「ほっ」と。キャンペーン

<   2007年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

2007.09.21 ニッキィのスケート

9月にはいってニッキィも今シーズンの準備に大変な日々が続きました。
ニッキィはベーシックとフリーのテストは3というのを持っているので、どちらにせよ、A選手なのですが、トレーナーが経験をつんだほうがよいから、と16日にクラブであったテストでベーシックとフリーの4を受けました。
トレーナーたちはフリーはほとんど問題ないだろうが、ベーシックは少し心配していたようでした。でも結果はベーシックから滑走したのですが、いっぺんにOKが出て、一緒に受けたヴェロニカも受かり、本当にホッと安心しました。
ヴェロニカは4回目だそうで、ニッキィも今回が2回目でした。
前回のとき、審判がテスト3までは何とか取れてもテスト4は何ミリメートルという正確さを追求されるから厳しくなるのだとおっしゃっていたので、ほぼあきらめていたのでした。でも、トレーナーのおっしゃるように経験になるから、と思って受けたのでした。ラッキー!
そして、フリーテスト4はヴェロニカは前に取れていたので、ニッキィのみ。ベーシックのテスト2や3の選手の後にフリーになりました。
クラブの選手はみんな今回よくできて、ほとんどの子が合格しました。
さて、ニッキィの番です。
私たちは上のクラブ室から、見ていたのですが、なんだか私のほうがどきどきしてきました。
普段できるジャンプも失敗したりして、本当に生きた心地がしない感じでした。
ジャンプのやり直しは1度しかありません。
最後に一人残されて、トレーナーのターニャも一緒に二人の審判からいろいろ言われているよう巣立ったので、これはだめだったのか、と思いました。
下に下りていくと外でターニャがタバコを吸っていたので、どうだったか尋ねると「私がいつも言っている着氷を審判が指摘したので、ニッキィにとってはよい勉強になったはず。これからはあの着氷をいかにきちんとするかを考えながら練習するように言ったし。。。云々。」といっていたので、すっかりだめだったのか、レストテストといって、だめだったエレメントだけを今度受ける、という結果になったのかな、などと思いながらみんなが選手を待っている廊下に行くとほかのお母さんたちや選手が「おめでとう」などというので、「ベーシックは受かったけど、フリーは。。。」というと、ネディがニッキィはフリーも合格したのよ。」というのでびっくりしました。

ターニャはロシア人で選手に対して決して甘く扱わないし、よほどでない限り褒めないトレーナーなので、私に合格したしないより、どのような滑走だったかを知らせてくれたのでした。
ああ、それにしても、絶対だめだったんだと思ってしまいました。

おめでとう、ニッキィ!
本当によくがんばったね!

これでしばらくはテストのことを考えずにいられます。なぜならテスト5というのはずーと先の話ですから。

さて、ニッキィは今までミニョールという一番歳の小さいクラスだったのですが、今シーズンからウングドームというクラスになりました。テスト3以上を持っているとA選手なのです。
クラスが変わるとプログラムの時間も変わってきますし、エレメントの構成も変わってきます。
フリーのプログラムは3分半で前に日記に書いたように、ロシア人のアイスダンスの世界チャンピョンだったゴーシャという人がストックホルムに短期留学をしている間に振り付けをしてくれました。ハンガリー舞曲です。
そして、今回9月にはいってから、スウェーデンのシングルスケーターだったアンナ リンドストロームという、すばらしいトレーナーもしている振り付け師がちょうどストックホルムに引っ越してくることになって「ゴッドファザー」で2分半のショートを振付けてくれました。
彼女はターニャの選手でした。
振り付けなどをするときはクラブの持っているアイスの時間にはなかなかできないため、学校に行っている時間にすることになります。
前の学校では、ニッキィがスケートをしていて、試合や振り付けやそんなことで学校を休んだりすることを簡単に許可してくれていましたが、今回、学校が変わったので、ちょっと心配をしていました。でも理由をきちんと話すと快く許可してくれました。
1度午後の授業を休み、2度目は午前の授業を2時間ほど休み、プログラムは出来上がりました。
後はDMまで、いかに滑り込んでいくか、です。

そうそう、問題は衣装です。
ターニャが大体の構想を練ってくれ、それに基づいて、今回はパパがちょうどブルガリアに行っているので、ブルガリアの新体操の選手の衣装を縫っている人に頼んでみることになりました。
仮縫いもできないし、トップの生地がまだ見つかっていないということですが、その縫う人が何とか見つけてくれるという話で、また、ロシアのテレビで毎週土曜日にフィギュアスケートの番組があるのでそれも見て研究してくれるということだそうで、ちょっと楽しみです。

ターニャはとりあえず、全シーズンの衣装に手をちょっと加えて使えるので、万一の場合はそれで間に合わせればよいとおっしゃっているのです。
まあ、とにかくスケートの世界は、物事が急に決まったり、変更されたり、いろいろあるので、振り回されている感じです。
でも、先日荒川選手の物語というのをインターネットで見る機会がありましたが、やっぱりご両親が相当苦労なさって、衣装を用意したり、練習や試合のために協力する様子など、陰の力が本当に大きいのだ、ということを思い知らされました。
[PR]
by obreykov | 2007-09-21 17:50

2007.09.21 パッとしない毎日

なんだか、急に晩秋が迫ってきたのも手伝ってか、気分がいまひとつパッとせず、忙しいのももちろんだけど、自分のこの日記も空けることなく日々がいたずらに過ぎていったように感じます。
最後に書いたのは9月のはじめ。今は9月も終わろうとしています。

風邪もひいたりしていたのかな。
日本で美味しいもの食べ過ぎてすっかり太って着るものがなくなってしまったので、慌てて、普段してもいないダイエットをしようと急に食事の量を減らしたら、いつもお腹がすいて餓死しそうな気分になってきたので、もう、やーめた!とすっかり気分転換をして、セーターやゴムのスカートを着て過ごそう、と思ったとたん、今度は反動で食べ過ぎて胃が悪くなり、数日胃痛に悩まされたりしておりました。
つくづく馬鹿な私、と思いました。

忙しい忙しいとはいいつつ、今年は(私の仕事は8月から新しいスケジュールになるのです。)去年と違って、結構コンパクトにまとまっているので、実際の仕事量は変わりないのですが、気分的にはずいぶんと時間が短くなったような、そんな感じがしないでもありません。
朝が早くて、結構大変なこともありますが、その代わり、早く終わるので、もっと自分の子供にかけてあげる時間が増えた感じです。

「ほたるの墓」はかなりショッキングなインパクトの大きい作品でしたが、先日終わった日本のドラマで「ホタルのヒカリ」というのがありましたが、これは、本当に楽しませてもらいました。
ネディと見ながら、「なんだか、私たちのことをどらまにしたみたいね。」といいました。
でも、こんな感じって、誰でも持っているんじゃないかな。主人公のホタルさんは、仕事場では一生懸命仕事をこなすOLですが、家に帰るとジャージーを着て、缶ビールを縁側で飲むのが最高の幸せと思っているのですが、ひょんなことから上司と同居することになって。。。という話で、私も外では仕事をしっかりこなして、よいお母さんもして、パーフェクトのように思われているのですが、ところがどっこい、穴の開いたようなジャージーを着たり、チェリーのしみがついたようなTシャツを着たりしている時が一番自分らしくって、部屋の中もごちゃごちゃしているほうが落ち着くし、ごちゃごちゃの中にもそれなりの法則があるからすぐ必要なものも見つかるのですが、お客様がくるからって、慌てて片付けると、今度はものが見つからずに大変な思いをしているのはこの私です。
でも、仕事場などでは、見違えるようにいろいろなものがきちんとなされ、てきぱきと仕事をこなして、まるでスーパーウーマンのようにてきぱきとしていて、頼まれればそれ以上の仕事をしてしまう、頼まれなくても、てきぱき仕事をこなす、あたかもパーフェクト人間のように振舞っているわけです。
だから、ホタルさんと同様、家に戻ると風船の空気が抜けたみたいになってしまうのでしょう。
でも、そんな人って結構いるんじゃないかな、と思ってしまいました。
[PR]
by obreykov | 2007-09-21 17:14

2007.09.05 「ほたるの墓」

昨晩、謙がDVDを整理していて、ずいぶん前の日本の映画「ほたるの墓」を貸してくれました。
「ママだったら大泣きでみるよ。」の言葉のとおり、なける場面だらけの悲しい戦時中の話でした。
海軍の長男が戦争に行く前に「母と妹を父の変わりにまもるように。」と頼まれて母が空襲でなくなった後もただひたすら妹を守り続ける話ですが、4人の子供を持つ叔母の無慈悲ともいえるような姿で、4人の子供を守るために人の心も打ち捨てて生き抜いていく様子も描かれています。
あまりに惨くて、悲しくて、本当に久々に感激したというか、考えさせられたというか、日本は現在は平和ですが、今こうしている間にも、戦争で同じような状況におかれている沢山の人々もいるのかと思うと、なんともいえない気持ちでいっぱいになります。

母から戦争の話など聞いたことありますが、祖父も海軍で、戦争後に敗戦であったことの責任を強く感じ苦しんでいた祖父のこともまた、不憫に思います。
誰一人として、良い思いでのない戦争はこの世から抹殺しなくてはならないものに他ならないのですが、どの時代にもどこかで戦争をしています。
ふと、平和な世界に住んでいるとつい忘れてしまう平和の大切さを、このような映画で、時には思い出さなくてはならないのだと思います。

数年前、イヴの国語の教科書で「ちいちゃんのかげおくり」という、これも戦争が生んだかわいそうな子供の話がありました。なかなか読めなかったイヴに音読してあげたとき、まだ小さかったニッキィが横で聞いていて、涙をぼろぼろこぼし始めたことがありました。
ああ、この子は、こんなに日本語がわかるのだ、と感激したのと同時に、こんなに小さな子供でも戦争の惨さがよくわかるのだと思いました。

昨晩も私がこの映画を見ていると、スケートのあとくたびれてソファで寝ていたニッキィがおきてきて途中から一緒に見始めました。
私はニッキィをしっかり抱きしめて涙を流しながら見ていたのですが、遅くなってきたので、「明日続きは見ようね。」といって昨晩は寝たのでした。

そして今朝、パパが早くからブルガリアに発ったので、空港へ送っていってから、私は続きを見始めました。
ニッキィと約束はしたものの、感受性の高いニッキィにはちょっと見せないほうがよいかなと思いました。もう少しニッキィが大きくなってから出ないと刺激が大きすぎるような作品でした。
本当によくできている作品でした。

このごろ私も年をとってきたのか、毎年36歳というのは、やめようかと思うほど、歳を感じ、むなしいようななんともいえないこの感情が渦巻いています。
昨年末からいろいろな人が亡くなりました。
そんなのが原因しているのでしょうか。
更年期の一種でしょうか。
今まで忙しい、忙しい、と、あまり考える暇がなかったでしょうか。
このごろ、とってもむなしいような、なんと言うか、どうも気分が青春時代のようにパッとしません。
これって、やっぱり、歳を取ったせいでしょうか。
[PR]
by obreykov | 2007-09-05 16:42

2007.09.03 風邪も治って。。。

やっと風邪も治ってきた感じで、今日はまた、仕事が始まりましたが、何とか無事に仕事を終えました。
ニッキィは乳歯の脇から永久歯が生えてきていたため、乳歯の犬歯を抜歯しました。反対側はまだ永久歯が出てきていなかったのですが、こちらも横から出てこないようにと抜きました。
2本もいっぺんに抜いて、そのあとは家に帰ってからソファで寝てしまったので、チェロも、スケートも今日はお休みにしました。

今晩のおかずはとんかつでした。ニッキィも大好きだったので、小さくきって食べてみておりましたが、やっぱりうまく食べられず、関東風の煮込みうどんを作ってあげました。
痛み止めを飲んだりして、夕方までは痛いなどといって、ちょっと機嫌が悪かったのですが、もう痛みもなくなったのか、鼻歌を歌いながらコンピューターに向かっているので、安心しました。
[PR]
by obreykov | 2007-09-04 03:49

2007.09.01 お誕生日おめでとう!

9月1日はネディの20歳の誕生日でした。20年もたってしまったなんて!
ネディが生まれた日のことはまるでつい先日のように覚えています。あの泣き声も目をつぶると頭の中に浮かんできます。初めての子供だったので、本当にうれしいのと不安なのといろいろな気持ちがごちゃごちゃだったのを、つい先日の出来事のように思い出します。

せっかくのネディの誕生日に私は数日前からすっかり冷え込んだストックホルムのため、風邪を引いていて、いろいろしてあげることができませんでしたが、ネディの好きな鮭の丸焼きと特製マッシュポテトを作ってあげました。
私が風邪だったので、いつも作るコアキのケーキ(ネディが小さいころ名づけたチョコレートケーキ)は作らず、パパが似たようなケーキを買ってきました。
でも!その代わり、友人から教えてもらった電子レンジで作れる「生八橋」をつくりました!
イヴとニッキィが日本人学校へ行っている間、日本食店で、白玉粉と上新粉を買ってきて、作ってみたのです。
あんこは数日前から小豆を煮て、お汁粉を楽しんだ後煮詰めたあんこを使いました。

できるものですね。生八橋!
日本から戻ってくるとき、関空で2箱も買った生八橋を飛行機の荷物入れに忘れてきてしまった悔しさがいつまでも残っていたのですが、この特製生八橋で、救われた感じです。
先日、日本からのお友達が持ってきてくださった生八橋の箱をそのまま大事に取っておいたので、その中にきれいに並べました。

というわけで、ネディの誕生日も無事お祝いすることができました。

今、楽しみにネディと見ている番組は、「ホタルノヒカリ」という日本のドラマですが、毎週、インターネットでダウンロードするのが待ち遠しいくらいです。
とても面白く、主人公は私とネディによく似た感じで、二人で、「干物女にならないようにしなくちゃ」といいつつも、我が家が一番、落ち着くよい場所。でも、ネディは若いのだから、せっかく誕生日の夜も友達に誘われていたのに、「めんどくさいな、いくの。。。」なんて干物女のようなせりふを言っていたので、「いってらっしゃい」と送り出しました。

行ったら行ったで、それは楽しかった様でした。
[PR]
by obreykov | 2007-09-04 03:43