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2008.07.31 ただいま!やっと我が家です。

やっとスウェーデンに帰ってきました。
トルコからブルガリアに戻ったときも我が家に戻った、とほっとしましたが、スウェーデンの我が家に戻るともっと、家に帰った感じでほっとします。
寝不足と旅の疲れでぐったりで、荷物も玄関先に広げたまま寝てしまいました。
あ、ミミちゃんがいたずらするかも、などと、一瞬考えている自分に気づいて改めて、寂しく思います。

ブルガリアやトルコの写真を少し紹介しましょう。
ソフィアのアレクサンダー寺院の前で
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祖父母のお墓参りをする子供たち
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a0022183_246415.jpgトルコの古代遺跡エフェソス(エフェス)にて。ものすごい広さでこの中に古代劇場が二つもあります。しかもひとつは世界最大とされているらしく、プロヴディフの現在も使われている古代劇場の何倍もの大きさで、下に写真を載せましたが、カメラに収まりきりませんでした。
世界各国からの観光客でごった返していました。遠くは韓国や日本からも沢山来ていました。
ものすごい暑さですが、日本のような湿気がないのでまあ何とか過ごせるという感じですが、砂漠というのはこんな感じなんだろうとつくづく思いました。

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マリア様がキリストのなくなった後過ごしたといわれている家の前で
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パムッカレのホテルパムで石灰成分の多い温泉につかりました。一番熱いところは65度です。温泉の底には粘土状の土があります。
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自然が作り出した真っ白な世界パムッカレ
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クレオパトラの泉だそうで、ここの湧き水は炭酸が入っているそうで、飲むと美味しくないのですが、ここの泉では若く美しくなるそうです。日本の昔話のように欲張って沢山飲んだりすると赤ちゃんになってしまうかも。
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トルコで泊まっていたホテルです。最上階の6階に泊まっていました。ベランダが見えます。
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このプールは子供用のプールと、バブルプールと150cmのところと200cmのところからできています。
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ホテルは改装されたばかりできれいで、朝と夜の食事つきでしたが、食べ放題で毎日美味しいものが沢山でした。食べ放題といっても人間のおなかの大きさは決まっていて、すべてのものを食べることができなかったのが残念でした。

写真やビデオを沢山撮りました。これからその整理に大変です。
留守宅はとてもきれいに掃除されていました。ブラボー!冷蔵庫はちょっとスカスカだったので、今日は買い物に行かなくてはなりません。いったい何を食べて暮らしていたやら。。。
思ったより元気そうな謙でしたが、二人になったとき、話すと、元気なわけないでしょ、もう何もする気がないよ、と言っていました。がんばれ!

そして、がんばれ、私!
ものであふれている我が家を整理整頓しなくては!プールもぼうふらの住処になっているぞ。謙が気力なくしてプールにも入っていなかったようです。せっかく暑いスウェーデンになったのですからこんなとき使わなくちゃ。
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by obreykov | 2008-07-31 19:55

2008.07.27 洗濯日和

今日は、ゆっくり寝ました。と言っても9時ごろには目が覚めてしまいました。
昨晩は子供たちがトルコに行く前に買っていたブルガリアのカップラーメンが二つあったので三人で分けて食べました。あの値段、日本円にして50円にも満たない値段にしてはまずまずのカップラーメンでした。
私は朝からずっと洗濯機を回しっぱなし。
我が家の洗濯機はバスルームが狭いので、標準よりずっと薄っぺらいのですが、洗濯物を干す裏のベランダもその洗濯機に一杯洗うとちょうど物干しを一杯にする量なので、ちょうどよいのです。
天気がよいので、さっさと乾くので、干したら洗濯物をまわし、洗濯が出来上がると乾いているものから取り込んで次のものを干すということを繰り返して、とうとうほとんどの洗濯物ができました。
小さい洗濯機なので、色物も沢山ためることなく選択できる長所もあります。
外に干すと本当に太陽の香りがして気持ちが良いものです。
スウェーデンでは天気のよい日が少ないし、忙しいので洗濯の番までしていられないので、突然の雨にも困らないようについつい地下の洗濯場に干してしまいます。また、暖房が入っているときは外に干すよりずっとはやく乾いてしまいます。
春など白樺の季節は私がアレルギーなので、外には干せません。
そんなわけでブルガリアや日本に来ると洗濯が楽しくなります。

スウェーデンのネディや謙とも電話で久しぶりはなしました。
元気の無い謙が気になって、何もやる気も食欲も無いというので、どうしたのかと思っていたら、どうやらヘドヴィックと別れたらしいのです。電話なので、よくわからないのですが、クラスメートと二人でアメリカ旅行へいったヘドヴィックがどうもアメリカで浮気(他の人とキスをしたらしい。)をしたらしいのです。ヘドヴィックはアメリカでの自分は自分を失っていて、自分ではなかったと反省して謙に謝っていたらしいけれど、謙はそんなの許せないと言っているのです。
ヘドヴィックは私も気に入っていましたが、謙が自分というものがありながら浮気をする彼女を許せないというのに、私は変な安心をしました。なぜなら、なんだか、このごろの若者、いろいろな人と付き合ったり、貞操が無かったり、理解に苦しんでいたからです。
謙は男の子5人で旅行したりして、何も悪いことしていないのね、ときくと当たり前だ、だからヘドヴィックが許せないといいました。
いまの謙はかわいそうだけど、謙はそういうことが許せない潔白な誠実な人間だったのかということがわかり、安心しました。
沢山の恋をするのはよいけれど、二股にかけたり、浮気をしたり、そういう形での沢山の恋はよくありません。一つの恋にピリオドが打たれてから新たな出会いがあって、というのなら沢山の恋をしてもよいと思います。
どこかにママみたいな人がいるはずよ、パパ以外の誰にも興味を持たない人が、となんとも慰めにもならないようなことを言って励ましました。
このことはネディには言っていないと言っていましたが、マルティンたちには言ったというので、相談というか、苦しいときに話せる友達を持っているのは幸せなことだと謙にも言いました。彼女も大事だけどよい同性の友達を持つということは本当に大切なことだと言いました。
初恋の相手とそのまま続いて結局、子供などできてから別れた人たちを沢山知っているので、ある意味では私は安心しました。
パパも、失恋なんて何度も経験するよ、そのうち立ち直るよ、と言っています。そんなに沢山経験してくれなくてもよいけれど、確かに始めての人しか知らないで、家庭ができてから、他の人はもっとよい人かもなんて思うより、沢山の恋をして沢山失恋してから最後によい人にめぐり合えるのが理想の形かも。。。
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by obreykov | 2008-07-28 00:10

2008.07.26 いよいよブルガリアへ帰国

朝、8時半の出発といいつつ結局9時の出発でトルコともお別れです。と言っても国境まではかなりの時間がかかり、国境でも結局のところ2時間かかり、家に着いたのは夜中の3時でした。
日本との時差を考えると日本はへんな時間ではなかったので、まず、父と母に無事ついた電話をしました。
2年前にブルガリアに父と母を連れてきたとき、イスタンブールまでの旅行を探していたのですが、とうとう見つからず、時間も無く、実現することができませんでした。今回トルコ旅行が実現し、ああ、連れて行ってあげたかったな、と思いましたが、こうしてバス旅行を終えたら、連れて行かなくてよかった、と思いました。
やっぱりバスでの16時間の旅はかなりハードです。
バスでは私とパパが前から2列目、イヴとニッキィは一番後ろの席を陣取っていたのですが、ニッキィとすっかり友達になった女の子がずっと一緒だったようで、ブルガリア人のおしゃべりには参ってしまったようで、ニッキィは寝た振りをしたりもしたようですが、最後にはDSを貸してあげてニッキィは彼女のおしゃべりから休もうと思ったのもちょっと計算違いで、ゲームは英語、彼女は英語がまだできないためいちいちニッキィに約してもらうため、もっと疲れたといっていました。
ブルガリア人のおしゃべりは子供のころから鍛えられているのですね。
そういえば、ソフィア少年少女合唱団が日本へ来たころ、私やべべたちは指揮者のネデャルコフさんの計らいで同じバスに乗せていただいて茨城、甲府など東京近辺のコンサートに連れて行っていただいたことがありました。私とパパが知り合うきっかけとなった私の友達のブベが来ていたころです。そのときも皆のおしゃべり振りには本当にびっくりしたものでした。あの時、私は英語のリスニングがすっかり上手になったと認識したものでした。生きた勉強です。
無口なブルガリア人がいたら会ってみたいです。

さてさて話はずれましたが、こうしてブルガリアに戻ってくると、言葉も通じるし、ああ、帰ってきたとほっとするから不思議です。
私にとってはブルガリアだって外国なのですが、ブルガリア人の夫を持って半分ブルガリア人の子供を持っていると自分もすこーしブルガリア化しているのかな、と思います。言葉が通じるということは随分と気持ちが落ち着きます。
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by obreykov | 2008-07-28 00:09

2008.07.25 最後のショッピング

お土産などこの日にすべてを済ませてしまわなくてはなりません。翌日の出発も早いのでどこでパンなど売っているのか調べました。
イヴは謙が友達からトルコの水パイプをもらったものですから、自分も水パイプがほしいのです。我が家には本物の水パイプが2つもあるし、一つは価値のある水パイプで島の別荘においてあるので、もって来てもよいとパパが言うのに、どうしても安物でも自分のものがほしいようです。
パパの真似して交渉して、(と言っても、ここでは、まず向こうでいくらか言ってきて、何も交渉しなくても、買わないで店を出ようとすると向こうから勝手に値を下げてきます。)小さいコンパクトサイズでジュラルミンのアタッシュケースっぽい入れ物に入った水パイプを買って大満足です。
親戚その他には結局、ロクムというブルガリアにもあるのですが、朝鮮飴のようなものを何箱か買いました。
ロクムといえば、パムッカレに行く途中で一休みしたのですが、そこにある店ではロクムも売っていて売店のおじさんは少しだけ日本語ができて、なんと日本語で「1箱700円、云々」と書いてありました。きっと日本人観光客が多いのだろうと思っていると日本語が聞こえてきました。1台のバスから沢山の日本人が出てきました。

夜のショッピングでは、ニッキィが沢山ゲームが入っているDSをイヴにほとんど貸してあげないので、日本やスウェーデンで1つのゲームの値段くらいで何十個ものゲームが入っているのだから、と、もう一つ買ってあげる事にしました。
この前の店で交渉中に、私とイヴが恥ずかしくなってちょっと何軒か先の店まで見に行っていたら、同じゲームがあったので、イヴがいくらかきいてみました。
買わないで店を出ようとすると向こうから勝手にどんどん値を下げてくるので、パパとニッキィを呼びにいきました。
そんなことをしているうち、そのゲームを売っている店で時計も売っており、以前パパが謙にあげた自動巻きの時計で中の機械が透けて見え、裏から見ても機械が見えるタイプの自動巻きの時計を見つけました。
普段、いろいろなものを欲しいといわないネディとイヴが欲しいというときは本当に欲しいときです。
まるでイヴが来るのを待っていたような時計でした。
子供にはちょっと高いんじゃないかな、と思いましたが、時計の好きなパパはイヴが気に入った時計を見つけただけで嬉しくなったようで、時計とゲームを買ってあげました。
パパは、50ヨーロ札しかないから、30ヨーロのゲーム買えない(おつりがどのように繰るかわからないから)60リラだけど40リラしかないから40リラにしてくれるなら、なんて言っていて、結局時計まで買ってしまったので、高いものになってしまいました。お金もヨーロとリラと使っているトルコでは、頭の中はブルガリアレヴァとスウェーデンクローナも考えて私の頭の中のハードディスクは壊れ気味。何がなんだかわからなくなってしまいます。
私はやっぱり地元での買い物が一番。日本での買い物が一番。
なんやかんや言って、安いはずのトルコでしたが、小旅行をしたり、安いはずの買い物をしたりして、結局何十万って使ってしまいました。まあ、いいか。ブルガリアでは大金持ち(?)のパパですから。
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by obreykov | 2008-07-28 00:07

2008.07.24 ショッピング

毎日早起きで海へ、見学へと忙しかったので、この日はパスをして、ゆっくり寝ることにしました。
ゆっくりとは言っても7時30分から10時までに朝食ですから、9時過ぎに朝食に行きました。そのあとは午前中のショッピングということで街に出てみました。夜の街の様子とは打って変わって人も少ないし、全く別のところにきた感じでした。
ニッキィが大好きだったトルコのソフトクリームもやっているところが少なく、普通のソフトクリームは売っているけれど、あの夜のトルコ人の民族衣装を着て、立派な鼻ひげを生やしたおじさんたちはあまりいませんでした。
このソフトクリームはアイスを入れているところから長い棒のようなものでアイスの固まりすべてを取り出すことができて、コーンに入れてから渡そうとするのですが、こちらが受け取ろうとするとコーンからアイスが取れておじさんの持つ棒のほうにくっついたままだったり、いろいろなトリックをして旅行客や子供を楽しませてくれます。味もちょっと変わっていて、ニッキィは大好きでしたが、私に言わせるとちょっと甘すぎる感じです。
24時間のレストランでまたまた美味しいお昼を食べてから、シエスタの時間。
イヴとニッキィはホテルのプールで散々遊びました。
私も夕方にはプールに入って少しやせようと泳ぎましたが、もともと泳ぎが得意でない上に体力もなくなっているらしく、ちょっと泳いだだけで息切れがしてシェイプアップするまでは行きません。。。

夜のショッピングでは、ブルガリアに住んでいたトルコ人のいるバックの店で(あちらこちらまわった結果、ここが一番よい品があると判断。)旅行カバンと私の趣味のバックを買ってもらいました。万歳!
ここでの交渉はブルガリア語が通じるので、私も仲間に入れるし、いろいろ訊くこともできたので、よかったのですが、トルコ人の英語ちょっとしゃべるところでの商談交渉は、ちょっと私にはついていけません。
ニッキィとイヴが面白がって、パパとトルコ人の交渉の真似をホテルでしています。

パパもとうとう自動の時計とニッキィのゲームボーイDSの沢山ソフトの入っているのを買いました。
そのほかシャツやら何やら買いましたが、イヴはイミテーションとわかるような洋服はいらないと言って何も買いません。どこがイミテーションとわかるのか私にはわかりませんが、あそこがこうなってここがこうなって、と何やら言っていました。
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by obreykov | 2008-07-28 00:06

2008.07.23 パムッカレ

翌日はパムッカレという温泉地へグループの希望者でいきました。沢山の石灰成分を含む温泉が山から出ているため、山肌を流れつつ、無数の池のようなものを作りながら白い鍾乳石が作られるそうで、本当にびっくりする景観でした。写真では見ていたものの、一面が真っ白なところで、裸足でしか入ることのできない温泉部分はちょっとぬるっとした感じで、下の部分には固まっていない石灰なのか、ねずみ色のようなクリーム色のような粘土状のものがどろっと沈殿しています。
その粘土を肌につけて乾かしてから洗い流すととても美しくなるということでした。

私たちはこのパムッカレに行く前に同じような温泉のあるホテルパムというところでプールと昼食をとりました。
温泉プールには普通の温度のプールもありますが、上のほうには65度という温泉が湧き出ていて、そのそこには粘土があり、それを肌に擦り付けて乾かしました。
きれいになったかな。
65度の温泉はブルガリア人にはかなり暑かったようで、とうとう入れなかった人もいますが、私には、ちょっと暑いな、と思いながらゆっくり入っていくと首までつかることができて、後は気持ちがよいという感じでした。できることなら水着なんて脱いでしまいたいという感じでした。

私は、おなかの調子もすっかりよくなっていたので、本当に気持ちの良い一日でした。
ただし、パムッカレではほとんど日陰が無く真っ白のところを歩いていくため、太陽の日差しが強くて帽子無しではとてもいられないところでした。子供たちは気に入った帽子が無いなどといってとうとう帽子を買わなかったので、日本のタオルを首に巻いて降りましたが、最後には土建工事のおじさんのように頭からかぶっておりました。
日本のタオルはサイズも暑さもとっても便利にできていると思いました。遠足などのときは必ずもって行き、首に巻いていくと暑い日は汗もふけるし、寒いときは襟巻き代わりになるし、ナップザックが重たくなると肩に巻いて紐が食い込むのを防ぐことができるし、私はどこ行くにもこの日本のタオルを手放すことができません。
厚めの上等なタオルではだめです。旅館や銀行などでくれるあのちょっと頼りない薄さのタオルが最高です。
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by obreykov | 2008-07-28 00:05

2008.07.22 エーゲ海の船の旅

この日はグループの希望者と一緒に地中海の豪華クルーズとはいかないまでも船の旅をしました。
青い空、青い海、遠くにはギリシャの島が見えるエーゲ海。
船は数箇所に碇泊してそのたびに子供たちは船からポンポン飛び込んでエーゲ海での海水浴を楽しみました。魚の群れがきれいに見えます。そこのほうにウニが見えます。なんときれいな海でしょう。
私は海の中に入ったあとのあの塩辛くなって塩でべたべたした皮膚の感触がいやなので、海には入りませんでした。それに、こんな船からポンポン飛び降りなんて臨海学校の遠泳を思い出して、どうも、いけません。

昼ごはんは船の中、同じようなエーゲ海クルーズの船が何隻も停泊していて、あちらこちらからトルコの音楽や、今はやりの音楽やらがにぎやかに聞こえてきます。
隣の船ではトルコのダンスが始まりました。船長の奥さんなのか、船で働いている人なのか、セクシーなビキニにちょっとした腰巻をしただけの女性がテーブルの上に上がってセクシーなダンスが始まりました。小麦色に焼けた肌がとてもきれいです。

そうこうしているうちに今度はわれわれの船に乗っていたおばさんがダンスを始めました。それに続いて家族の人なのか、お嫁さんらしい人やお父さんらしい人やらが一緒に踊り始め、小さいかわいい女の子もなんともリズミカルに動いていました。トルコ人の観光客のようですが、このおばさんは決して美人でもセクシーでもないのですが、大きな胸を振って踊る様はとても素敵でした。
私はこちらの方が素敵かなと思いました。

ホテルに戻ってからは遅い昼寝をして夕食後、グループの希望者でバスで少し行ったレディースビーチという所へ夜の散歩です。
ところが船での食事があまりよくなかったのか、(あれだけ暑かったのですから、何か悪くならないほうがおかしいと思います。)イヴと私はすっかりおなかの調子を悪くしてしまい、夜のビーチの散歩はパスしました。
二人でトイレを代わりばんこに訪問しつつベッドで休んでおりました。

後で聞いた話では、グループに8歳のおしゃべりな女の子がおじいさんおばあさんに連れられてきていたのですが、すっかりニッキィと仲良くなり、ずっと一緒にすごして遊んでいたそうです。イヴがいるとニッキィとイヴとで一緒にいるので、入る隙が無かったのでしょうけれど、すっかりニッキィにくっついてまわっていたようです。ニッキィにとっても子供のブルガリア語を聞くよい機会に恵まれたと思います。

以前、ブルガリアの黒海で一緒だった子供たちと友達になったネディと謙はそのとき随分ブルガリア語の語彙が増えました。
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by obreykov | 2008-07-28 00:04

2008.07.21 エフェソスとマリア様の家

グループの希望者がエフェソスとマリア様が最後に生活したという家の見学に行きました。ガイドは16歳ごろまでブルガリアに住んでいたという私と同い年の私と同じ様に若く見える(?)人でした。
イスラム教の国なのに、キリスト教のものが沢山あるのにはびっくりしますが、イスラム教が始まる前は、マリア様が過ごしたりした、土地というのが不思議な感じでした。

午後は遅い昼食のあと、シエスタ(昼寝)私の最高の時間!

夕食後また夜の繁華街への散歩です。パパは時計とニッキィのゲームを交渉中です。その店の店員は朝早くから夜遅くまで物凄い活気とともに働きつめです。
面白いのは、交渉を成立させずにまた後で来ると別れて本当にまたいくとそれから交渉の続きが始まり、売っている側もそのまま買っていく客よりも喜ぶというシステム。。。私にはちょっと向いていないけれど、このように時間がある休暇中なら面白いかも。。。とはいってもやっぱり私には向いていないと思いました。
買うつもり無く歩いているとある革製品の店の前でブルガリア語の上手なウクライナ人とトルコ人の混血と言う人に「ああ、ブルガリアから来たならぜひ、見ていって。買わなくてよいからただのインフォメーションとしてみるだけ見ていったらよい。」といわれてよった革製品の店でなんとパパはとっても素敵な柔らかい子羊の革で作ったジャケットを買いました。本当に素敵。
店の持ち主という人はトルコ人の英語の上手な結構イケメンの若い彼でしたが、あまりにイケメンなところとマダムキラー的なところが気に入らないな、と思っていました。私にもヤッケやらコートやら勧めるのですが、全くほしくなかったし、そのイケメン店主が気持ち悪かったので、かたくなにいらないと思いました。
ブルガリア語のできる店員に、私は寒がりだから革製品は着ないの、といったら、イケメン店主が早速毛皮を持ってきました。
あとで、イヴにあの店主が気持ち悪い、といったら、「え、かっこいいじゃん、ホストクラブのお兄さんみたいで。」言いました。
私、イケメンが好きだったけど、こんな感じなら、やっぱりホストクラブのイケメンは苦手だなと思いました。もうちょっと悔男の方が魅力あるかな。

どこの店でも本当に買いそうな客にはトルコの美味しい紅茶やら冷たい飲み物を用意してくれます。
なんだか、母が行く呉服屋さんのような感じです。
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by obreykov | 2008-07-27 20:26

2008.07.20 エーゲ海で海水浴

グループのバスで少しいったところにあるロングビーチという海水浴場へ行きました。エーゲ海、海がきれいでした。でも、ブルガリアの黒海や、茅ヶ崎の砂浜には負けます。ブルガリアのサニービーチのように遠浅ではありました。
第一日目だったので、私は、ほとんどパラソルから出ず、Tシャツも着たままにいたのに、帰ってくるとしっかりと焼けていたのにはびっくりしました。
子供たちはスウェーデンであの寒い海で一応海水浴もどきをしていたので、真っ赤に焼けることは無かったようですが、それでもひりひりするといっていました。
パパに至っては、2回海岸線を子供たちと散歩したのが原因か、真っ赤なゆでだこのようになっていました。

海岸で売っていたゴマのついたパン(ブルガリアではギブレックと言うのですが)を食べました。子供たちはとうもろこしも食べましたが、とても美味しかったようです。
昼には、プラーメンの教えてくれた私たちのホテルの向かいにある24時間営業の出前もやっているレストランで、とても美味しいものを食べました。
チキンを野菜とトマト味で鉄のグラタン皿に入れてオーブンで焼いたものです。また、付いてくるパンの美味しいこと。
午後はシャワーのあと昼ね!
これがまた最高!

夕方になってからホテルのプールで泳ぎました。私でさえ、一気に入れる水の温度。
しかもこのホテルの水は温泉なのか、プールも水道の水もちょっと変な味がするのですが、皮膚がつるりとして、まるで佐賀の古湯温泉に入った感じでした。

美味しい夕食のあとは夜の街に散歩です。
ガイドもいろいろな人も言うのですが、トルコという国では言われた値段でそのまま買って行ってはいけないそうで、必ず、値踏みをするのが習慣となっていて、むしろ値踏みをしないと失礼に当たるそうです。
ブルガリアから亡命して6ヶ月イスタンブールに住んでいた我が家のパパもそのことは十分承知で、値踏みをするのですが、私にはちょっとこのショッピング方法は向いていないと思いました。

でも、ニッキィはとてもそれが面白いらしく、日にちがたつにつれて自分からも交渉したりしているので、びっくりしました。パパが面白半分に値段を聞いたりするときなどもぴったりとくっついて、夜ホテルに戻るとイヴと二人で交渉する状況を真似してブロークンイングリッシュや、ブロークンブルガリア語で遊んでいました。

ここには結構ブルガリア語のできるトルコ人が多いのです。よくできる人はもともとブルガリアに住んでいたトルコ人。この人たちの多くは共産党のプロパガンダで、ブルガリアを追い出されたり、自分から出て行った人たち。経済状態の悪かった共産党時代にすべてをトルコ人のせいにして、追い出すために(?)ブルガリアに住むトルコ人はブルガリアの名前に変えなくてはならない、などという変な決まりを作ったりして、それがいやな人たちのほとんどは他の国に亡命したりトルコに戻ったりした時代がありました。トルコに行ったこともすんだことも無いトルコ人が生まれ故郷のブルガリアを離れる気持ちを思うとかわいそうになります。
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by obreykov | 2008-07-27 20:25

2008.07.19 トルコ第1日目

こうして朝9時に無事にトルコに着いた私たちはトルコへの旅行を出発の2,3日前に決めたため、グループの滞在するホテルが一杯で、その隣の同じようなクラスのホテルか、そのちょっと向こうの4つ星ホテルにするかということで、4人で、2500krの差があったのですが、どうせ皆と一緒ではないのなら、とこの4つ星ホテルにしました。そのおかげで、すぐに部屋も用意してもらえ、私たちはすぐにチェックインしてシャワーを浴び、快適なベッドで、夕方までゆっくりと寝ることができました。
あとで聞いた話では、他の人たちはチェックインできたのは午後1時でそれまで待っていなくてはならなかったようですし、ホテルもそんなによくなかったようで、朝食と夕食つきだったのですが、それもいま一つだったようです。
私たちはといえば、すばらしい部屋に食事も美味しく、サービスもよく、ホテルのプールもとても素敵で快適、という生活ができました。

夕方になって元気になった私たちは早速ホテルのプールに行きました。イヴとニッキィは大喜びで飛び込み、水が冷たくないので、いつまでもプールに入っていられる状態でした。私とパパはプールサイドでトルコの紅茶をいただきました。

朝食も夕食もヴァイキングで、デザートはなんだか奇妙な甘いものが多かったのですが、食事は本当に美味しいものでした。ブルガリアが美味しい国と思っていましたが、トルコもそれに負けずかなり美味しい国でした。

サービスのよい働き者のウェイターたちが印象的でした。食べに行くたびにウェイターたちが、ニッキィをじっと見たり、ニッキィにウィンクをしたりするので不思議に思っていると、一人のウェイターがニッキィがトルコの少年アイドルのアウチという子に似ていると教えてくれました。
それからホテルの人はニッキィをアウチと呼んでいました。

夜9時にはグループで一緒に社長のプラーメンのガイドで街を散歩しました。
本当に飛んでイスタンブールの歌にあるように、商店街は人の雑踏でざわめき活気があって、どこもかしこも生きているっていう感じでした。
観光客の来ないような地元の人の商店街に入っても活気はあり、私が小さいころ母に手をつないでもらって買い物に行ったころを思い出すような光景でした。

沢山の品物、沢山のイミテーションの品物(ちなみに子供たちは一つのゲームに18個、69個とゲームが入っているニンテンドーDSのゲームをゲーム一つ分の値段より安いくらいで買いました。)洋服もたとえばポロなど3種類あって、よく3着で10リラなんていうのはいかにもイミテーションとわかるもので、一着20リラというのは結構よくできているイミテーションという感じで1着60リラなんていうのはどこがイミテーションかな、というくらいの品物でした。

バックや時計に至るにはよくもこんなにイミテーションがあるな、というほどシャネル、グッチ、ローレックス、パテフィリップなど沢山ありました。いかにもイミテーションのものから、ちょっとやそっとではわからないものまで。。。
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by obreykov | 2008-07-27 20:24