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2008.08.24 健康第一

ここのところ、日記を書かなかったのは、我が家のパパが大変なことになって、入院していたためでした。
それはちょうどイヴの誕生日の夜だったのですが、本人は食後に食べた桃のアレルギーで具合が悪くなったのかと思っていたのでした。
翌日イヴの合宿のコンサートに行ったのですが、その直前に気分が悪いと一時外に出たのでした。その時、私の肩に腕をかけて、気分が悪いから、と言ったとき、私はなんだかとってもいやな予感がして、その腕から何かとても嫌なものを感じたのでしたが、それが虫の知らせのようなものだったのか、と今になって思います。
しばらくして、コンサートを聴きに戻ってきたのですが、桃のアレルギーかもしれない、と言っていたので、私は、少し安心したのでした。
家に戻ってから、アレルギーの薬を飲んで、休んだので、そのまま静かにさせておきました。
でも、一向に良くならず、胸のあたりが少し痛いというので、心配になり、医療相談に電話すると即、病院へ行くように言われ、夜遅くではありましたが、連れて行きました。

救急で行っても5時間も6時間も待たせるスウェーデンではありますが、こと心臓などに関する急患には超スピードの対応で、私が駐車場を探している間に心電図をとり、いろいろな器械を体につけて、血液検査やら何やらいろいろしておりました。
それにしても、心筋梗塞や狭心症の患者の多いことにはびっくりしました。

その夜は即入院ということになり、私は眠れぬ1夜を過ごしました。

血圧が下がらないので、点滴で下げようとすると今度はかえって下がりすぎ、まるで救急のテレビドラマを見ているような感じがしました。
朝方になって、普通病棟に移され、血圧なども少し下がり、安定してきたというので、私は7時頃帰宅しました。
そのあとは、心電図にはじまり、血圧、動脈、レントゲン、エコーの検査、などなど、数えきれない検査の毎日が続きます。

良い血圧の薬も効いてきて、火曜日には退院することになり、我が家も安心したのですが、心臓の病棟には、若い人年取った人、さまざまな人が毎日のように入院してきました。
心筋梗塞も必ずしもものすごい胸の痛みを伴うわけではないことがよくわかりました。
おなかが痛くて病院に来た人が実は心筋梗塞だった、とか、本人が知らないうちに心筋梗塞を以前に起こしていたことが初めて分かった人とか、本当に怖いなと思いました。

私は、毎日生きた心地がしませんでした。夜も眠れず、退院してきてネディが録画しておいたパパが欠かさず見ているブルガリアのテレビのドラマを見ている時、初めて傍のソファで昼寝を始め、ゆっくりと寝ました。
こんなに1日中寝ていたら、夜が眠れなくなるぞ、と思いながらも寝ておりましたが、夜になってもちゃんと眠れたので、私はつくづく心身ともにくたびれ果てていたんだと実感しました。

パパがリンショーピングにスケートの合宿に行っていたニッキィをストックホルムの中央駅まで迎えに行くことになっていたのですが、ちょうど入院していたし、私も病院へ行ったりしていたので、イヴに電車で迎えに行ってもらいました。
帰宅してから、ニッキィにパパが入院をしている、ということを告げるとかわいそうに大粒の涙をたくさん出して心配していたので、その日はニッキィとネディを連れて病院へ見舞いに行きました。
かわいそうに、ニッキィは合宿から戻るとミミちゃんが亡くなっていて、今度の合宿から戻るとパパが入院をしていたので、感じやすくなっていたのでしょう。

謙が、マルティンのパパも心筋梗塞で入院していたし、ピーターのパパも2度目の心筋梗塞で、ついこの前入院していた、と言っていたので、びっくりしました。
話してみると、あの人もこの人も心筋梗塞を経験していました。

食事もとっても重要なので、インターネットなどを見て、いろいろ工夫を始めました。
肉より魚が良いということで、この頃はほとんど魚料理です。
塩もあまり良くないので、薄味にしていると、子供たちは美味しくないといいます。確かにしっかりした味で、生クリームやバターをたっぷり使って作った料理はおいしいけれど、ほどほどにしないと大変なことになります。
もっともっと研究しなくては。

それにしても、大変なことにならずに本当に良かったです。一時はネディの日本行きをキャンセルさせようかとも思ったくらいです。でも医者が、それは大丈夫と言ってくれたので、本当に安心しました。
我が家の大黒柱のパパにはまだまだ元気でいてもらわなくてはなりません。
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by obreykov | 2008-08-24 22:20

2008.08.14 音楽合宿

イヴの参加している音楽合宿の最終日でコンサートで終わるため、パパと二人出かけました。
合宿の世話をしていた、手伝いの保護者や音楽の先生方の話を聞くと、それはそれは楽しい合宿だったようです。
イヴのアンサンブルの4人も参加し、とても仲良しなので、みんなびっくりしていました。小さいころから一緒で、アンサンブル以外のときも一緒にあったり、映画に行ったり、音楽以外の付き合いもしているので、学校はそれぞれ違うのに本当に仲良しです。
その4人がよい雰囲気を出して、ほかの人たちもよい雰囲気に包んでいたようで、そんな話を聴くとうれしく思います。
昨日は、朝食の時には先生方もみんなでイヴのために誕生日の歌を歌ってくれたそうで、アンサンブルの友達はチョコレートなどを買ってきてくれ祝ってくれたそうです。
その晩はかくし芸大会をやったそうで、イヴのクラスローフィオールのアンサンブルがイヴとヨーハンでギターを弾き、エルヴィーラとクリスティーナが歌を歌い、3曲も披露したということでした。

コンサートはなかなかよいものでした。イヴたちのアンサンブル以外の大きな生徒たちヴァイオリンとチェロを弾く数人も一緒にアンサンブルをしたりして、いつもとは少し違ったものもできたようです。
音楽学校のスタジオで合宿ではないけれどロックの集中練習も行われており、今日のコンサートには合宿所までロックの生徒たちも来て、演奏しました。小さい生徒たちがいっちょ前にロックの演奏をしているのはなんとも可愛いものでした。

明日はニッキィが戻ってきます。これで我が家も全員そろうかな。

ネディが夏休み返上だったので、スケートの仕事が多くなる前、9月中に1ヶ月休みをもらって熊本に行くことにしました。昨日チケットを予約しました。本当は25日ごろから出発したかったのですが、空席がなく、9月3日のチケットとなりました。
祖父母に電話をすると、その喜び様ったらありませんでした。
私も行きたいな。
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by obreykov | 2008-08-15 03:22

2008.08.13 イヴ、誕生日おめでとう

イヴの15歳の誕生日ですが、本人が合宿に行っており、いません。携帯電話で13日になってすぐ、ちょうど15年前のイヴが生まれたころにメッセージを送ったら、すぐにありがとうと返事が来たので、まだ起きているの、早く寝なさいと返事しました。

イヴが生まれるとき、3人目だったので、私も回りも結構ゆとりがあって、美味しい母の作ってくれた肉じゃがを食べているとき陣痛が始まってきました。
食い意地が張っていたので、イタイイタイといいつつ、肉じゃがをほおばって病院へ向かいました。
難産の人もいたようで、私は、結構ほったらかされておりましたが、いよいよらしいので、看護師さんがシャワーを浴びていらっしゃいといいました。浴びているうちに産気づいてしまい、やっとのことで、「うまれそう」というと、車椅子で運ばれ、そうこうしているうちにいきみも始まってきてしまったので、本当はベッドの下のほうをはずして、足を乗せる台を取り付けたりするのですが、ベッドはそのままの状態でぽろっと生まれてしまいました。
その上、兄弟の中では一番大きな3800kgのジャイアントベービーだったので、赤ちゃん赤ちゃんしていなくて、丸々太った可愛い子でした。今の細いイヴからは想像ができません。
3歳くらいになるまで食べっぷりもすごくて、よく父が「この子は大きくなるぞ」といっていました。どうして、こんなに細っこくなってしまったのでしょう。でも、元気なので、何よりです。
3歳になるまでほとんど言葉にならない何語ともいえないしゃべり方をしていました。家の中で3ヶ国語同時だったからでしょうか。夜のオムツもなかなかとれず、小学校に上がってもうまく読み書きができず、でも、私の仕事仲間でもあるクリスティーナというヴァイオリンの先生が「イヴチャンは、アルファベット読み書きできなくても音符が読めるものね」といってレッスンの合間に音符遊びなどマグネットボードにしてくれたりしたのが、イヴにとって大きな励みになっていました。
子供たちの誕生日が来るたびに産まれたころをつい先日のように思い出します。そしてこれまで元気に育ってくれたことを本当に感謝します。
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by obreykov | 2008-08-15 03:09

2008.08.12 なんだか平和

なんだか静かでやっと夏休みっていう感じの日を迎えました。した二人は合宿に行って留守。パパは仕事。謙は朝帰りで現在お休み中。ネディは夕方からスケートの仕事で今はパソコンで日本の番組を見てひとりでけらけら笑っています。
天気も穏やかで太陽も見えます。
私はこうしてパソコンに向かって仕事ではなく、こうして日記を書いたり、友人のブログを読んだり、メールの返事(仕事以外)を書いたり、なんだか優雅でゆったりして、こんな気分なんて久しぶりなんだろうと思います。

さて、昨日の晩、ネディから「ホームレス中学生」のスペシャルドラマを借りてみましたが、けらけら声をあげて笑う場面もありましたが、(あの謎の時速10キロ原付バイクのところ)ほとんどのところ、涙涙で見ました。
友人に本をお借りして読み、そのあとはトルコでイヴとニッキィに読み聞かせ、そのあとにこうしてドラマで見て、この夏はホームレス中学生にどっぷりとつかっていた感じです。
亡くなったお母さんとまた会えると信じていた様子、などなど、自分も子供を持った母親として、涙なしには見ることのできないホームレスでした。
食べ物のわがままをいう子供たちにはぜひ読んでまた見てもらいたい「ホームレス中学生」だと思います。そう、私を含めて。食べ物を粗末にしてはいけません。今まではミミちゃんに食べてもらおう、という部分がありましたが、ミミちゃんがいなくなって、ちょっと残ったものをとうとう捨てなくてはならなくなることが多々あります。よくない、よくない。。。

この頃謙のバンドがピーターのうちの地下に移って(マルティンのおばあさんの家のガレージをスタジオにしていたのですが、家を建て直していて、ガレージが無くなってしまったのです。おばあさんのサリーのガレージを借りていたので、サリーのガレージという名のバンドにしています。)録音をしているといって、夜になるとピーターのところに集まっているようです。
バンドはピーター(前にも書いたけれどお母さんがイギリス人で小学高学年になってからこちらに移ってきたので、最初はスウェーデン語あまり上手でなかったカッコイイ子、ペーテルとスウェーデンでは言うのですが、私はあえてピーターと書きたい!)小さい頃から一緒にサッカーもホッケーもしていたマルティン、また、小さい頃からサッカーも一緒にしていた体の大きいシーモンの4人組です。
昨日は謙が「ママちょっと来て」と言って、録音したオリジナルの曲を5曲位聴かせてくれました。
ええ、本当に自分たちで作ったの、とびっくりしました。しかも歌入り、しかも英語の歌詞、しかもボーカルは小4の時から歌の音楽学校へ行っていたシーモンだけかと思っていたら、謙さえもうたっている部分があるし!
ピーターのよりカッコイイ英語も聞こえるし、マルティンのドラムもガンガンかっこよくなっているし。びっくりしました。
日本へ行ったら、ちょっと売れるかも、なんて思うのは親バカか。。。
日本人受けしそうな、体格の良いシーモン、金髪のなんでも美味しい美味しいと食べてくれる可愛いいマルティン、ブルーアイのイギリス人ピーター、そしてどこの国の人かわからないようなイケメンが突然日本語を話しだしたら、受けるだろうな、と夕食のとき話していたら、ネディとパパに「親バカもそこまで行ったら上等だ」とバカにされてしまいました。

でも、本当にバンドも上手なので、誰か、日本のプロデューサーの人、興味のある人連絡してくださーい。持ち歌、どんどん増えてまーす。なーんちゃって。
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by obreykov | 2008-08-12 18:07

2008.08.11

あっという間に8月も11日になってしまいました。
今日はやっと太陽が見えたと思ったら、午後になったら夕立のような雷を伴う雨模様。。。このままあきになってしまうのではあまりに寂しいと思うスウェーデンです。

昨日はニッキィがスケート仲間の6人で汽車でリンショーピングに向かいました。いつもお世話になるご家族にそれぞれがホームステイさせていただき、1週間の集中練習です。
ブルガリアから戻ったすぐ後先週はニッキィたちは繰るまで40分ほどのエンショーピングという街で集中練習で、毎日送り迎えでした。
といっても私はPCを使っての仕事がたっぷりあったため、連れて行って、スポーツセンターのカフェテリアでPCを広げてずいぶんと仕事がはかどりました。その代わり、家の中はしっちゃかめっちゃか。
朝、8時前に出て、夜戻るという生活でした。ずっとPCの仕事をしているわけではなく、エンショーピングの街を探索したり、ウインドウショッピングなども楽しみました。

今日は、イヴが音楽の合宿に早朝出発して行きました。イヴとヨーハンはヴァイオリン、ヴィオラ、ギターと3つも楽器を持っていきました。

ネディがジャージーのズボンを春にレストランにはいていって、コートなどをかけるところに脱いでおいたら、帰りには寒かったので、誰かがはいていってしまったようで、とられて無くなってしまったので、買いに行かなくては、というので、ヤコブスベリィのほうへ一緒に行き、その後スウェーデンで一番美味しい寿司バーのランチをいただきました。
そこの奥さんのご両親が日本からいらしていて、ちょうど偶然にも一緒になったので、楽しい昼食をご一緒させていただきました。

わが父とは母毎年3ヶ月の滞在でスウェーデンに来ていたのに、父が去年ごろからガンとして、「長い道中、大変だし自信ない」というので、来ていません。
今日ご一緒させていただいたお父様とお母様もわが父母と同じような年代なので、本当にうらやましく思いました。
父が血圧が高くなったり、なんだかいまひとつ元気がない様子なので、このごろ心配ですし、母も心配しているので、隔日くらいに電話をしています。

健康が何より。元気でいなくては、何も始まりません。

夏休みのなかったネディが8月末から9月中旬にかけて時間があるようなので、日本に行きたいと言っているのだから、父の様子を見るためにも行ってもらおうかな、と思っています。
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by obreykov | 2008-08-11 23:15