「ほっ」と。キャンペーン

<   2007年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧

2007.05.27 大事なこと書くの忘れていました。

5月21日には天皇皇后両陛下がカール フォン リネー(リンネ)の生誕300年記念行事に参加のため、スウェーデンを御訪問されましたことは日本の皆さんご存知の大ニュースです。
なんと、ご到着に、日本人補習学校の生徒および保護者がお迎えするということになり、大使館の方々も何ヶ月も前から大忙しに準備を進められていました。
我が家では、6人全員が申し込みをして、子供たちは学校を早退してストックホルムの中心地にあるグランドホテルに集合しました。ここで、チェックを受けて大使館の用意してくださったバスに乗って、ハーガ スロットという日本の迎賓館のようなところにバスで移動しました。

ところがあいにく小雨が振り出し、はじめの約束どおり、雨の場合は保護者はバスで待機、生徒と先生方のみ宮殿のホールに入ってお迎えするということになってしまいました。
パパも私もばっちり素敵なスーツで決めてきたのに、残念でした。
その代わり、バスでご一緒した初めてお目にかかった福岡出身という保護者のお一人など、バス待機の保護者と楽しい会話の時間が持てました。

 ここ でご到着の様子が見ることができますが、ネディは皇后陛下にお声をかけていただいたとか、また、ニッキィはヴィクトリア王女にお声をかけていただいたそうです。
天皇皇后両陛下もヴィクトリア王女もゆっくりとお歩きになりながら、かなり長い時間をかけてここもたちにお声をかけてくださったようです。

2日間は天気がぱっとしませんでしたが、3日目のウプサーラの街で行われたカール フォン リネーの記念行事ではとてもよい天気で、こちらのニュースでも沢山放送されました。
[PR]
by obreykov | 2007-05-28 06:45

2007.05.27 どうしよう、5月ももう終わりそう!

忙しい忙しいと毎日、髪を振り乱して駆けずり回っている私。何がこんなに忙しいのか、自分でもわからないほど。
忙しい中、22日には、私の勤める文化学校とでも訳すのか、音楽、ダンス、演劇の学校の創立60周年記念のコンサートの第2弾がありました。1回目の時は、謙が高校のコンサートに出ていたので、イヴとニッキィのみ出演して、私たちも途中から駆けつけたのでした。
22日は、弦楽オーケストラが大人のオーケストラと共演したのですが、ネディが第1ヴァイオリン、イヴは第二ヴァイオリン、謙がチェロで演奏しました。
なかなかの出来で、最後の1曲は先生方が大人のオーケストラとバッハのフルート組曲を演奏し、本当に素敵でした。

謙が学校の奨学金をいただいて、ほかの生徒は第1弾のコンサートの際に奨学金授与があったのですが、謙とニッコーは高校のコンサートに出ていたので、この22日のコンサートの際にいただきました。
謙はエレキギターとチェロからノミネートされ、数年前にチェロで奨学金をいただいたことがあったので、本当はエレキギターで演奏したときにエレキギターとして奨学金をもらいたかった、なんていっていました。

私の友人の離婚した元ご主人が、心臓麻痺で、突然亡くなりました。謙よりひとつだけ年上の息子さんはショックで食欲もない様子。。。日ごろお元気で、病気一つしないような方だったのです。友人は、いつか、こうしよう、明日、こうしよう、と思っていると、突然の別れが来てしまって、何もできずに終わってしまうこともあるのだから、明日に、と何事も後回しにしないようにしなくちゃ、と涙ながらに語っていました。
本当に、そのとおりです。私たちは、明日があると確信して、明日やればいいや、明日つたえればいいや、と延ばし延ばしにしがちですが、一日一日を後悔しないように、一生懸命生きていかなくてはならないと、実感しました。

そんな矢先、金曜日には謙がなかなか戻ってこなくて、携帯電話もつながらず、私は、気が狂うほど心配しました。
ロックバンドでコンサートに出ていたは知っていたのですが、連絡もなく、こちらからも連絡が取れない状態で、11時もすぎてしまうと心配がましてきました。
ネディがそんなに心配なら、マルティンやシーモンやペーテルの家に電話してみればよいじゃないというので、まずはマルティンの携帯に連絡してみましたが、通じません。
12時になって、あまりに夜遅かったけれど、マルティンシーモンの家に電話してみましたが、誰も出ません。マルティンたちは無事に帰宅していて、安心して寝ているのかしら、謙は行方不明になってしまったのかしら、さらわれてしまったのかしら、などとマイナス方面のいやな想像しかできません。
どうしたのかしら、と怒りに変わってきて、何度もうろうろしているとネディがそんな心配したって仕方ないじゃない、というし、パパは友達のところに行っているのだろうと寝てしまうし、私はいてもたってもいないので、ミミちゃんを連れて、シーモンたちの部屋に明かりがついているか見ようと散歩に出ました。
するとちょうどシーモンの家の前で、両親と弟君が車でどこからか戻ってきたところで、謙たち15人くらいでコンスムというスーパーの前で楽しそうにしていて、これからペーテルのところに行こうという話をしていた、と言うので、とりあえず無事がわかって安心しました。

このごろ調子の悪い謙の携帯ですが、通じないときは友達の携帯を借りて連絡してくるのにこの日に限って連絡なかったので、心配したのでした。
遅く帰ってはいけないとか泊まってきてはいけないとか言っていないのです。連絡だけは密にしろといっているのです。なのに連絡してこないから心配したのでした。

謙のコンピューターに、どんなに心配したか、戻ったらどんなに遅くても私のところに帰った報告にきなさい、と書いて寝ました。
3時過ぎかに謙が戻ってきて私の部屋に来ました。友達と楽しかったからママに連絡することなんて忘れていたなんていうのです。
いいかげんにしてよ!
でも、そういえば私も娘の頃、遅く帰宅すると母が寝ずにキッチンの窓から見ていて、心配して待っていたのを思い出します。何でこんなに心配するのだろうと不思議に思っていましたが、私が母とまったく同じように心配しているではありませんか。
でも、やっぱり心配は心配。

今日は、天気もよく、金曜日、土曜日に引き続いて庭の手入れをしました。
本当は小遣い稼ぎに謙と契約をして、箇条書きに何をするか書いてあったのですが、遊び人の謙はゆっくり家にいたためしがありません。こんなことしていたら雑草も伸び放題になってしまうし、ネディの卒業パーティーに6月5日にお客さんを呼んでいるのに間に合わなくなってしまうから私がはじめたのでした。
ニッキィやイヴも少しだけ手伝ってくれていましたが、ずいぶんと雑草も取り、今日はニッキィをスケートに送っていった後、パパとイヴも連れて、植木屋さんやいろいろな店に行きました。

去年、手入れをしなかったので、私のイチゴ畑が雑草でイチゴがほとんどなくなっていたので、イチゴの株も4つほど買いました。
花も、多年草を何株か買って、玄関前の花壇を手入れして花も植えました。
午後になってから起きてきた謙も出てきて、走行しているうちにネディまで出てきて、みんなで、雑草を取ったり、芝生にトップドレスという土を撒いて、芝が擦り切れたり、タンポポを抜いたあとなどに種をまきました。
謙も結構、働いてくれたのですが、こういうとき一番の働き者はイヴです。謙に「こうしてああして」、というと「何で謙にだけこんな地味な仕事ばかり言いつけるの」、というので、「派手な仕事とは何?」ときくと「たとえば、芝の種まき」というので、みんなで大笑いしました。
なぜなら、芝の種をまく段で、イヴと謙がどちらがやるかと、ほぼ喧嘩になっていたのでした。

まあ、とにかく久しぶり、それこそ何年ぶりかで姉兄弟4人で庭の手入れをしました。
小さい頃はよく4人で一緒に庭の手入れをしたなあ、と懐かしく思い出しました。もちろん小さい子はほとんど遊んでいて手伝いにはなっていなかったのですが。。。
ずいぶんきれいになりました。
あとは、家の中の手入れをしなくちゃ。
これが大変。間に合うかしら。
明日から私は1年のうちで一番といってよいほど忙しい1週間なのです。
コンサートが続いているのとその上に日本人学校の運営委員会もあり、家にいる物理的時間が少ないのにどうやって家の片付けをするのだろうと思ってしまいます。
でもやらなくちゃ。その上、週末は日本人学校の運動会もあります。

がんばれ!わたし!
[PR]
by obreykov | 2007-05-28 06:12

2007.05.07 どうしよう、しっかりしなくちゃ

こんばんは大変な忘れ物をしてしまいました。
イヴの父母会があったのをすっかり忘れていました。ロベルトが父母会でもらった書類を持ってきてくれて、あ、っと思ったときはもう遅かったのです。

このごろあまりの忙しさに、私が命の綱にしているようなハンドダータという日本でいう電子手帳というのでしょうか、それにすべての予定をインプットしていなかったので、常に、ちゃんと予定を書き込まなくちゃ、と思ってはいたのです。
少し昔はどんなに忙しくとも、私の頭にちゃんとインプットされてほとんど約束事を忘れたことがありませんでした。子供の習い事などのいろいろだって、きちんとインプットされていて、どこにいつ行くか、予定が変わってもすべてよくわかっていたのに、この数年、このハンドダータに頼らないと怪しいムードになっていたのです。
このハンドダータは小さなコンピューターで、住所録、音楽、写真なども入っていますが、何よりも私に大活躍してくれるのは予定表です。
セットした時間にピーピー鳴ってくれて、何分後に何の予定が入っているかなどを知らせてくれます。
これがなかったら生きていけないような私です。
ところがこのごろあまりに予定がありすぎて、予定をすべて書き込んでいなかったのです。
あまりに重要な予定はグーグルのカレンダーに書き込む際、携帯電話にSMSという簡単なメールのようなものを送る設定をすることができるのですが、とにかくこのごろのあまりの忙しさにそのような操作をする時間さえなかったのでした。

私がすっかり約束事を忘れたのは今までに2回ありました。
大学の頃、何人かの友人グループで富士五湖へドライブに行くことになっていたのに、あまり興味持っていなかったのか、頭の中にインプットされなかったので、まったくそんなこと忘れていました。
私を乗せていってくれるはずの人がみんなは先に出発したのに、待っていてくれて、その当時携帯電話なんてなかったから、公衆電話を探して連絡してきました。
すっかりそんなこと忘れている私はケロッしていて、その人はさぞびっくりしたことでしょう。
とってもよい人だったのでしょう、私は待ち合わせの日比谷公会堂前まで少なくとも1時間はかかるから、私はもう、パスするからみんなと出かけてくださいといったのですが、待っているからといわれ、お化粧もそこそこに飛んでいったことがありました。
なんて不誠実な人になってしまったのかと、自己嫌悪でした。
富士五湖で先発組みの人たちと合流したのですが、私は、慌てて出かけてきたためと、すっかり忘れていたので、家でゆっくりしながらたくさんお茶を飲んでいたため、トイレに行きたくてロマンチックな雰囲気もぶっ壊しておりました。

そして、もうひとつはネディが小学3年生の最後の父母会。あの時はどうして忘れてしまったのか記憶にないのですが、私らしからぬ、まったくすっかり忘れてしまうということをしてしまい、今でも胸にぐさっと突き刺さるものがあります。

そして今日。
父母会に出ることができないことは今までにもありましたが、それは自分の予定で、ちゃんとわかっており、前もって出られないことを連絡しておりました。
つい先日もパパは出張で留守、私は日本人学校の運営委員会でそれこそ私がいないと話にならないような議題がある日だったので、担任の先生に言って欠席届を出しておきました。
なのに、今日はまったくすっかり忘れてしまっていたのです。

あああ、もう少ししっかりしなくちゃ。
ちょっとこのごろ忙しすぎたようです。というのは言い訳か。。。
でも、今日はニッキィが学校でサッカーをして足をいため、スケートのオフアイスの練習にいかれないからと言って、それこそトレーナーに連絡して欠席したので、なんとなくゆっくりできた夕方だったので、気になっていた掃除機をかけて少し気分はよくなっていたのでした。

今日は、仕事場のシェフとの個人面談がありました。私たちの音楽文化学校では校長がこの4月から新任になったのです。
とてもよい校長なので私は満足です。でも、さすがよくできた管理者でこちらの状況を聞きだすのが上手で、私は月曜日と火曜日に一緒に働いている彼の悪口をいいたくはなかったのですが、彼がほとんど毎回遅れてきて私が20台のヴァイオリンの調弦から、教室の設定(音楽室を午後にフリーティッズと呼ばれる余暇活動に利用しているため、ビリヤードやサッカーゲームなどがおいてあるので、その重いビリヤードなどを教室の隅に押しやったりするのです。)を一人でしなくてはならないことがほとんど毎回で、二人では準備時間に30分もかからないけれど、一人では30分もかなりハードだという話までしてしまいました。
なんか告げ口したみたいで気分はあまりよくないのですが、校長はそういうことは自分はしっかり知って置かなくてはならないことだから、といいます。日本人はやさしく、思いやりがあり、仕事も人一倍するというのは知っているが、こちらは二人に給料を出しているのに一人だけが仕事をして同じ給料をもらっている一人が何もしていないのは間違っている、といっていました。

確かにそのとおりなのよね。ところが私ったら、彼が毎回のように遅れてきても文句のひとつも言えない。。。それより、たまに「渋滞で。。。」なんて電話してくると、「調弦はできているから、安心して気をつけて運転してきて」なんてやさしい言葉さえ出してしまっている八方美人!
そう、私は八方美人なのかしら。
煮えくり返りそうに頭にきていてもついついニコニコと許してやさしい言葉さえかけて、しわ寄せがどっと自分に降りかかり、イライラしてしまうのです。

いただいたコメントの返事にも書きましたが、なんだか私がしないとこの世が回っていかないような錯覚に陥るのか、頼まれると(場合によっては頼まれなくても)気がついたときには、OK、私がやります、任せておいて、と言っているのです。

でもこのごろはかなり成長したのです。ある友人にはもう、日本人学校の運営委員も辞めちゃいなさい、といわれているのですが、それはまだできないにしても、クラスの連絡委員など、私がやります、と言わずに、ほかの人がやるというまでハンカチを口の中に詰め込んだ気分になって黙っていることができるようになりましたし、先日の運営委員会でも書記は誰が、と言うときシーンと無言状態があったとき、いつもだったら「わたしがやります。」と答えているところ、今回は「授業料請求書を送る仕事がありますので、今回の書記は勘弁してください。」と言えたのです。
自分でもびっくりしました。

少し、何でもにしゃしゃり出ないで、自分や自分の家庭のためになるような生活に変えていかなくてはと思っているところです。
人間、ゆっくりボーっとする時間も大切です。
私がそんなゆとりのある生活をしていたのは、妊娠している時期だけだったかな、と思います。
そういえば、学生の頃も仕事をはじめた頃も、「あなたは分刻みに行動しているのね。」といわれるほど忙しくしていました。
でもそれは仕事の合間に、乗馬をしたり、スキーをしたり、辻クッキングに通ったり、ヴォーグの編物教室に通ったり、すべて自分のために楽しんだ時間でした。

まあ、いまも子供のため、とか思って、半分楽しんでやっているのは事実ですが、ちょっとこのごろ忙しすぎる感じです。
[PR]
by obreykov | 2007-05-08 05:52

2007.05.06 忙しいなんてもんじゃありません。

昨晩やっとパパが帰宅したのですが、相変わらず忙しい我が家。
私はこの数週間の忙しさに頭も休まる暇がなく、その上、やること考えること、何もかもがごちゃごちゃになっていて、飽和状態のような気分です。

とはいっても、一つ一つ物事が片付いていくのはなんともよい感じです。
私の勤めている音楽文化学校の60周年記念コンサートの第1f段がおわりました。それで少しは落ち着き、ニッキィのフリープログラムができたのもやれやれと言う気分ですし、なんといっても日本人学校の授業料請求を運営委員会でやることになり、まずその立ち上げを私がすることになっており、まあ、これはずいぶん前から準備をしていたのですが、最終的な住所録を作ることから、生徒毎に授業料を入力して、それを参照して請求書を作るという作業、また生徒毎にメールアドレスの登録をしてもらい、それを新しく作った授業料請求用のメールアカウントに登録して、請求書をメールで発送するという作業。
メールでは不都合な人への郵送作業。作業自体は決して難しいことでもなんでもないのですが、間違えは許されませんし、とにかく、単純作業と入っても時間がかなりとられます。

昨日発送をしていたら、謙が「そんなことしていて稼ぎになるの?」ときいたので、これは役員の仕事としてやっているから1銭の稼ぎにもならない、というと「馬鹿じゃないの」と言われてしまいました。
確かに!まったくそのとおりです。
事務員やら会計事務やらの人たちは似たような仕事をして給料をもらい、私は役員ということで、ただ働き。
その上、子供のためにと思って引き受けている役員で、実際しわ寄せがきているのは私の子供たち。謙に「子供のためじゃなくて、日本人学校のためじゃない。」なんていわれ、ごもっとも。と思ってしまいました。

本当に馬鹿か、私は。
どうして、何でもこのような割の合わない仕事を引き受けるのだろう。この時間ピアノを弾いていれば稼ぎになるのに、同じ1時間でもこんな役員の仕事をしていたらごく1部の知っている人が感謝をしてくれるだけで、なんの得にも稼ぎにもならないのです。
馬鹿馬鹿馬鹿。

とはいいつつ、まあひとつ仕事をやり終えて、ホット一息の私です。

22日には学校60周年記念のコンサート第2弾があります。これにはあまり生徒は参加せず、ここの大人のオーケストラとネディ、謙、イヴが一緒にひきます。
4月は本当にあっという間に終わってしまいましたが、5月も吹っ飛んでいきそうです。
6月5日はネディの卒業式。
これの計画も立てなくてはなりません。準備もしなくてはなりません。
あせるばかりの私です。
[PR]
by obreykov | 2007-05-07 00:43

2007.05.01 夢のようなひと時、恋する私

金曜日は2時30分に待ち合わせでストックホルム大学まで行きました。ニッキィの振り付けをしてくれるゴーシャという昔全米アイスダンス2回連続チャンピョン、その後オリンピックには、ロシア人だったからという理由で、惜しくも出場許可を出してもらえなく、その代わり、プロのアイスダンスでは世界チャンピョンを取ったあのゴーシャです。
暮れにもニッキィがターリンで試合をするにあたり、3分滑らなくてはならなかったので、その部分の振り付けをしてもらいました。その頃も私は、彼にボーっとなっておりました。
彼にボーっとなるのは私だけではありません。
a0022183_1011064.jpg

車もちょっときれいにして迎えにいきました。私たちのために天気もとってもよくてストックホルム大学もものすごく素敵でした。
ゴーシャは今はコーチや振り付けの仕事をしていますが、ストックホルム大学には法律の勉強で1年ほど留学をしているのです。
それに、世界選手権などで活躍の中国のペアの振り付けに中国へ行ったり、今度はフランスで仕事だそうで。。。
そんな彼が、ニッキィたちの振り付けをしてくれるなんて、夢みたい!

ロシア人って、とっても甘くて親切で、紳士で、今度生まれ変わったらロシア人と結婚するわ、といったら、子供たちに馬鹿にされてしまいました。
残念なことに、私はバレエの伴奏の仕事に行かなくてはならなかったので、ネディが振り付けの様子をビデオに撮ってくれました。ネディにゴーシャは独身だから、ネディにどう?と冗談言うと、だって年がうえすぎて相手にならない、と笑い飛ばしていました。そうか、40歳はちょっと大きすぎかア。。。
確かに私もネディの年頃、28歳の人を見ても大きすぎておじさんのような気がしていましたっけ。

仕事が終わったら私もスケート場に駆けつけました。
何度見ても素敵で、今ごろの人がよく知っているヤグーディンたちとスターオンアイスなどで共演している人だなんて信じられない!

3分30秒のプログラムを5時間かけて振り付けし終わりました。
ニッキィも根性ものだと感心しました。二人とも終わったらくたくたに疲れておりました。最後の2時間ほどはスケート場もニッキィとゴーシャだけで、ゴーシャの甘い英語が響いておりました。

帰りの車の中で、「YouTubeなどで見ているゴーシャがこうして私の車に乗っているなんて信じられない」というと、「何年後かには僕がニッキィをYouTubeやテレビなどで見てみんなにこの子の振り付けをして教えたんだと自慢するよ」なんていっていました。本当にそうなればよいけれど。
スウェーデンのスケートママたちの態度がよいこと、アメリカのスケートママたちは中にはコーチに注文つけたりリンク際でコメントをたくさん言ったりしてやりにくいこと、またロシアでは自分の両親は1度も練習を見にくることができなかったこと、ロシアではリンクの見える窓に墨が塗られて、見せないようになっていて、親たちが見たくて、墨をこすり取って小さい傷の所から覗き見をしていることもあったことなども話してくれました。
ブルガリアの黒海のスルンチェフ ブリャック(とブルガリア語で言ったのです。)やソフィアに行ったことがあるけれどブルガリアは大好きでまた行きたい、などといっていました。

最後に車のトランクに入れて置いてあげたスケート靴など彼の荷物を取るとき、私のトランクのごちゃごちゃを見られてしまいました。楽譜やら室内履きやら車のオイルやら、冬の雪のための砂袋やらごちゃごちゃしているのを見られて、おっとっとと思ったら、「僕のアパートとまったく同じ!」なんて言ってくれました。。。

とにかく素敵過ぎて、YouTubeなど見ながらボーっとなりっぱなしの私です。
今月一杯でフランスに行ってしまうのがなんとも残念。。。水曜日の晩に中国のピーナッツを食べたら、アレルギーが出て目がはれてしまったと言っていたけれど、大丈夫かしら。すべてのものではないけれどりんごなども時々アレルギーになるといっていたけれど、私とおんなじじゃない!なんて思ってしまいました。

さて、現実に戻って、土曜日は日本人学校のあとイヴは洋二くんの所にとまりに行きました。
ニッキィは誕生会に呼ばれ、夕方私が迎えに行きました。
なんだかとっても疲れているのですが、十分に寝る時間が取れません。
日曜日にはニッキィたちクラブでオペラ座のバレエを見に行きました。私もパパの友達のオペラ座で働いているヴァスコがチケットを取ってくれたので見ました。とっても素敵でした。
本当はゴーシャも誘おうと思ったのですが、ゴーシャは大学の友人たちとストックホルムの群島に行くとのことだったので誘わなかったのでした。
そして、月曜日は学校は休みなので、ネディがイヴ、洋二くんと弟くんと待ち合わせて街でとなりのトトロを見に行きました。
ニッキィはスケート場が最後の氷の日で、トレーナー無しで滑ってよいことになっていたので、ゴーシャに振付けてもらったプログラムを忘れないように滑りに行きました。
そして慌てて私たちもみんなと合流してトトロを見ました。久しぶりでしたが、感激が新たで、涙さえ出てくる部分が何度かありました。

夕方みんなで我が家に戻り、洋二くんたちのお母さんもうちにきて、みんなでお寿司を作って食べました。そのあとスウェーデンでは春の掃除をして、大きな火をたく行事があるので、夜出かけていきました。出店もあり、子供たちは満足して、ニッキィは指人形も当てて、喜んで戻りました。
謙が友達と出て行ったのに、連絡が取れなかったので、とうとう寝ることができず、夜中に彼女と戻ってくるというので、なんだかそれまでとうとう寝ることができずにメールの返事を書いたりしてすごしました。
また寝不足。。。
お寿司を取っておいてあげなかったので、朝から鮭など買いに行って、ネディと握りや細巻きを作り、彼女にもご馳走しました。スウェーデン人は結構、鮭や海老のおすしは好きです。

というわけで、寝不足の私、夕方にはソファにダウン。そのあと電話でおきて再び残りのご飯や冷凍のすし飯を解凍してお寿司を夕食にしました。
寝不足のくせにこのごろ疲れがたまりすぎていて眠ることができない状態です。。。
[PR]
by obreykov | 2007-05-02 09:54

2007.05.01 あっという間に5月!

先週はそれはそれは忙しさの頂点にたっていたような1週間でした。
何でこんなに忙しいのか。。。
木曜日は2つもコンサートが重なっていたのでした。私の勤める文化音楽学校の60周年の音楽会があり、本当は子供たち4人も出演の予定でしたが、ネディはシンクロナイズドスケーティングのアイスショーが近づいていて新しいプログラムの練習があり、謙は本当はここでのロックバンドで演奏し、そのバンドにあわせてストリートダンスグループがダンスをすることになっていたのでした。これは、生演奏でダンスの生徒が踊るという画期的なものだったのですが、謙もピーターも高校のコンサートに出演しなくてはならず、謙とピーターのエレキギターの部分はトーマスたち先生が受け持つことに。。。残念。
でも、さすが音楽科の生徒たちです。特に3年生の演奏はすばらしいものでした。
謙は今回もなんとコントラバスを弾いていました。なかなか様になっておりました。
高校のコンサートのほうが早く終わって、謙の友人たちが早くおいでと連絡してきたので、急いで、駆けつけました。
途中から聴くことができ、イヴたちのクラスローフィオールというヴァイオリンのアンサンブルの演奏も聴くことができました。
私の仕事仲間のクリスティーナ先生の演出で、7人全員黒いズボンに、ちょっとぶかぶかの白のワイシャツをちょっとだらしなく着て、パパのネクタイもちょっとだらしなくして演奏するというなかなかの演出でした。しかもクリスティーナも同じ格好で、子供たちの中にまぎれてなんだかとてもよい雰囲気でした。
演奏もなかなかよくできて、会う人毎によかったとお褒めの言葉をいただきました。
イヴとニッキィの入っている弦楽オーケストラの演奏は聴けませんでしたが、最後の管楽器とその他の生徒の全員出演のベートーヴェンの喜びの歌は上手とはいえないまでも、かなりのダイナミックさが出ていてすばらしかったな、と思いました。

うちに戻ると10時30分を過ぎていて、かなり精神的にもくたびれました。
[PR]
by obreykov | 2007-05-02 09:00