬのですが、それまで、元気で一生懸命生きていかなくては、と思いました。

アン‐グレータさんの御冥福を心からお祈りします。
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by obreykov | 2006-09-23 00:48

2006.09.18 再び家族8人なり

土曜日にブルガリアに三週間行っていたパパが戻ってきて、やっと元通りの家族8人になりました。ブルガリアの姪っ子の娘、ミミちゃんの結婚式はとても素敵だったようで、私たちは写真を見て楽しみました。
でも、ブルガリアの改装工事中のビルはなかなか仕事の進み具合が悪いようで、かなりイライラしたようです。
やっぱり、なんやかんや言っても家族全員がそろうというのはよいものです。

だんだん増え続けるグッピーを入れるためのプラスチックの水槽をもう一つ買おうと思ったら、ちょうどうちにある水槽のサイズが売り切れていて、それより、ちょっぴり大きいサイズがありました。それを買おうか、と思っていると、店で使っていたという中古品ではありますが、本当の水槽が同じくらいの値段で売っているではありませんか!
イヴと二人で、ついに買ってしまいました。そしてパパがブルガリアからポンプも買ってきました。
メダカの学校のようなプラスチックの水槽がキッチンの窓際に5つも並んでいたのですが、これで、本当の熱帯魚っぽい感じになりました。今はキッチンに赤ちゃん用のプラスチックの水槽だけを残して後は全員本当のガラスの水槽に引越しました。
こんな水槽に入れるとメダカのようなグッピーもなんだか素敵なグッピーに見えてきました。
でも!1匹はニーモの映画のように自分で飛び出して、逃げようとしたのか、床に落ちていたのを父が発見!ミミちゃんが先に発見しなくてよかった。。。
発見が早くて、無事に水槽にもどすことが出来ました。

日本は物凄い台風が九州地方を襲っているようですが、大丈夫でしょうか。。。
今日も物凄い忙しい1日でした。先週の木曜日にガソリンを入れたのに、もう300kmも走っています。遠出はしていないのですが。。。

Mapleさんのクックパッドにコメントを書く為に登録してはじめた私のクックパッドのページは淋しくもたった三つのレシピしか乗っていませんでしたが、ここでも何度か紹介したピヨさん経由で、知ったMocaちゃんのお母さんのオリジナル品、雪花団子をお二人の協力で、晴れて載せることが出来ました。
うちでは大人気の雪花団子です。
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by obreykov | 2006-09-19 06:38

2006.09.13 ブルガリア旅行篇 その8

a0022183_1918275.jpg今回はブルガリア滞在中に父と母が使っていた我家の紹介です。
ネディと父母がくつろいでいるのはキッチンです。共産圏の頃の共産党員用のマンションだったので、かなり作りが良く、壁が厚いため、中の気温が一定しています。外気温がいろいろでもだいたい26度だったようです。

a0022183_19191291.jpg日本の様に湿気がないので、26度あっても結構過ごしやすい気温です。
ここは、キッチンです。私たちが普段住んでいるところと違って、物が豊富になった頃に改装したので、システムキッチンなどもかなり素敵なものがありました。でも、日本人のサイズではないのです。私や母など戸棚に届かない部分があって、もし、ここに長く住むのであれば、一寸大変かな、という感じです。もう一つの我家はその点、使いやすいかも。。。
a0022183_19194495.jpg母にモデルになってもらっていますが、ここは玄関のすぐそばにあるバストイレです。この中にトイレあり、シャワーあり、洗面台あり、大きなボイラーあり、そして洗濯機も置いているので一寸狭いのです。
スウェーデンの家とは違って、たいていの家やマンションでは大きなボイラーでお湯を出すようになっています。このマンションは使っていないので、はじめの数日ボイラーの調子がよくなくて、父と母、そしてここに住んだ謙はもうひとつのうちにシャワーを浴びにきていました。
a0022183_1920425.jpg父と母の寝室です。ベッドの寝心地はなかなかのものだったようです。私たちもここに住めば快適なのでしょうけれど、寝室が一つしかないのと、やっぱり住み慣れていないせいか、昔からのところに住んでしまいます。
この家はお客様をお呼びするときにここにお通しするという感じでしか使用していなかったので、ここで生活をしたのは父と母と謙が始めての人たちでした。父と母が快適に生活できて、とても楽しかったといってくれたのは何よりでした。
a0022183_19203265.jpgこの写真ではよく見えませんが、床の組木がとてもこっているのです。こんな床の家はブルガリアでは結構見かけるのですが、私は大好きです。この床をいかすようにここを購入したときは床を磨いてワックスをかける作業をしてもらいました。裸足で歩くと気持良いのです。


a0022183_19205871.jpg掃除魔の母ですから、どこを見てもピカピカです。床も毎朝晩雑巾がけをするので、本当に素足で歩くとよい気持でした。
私たちの住んでいるところは大通りに面している上、毎朝晩雑巾がけなんてする私ではないため、足が真っ黒けになってしまいます。本当に交通の激しいところでは埃もひどいようで、掃除の回数は同じでもスウェーデンとプロヴディフとでは汚れ方が全く違います。そんな空気を吸っているのかと思うと恐ろしくなります。
a0022183_19212056.jpgリビングでくつろぐ父と母。このリビングの前には大きなベランダがあります。ここから外を覗いているといろんな人が行き交い楽しいです。
斜向かいにはパパの叔母の家があります。叔母が亡くなってしまい、子供がいなかったので、上の階は義姉が相続しましたが、下の階は共産圏の頃、共産党に取られてしまい、国が人に貸していました。共産党が崩壊してから、下の階に住んでいる人にパパがマンションを2つ買って移ってもらい、下の階は我家のものとなりました。この改装工事もまだ途中ですが、パパは人に貸したいのです。義姉は誰にも貸さずに私たちが使って欲しいようで。。。でも、子供達はだーれもこの家を使いたくないようです。まわりに木が多く涼しいのですが、古い立派な家なので、天井が高く、冬などは暖房費がかなり必要だそうです。
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by obreykov | 2006-09-13 20:09

2006.09.13 ブルガリア旅行篇 その7

a0022183_17582466.jpg子供達の従姉妹の娘ミミちゃんとそのフィアンセに我家の裏手にある旧市街を案内してもらいました。
旧市街のレストランに飼われていた子豚。ピンクでとっても可愛い子豚でした。そういえば、何年か前、ヒサーラの街の朝市で、子豚を売っており、子供達がとても欲しがったことがありました。

a0022183_17585154.jpgブルガリアの市場では子豚やひよこより一寸大きくなった鶏、ハムスター、アヒルの子などが売られているときがあります。
このレストランの子豚は子供には言わなかったけれど、多分レストランで丸焼きにするときに使うのだろうな、と思うと一寸かわいそうになりました。
まるで絵描きさんが絵を描いているような像。

a0022183_17591399.jpgちょうどキャンバスを握って描いているように出来ているので、その下の写真のように、像の後ろから写すとまるで、向こうにいる人の肖像画を描いているところのように見えます。
母にも肖像画のモデルになってもらいました。本当はもっとポーズをつけてもらいたかったのですが、この程度で終わってしまいました。
ミミちゃんたち若者は色々なポーズをつけて写真にとっているそうです。私も色々なポーズをとろうとしたのですが、子供達にあきれられて写真にはとってもらえませんでした。残念!




a0022183_17593864.jpg旧市街はこのような石畳と素敵な古い家に囲まれています。
ブルガリアの古い家は2階が出窓のように出ているのが特徴です。隣の家との間がほんのわずかなところもあり、昔はこの窓から隣の家の人に、「一寸お砂糖が足りないから貸して頂戴」、などと頼んでいたそうです。
このような石畳のため、先のとがったハイヒールではとても歩けません。この石畳の間に落ちた松葉牡丹の種が花を咲かせたりしたことから、ブルガリアでは松葉牡丹を石畳の小さな花という意味でカダルランチェタと呼んでいます。


a0022183_1801588.jpgここは17年前に訪問したとき父が油絵の画材にした場所です。自分が描いた所をもう一度訪れてみたかったといって、父は大満足だったようです。
但し、天気がいま一つさえなかったので、空の色がきれいに出なかったのが残念でした。結構観光客もいるので、誰もいない隙を狙って写すのは大変でした。
私もここがこの旧市街の中で一番好きなところといえます。
旧市街だけでなく、プロヴディフの街の地下のあらゆるところを掘ると古代遺跡で一杯です。





a0022183_181377.jpgここは一寸朽ち果てた壁がありますが、随分風情のあるところの一つだと思います。昔の人たちが二階の窓から隣の人を呼んでいる様子が目に浮かぶようです。
旧市街には観光客のために民芸品を置いてある店もあります。写真にはありませんが、ブルガリアの特徴のあるトロヤン陶器の作り方を公開している店もあります。店の御主人が私たちが日本人だったので、日本の旅行のガイドブックに出ている御自分の記事を見せてくださりながらトロヤン陶器を作ってくれました。日本の陶器の作り方とほとんど同じですが、粘土が違うのでしょう。。。



a0022183_1813399.jpg母は可愛いふたつきの蜂蜜入れを買いました。蜂蜜を採るための木のスプーンは手作りで奥様が模様を焼きいれています。
その奥様の作品で、木のサラダをとるためのスプーンとフォークを特別に父と母の名前をブルガリアのキリル文字で入れてもらいました。
ニッキィは可愛い水笛の陶器を買いました。
その買ったものの写真は残念なことに手元にありませんが、近いうち、撮影してこの日記にも載せましょう。ブルガリアの民芸品はとても可愛いものが多いのです。トロヤン陶器で、ふたつきのギュベッチという一人分のオーブンに入れられる食器を持っていますが、シチューのような料理をこの中に入れてオーブン焼きすると美味しさは格別です。
a0022183_1823116.jpg旧市街の高台に上ったところで父と母の記念撮影。向こうの丘の上に小さく見えているのはアリョーシャというロシアの兵隊さんの大きな像。この写真ではよく見えませんが、初めてプロヴディフに来たとき亡くなった義兄がまだ小さかったミミちゃんも一緒にあちこちドライブに連れて行ってくれて、アリョーシャのところで、小さな記念のバッチをたくさん買ってくれたことをつい昨日のように思い出します。
a0022183_1831330.jpg旧市街に出店を出している人が日本語で話し掛けてきました。おみやげの品の値段を全て日本語で教えてくれるのです。どこで日本語を覚えたのかと尋ねると、近くの民族博物館に日本女性が働いていて、その人に習ったということ。。。日本人の観光客も多いようです。私たちがいる間も日本の若い女性達とおしゃべりすることもありました。
たいていの人は日帰りだったり、ギリシャや黒海からのトランジットだったり、長く滞在する人は少ないようでしたが。。。
a0022183_1835880.jpg旧市街の丘から降りてくると突然、いつも行きつけの中華レストランにたどり着きます。
いつも通る道とは別の道からここに突然出てきたので、子供達も父母もびっくりしていました。
パパとレストランで待ち合わせて、ミミちゃんとそのフィアンセも誘って中華料理を堪能しました。

a0022183_1841929.jpg兎に角、美味しくてしかもばか安のレストランです。結構油っぽいのに、なぜかあとで胃にもたれることもなくあっさりとしているのが不思議でたまりません。必ず、注文するものは、野菜のチャーハン、鶏のチャーハン、鶏の焼きそば、あんかけの筍と野菜の炒め物、鶏の天ぷらのようなもの、そして、その他に八宝菜やら春巻きやら、色々とバリエーションを加えるのですが、何しろ量が多いので、大人数で行かないとたくさんの種類を頼むことが出来ません。
a0022183_1844059.jpg円卓のテーブルもあります。この写真は別の日にパパの友達達もお呼びして大人数で楽しみました。でもこの日はほとんど皆がタバコを吸うので、生きた心地がしませんでした。
本当にブルガリア人はタバコを吸う人が多いのです。
でも、皆良い友人で、アメリカやフランスに住んでいる友人達も夏はブルガリアに来るので、皆出会うのがパパの楽しみの一つのようです。
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by obreykov | 2006-09-13 19:11

2006.09.13 ブルガリア旅行篇 その6

a0022183_16285147.jpg新学期や仕事が再開されなんだか忙しくて落ち着かない毎日でした。さて、途中になっていたブルガリア旅行の続きを。。。
2週間後に謙が一人でスウェーデンに帰りました。父と母も連れて首都ソフィアまで謙を送っていった時。。。ソフィアの従兄弟とほぼ同じくらいの大きさになってきた謙。

a0022183_16291872.jpg謙を送った後はソフィアの街をドライブ。私が好きだった中心地にあるアレクサンダー寺院の前で記念撮影の父と母。東京の神田水道橋のニコライ堂に似ていますが、もっと大規模です。たくさんの窓のステンドグラスから入ってくる光が教会の中で本当にきれいです。また、鐘の音を父と母に聞かせることは出来ませんでしたが、この鐘の音もなんともいえません。
ソフィアは大都会ですが、父とは母プロヴディフの方が気に入ったようでした。プロヴディフ出身以外の人も結構、こじんまりした古都のプロヴディフが好きだという人が多いようです。


a0022183_16294199.jpgこれは子供達の従姉妹の誕生祝をレストランでしたとき。ネディの叔母に、従姉妹、その娘と一緒に写しました。この娘のミミちゃんには子供達はよく遊んでもらいました。従姉妹が私と同年代なので、その娘はちょうどよい子供達のお姉さんです。今はよい話し相手になっているようで一緒にいるだけでブルガリア語の語彙も増えます。
a0022183_1630797.jpgここはパパが改装しているプロヴディフ駅前のビル。相手がブルガリアなので、工事はいま一つ思うように進みません。現場に付ききりではっぱをかけないと動かないという感じです。ブルガリア人はよくしゃべるし、愛想もよく、とても良い人たちが多いのですが、仕事となるといいかげんなところが多いのは南ヨーロッパの特徴でしょうか。。。
a0022183_16303086.jpg上の写真は入り口のところ。1階と2階は店舗を入れる予定で、上の階は色々な会社に貸す予定。それにしても気の遠くなるような工事です。
左の写真は屋根裏の階です。ここも、パパが注文した様に出来なくて、随分イライラしたところです。こんな鉄パイプの柱は作らない予定だったのに、ブルガリア人は人から言われたことも10パーセントくらいしかきかず、後は自分流にやってしまうことが多いのです。。。
ここにツバメが迷い込んでいて、やっとの思いで窓から出してあげました。
a0022183_16354553.jpgまだまだ工事は続きます。私たちが行った時はやっと窓が届いて、あちらこちらに取り付けられ始めていました。ドアも届いて、少しずつではありますが、形になってきてはいるようです。。。
今もパパはブルガリアに行っています。精神的にも肉体的にもかなりまいっているようで、一寸心配です。

a0022183_16394552.jpgこれがビルを外から見た様子。2年程前にこの朽ち果てたビルを買ったと聞いたときは私も子供達もまた、義姉もびっくり仰天しました。四人もいる子供達に何かを残したいというところなのですが、そのために費やす時間と労力を考えると果たして本当に後に役に立つのかしら、と不安になります。でもブルガリアもEUの仲間入りをすることになるでしょうから、きっと将来はよくなることを期待しつつ。。。
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by obreykov | 2006-09-13 17:46

2006.09.11 久しぶりの秋晴れ

あっという間にすっかり秋になったスウェーデンでは、とうとう私もセントラルヒーティングの暖房のスイッチを入れました。特に半地下の部屋などはかなり涼しくて。。。
毎日、秋雨前線がぴったりくっついているがごとく、雨が降っており、プールをしまおうと思っているのですが、そんなことできるはずなく、プールの水はあふれんばかりに増え続け、ポンプから排水していたら、他の湖としているまに水準より少なくしてしまい、今度は掃除機のようなもので、最後の掃除が出来ない状態になってしまいました。
昨日は久しぶりすばらしい秋晴れで、何時までも寝ている謙に芝刈りを頼んで、イヴの室内用運動靴などを買いに行きました。忙しさのあまり、イライラしており、車の中で、母に愚痴っていたら、スケートの終わったニッキィを迎えに行ってからイヴの運動靴を売っているショッピングセンターに行くはずがニッキィをすっかり忘れて、後戻り。。。20分くらい損してしまいました。
あまりの忙しさに、考えていることと行動が伴わないことがしばしばあります。

さて、この1週間も忙しくて、あっという間にすぎていってしまいました。
水曜日には私の同僚であり、イヴやネディのヴァイオリンの先生のお母さまが心臓麻痺でなくなってしまいました。
90歳を超える元気のよいお母さまで、イヴの夏の音楽合宿の最後の日のコンサートにもきてくださり、音楽もこよなく愛されているおしゃべりの楽しいお母さまでした。
この日はイヴのアンサンブルの練習日でしたが、学校からこの悲しい知らせと、レッスンを変わりにできるかという連絡があり、自分の子供がいるグループのレッスンは一寸、いやなのですが、今回は引き受けました。
翌日は、音楽学校の新しい校舎が出来て、市の政治家達も来て、市長さんがテープカットをすることになっておりました。ニッキィもイヴもフィルハーモニーオーケストラでこのテープカットの後に演奏しました。その前にはあちらこちらの部屋で公開レッスンをしました。
謙もギターで公開レッスンがあったので、謙にイヴ、ニッキィを連れてバスできてもらうことにしました。
なぜなら、私はバレエの伴奏の仕事があるからです。
謙達の公開レッスンには間に合いませんでしたが、オーケストラの演奏には間に合いました。市長さんもクラリネットを子供達と一緒に弾いて、とても良い催し物が出来ました。

仕事に行かねばなりません。続きは後で。。。
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by obreykov | 2006-09-11 16:15

2006.09.03 美味しいもの

a0022183_22114746.jpgいつも八丈島のピヨさんが紹介してくれた(ピヨさんは Mocaさん からの伝承)の 雪花団子 を作るとそのそばから消えていってしまうので、写真にとることができませんでした。
今回はやっとこさっとこ写真撮影に成功!
オリジナルのMocaさんのとは随分違ったものに変化してしまった私風の雪花団子です。この日は人参のみじんと椎茸のみじんも入れました。基本はひき肉と生姜のすりおろしと甘い醤油味です。もち米をつけて蒸かしました。私の場合、優れものの蒸かし器機能のついた電子レンジです。
a0022183_2212209.jpgこれはネディの好きな鮭のパイ包み。鮭を三枚に下ろしたものの切り身をパイシートに並べて、その上に長ネギを細かく切ってのせ、その上にキャビアを一瓶(バイカル湖の本物のキャビアではありません。ここでは黒を使いましたが、赤でも白でもOK)そしてつなぎに溶き卵をかけて、パイシートでフタをして溶き卵の残りを上に刷毛で塗ってオーブンで1時間くらい焼きました。
a0022183_22124040.jpgこれがその中身です。
味付けはキャビアが十分塩気があるので、他には何も使っていませんが、ここ、スウェーデンでは生クリームくらいの小さいパックに色々なソースを売っており、この料理のときはシトロンソースという生クリームにレモンの味を加えたものをソースとして使いました。
パイなので、一寸工夫したソースが欲しい感じです。
a0022183_22133085.jpgネディの好きなケーキはウィーンのホテルザッハのザッハトルテ。でも、ウィーンまで買いにいけないので、私風のアレンジで、作りました。そのときで、一寸づつ違うのですが、今回はいろいろなものを入れない、チョコレートをバターで溶かしたものに、卵と砂糖を泡立てたものを焼きました。さめてから、生クリームを暖めてチョコレートを入れて溶かしたものを上からかけました。
a0022183_2214382.jpgそのときによっては胡桃を細かく砕いたものを入れたり、チョコレートをかける前にアプリコットジャムを塗ったりもします。
ロウソクは細いのが18本、そして中央には1本シャンペン型のロウソクを立てました。9月17日はスウェーデンでは選挙です。19歳になったネディは選挙権があります。

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by obreykov | 2006-09-03 22:34