「ほっ」と。キャンペーン

<   2008年 04月 ( 7 )   > この月の画像一覧

2008.04.19 ニッキィのチェロ

今日はニューブローカイエンという古いコンサート会場で、ストックホルムの吹奏楽団のコンサートがありました。メンバーの中には先日私と一緒に弾いた人も何人もいました。
そのコンサートの始まる前、ロビーやカフェにて、サロンコンサートというのがあり、今回はニッキィのチェロと、ピアノ、ヴァイオリン、フルートのアンサンブルが2回公演をしました。
とてもかわいらしい小さな音楽隊で、和やかなコンサートでした。音楽学校のピアノとフルートとチェロの先生が子供たちに、ドキドキしないようにいろいろ話して聞かせていたようですが、ニッキィはスケートなどで場慣れしているのか、へっちゃらな様子でした。上は白で下は黒いものを着るようにという支持だったので、白のワイシャツにスケートの練習用の黒いズボンをはかせました。なぜなら黒いズボンでサイズがぴったりなのがなかったのです。でもだーれもスケートのズボンだななんて気が付かなかったようです。
その後はニッキィとパパと私は吹奏楽のコンサートを聴きました。
こんなことでもない限り吹奏楽なんて聴くことはありません。ブラスバンドというのは、どうも昔からあまり好きではなかったのですが、今日はとても上手な演奏だったし、しかも先日一緒に弾いた人たちもいたので、いつもと違った気分で聞くことができました。

謙にもチェロの先生がチェロアンサンブルで弾いてほしいと頼んだそうですが、高校でのコンサートがあるためこれなかったのは残念だったといっていました。
確かにコンサートがあるのですが、今日は音あわせだけだったはず。コンサートは昨日と明日だったはず。「嘘も方便」を使ったな、と思いましたが、私も話を合わせておきました。
なぜなら、同じころ、クングストレードゴーデンという街の中心にある王様の公園というところで、桜が咲いていて、日本人会の催し物があり、日本人補習学校の友人たちとそこで一緒に過ごすのだと言っていたからです。
帰ってから訊いたら、確かにマリーからチェロアンサンブルを手伝ってほしいといわれたときは、高校でリハーサルがあるはずだったのが急に取りやめになったということでした。

100万人の友人のいる謙はひと時マルティンたちとうちにいたようでしたが、夜になってからまた出かけていき、こんばんはガールフレンドのヘドヴィックのところへマルティンも一緒にとまって明日はそのまま高校へコンサートに出るため行くといっていました。
本当にめまぐるしく忙しい謙です。
[PR]
by obreykov | 2008-04-20 07:20

2008.04.18 春らしい日

やっと春らしい日がやってきたこのごろです。
水曜日16日にはパパと謙が香港から戻ってきました。ネディと昼ごろ車に謙のチェロを積んで迎えに行き、そのまま謙を高校まで送っていきました。何でも音楽の成績にかかわるコンサートのゲネプロがあるそうで、大慌てで、学校に入っていきました。
いつも高校のコンサートではギターやコントラバスを引いているのしか見たことがないので、チェロを弾くなら聴きにいきたいなと思っていたら、私たちのためのコンサートでなく、ヨーロッパからの交換留学生だかなんだかのためのものだそうで、私たちは聴きにいけないそうです。残念。

土曜日にはニッキィがニューブローカイエンという、コンサート会場で行われるコンサートの前のサロンミュージックというロビーで行われるミニサロンコンサートにチェロとフルート、ヴァイオリン、ピアノの5重奏に出演するためその練習もありました。幸いスケートがオフシーズンになって、毎日のトレーニングがないので、助かります。

そうそう、ニッキィのスケートといえばリンショーピングから戻って、靴がきついのか、右の小指が痛くなった、というので、早速スクリースコー ヨーハンというスケート専門店に行きました。
ニッキィの靴はいつもヨーハンのところで買っているのですが、ニッキィが使っている荒川選手と同じグラーフの靴は、オーブンに入れて本人の足にぴったり合うように調整ができるところがよいところです。
もう一度オーブンに入れてもらい、その後、また気になるところに印をつけて、ヨーハンに預けました。翌日取りに行くと魔法のようにニッキィの足にぴったり合うようにしておいてくれて、これで夏いっぱいはこの靴で間に合いそうです。

でも、また新しいのを買わなくては。。。日本に行けるくらい高いので、ちょっと悲しいな。

昨日はいつもの伴奏の後、テーゲルハーゲンというところのヴァイオリンの伴奏の仕事で、5月末のコンサートのために伴奏の録音に行きました。
今回のコンサートでは110人のヴァイオリンの生徒に私のピアノだけでなく、2台のフルート、クラリネットとバスクラリネット、2台のホルンそしてドラムも加わるのです。
子供たちがびっくりしないようにあらかじめ伴奏のみ録音しておいて練習をしようというのです。

プロの管楽奏者とあわせたのですが、さすがプロ。初見ですぐに弾いてしまい、1度あわせてすぐ本番、17曲録音したのですが、楽しい雰囲気の中あっという間に出来上がってしまいました。
それに今の時代コンピューターのおかげで、ミキサーも何もいなくてもフルート奏者の一人がPCを操作するだけで録音できてしまい、あっという間にCDになってしまうのです。
私が日本にいたころは録音というとスタジオで何人もの人が駆け回ってミキサーがいて、等等本当に大掛かりでした。

それにしても何年ぶりだったろう。。。あんなオーケストラの部屋で管楽器なんかとあわせてピアノを弾いたのは。。。音大時代を懐かしく思い出しました。
[PR]
by obreykov | 2008-04-18 21:04

2008.04.13

昨日はストックホルム日本人補習学校の入学式でした。
ニッキィは第1日目から欠席です。本人はいなかったけれど、私は入学式に出席しました。卒業式と違って入学式はほんの15分ほどで簡単に終わってしまいますが、その後引き続いて中学3年生が中心になり、新入生歓迎会が行われます。すると、なんとイヴがその司会役をしているではありませんか!
ちょっとぼそぼそ言って聞きにくい感じもあったものの、イヴがそんな大きな生徒になったのか、と感慨深いものがありました。
帰りにはニッキィの新しい教科書をいただいて帰りました。

夜になると、ニッキィたちがストックホルムに戻ってきます。私はネディもイヴも車に乗せて迎えに行きました。ネディが汽車の到着するところまで行ってくれましたが、ミッケ、ダンネ、マルセル、ラムティン、グスタフと一緒にみんな元気に戻ってきました。

グスタフも乗せて、家に戻りましたが、ニッキィにいろいろ話を聞くとそれはそれは楽しい合宿だったようで、ニッキィはSM(スウェーデン選手権)で対戦したマルクスともこのときずいぶん友達になったようでした。
A選手はほとんどが年の大きな選手ばかりだったようですが、ニッキィとマルクスが一番小さく、それでも大きな選手によく面倒も見てもらい、トレーニング以外の空き時間はミッケ、ダンネ以外の人たちともずいぶんいろいろ楽しく過ごしたようでした。

グスタフやラムティンたちはB選手のグループだったようですが、スウェーデン中の同じような年の選手たちとは、なかなか試合でも会うことがないので、それなりによかったようです。
そのほかC選手のグループもあったようでした。
ホテルはニッキィはマルセルと一緒で、いつもニッキィやミッケ、ダンネが練習しているのを待っているとき私とよくお話をするとてもかわいい子です。お母さんに似ておしゃべりなのか、ニッキィも話が尽きることなく楽しかったようでした。

というわけで、家族は4人になりました。

香港には、急遽、便が変わったようではありましたが、謙から「無事に着いて今タクシーの中」という携帯へのSMSが入りました。
どんな旅をしているのか楽しみです。
[PR]
by obreykov | 2008-04-14 01:10

2008.04.11 今晩は3人家族

先ほどパパと謙を飛行場まで送ってきました。二人は香港へ出発したのでした。
先ほど電話がかかってきて予定のブリティッシュエアが遅れたので、次の飛行機に間に合わなくなるからと急にフィンエアにて、ヘルシンキ、バンコック経由で香港に行くことになったようです。たった、2,3日の滞在なのに、ミスで荷物が届かなかった、なんていうことになりません様に、神様、よろしくお願いします。

めったにないことなのですが、先ほど、音楽学校の先生から電話があり、急に明日のスティンセンでの小コンサートに出るはずだった人が出られなくなったから、謙のバンドに出てもらえないかということでした。香港に向かったから、というと、香港からじゃ、ちょっと遠すぎて無理だね、と残念がっていました。
二人は水曜日の昼ごろこちらに戻ってきますが、高校のコンサートのゲネプロがその日にあるそうで、成績もつくので、飛行場にはチェロも持って行き、家に戻らず、直接高校まで送ってくれ、ということでした。
そんなに忙しいのなら、なぜ高校休んでパパの出張についていくんだ!とネディと言いました。

ニッキィはリンショーピングでスケートの合宿だし、今日は本当に3人だけです。
先日、里芋がスーパーに売っていたので、それで里芋の味噌汁、そして鮭の切り身があるので、照り焼きにしようとネディと話しています。
[PR]
by obreykov | 2008-04-12 01:26

2008.04.10 男子だけのスケート合宿

スウェーデンフィギュアスケート協会がスウェーデンのフィギュアスケートの数少ない男子の選手を育てるために、本日から2泊3日で合宿を行いました。
ニッキィのクラブからはクラウンになった3人と今はアイスダンスをしているペールが参加し、ニッキィが一緒に時々練習をともにしている、ミッケたち3兄弟も一緒にストックホルムから汽車でりんショーピングまで出かけていきました。

そーレンテューナの駅まで私が送り、後は駅で男の子たちと待ち合わせ、ストックホルムの中央駅まではネディが付いて行ってくれました。
中央駅ではミッケが謙と同い年なので、ネディがこちらの男の子たちを引き渡してお願いしたわけです。

いつも通りですが、ニッキィから何も連絡がないので、夜電話をしてみるとなかなかつながりません。やっとつながったと思ったら、電話するの忘れてた、というし、後ろではほかの人の声も聞こえて、かなり楽しそうにしていて、私との会話も着もそぞろで、「じゃあね、バイバイ」の連発で、ろくろく話もできませんでした。
しばらくするとミッケたちのお母さんから電話で、電話してもつながらないと心配していました。私が、かなり楽しそうにしているから電話の音が聞こえないのよ、といいましたら、その後また電話してみたそうでやっと連絡が取れたと電話してきました。

どうやら、ミッケとダンネとマルセル兄弟、そしてニッキィとペールなどが一緒に集まってかなり大きなバックミュージックも聞こえていたようで、楽しくしていたそうです。
明日の練習があるからいい加減にしなさいといった、と話していました。

今回の合宿はすべての費用をスケート協会が出してくれるので、助かります。
ニッキィやミッケ、ダンネをはじめ、SM(スウェーデン選手権)に出場したA選手たちはとてもよい時間に練習時間がとってあるようです。
A選手ではないけれど、毎夏合宿に行くオッシャのニッキィの友達たちも来ているようで、本当に楽しい合宿となることでしょう。
[PR]
by obreykov | 2008-04-11 07:15

2008.04.07 さようならMoa

4月4日の木曜日の朝、スウェーデンの女の子がタイの海岸でくらげに指されたショックでなくなっという悲しいニュースが流れました。
そして翌日、実はその少女はなんと私とクリスティーナの生徒だったという知らせを受けました。金髪のMoaです。
まだ11歳で、私たちとヴァイオリンを弾いていたころ、家が火事になり、学校に持ってきていたぬいぐるみのくまだけが焼けずに助かったモーアの唯一のおもちゃでした。
家も建て直しが住んで、元気になって大きくなったモーアは、学校も大きい学年の通う学校に変わり、元気にしていたそうです。
スウェーデンでは婚姻関係を結んでいない同棲という形をとっている家族が少なくありませんが、モーアのところでもお父さんとお母さんが結婚式をするためにタイに家族で行っていたのでした。
楽しいはずのたびだったのに、木曜日の朝、海岸で遊んでいたモーアたちに突然くらげがおそいかかり、モーアは一番たくさんさされたそうで、ショック状態で助け出されたけれど、救急処置の甲斐もなく、強いアレルギー反応を起こし、ショック死してしまいました。

足長蜂などに刺されたときのアレルギー反応と同じようなものです。
なんという悲劇なのかと、ご家族のことを思うとなんと慰めてよいやら言葉が見つかりません。

ニッキィのスケート仲間もあき休みに家族で海外旅行をしたその第1日目にお父さんが突然倒れてそのままでした。
私の仕事仲間のお父さんも家族でスキーをしていて、急に気分が悪くなったお父さんが大きな石に座って休もうとしてそのまま亡くなってしまったそうです。

人間の運命なんて本当にいつどうなるか、誰もわかりません。
つい、今まで幸せの真ん中にいて、元気に笑っていても、1秒後にはどうなるかなんて、誰もわからないのだと思うとぞっとします。
明日しよう、今度しよう、と物事を先へ先へと見送っていては、何もしないうちに死んでしまうかもしれません。
いつも、すっかり忘れてしまうことですが、一日一日を元気に過ごせたことを感謝しながら生きなくてはならないとつくづく思います。

モーア、本当に辛かったでしょうけれど、どうぞ安らかに眠ってください。
[PR]
by obreykov | 2008-04-08 00:53

2008.04.02 お誕生日おめでとう、わたし!

今日は私の誕生日。母は3日もかかって相当な難産で私を産んでくれました。ありがとう!
おかげさまで、こんな歳になっても両親健在で子供たちも元気で私は幸せ者です。
朝、父と母からお祝いの電話をもらい、そのあと、ゾヤからも、そして、義姉たちからも、あちらこちらから電話をいただき、うれしい1日でした。
それに、びっくりしたことはパパが夕方ケーキととっても大輪のよい香りいっぱいの薔薇の花束を持って帰ってきたこと、そのあと、一番お金のない謙もいろいろな花の入ったブーケを買ってきてくれたこと、それに昨日は1日早いプレゼントも!

昨日は子供たちの従兄、私が伯母さんだけど私よりちょうど1歳年上、の誕生日だったので、お祝いの電話をしたら、「私が36だから、あなたは37歳ね。」というと、「35歳だ」と返事したので、じゃあ、私は今年は34歳になったということになるはずです。
まあ、気持の持ちようで何歳にだってなれるのです。(笑)

昼はネディと一緒に近くの中華レストランにランチを食べに行きました。
夜は私の好きなものを、ということで、ぶりの照り焼き、といきたかったのですが、ぶりがないので、鮭の照り焼きとなりました。
ちょっとパパにはかわいそうだったけど、美味しいと言って照り焼きも、お吸い物も食べてくれました。
ああ、日本の味はやっぱり美味しいなあ。
[PR]
by obreykov | 2008-04-03 05:01