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2007.02.24 今日からスキーへ

今日から毎年行っている クレッペン というストックホルムから車で4-5時間のところにあるスキー場へ1週間行ってきます。
かわいそうに、ネディは去年同様、シンクロナイズドスケーティングの試合が今日と明日あり、来週はスポーツホリデーなので、練習も強行軍にあり、一人でお留守番です。

それでは1週間はインターネットのない生活をしますので、ごきげんよう!
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by obreykov | 2007-02-24 17:18

2007.02.21 謙ちゃん、お誕生日おめでとう!

今日は謙が17歳になりました。
17年前の今ごろは陣痛は始まりかけていたんだっけ。。。みんな夜中に産まれたのに、謙だけお昼の出産でした。
2日目が開かなかったので、目がないのでは、ととっても心配したのでした。2日目に始めて目をあけたとき、ちょうど写真学校の生徒が写真を撮りたいが、ときたのでした。私は謙が目をあけた感激の真只中に居たので、二つ返事でOKしました。
お母さんの幸せそうな姿が良く撮れました、と感謝されたのをおぼえていますが、あのときの写真はどうなったのかしら、連絡先を聞いて送ってもらえばよかったと思います。
当時は、デジタルカメラ等ではなかったので、すぐに見ることも出来なかったのでした。

すぐに退院して、父と母も大喜びしていたっけ。。。名前など考えていなかったのに、病院から電話するとネディが「謙ちゃんどうしてる?」と言ったので、「赤ちゃん、謙ちゃんというの?」と聞いたら、「うん」といいました。
あれって、ネディが名づけの親なのかな、今日訊いてみよう。

せっかくの誕生日ですが、今日もとっても忙しいのです。
イヴの学校でファミリーデーといって、生徒は出席義務があり、親もでなくてはならないアルコールやタバコ、麻薬のテーマを扱った話をする日。
その上にイヴはアモリーナサーレンでコンサートがあり、学校の先生にその間出かけてよいかと聞いたら許可がでました。だからあちらこちら飛び回らなくてはなりません。

イヴは4時にエレキギター、その後すぐにニッキィと一緒のオーケストラ、そしてアンサンブルの練習はせずに皆でコンサート会場に向かうはずでしたが、学校に行きます。
その前にニッキィをバレエとスケートに連れて行かねば。。。そしてイヴの学校。コンサート、再び学校。

謙のお祝いの食事の準備はいつするんだ???
せめて昼間のうちにケーキだけでも作っておかなくちゃ。

週末からスキーに行きますが、その準備もほとんど出来ていません。ああ、気が狂いそうに忙しい。
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by obreykov | 2007-02-21 18:14

2007.02.19 近所のスキー

イヴの日本人の友達洋二くんとどうしても二人が一緒にスキーに行きたいというので、私と同じくらい忙しくて、同じくらいイライラして、同じくらいゆとりのない洋二くんのおかあさんと思い切ってスキーに連れて行こうということにしました。

イヴはヴァイオリンのレッスンに行き、私も他の子供の送り迎えをして、掃除をするはずがそこまでいかず、なんとかご飯だけスイッチを入れてばたばたしながら6時30分頃から洋二君たちも連れてここから10分くらいのところにある小さなスキー場に連れて行きました。
雪も降り始め、気温はそれほど低くなく、スキー場は小さい子大人で一杯でした。

私と洋二くんのお母さんはスキー場のカフェテリアにどんと腰を下ろし、愚痴のいいっこをして、ストレス解消しました。
急に思いついてスキー場にきたのですが、子供にとっても私たちにとっても良かったなと思いました。
また、洋二くんも兄弟が多く、うちも多いので、皆で何かしようと思うとなかなか予定が立たないのですが、こうして他の兄弟を無視して何かしてあげるのもなかなか良いことだと話しました。
洋二くんもイヴも兄弟の真ん中で、あまり手もかからないし、かけてもやらないという感じなので、とってもよかったようです。

途中、カフェテリアにそのまま物を置かせてもらってニッキィを迎えに行き、家まで送り届けてから再び二人でカフェテリアにもどり、子供たちは目一杯リフトの動かなくなる10時まで滑っていました。

疲れて戻るとネディの爆弾宣言!
ネディに振り回された夜となったわけですがこの話は後ほど。。。
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by obreykov | 2007-02-21 18:13

2007.02.18 忙しい一日、何も出来なかった子が。。。

イヴたちのクラスロー フィオールというヴァイオリンのアンサンブルがソーレンテューナ教会でのコンサートに出演しました。
イヴはギブスをしていたので、三週間練習が出来なかったのですが、やっと弾けるようになって始めてのコンサートでした。
イヴたちは4曲弾いたのですが、新しくレパートリーになった1曲はまだちょっと出来上がっていないような感じで、楽譜も見て弾いていました。でもなかなか良い出来で、その新しい曲はこれから弾きこんでいくととても良い物になりそうです。
3歳のとき、ネディたちのオーケストラの発表会のようなものがあって、両親や兄弟も楽器を弾いてみましょう、と言うコーナーで、ネディの先生であり、また私の一番好きな同僚でもあるクリスティーナ先生がイヴを自分の膝の間に抱くような形で16分の1のヴァイオリンをイヴに持たせて弾かせてくれました。その日以来、クリスティーナ先生を自分の先生と言って、小学校にあがると同時に習い始めたのでした。
3歳まで全く何もしゃべれない子供だったし、小学校にあがっても読めない書けないという子だったのですが、クリスティーナ先生は「文字なんてそのうちすぐ覚えるわよね、文字が読めなくてもイヴは音符が読めるから凄いわよね」と5線の引いてあるマグネットホワイトボードにマグネットで音符を置いたり、音符らしきものを書いたりしてあそばせる時間もとってくださっていました。
それはイヴにとって、何よりの励みだったはずです。何かある毎に「でもイヴちゃん、音符は読めるからってクリスティーナ先生が言っているよ。」と言っていました。
その音符だってスラスラと読めていたわけではなくほんの4トーンくらい分かっていただけだったのですが。。。

何でも良いけれど本人が自信をもてる何かがあるととても良いと思います。
謙などが、要領よいというか、何でも一番、何でも出来て上手で勉強もスポーツも何でもOK、という感じなので、どうしても比較されるイヴが可哀想でしたが、クリスティーナ先生のお陰で本当にイヴも素直に育ったと思います。

ちょっとスローなところがあって、親の私でもイライラする場合が多いのですが、父や母やkパパ達も言うように、かえってイヴが後には成功を手にするかも。ウサギと亀のように。

先日、個人面談がありましたが、イヴは私自身もびっくりしました。だって、成績もなかなかのようだし、宿題など必ず提出するし(日本では当然の話なのでしょうけれど。。。)かなり真面目な生活態度だそうで、他の先生方のコメントも良くできる良い生徒ということでした。
安心安心。。。

さて、この日は早朝スケートのトレーナーのネディを送っていき、その後ニッキィをスケート場に連れて行きました。この日はトレーニングは試合の後だったので休んだのですが、外のリンクで試合をしているバンディーというスポーツ、サッカー場のサイズのリンクでするホッケーのようなスポーツ、の試合の間の休憩のときにニッキィのプログラムを披露してほしいという依頼があったのでした。
リンクのサイズが全く違うのと外で、ちゃんとできるのかと思ったら、ジャンプも難しいのは簡単な方に取り替えたりして滑っていました。
バンディーの試合を実にきていた人たちは11歳の小さな少年がたった一人で氷の上で観客の前で凄い、と褒めてくれました。
後でニッキィにきくと、テストや試合よりはドキドキなどしなかったということでした。

そしてその足で、イヴのコンサートに向かったのでした。

行く前にパパが料理をするといってなにやら肉料理をしていたのですが、コンサート会場でリハーサルが終わってから、火を消してきたか、記憶にないといって飛んで帰りました。
ミミちゃんしか家にいなかったのです。火事になっていないか心配で、携帯メールを使わないパパですし、コンサート中で電話もかけられないので、謙に携帯メールでパパと連絡して家が無事か返事頂戴、と書きました。なかなか返事がこないので心配してせっかくのコンサートもほとんど耳に入らない感じでしたが、そのうち謙から家はOKと返事がきたので良い音楽に聞き入ることが出来ました。

男声合唱団に謙が小さいころよく遊んでもらったネディの同級生で幼稚園はうちの子供たちと一緒だったスヴァンテがいて、しかも彼のソロもあったりして、楽しさも倍増しました。
コンサート後に彼と話して、赤ちゃんだったイヴが居たのでびっくりしていました。

というわけで相変わらずドタバタの我家です。
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by obreykov | 2007-02-21 17:49

2007.02.17 ニッキィ、自己最高点を出す!

日本人学校にイヴを送っていきそのままニッキィと二人、車で1時間くらい離れたエンショーピングという街まで試合に行きました。ニッキィは13時近くの滑走だったので、そんなに速く行く必要もなかったのですが、10時に滑走のペールとグスタフの応援をしたかったのでした。

男の子が少ないので、試合によっては小さいクラスは男女混合の場合があるのですがここでは分かれており、ペールとグスタフなんて、同じくラブなのにたった二人で戦わなくてはならなかったのが可哀想だなと思いました。

さて、ニッキィは、戦う相手がいません。ミニョールAというクラスはあまり選手がいないのです。
BやCは数人いるので、ストックホルムでは年の差は関係なく混合にしています。
それも、また、不公平なものです。Aの選手はほとんど勝つのが当然ですし、またとしが7つも8つも違う選手と戦うのも不公平なものです。
日本などどうなっているのかしらと思います。

但し、新審査方法になってから、自己の記録や他のクラスの選手の得点などと比べることが出来るので、試合も確かに戦う相手が多いほど面白いけれど、一人での試合でも、自分との戦いができるようになりました。

はじめのコンビネーションジャンプができなかったので心配しましたが、後でトレーナーのターニャの話では、今回のニッキィは頭で滑って、後でコンビネーションを成功させてとてもよかったそうです。
試合の後、めったに選手を褒めないターニャがニコニコ顔できて、私にも色々と説明してくれました。
私はフィギュアスケートのことはよくわからないのですが、兎に角今回の滑りはこのシーズンで最高だったそうで、今までただひよこのように滑っていたのが、一つ一つの動作にも気をつけつつコンビネーションもターニャの支持通りに後半で成功させ、マイナス点を避けたり、ようやく頭で脳を使って滑ったそうです。
大きな前進だったとターニャ自身も大満足でした。
彼女が何も言わないときはよく出来たとき、といわれているくらいなので、ターニャが褒めたという事は相当よく出来ているときだ、と皆もびっくりしていました。

同じクラスの女子の1位の選手より10点近く点差をつけましたし、今までの自己記録が25.10ですが今回は30.61を出しました。これでニッキィの目標は30点以上を出すという事になりました。
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by obreykov | 2007-02-21 17:19

2007.02.16 じっちゃ、お誕生日おめでとう!

木曜日の朝、イヴが学校へ行く前に時間のゆとりがあったので、父にお誕生日おめでとうと電話をしました。そうしたら、「ありがとう、でも誕生日は明日だよ。」といわれてしまい、あ、またやってしまった、と思いました。
木曜日木曜日と私の頭にインプットされていたので、慌てて電話したのでしたが、実はここが木曜日の夜中に電話すると日本では金曜日の朝で、ちょうど父の誕生日だということだったのを思い出しました。
こちらは時差があるので、こちらが落ち着いた時間に日本へ電話をすると日本はもう1日の終わりに近づいているのです。ですから1日前の夜中に電話をするとちょうどよい計算だったのですが慌て物の私は、木曜日の夜中に電話するつもりが朝してしまったので、狂ってしまったわけです。
まあ、父は久しぶりイヴとおしゃべりが出来て嬉しそうでした。

そして、本当にその晩、夜中にイヴは寝ていましたが、謙もネディもちびのニッキィまでもがまだぐずぐずして起きていたので、またお祝いの電話をしました。
本当に16日になっており、父の誕生祝の電話が出来たというわけです。パパも数少ない知っている日本語の一つ、「お誕生日おめでとう」を言って、父も大喜びでした。

誕生日を迎えるたびに思うこと、それは健康でありますように、ということです。
父も母も健康で、誕生日を迎えることができて、本当に神様に感謝です。

次は謙の番。でも謙の誕生日の日はイヴの学校で親子で集まる会があり、ネディもニッキィも夜のスケートの練習があり、なんだかきちんと祝って上げられないようです。。。
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by obreykov | 2007-02-19 07:27 | 両親

2007.02.15 素敵なコンサートに感激

せっかく書いていた日記がコンピューターがダダをこねて、ほとんど欠き終わりそうだったのに全て消えてしまい、かなりぐれそうになってしまいました。

さて、何を書いていたかというと、そうそう、火曜日に謙の高校の一年生のコンサートがあったのでした。
謙はネディと同じ理科系の芸術に入っていますが、ネディは美術をとっており、謙は音楽をとっています。そのほか、演劇もあります。
その三つの科は理科系と文科系とでなっており、理科系から10人、文科系から10人試験を受けて入ってきた生徒です。日本では当たり前ですが、スウェーデンでは高校は内申書だけで決まり、謙達のように何か特別な科に進む人だけが試験を受けます。

音楽は2つのグループに分かれており、第一部は謙の友達ピーター(いつもマルティンのおばあさんのガレージでロックを一緒に弾いている半分イギリス人、ペーテルといわないところがカッコよいところ)が出ました。
ピーターはもともとはクラリネット奏者でしたが、最近はサクソフォーンに変わって幸い私の同僚であるクラリネットの講師アンデシュはサクソフォーンもトランペットもピアノも抜群です。また、謙と同じトーマスにエレキギターも習っています。はじめはエレキギターを弾いていましたが、後にサクソフォーンも弾き、最後の曲では英語でワンフレーズカッコよく決めてピーターファンの私は、ますますファンになりました。
クルクルの金髪ブルーアイで見た目もカッコよいのです。とっても可愛い子だったのに、この頃はかなり男っぽくなって面食いの私は大好きなのです。

休憩のときはピーターのお母さんと謙にガールフレンドが出来て心配している話などをしました。謙に言わせると私は日本人だからといいますが、イギリス人のピーターのお母さんも私と同じ様な考え方で少し安心しました。
最も、謙はママは日本人だから、というけれど、アンなどと話していてもそんなに変わりはありません。
スポーツ週間にはマルティンの家族も例年のように同じと頃にスキーに行くので、モーナといろいろな話ができるぞ、とたのしみにしています。

さて、第二部は謙達のグループです。謙もはじめはエレキギターやベースを弾いていました。最後の曲はなんとコントラバスを弾き、その上に全員が1フレーズずつ歌いました。謙の歌を聞くのは幼稚園以来でしょうか。幼稚園の頃はよーく女の子と遊び、歌も歌っており、幼稚園に迎えに行くと謙の歌が聞こえてどこにいるかがすぐわかるほどでしたのに、小学校にあがったとたん、男の子ばかりと遊び、歌も歌わなくなってしまったのでした。
なかなか、歌も上手でびっくりしました。コントラバスもチェロを弾いているからか、なかなかなものでした。
謙の彼女もかなり素敵な感じのボーカルでした。3人のボーカルでなかなかよいグループでした。サクソフォーンが女の子なのもよかったし、ヴァイオリンもいたりで、その辺のちょっとしたテレビに出ている人たちより上手かも、と思いました。日本にでも行ったら一変に人気者になるのではないか、と思いました。

みんな音楽を楽しんでいる様子がよく伝わってきて、私の音大時代とは大違いでした。

先日、久しぶりに謙のチェロと私のピアノを合わせました。後でわかったことですが、ちょうど私たちがバッハの平均率のプレリュードにチェロでアヴェマリアを弾いているとき、友人の今は亡きお父様の誕生日だったのです。そして、お父様はバッハが大好きで亡くなるまでバッハをおききになっていたそうで、特にアヴェマリアはよくおききになっていた思い出の曲だそうです。
昔のように私が謙の練習を手伝っている頃なら話は別ですが、この頃は全くと言っていいほど一緒にあわせることがなかったのに、急にこの曲を二人で弾いたのでした。

この世の中にはまだまだ科学では証明しきれない何かがあるように思います。私はきっと友人のお父様が誕生日の日に天から降りていらして、私たちにたまには一緒に弾いたら、と導いてくださったような気がしてなりません。

誕生日といえば、慌て物の私は父の誕生日は木曜日木曜日と呪文のように言い聞かせて、今朝、ちょっと時間のゆとりがあったので、まだ学校へ行っていなかったイヴに日本へ電話させました。すると「ありがとう、でも誕生日はあすだよ」ということで、あ、層_、日本との時差があるから木曜日の夜中にかけるとちょうど父の誕生日の朝だ、と思っていたことを思い出しました。
まあ、遅くなるより、いいかな。。。

父も母も元気で誕生日を迎えられて本当にこれ以上の幸せは無いと思います。みんなが健康でいることが何よりの幸せです。
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by obreykov | 2007-02-16 07:50

2007.02.11 お誕生日おめでとう、ばっちゃ!

今日は建国記念日でもありますが、母の誕生日です。
本当に健康で誕生日を迎えられるのは何よりの幸せです。今日は父と出かけて、帰りには食事もしてきたそうです。
いつまでも元気で楽しい誕生日を迎えられることを心から祈っています。
健康でさえいたら、何でも出来ます。人間は健康第一です。お金では買えないもの、それはまさに健康です。

実はここの所、友人知人が続々となくなったり、その悲しい知らせがあったりで、私はかなり落ち込んでいたというか、夜もその人たちの夢を見るわけではないのですが、なんだか熟睡できないような毎日でした。

近所に住んでいたごく親しい幼馴染の私たちより7歳年上のお兄さんが病気で亡くなりました。
私の幼馴染は二人の娘もいるのに離婚。。。
そうこうしているうちに、今度は年賀状が珍しく御主人の名前で届いたので、びっくりして封を切るとなんと、まだ50歳にもならない奥様がネディと同じ年の娘さんとニッキィほどの息子さんを残して脳腫瘍でこのお正月に亡くなったという知らせ。。。
御主人のお仕事の関係で我家のすぐ近所に3年ほど住んでいらして、ネディが小さいころよく遊んだり、スペインにも御一緒したりした御家族でした。。。

そんなショックを受けているうちに今度はパパの友人が音信普通になって約1ヶ月。
数年前に結婚したのでしたが、奥さんはブルガリアで歯科医をしており、別居結婚状態の人でした。友人の間でおかしいおかしいといい始め、ブルガリアの奥さんも連絡が取れないと心配して連絡してきました。
彼は、長い間独身の一人暮らしだったので、時々、ラストチャンスで激安になったチャーター旅行などで2週間ほどふらりと誰にも告げずに旅行に行ったりして友人達が心配するのをちょっと喜んでいるようなところもあったので、また、そんなところかな、と話したりしていたのですが、1ヶ月も誰とも音信普通になるといよいよ心配になり、とうとうパパが警察に連絡してみるとなんとその1日前に近所の人たちから変な匂いがするからと、警察に連絡があり、アパートを開けてみると、ベッドの下に彼が亡くなっていたのだそうです。
殺人ではないのは分かっているようですが、やはり歯型等を調べるそうで、なんともかわいそうな最後。。。
サイクリングが大好きな人で、我家にも自転車でちょこちょこ寄っては子供たちにお菓子を持ってきてくれたり、子煩悩な人だったので、我家の子供たちもかなりショックを受けたみたいで、ロウソクを灯してお線香をあげていました。。。

健康で過ごしたいものです。後悔のない人生を送りたいものです。

亡くなった方々の御冥福を心からお祈りします。
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by obreykov | 2007-02-12 02:34