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2007.04.22 また寒さも逆戻り。

夏のような日が来たかと思えば、今度は霜が降りるほど寒くなってみたり、なんだか何を着たらよいのかわからないような毎日です。

さて、日本人学校も始まって、新学期を迎えましたが、日本は新1年生や新入社員などで春一色なのでしょうね。
こちらの桜は今が満開とか。。。それを見に行く時間もなければ心のゆとりもありません。

先週はニッキィたちのクラブではテストがありましたが、小さい子供たちの小さいテストはまあまあよくできたようでした。ただし、ニッキィのグループのテスト4を受けた人たちで受かった人は一人もおりませんでした。ターニャはご機嫌ななめ。でも、私はニッキィが1度で受かるとは思っておりませんでした。審判のハラルドはいつもどおり、親切で感じがよかったけれど、厳しいアンナはもっと厳しくご機嫌もよろしくなかったようで。。。かなり辛らつな批評を受けてないていた選手も少なくありませんでした。
途中でコーヒーなどを持っていって、ゴマすりをしようとしたのですが、ハラルドがテスト4になるとジャンプができただけでは許されず、センチメートル、ミリメートルの正確な着氷を求められるので、かなり厳しく、仕方のないことだとコメントをくれました。
まあ、よく練習重ねて、次に向かってがんばるしかありません。

パパはまたブルガリアに昨日からいきました。
またしわ寄せがどんと来て、大忙しの私です。
昨日の日本人学校はニッキィはスケート仲間のグスタフくんの誕生会にどうしてもいきたくて、早退しました。そのため、私は何度E4という高速道路を往復したことでしょう。
また、夜はネディが普段とはまったく違う格好をしていくというテーマの卒業生のためのパーティーに呼ばれていて、パンクだか、ロッカーだか知らないけれど、謙の頭につけるワックスを借りて、謙からブルドッグがするような首輪のようなベルトやら、ロック歌手がつけているような黒皮のブレスレッドなどしたりして、出かけたので、送っていき、再び夜中に迎えにいきました。過保護のようですが、家で心配して待っているよりはましです。

ネディは昨日も今日もフィギュアスケートトレーナーの講習があって、昨晩は早めに帰宅し、今日も朝9時過ぎ出発で出かけていきました。その後は同じスケート場でシンクロナイズドスケーティングの練習があり、夜遅くにならないと帰ってきません。

謙は相変わらずガールフレンドが泊まって、何をしているやら。。。(やきもき)
ニッキィはオフアイスのトレーニングとバレエです。もう少ししたら、迎えに行かなくてはなりませんが先日バスでスケート場から、2つ3つ先のバス停の音楽学校まで行ったので、バスを使いたくてたまりません。今日もバスで帰ろうかなといっていましたが、今、バス代もものすごく高くなって、この距離なら車で迎えに行ったほうがよさそうです。

春らしいとは言え、やっぱり寒い感じで、庭を少し掃いたりしてテーブルも出してみましたが、あまり長い時間は痛くないムードです。
その上、やっぱり私はアレルギーが。。。。いやな季節です。
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by obreykov | 2007-04-22 19:39

2007.04.15 春というより夏がきたような。。。

昨日は日本人学校の第一日目。幸いよい天気で、その上、春というより夏が急にきたような暖かさです。急に木々の緑が増してきて、チューリップなどもにょきにょきと大きくなっています。
はやくに外に出しすぎて、冷え込んだ晩に凍らせてしまったおしろい花も茎のあちこちから新芽が出てきました。万歳!

昨日はなくなったドブリのお葬式に木曜日にスウェーデンにきたアンドレが帰る日だったので、午後うちにきていただき、ドブリの好きだった料理を作っておもてなしをしました。
ドブリと仲のよかったストラヒールと彼女も呼びました。
準備をしているとなんだか、ドブリを迎える準備をしている錯覚がしてきました。何を作っても大喜びでおいしいおいしいと食べてくれていたドブリでしたが、ナポレオンが好きだったという仔牛のマレンゴとピラフをメインにしました。
息子さんは本当に信じられないくらいドブリにそっくりで、本当に話す言語が違っているだけでしゃべり方の雰囲気までそっくりです。なんだかドブリが若くなったような錯覚がしました。

20年以上も前に習ったドイツ語(おいおい、ただいま36歳というのと計算が合わなくなるぞ。)を思い出しながら単語を並べるだけの会話をしましたが、気持ちが通じると話も通じるものです。
子供たちが「ママがドイツ語をはなしてる」と笑っていました。特にドイツ語が第2外国語だったネディはあまりにひどいドイツ語なので、あきれ返っていました。

こんなに天気のよい日に、まるで、今にも自転車に乗ったドブリが庭先から入ってくる錯覚がしました。
こんな時期になると森でつんできたという、鉄分いっぱいの手で触ると痒くなる「ブレンネスラ」という新芽を沢山持ってきて、お米も入れたスープにすると栄養があるよ、と沢山分けてくれたのでした。

お葬式も終わり、息子さんも見送って、やっとドブリも成仏できたのではないか、と思いました。パパもいろいろとお世話をして上げましたが、私は本当にドブリの冥福を祈り、よいことをしたな、という満足の気持ちでいっぱいでした。

今日も夏のような一日。みーんな庭先でコーヒー飲んだりしているのに、私は庭に用意はしたものの、アレルギーがむずむずし始め、また中に入ってしまいました。
庭先も掃除などしなくてはならないことが山のようにありますが、アレルギーのため、あまりできません。もう、手伝ってくれるドブリもいません。。。

ニッキィたちは12時からバレエでしたが、明日、テストを受ける子だけ、スケートの練習もあり、2時過ぎに行くとまだまだ沢山練習していました。
ニッキィやヴェロニカは最後まで残されて練習していました。
明日のテストはニッキィはフリー4とベーシック4というのを受けますが、たいていの人は1度では取れないという難しいテスト。すべてのダブルジャンプをこなさなくてはなりません。
スピンもジャンプスピンやらなにやら難しいものばかり。ベーシックもかなり難しそうで、ターニャはなかなか満足はしていない様子でした。
まあ、場慣れのためにもテストを受けさせるのはよいとみんなも言っていますし、だめもとでがんばってもらわなくちゃ。。。
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by obreykov | 2007-04-16 02:44

2007.04.13 シンクロナイズドスケーティング

ちょっと古いビデオクリップですが、ネディたちのシンクロナイズドスケーティングチーム、ノーザンライトのショートプログラムの衣装がとても可愛いので、ここにアップしてみました。
フリーのプログラムの衣装はスパンコールなど以外の本体はちゃんとした人に縫っていただいたのですが、このショートの衣装は自分たちである学校の家庭科の教室を借りて、裁断したり、縫い合わせたりして作ったものでした。
初めての試合のときはヨーテボリという町に6,7時間くらいかかってバスで行くその中で、スパンコールをつけたり、思いで沢山の衣装です。応援合戦も写しておきました。

        
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by obreykov | 2007-04-14 04:06

2007.04.12 友人のお葬式

今日は、うちの家族とはごく親しくしていた、よく何でも手伝ってくれていたパパの元気のよい友達ドブリのお葬式でした。
冗談の好きな、決してハンサムでもなんでもないのですが、なぜか沢山の女性とすぐ仲良くなれて、彼のおかげで、ブルガリアから謙が自転車を買って帰ったときも、彼がすぐに仲良くなった飛行場のチェックインの係りの人に一言頼んで、簡単にスウェーデンまで持ってくることもできました。
どこまでが本当で、どこまでが冗談かわからないような彼の話は、結構面白く、あちらこちらに彼女がいて、というのもまんざらうそではないようで、スウェーデンの南のほうには娘と孫までいるらしく、彼女とは連絡を取っていなかったのですが、ウィーンの息子さんとは時々連絡を取ったりしていました。スウェーデンにも来たことがあり、そのときうちにも見えましたが、本当にすぐにドブリの息子さんとわかるほど外見はもちろん、しゃべり方、歩き方、雰囲気、すべてがそっくりでした。息子さんはドイツ語をドブリはブルガリア語とスウェーデン語だけど、言語が違っていることを抜かせば、本当にしゃべりかたがそっくり。
子供は親兄弟の様子を見て育ち、しゃべり方や雰囲気を知らず知らずのうちに真似をして、親兄弟に似てくるものと思っていましたが、この親子を見るとそれだけではなく、まさに遺伝で似るのだということが証明される感じです。
一人暮らしの彼は、クリスマス頃になると、友人たちが気にして呼んでくれたりするのがかえって、重荷になっていたのか、ラストチャンスの旅というので、チャーター旅行をとっても安く購入することができるため、ふらっと2週間くらい誰にも告げずに留守をすることも会ったため、クリスマス頃、連絡が取れなくても誰も不思議には思っていませんでした。
でも、あまりに連絡が取れないので、とうとう警察に連絡すると、うちのパパたちが連絡した対数日前に近所の人が様子がおかしい、変なにおいがすると警察に連絡し、警察が中に入って倒れてなくなっていたドブリを発見したのでした。
そのことは前の日記にも書きましたが、なんと、悲しい最後だったでしょう。
でも、考え方によっては、苦しんで半身不随などになったりして病床に伏すより、あっという間に血栓で(多分そうらしい。)なくなったので、幸せだったかなと思います。
ただし、私たちは、元気な彼しか知らないので、亡くなったときいてもなんだか信じられなかったのでした。
パパと友人がドブリのアパートに行って、やっと見つけた息子さんの電話番号。すぐに連絡したら、なんと不通。でも数日後、電話に内の電話番号が残っていたらしく、息子さんから電話がかかってきました。
パパがドブリの死を知らせると、電話越しにないていたという話をあとできいて、初めて私も彼の死を実感して、涙が出てきました。

ドブリは、サイクリングが好きで、何十キロもの距離を自転車でやってきます。うちにもよくサイクリングの途中でよっていきました。
子供が好きで、そのたびにちょこっとずつ子供たちにお菓子を持ってきてくれました。
子供たちも彼によくなついていて、よく遊んでもらっていました。

そんなわけで、今日は子供たちみんなもつれてお葬式に行きました。
カペルに鐘の音とともに入ると棺がありました。あんなに元気で陽気だったドブリがここに入ってもうあの冗談さえも言わなくなったのかと思うとなんともいえない気持ちになりました。

日本やブルガリアのお葬式とは違ってスウェーデンではなくなってすぐにお葬式をすることもなければ、最後まで棺を開けることもなく最後の別れは閉められたままの棺に花を添えてします。
こんなのおかしい、と思っていましたが、何度かスウェーデンのお葬式に参列して、もしかしたら、この方が残された人たちにはよいのかも、と思うようになりました。

さようなら、ドブリ。
私のバラの花のためにわざわざ、本当の牛の糞を自転車に積んで持ってきてくれたり、夏休みに留守をしている間に私のイチゴ畑の雑草を取っておいたよ、とニコニコして見せてくれたイチゴ畑を見るとほとんどのイチゴがなくなって雑草がにょきにょきと元気に生えていたり、プールで泳ぐこともしないのに、せっせとプール掃除をしてくれたり、いつも元気で力持ちで、向かいの家の庭の大きな石をいくつも運んで庭つくりの手伝いをしたり、どこを見てもドブリの思い出が沢山です。
一度も一緒に生活をしたこともない息子さんもこうしてお葬式に駆けつけてくれて、涙を流して。。。
死んでしまったら、もうおしまい。生きている間に、本当に悔いのない1日1日を過ごさなくては、とつくづく思いました。
さようなら、ドブリ。お世話になりました。ありがとう。
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by obreykov | 2007-04-13 07:09

2007.04.09 イースター休みも終わりに近づいて。

イースター休みは地域、学校によって、イースター前の週か後の週にとるようになっており、下の二人は先週から今日までが休みでしたが、上の二人は来週が休みとなっています。
イヴの日本人学校の友達のお母さんと一番下の弟が1週間だけ日本へ行っているので、洋二くんはうちに泊まる事にしていましたが、イースター休みがずれてしまい、木曜日学校が終わってから昨日まで泊まっていました。
彼の弟君と仲良しのニッキィはちょっとさびしそうでしたが、結構、二人の中に入って楽しく遊んでいました。
土曜日の夜中11時からはブルガリアの教会にてイースターのミサがあったので、子供たちが色をつけたりしたゆで卵を持参して家族全員と洋二君とで出かけました。そういえば、洋二くんはこの2,3年いつもわれわれと一緒に夜中の礼拝に行っています。うちではそれほど信心深い信者でもなんでもないのですが、イースターのこのミサにはできる限り行っています。まあ、パパが友達たちと会うの目的のひとつにはなっているようですが、うちではよろずの神様たちを信じているので、教会にも行けば、神社にもお寺にもモスクにも行くのです。
礼拝のあとは地下室の大きな部屋でみんなが持ち寄った手作りのお菓子やその他の食べ物、ワイン、洋酒、ソフトドリンクなどで、親睦を深めました。
昨日は洋二君を家まで送りながら、私たち夫婦のみ、友人の所に御呼ばれで、出かけました。
ごく親しい友人で、4人でゆっくり話ができたのはとても楽しかったです。
いろんな話をしながら、今パパが興味を持っているピラミッドの力について話しているうちにピラミッドは人間が作ったものではなく、地球人以外のどこかの星の人が現在の人類の力以外の何か特別な力で作ったものだ、という話にまで発展しました。
私の好きなスーパーマンのような人がきていたのかなあ。。。

洋二君が泊まりにくるにあたって、部屋を掃除しないととめてあげない、などといったので、イヴは一生懸命片付けをして、イヴの部屋はかなりすっきりしました。掃除もしっかりしたようです。
なかなか、行動に移さないので、私が痺れを切らせて片してしまいました。
その日友達がきて、謙に「あ、そうじしたの?」ときいていたようですが、一緒にいた彼女が2,3日ずっと謙と一緒だったので、「謙のお母さんが」と答えていたようでした。
謙も相変わらず、彼女と、100万人いる友人たちと大忙しのようです。
ネディとニッキィは久しぶり、スケートのない本当の休みだったようでした。
ニッキィは今日からまたトレーニングです。
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by obreykov | 2007-04-09 19:38

2007.04.02 今年も36歳

今日は私の誕生日です。母が難産で今ごろ大変な思いをしていたのでしょう。今年も36歳ということでいこうかと思いますが、ちょっと疲れ気味。38歳くらいになろうかな。

大変な思い出、自力でコンピューターをなおしました。というより、ファイルをイヴのコンピューターに移してあとは、フォーマットしてウインドウズを入れなおしたのでした。とはいっても、ファイルを戻したり、プリンターや、オフィスを入れたり、スウェーデン語やブルガリア語で書けるようにしたりと、大変な騒ぎ。すっかり寝不足でした。

ネディたちのシンクロナイズドスケーティングの今シーズンのフリープログラムとニッキィが自己最高点を出したときのビデオをここに載せて見ましょう。
         
めったに選手の滑走に満足しないターニャがこの日はニッキィももう子供でなく大人になった、と大満足でした。何でも、1回目のコンビネーションに失敗して、ターニャが言ったように頭で考えて後にコンビネーションを入れてマイナス点を免れたとか。。。
         
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by obreykov | 2007-04-02 20:57