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2006.10.29 秋休み ニッキィは合宿へ

来週は1週間の秋休みです。といっても私の仕事は職員会議やらいろいろあります。子供達は1週間の休み。新学期からの疲れがちょうど出るころなので、うまく出来ているなと思います。

ニッキィは明日からリンショーピングという南に200キロくらいのところで、フィギュアスケートの集中練習があります。ニッキィのクラブからはターニャの選手達のほとんどが参加することになり、大きなお姉さんたち5人と一緒にストックホルム中央駅から出発していきました。
そろそろリンショーピングに到着する時間です。
10歳の女の子と15歳のお兄さんのいる家庭にホームステイをすることになっています。二人ともフィギュアスケートをしていて、女の子は前シーズンにニッキィ達がリンショーピングで試合をしたときは男女混合のクラスで、そのお嬢さんとも戦ったのでした。

駅で送った後はなんだかぽっかりと穴があいてしまったかのよう。。。
パパはブルガリアの選挙が先週にひき続いて、手伝いに大使館に行って留守。謙はガレージに行ってバンド。
イヴとネディはそれぞれの部屋でパソコン。なんだかすっかり静かな我家です。

今朝はマイナス2度でした。車のガラスが凍っていて、氷かきから始まりました。とうとう冬の到来です。それに、今日から冬時間になり、なんとなく1時間得した感じです。昨日までならもうすぐ19時になるはずがまだやっと18時になろうとしています。
イヴのヤッケがいよいよサイズが小さくなってしまったので、今日はどうにもこうにも買わなくては、と思い、ニッキィを送る前にヤッケ探しに出かけました。
とても暖かそうな、本人も気に入ったヤッケがあったので、一寸高価でしたが、無理して買ってあげました。
考えてみるとイヴはホッケーチームで作ったヤッケや、謙のお古やらで、イヴのために特別に買ってあげたヤッケというのがあまりありませんでした。
謙のお古はニッキィまでは回らないことが多くて、ニッキィは結構新品を買ってもらっていたのですが。。。
イヴはあまり物を欲しい欲しいといわない子なので、どうしてもこんなに兄弟が多いとほったらかしになってしまうことがあるので、気をつけてあげなくては、と思うのです。

おしゃれな謙が今日はパパがこの頃はいていないでほったらかしになっていたバリーの靴を磨いて、「パパ使ってないし、サイズもぴったりだからもらっとくわ」、と言って持っていってしまいました。先日もなんだかしゃれ込んだ半コートを買ってきておりました。こんなに寒い国なのだから、ダウンヤッケのような暖かいのを買えばよいのに、と思うのですが。。。謙のダウンヤッケはおしゃれすぎて、最近の丈の短いタイプで、それもまた寒そう。。。と思うのはおばさんだからでしょうか。
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by obreykov | 2006-10-30 01:51

2006.10.28 日本人補習学校の学習発表会

今日は日本人補習学校の学習発表会でしたが、先日ビデオカメラが壊れてしまい、今回はビデオなしでした。その上、ネディのデジカメを借りていったのでしたが、私が不注意でポロッと落としたのが原因でか、だんだんフラッシュがつかえなくなってしまいした。今はネディはスケートの練習で留守ですが、帰ってきたら怒るかな。。。
ネディの欲しがっているシステムカメラというものをいよいよ買ってあげないとならなくなってしまいました。
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a0022183_043192.jpgこれを見てください。学習発表会が終わると午後にはANAからパイロットとキャビンアテンダントがいらして航空教室を開いてくださいました。
そしてはじまる前にニッキィ達一寸来て、と呼ばれたかと思うとご覧の通りの可愛い機長とステュワーデスの出来上がりです。ニッキィは恥ずかしがるのかと思っていたら、なんと結構嬉しそうでした。私たち親も親ばか振りを発揮して写真を取りまくりました。






a0022183_043314.jpg眼鏡をかけたパイロットはいるかな、と校長先生がおっしゃっていましたが、実は最近は眼鏡をかけて1.0まで見えるのなら問題なくパイロットになれるということでした。
また、身長や体重制限があるわけではないが、コックピットで十分ボタン等に届くだけの大きさだったり、太りすぎて座れないなどの問題がない限り、OKだそうです。
その上パイロットは男の仕事と思っていましたが女性も問題なくパイロットになることが出来るそうです。
謙が文集に将来の自分として、キャビンアテンダントになりたいというようなことを書いていたので、もう日本人学校は卒業してしまいましたが、保護者の参加も可能だったので、参加するように言うと、全てドラマでよーく知っているから必要ない、と学習発表会の後は友達と帰ってしまいました。
a0022183_044192.jpg家に帰ってから、眼鏡で1.0見えるならパイロットにもなれるそうよ、と言うと、「パイロットなんて、小さいコックピットで、副操縦士と(例え、例としても自分は機長という設定!)二人で、10時間もつまらない。キャビンアテンダントなら、いろいろな人と一緒に仕事でき、お客さんと接するからもっとおもしろい。」なんて言っていました。
まあ、謙の場合はドラマの見すぎでしょうけれど。
やっぱり日本人は制服に弱いのか、私は自分の子供ながら、惚れ惚れしてしまいました。
ニッキィも嬉しかったらしく、家に戻ると今日撮った写真を見せて、と開口一番いっておりました。
小さいころはほとんど誰もが憧れるパイロットとステュワーデス。でも、その仕事は、特に海外便に当たる人たちは大変なことだと思います。私たちは日本などに行くとき時差で調子が狂い、1週間くらいしてやっとなれるかな、という感じなのに、今日のパイロットのスケジュールを聞いただけで、私のほうが疲れてしまいました。
また、ドラマを見ていても、大変な仕事だということはよーくわかります。
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by obreykov | 2006-10-29 01:15

2006.10.26 FNdagen、国際連合の日

10月24日はFNdagenといって、日本語でいうと国際連合の日として、世界中の人々のことを考えながら特に移民を受け入れる国スウェーデンではいろいろなところで、色々な催し物があります。
私が伴奏をしているヴァイオリンのクリスティーナ先生はネディとイヴの先生でもあり、私も彼女との仕事が楽しくてなりません。
私たちは公立の普通の学校のクラス全員がヴァイオリンを週に1度弾くと言う授業を持っているわけで、私たちの勤めている音楽学校の仕事を普通の学校が購入している形をとっています。
私たちは音楽学校から出張するわけで、このヴァイオリン教育の面白い点は、音楽学校の生徒たちのように自分が選んで、ヴァイオリンを習うのではなく、日本の学校の音楽の授業にリコーダーがあるのと全く同じ様にヴァイオリンを弾くのです。
こんな学校がいくつかあり、私は主にその伴奏をしています。
もともとはこの方法をイギリスやアメリカのスラム街で楽器を購入できない家庭の子供達を集めて、その子供達に楽器を貸してあげて教育していき、音楽面以外で大きな成果をもたらしたのを、スウェーデンのエーヴァ ブリットというヴァイオリン教育者が取り入れたのが始まりでした。
私たちも試行錯誤しつつ、形を作っていきました。
そして、何年もすぎてからだんだんとその効果、また嬉しい結果がでてきています。

市から色々な催しに招待を受けたりしました。そして、10月24日のFNdagenには、毎年市のセンターで演奏をしています。今年も小学1年生のクラスを連れて、また、イヴ達のクラスロー フィオールという8人からなるアンサンブルも連れて、演奏しました。
1年生たちはとてもか愛らしく、上手に演奏しました。
クリスティーナは、子供達が使っている、大きな模造紙大の五線紙に書いた楽譜も聴衆に披露しました。
私たちは、学校の校歌にもなっているスウェーデンの樫の木の歌を歌って演奏し、ガテマラの曲をスウェーデン語とスペイン語で歌い、また、ロシアのバラライカの曲、FN(Unaited Union)の曲、最後にはきのこ狩りの季節なのでボサノバ調のシャンピニオンの曲などを披露しました。

その後は、この学校の卒業生が四人もいるイヴたちのアンサンブルの演奏でした。
このアンサンブルは、まるでジプシーのように、はじめは楽譜を使わずに耳で聴いて、曲に仕上げていく方法をとっています。
曲が出来上がってから楽譜をもらうのですが、音楽を眼からはじめない方法です。
私が日本にいたころ、ブルガリアの合唱団の多くがこの方法を使っており、国立ソフィア少年少女合唱団の指揮者、フリスト ネデャルコフ氏と知り合い、実際にその方法をブルガリアで見せてもらって本当にびっくりしまた感激しました。
かなり難しいメロディーや和声を耳だけで覚えていく方法です。
楽譜により忠実に正確に弾くように教育を受けてきた私にとってはかなりなショックでした。

イヴたちもヴァイオリンの個人レッスンや、オーケストラではまず楽譜から入っておりますが、このクラスロー フィオールのアンサンブルは耳からの演奏をしています。
すると不思議なことに何年すぎても頭のどこかに残っているようで、誰かが一つ曲を弾き始めると手が勝手に演奏できるのです。
楽譜から入って演奏し、最後に暗譜をして曲を仕上げていく方法をとると、しばらく弾かないとすっかり忘れてしまっていることが良くあります。

今日は本当はその学校の授業があるはずですが、火曜日に特別の演奏をしたのでお休みです。私は午後のバレエの伴奏だけなので、今日は洗濯等するつもりが、ニュースを見ながらミミちゃんとすっかり昼寝をしてしまいました。

夜は音楽学校のコンサートがあり、私の生徒たちはないので、演奏しませんが、ニッキィとイヴのオーケストラが演奏し、また、イヴたちのアンサンブルも演奏するので、保護者として聴きに行きます。
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by obreykov | 2006-10-26 21:08

2006.10.25 あらあら、もうすぐ10月も終わる。。。

なんと、毎日が矢のように飛んでいくようで、アッと思うともう10月も25日になってしまいました。
土曜日には、パパにニッキィの日本人学校の送り迎えを頼んで、私は早朝からイヴと出発して、イエーヴレというウップサーラのもっと北まで行きました。昨年もイヴたちのクラスロー フィオール(クリスティーナ先生が教えているはじめは楽譜を使用しない方法で音楽を作っていくヴァイオリンのアンサンブルです)がこの青少年のフェスティヴァルというコンサートに出演しました。昨年は私は行けなかったので、イヴはほかの人たちに連れて行ってもらいました。今年は是非コンサートを聴きたかったので、私も行ったわけです。
私は泊まりませんでしたが、イヴたちを始め、付いていった保護者もコンサートホールのそばの学校に一クラスもらって、1泊することになっていました。
マットレスや寝袋を用意しました。
子供たちは夜のコンサートが始まるまで、3つの音楽の講習会に出席しました。
私たち親は楽しい話に花を咲かせ、おいしいという評判の学校の食堂での昼食をいただいて、ゆっくりしました。
その後、私とあと二人のお母さんは、クリスティーナ先生の持つ世界中のわらべ歌と踊りの講習に出席しました。その国独特のわらべ歌と遊びかと思っているものが、どのようにして交流があったのか、地球の反対側でも同じようなメロディーがあったり、同じような踊りがあったりで、本当に不思議だと思いました。
歌と踊りの後は私たちは街の見学に出かけました。素敵なカフェを見つけて、ほかのお父さんたちも合流して、カフェオレとにんじんケーキを食べました。美味!
学校に戻ると、スウェーデン式の早い夕ご飯!
私たちはたっぷりケーキも食べてきたので、とても食べられるムードではありませんでしたが、食べ始めると不思議においしく入っていくから豚になるはずです。
その後は子供たちと一緒に泊まる場所のクラスルームでゆっくりしました。

イヴたちのアンサンブルは夏の音楽合宿で一緒だったレイフ先生のアンサンブルとも練習をして、コンサートでは一緒に弾くことになっていました。
レイフ先生は夏の合宿のビデオを作ってくれました。その注文書にイヴが「合宿が楽しかった」というような内容の手紙を添えたので、とても喜んでいました。

コンサートは2部に分かれていて、比較的歳の小さい人たちは5時半から始まりました。われわれは7時前に会場に向かいました。
コンサートは入場券も発売されているようなプロフェッショナルなものでした。
そして、たくさんの青少年の歌、楽器、ダンスと盛りだくさんでした。ジャンルもクラシックだけでなく、民俗音楽、ポピュラーと豊富でした。

クラスロー フィオールとレイフのアンサンブルはその中でも比較的歳の小さいグループではありましたが、高校生に負けない立派なものでした。

コンサートが終わったのは10時を過ぎてから。私はその後2時間の道を一人で運転して戻るわけですが、このイエーヴレというところは何年か前にものすごい雪で1ヶ月くらい人々が街に閉じ込められてしまったところです。しかも金曜日のニュースで雨交じりの雪が降って云々といっていたので、とても心配していましたが、行きの雨も上がって、帰りはほとんど雨に降られませんでした。
ところが一部分霧が濃くて、何も見えない感じで、できるだけよその車の後を走りたいと思っていたのに抜かしていく車はかなりのスピードで走っていって追いついていくことができませんでした。90キロが制限速度でしたが、私は60キロくらいでトロトロと走りました。
ウップサーラまでくると道も広くなり2車線3車線となっていたため、走りやすくなりました。
一人で夜遅くこんな距離を運転したのは初めてだったので、緊張していたのか、ちっとも眠くなりませんでした。

行き道は時間だったのに、帰りは2時間半以上かかってしまいました。
翌日イヴは満足げに戻ってきました。

ニッキィはというと、日本人学校の後、パパにフィギュアスケートのDMに連れて行ってもらい、アンとペールにつれて帰ってもらいました。
日曜日は再びアンに連れて行ってもらい、午後に一度戻ったアンを迎えに行き、まず謙をホッケーに連れて行き、私たちはDMに向かいました。今年からミニョールはDMに出られなくなったので、ニッキィは出場しません。でもニッキィたちのクラブの選手が好成績を挙げたので、うれしいことでした。
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by obreykov | 2006-10-25 18:17

2006.10.15 ニッキィ優勝

今日は、イヴは朝早くからヨーハンとマルクスとで、ヨーハンのお父さんの車で夏のヴァイオリンの合宿の再会の日に行きました。疲れきってはいましたが、とても楽しい一日を過ごしてきたようです。夏の合宿のビデオテープもいただいてきました。
普段の音楽学校の仲間以外との交流もなかなかよいものだと思います。
来週は、ストックホルムから北に200キロくらいのイエーブレという街に演奏の講習と演奏旅行とに行きます。
音楽をしている仲間はみんな心が優しい子が多いので、優しい性格のイヴにはぴったりです。

ネディは昨日からフレーミングブローと言う街でシンクロナイズド スケーティングのチームで合宿で、彼女も疲れ果てて帰ってきました。

謙は、昨日から今日にかけてやっぱり音楽仲間と楽しく過ごしたようで、朝起きると友達が泊まっていました。

a0022183_246669.jpgニッキィは今シーズン始めてのフィギュアスケートの試合でした。
ニッキィはミニのA選手ですが、戦う相手がいなくて、男の子はミニのBC選手やヤングやジュニアのC選手達と戦いました。
年齢がまちまちで、カテゴリーもまちまちでしたが、今日は、最後まで得点を発表しない試合だったので、予想もつかないし、ニッキィは二回ジャンプの着氷を失敗したのと、ステーファンなどがかなり上達していた事などで、私は一寸心配しました。
でも表彰式では、1位にニッキィの名前が呼ばれ、ホッとしました。

ちなみに、ミニの女子B選手では、オリヴィアが3位、ミニのC女子ではハンナが3位、ヤングの女子Cではソフィアが3位、ペールも3位とわがクラブが表彰台を総なめした感じでした。

成績表には審判のコメントがあり、とても役に立つな、と思いました。
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by obreykov | 2006-10-16 02:47

2006.10.14 第一の結婚記念日も終わって

a0022183_5253042.jpg10月12日は私たちのスウェーデンでの結婚記念日でした。ちょうど20年前の11日は1日中雨でしたが、12日には見事な秋晴れとなって、教会の庭には黄色や赤に色づいた落ち葉が太陽の光できらきら光っていました。
当時 共産圏だったブルガリアの親戚はとうとうヴィザがおりずにこちらに来ることが出来ず、痺れを切らせて私たちは友人だけを招いての結婚式をしたのでした。
その前には、父と母がどうしても、やっぱり私を日本へ連れて帰るつもりで、スウェーデンにもきました。同じ日に私のごく親しい友人のべべもちょうど偶然にスウェーデンに到着して、お陰で和やかな雰囲気で、また、旦那様の人の良さにもコロッと負けて、そのままスウェーデンに残り、べべがコペンハーゲンから日本へ帰国するときに5人でくるまでストックホルムを出発し、私たちはそのまま約1ヶ月のヨーロッパの旅をしたのでした。
そしてそれは私たち皆にとって良い思い出となったのでした。

今年の結婚記念日は珍しく家族全員がそろったとはいうものの、それぞれがホッケーやらスケートやらで夕食はたった4人で一緒に済ませ、ケーキも帰ってきた順に食べると言うあわただしさでした。
私は朝から大忙しの木曜日。とてもケーキなど焼いている時間がなかったので、奮発してケーキを買って来ました。また、素敵なバラの花もあったけれど、切花はすぐに駄目になるかな、とケチ心を丸出しに、シクラメンの鉢植えを買いました。そして家に戻ると私が買おうとチラッと思ったバラの花が花瓶にさしてあって、冷蔵庫には私が迷ったけれどとうとう買わなかったチョコレートケーキがありました。
私は始めて旦那様と車でヨーロッパ旅行したときデンマークとスウェーデン間のフェリーで食べさせてもらったアーモンドのケーキを買ったのでした。

と言うわけで、20年で、私は花も経済感覚を実につけた買い方をしたし、ケーキは全く同じ物を買わずにすんで、なんと夫婦よく気が合いつつ、全く同じにならない程よい釣り合いでなかなかだなあと思いました。

サーモンを前菜に、ビーフのペッパーソースで決めましたが、謙はそのソースより日本の焼肉のたれがよいといって日本風に食べていました。せっかく素敵なソースを用意したのに、と言うと、パパとママは日本で結婚式したのだから日本風でちょうどよいじゃない、と言っていました。
でも日本の結婚式は来月8日です。
記念日の多い我家!
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by obreykov | 2006-10-15 05:56

2006.10.10 もうすぐ結婚記念日

私たちは二人とも初婚ではありますが、1年に二回の結婚記念日を持っています。第一の記念日は10月12日。20年前のこの日は物凄い良い天気でした。前日は雨が沢山降っていました。
第二の記念日は11月8日。
20年前だけど22年。この計算は、どうなっているか。。。
実は、当時共産圏だったブルガリアに住んでいた夫のお姉さんたちにも結婚式に出席してもらいたかったのに、なかなかヴィザがおりなかったのです。日本人の父とは母いつも好きなときにスウェーデンに来ることができたのに、共産圏はそういうわけには行きませんでした。
一度は、国際結婚に大反対だった父と母でしたが、私をやっぱり日本へ取り戻しに、とこちらに着たものの、夫の人の良さと、一緒に車でヨーロッパ旅行をしようという強引さ(?)に押されて、気が付くと、父と母の飛行機の切符は帰国の日を変更し、4人で、車でヨーロッパの旅を1ヶ月も続けていました。
兎に角、ヴィザがおりるのをまとうということだったのですが、とうとう何時になるかわからないので、それならスウェーデンでの式はこちらの友達だけで、ということにして、10月12日に式を挙げました。
そして、日本へ向かって11月8日にはごく親しい友人と後は親戚をお呼びして、もう一度日本式の披露宴をしてもらいました。
夫はお相撲さんの舞の海と同じ体型だったので、袴姿がとても板についていました。
その分、日本人の私は、鬘が重いし、着物になれていなくて、なんだか亀さんみたいな感じでした。。。

さてさて、もうすぐ結婚記念日です。私たちの記念日にはなぜか、国際見本市のシーズンだったりして、出張がちの夫でしたから、何度も記念日を一緒に過ごしたことがありませんが、今年は、在宅なので、結婚式の時に持っていた大きなロウソクに火を灯して、お祝いをしなくちゃ、と思っています。
20年前の友人達もお呼びして、なんていってはいたのですが、私が風邪の具合が悪くて、考える気力もなくしていたので、家族水入らずの記念日を過ごすことにしました。
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by obreykov | 2006-10-10 22:00

2006.10.10 有料トイレ

今、日本のニュースを見ていたら、東京で、有料公衆トイレを作ったとかで、使用料は100円だそうです。京都にもあるそうで、利用には年間300万円、維持費は1200万円だそうです。。。
ヨーロッパに住むようになって、日本はトイレがあちらこちらに完備していると言うことを実感しました。しかも、ヨーロッパでは有料トイレが多く、ブルガリアなどはトイレ番のおばさんにお金を渡すと、手拭用のナプキンなどもくれたりしますが、ヨーロッパの有料トイレはごく普通で、しかも、あまりきれいでもありません。
今はもう慣れましたが、トイレに行くのにお金を払うなんて、と、かなり頭に来ていました。
日本の有料トイレはかなり豪華に出来ているようで、100円を払って、気持ちよくトイレに行くか、一寸汚くてもただで、用を足すか。。。

こちらでは、若い子達など、トイレの料金を払って、次々番をしていて上げて、用を足す、というちゃっかりした人たちもいます。次々番をするのは、コインを入れないと鍵がかからない仕組みになっているトイレが多いからです。
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by obreykov | 2006-10-10 21:46

2006.10.05 あっという間に10月です。

日本は今ごろ、天高く馬肥ゆる秋なのでしょうけれど、こちらはなんだか湿気が多くて、じめじめして、いやーなムードの秋です。。。すっかり風邪をひいてしまいました。
熱が出ない代わりになんだか、何時までも具合が悪い。。。はじめはのどが痛かったのですが、そのうち、鼻も詰まったり、さらさら出たりの繰り返し、頭も痛いし、だるいし、本当に辛い。。。時間があるときは寝るようにしているけれど、なかなか寝る時間が作れない。。。
土曜日は飲まず食わずで、午後はずっと寝て、そのまま日曜日まで寝ましたが、一寸良くなったかな、という感じでしたが、またまた具合が悪く。。。シャワーも浴びることが出来ずになんだか気持悪い。。。
不思議なことに仕事場に行ってピアノの前に向かうとシャキッとして、あ、治ったかな、と思いながら弾いているのですが、帰宅の途中でまたまた具合が悪くなるから不思議。。。

でも、今日は随分良くなった方かなと思います。なんとか今まで起きていることが出来、これから、ネディを迎えに駅まで行きます。

もうすぐ第一の結婚式の二十周年目。11月は第二の結婚式の二十周年目。でも私たち22年目、初婚同士。この不思議な夫婦の話は今度ゆっくり書きましょう。
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by obreykov | 2006-10-06 06:07