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2009.07.25 ただいま!

ヨーロッパ車旅行から無事帰ってきました。
そして数日たってしまったのですが、徐々に写真なども整理して旅の様子を載せましょう。。。

帰宅早々には昔、ストックホルムに住んでいらした友人がお友達二人とストックホルム旅行をしていらしたのに何とか間に合って、ほんの少しの時間でしたが、お目にかかることができ、10年前と全く同じの彼女を見て、まるでタイムスリップした感じがしました。子供たちだけが大きくなってしまって。。。
嬉しい嬉しい再会でした。
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by obreykov | 2009-07-25 23:08 | 旅行

2009.07.12. St.Antonの別荘

パパの叔父さんが1928年に購入して1971年にSt.Antonの街に売った別荘の写真です。今は下はレストラン、上はスキーの博物館になっており、ここは野沢市とも姉妹都市を結んでいるので野沢温泉のポスターなども沢山あります。
昨日は観光局の局長さんがわざわざ迎えてくれて、家の中を案内してくれ、普通の人には公開していない3階(パパの部屋があった階)までも見せてくれました。その間、パパがこの部屋はこうだったああだったと説明する間いちいちメモを取っていました。
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ここが3階のパパが叔父さんとここに住んでいたときの部屋の隣の部屋です。こんなベッドが隣の部屋にもありましたが、今は博物館のための別の部屋になっています。
下の写真はパパの部屋だったところです。部屋からはアルプスが一望できるベランダがあります。
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ベランダから見える庭の池にはアルプスの水が流れてきており、当時も鱒がいたそうです。今はレストランが養鱒しており、ここのマス料理は有名です。こちらはガラス張りのベランダです。
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ここが叔母さんの部屋で下が叔父さんの部屋です。もうベッドなどなく、博物館の展示物がありますが、天井が叔父さんと叔母さんの部屋では違っています。
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ここが図書室で叔父さんの蔵書がそのままありました。中にはブルガリアの本もありました。叔父さんの故郷のロドピ地方の本もありました。ここの中央の窓には叔母さんがどこからか買ってきて掛けていた丸いステンドグラスの飾り物がありましたが、パパが当時もらってきてストックホルムに持ってきていました。そのステンドグラスは我が家のキッチンの窓に今も飾られています。
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天気の良い日は外で、それ以外はここで食事をしていたそうです。そしてこのテーブルでパパが勉強したり、叔父さんの仕事を手伝ってタイプで打っていたとき、リスが遊びに来ていたので、へーゼルナッツを少しずつおいて部屋におびき寄せていたら、最後にはパパの手からへーゼルナッツを取って食べるようになったそうです。そしてこんな素敵なペチカもあります。ペチカの絵はそれぞれひとつとして同じものがありませんし、天井の木彫りもひとつとして同じ模様はありません。
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by obreykov | 2009-07-13 01:35 | 旅行

2009.07.11.ネディのところで一泊したハリネズミ

私たちは父が目をつぶっても歩けるという街、インスブルックに行きました。その前は叔父さんの別荘だった今はレストランと博物館になっている家を観光局の偉い人の案内で見学しました。
その様子は後ほど、写真とともに。。。

さて、ネディがミオちゃんと散歩をしていると家のすぐそばでミオちゃんが座り込んでじっと何かを見ているので、よーくみて見るとなんと手のひらサイズのハリネズミの子供がふらふら散歩をしていたそうです。後でまた行くとまだふらふらしていたようなので、自動車に惹かれてしまうから家の庭につれてきたそうです。
水をあげ、ミオちゃんの餌をあげるとカリカリと沢山食べたようです。そして、すっかりお昼寝をして、目覚めてからはネディと謙の彼女ヘドヴィックとで、一日中写真撮ったり、ハリネズミの様子を観察して楽しんだようでした。
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スウェーデンは野生動物を48時間以上飼ってはいけない事になっているので、そのまま庭を散歩させ、そのうち奥の草木が沢山生えているところにはいっていったのを見送ったと言うことでした。
昔犬を飼っていないころ、うちにもハリネズミの家族が住んでいました。隣の家がまだ土地を売っていないころ小さな森のようになっていた庭には鹿の家族も住んでいました。
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by obreykov | 2009-07-12 16:35 | 徒然なる生活

2009.07.10. St.Antonから

3日目にやっとインターネットを使っています。
先日スウェーデンを車で出発して、マルメと言う街から長い長い橋を渡って、コペンハーゲンに行き、そこからデンマークの南に来てフェリーでドイツに入り、一日目はOdenburg と言う街に止まりました。昔よく車でヨーロッパまで行っていたころ泊まっていたなじみのホテルです。
二日目も車を走らせ、ドイツ、スイス、オーストリアの国境の町Lindauというボーデン湖の町に一泊して今日はオーストリアのSt.Antonというスキー場へ来ました。
ここはパパの叔父さんが別荘を持っていたところで、私にとっても思い出深い土地。パパと新婚のころもここに来ました。
父と母をつれてヨーロッパ車旅行をしたとき以来ですからかれこれ20年近く前に来たっきりです。
沢山沢山ホテルやペンションができていました。
子供たちには叔父さんの別荘だった家も見せました。
ここはスキーの博物館になっており、下はレストランになっています。庭の鱒の養鱒場になっている池から取った鱒料理を食べさせてくれます。
この別荘を叔父さんが買った理由を聞いていなかったのですが、今日知りました。
ローザンヌにすんでいた叔父さんは友達と汽車でここまで来て散歩しているうちに汽車をミスってしまい、後数時間ここをうろうろしていて、すっかり気に入り、どこかに家は売っていないかと尋ねたら「あそこに売り家がある」と教えてもらい、その場で見に行って気に入り、持ち主のドイツ人のところへ行ってその当時シリングやマルクの価値がよくなく、持ち主がドルで払えるのなら、と言い、叔父さんがOKしてドルでその別荘を買ったと言うことでした。
ああ、私も80年位前に産まれていてこの叔父さんの彼女だったらどんなに良かったでしょう、4人子供を作って今頃イヴあたりがこの別荘を後継いで。。。なんてパパと冗談を言って笑いました。
この叔父さんはとうとう子供に恵まれず、大きな財産は街に寄付したり、スイスの基金に騙し取られたり、残された叔父さんの親戚が喧嘩したり、まるで映画の世界のような話が沢山あるのです。

あまりお金持ち過ぎず、健康であるのが何よりだと思いました。

さて、うちは父と母を連れてヨーロッパ旅行をしたとき、トラックに追突されたことがありました。
そのため、思いがけず、車の修理ができるまでインスブルックに2週間くらい滞在したことがありました。
父は毎日インスブルックを探索したので、インスブルックは目をつぶっても歩ける、と言うのが自慢です。
方向音痴の私はそんなことできませんが、インスブルックは本当に素敵な街でした。
そう、そのとき全面的にトラックが悪かったので、修理費はもちろん、旅行が延期しなくてはならなかったこと(別に予定のある旅行をしていたわけでもないのですが)パパと父の仕事をしている期間の給料分の保険なども向こうが支払ってくれたのでした。
でもそのお金はそのままになっていて、今回、取りに行ったのですが、その間銀行は何度か吸収され、今はオーストリアバンクとか名前が変わっていました。当時シリングで入っていたお金はヨーロになって、30年たっていたら受け取ることができなかったのですが、その前にとりに行ったので、急にお金持ちになりました!
トラックに追突され後ろがペッチャンコになった私がスウェーデンに来てすぐ買い換えたばかりのベンツでしたが、このベンツはそれから何度も追突されたり横からぶつけられたりする運命をたどったのでした。でも、ただの一度も乗っている人が怪我をしたりしなかった運が強い車でした。(ぶつけられると言うこと自体は運が悪いのですが。。。)
しかも父と母が乗っているときに2回ほどぶつけられました。義姉が乗っているときもぶつけられました。
すべて相手が悪かったのですが、本当に誰も怪我することなく良かったと思います。
母がお数珠を持っていたので、きっとそれが助けてくれたのでしょう、と話し、私もそれ以降、別に信心深いわけではないのですが、京都で買ったお数珠を肌身離さず持っています。
そして車には安産のお守りをバックミラーのところにつけています。とても安産にしてくれたお守りなので、きっと車も守ってくれると信じています。
そのベンツはもうとっくに売ってしまいましたが、次のベンツもこのお守りに守られて、2度も居眠り運転で森の中に突っ込んでいったと言うすごい車ですが、中の人はなんともないという凄さを持っています。
今考えてもぞっとするくらい、高速道路で、溝もなく凄い塀もなく、ずずーんとスムーズに(?)森に突っ込める場所はあまりないのですが、そんなところから森に突っ込んでいったのです。
一度は父と母も一緒にネディたちも小さいころ。2度目はニッキィの試合に行くときで、車を森から出すことができず、あたふたしているときに、親切な人がニッキィをスケート場まで運んでくれたそうです。私はいなかったのですが、その後森から脱出できたパパと謙はスケート場までちょっとドアがつぶれた車で駆けつけ何とかニッキィの滑走をビデオにさめることができたそうです。
これは、私が日本へ戻っているときの話で、エンショーピングと言う街まで時々スケート場に私も連れて行くのですが、ぞっとするほど危険な場所が沢山で、岩が聳え立っているところも大きな橋が架かっているところもある高速ですが、よく、すんなりと森に入っていけるところで、居眠りしてくれたと思うほど、運の強い車です。
岩のあるところや溝の深いところでだったら、私はいっぺんに二人の息子と旦那を失っていたことになっただろうと思うと今でも鳥肌が立ちます。

居眠り運転だけは本当に恐ろしいと思います。私の母の親友のお兄さんもそれで亡くなりました。

6人乗りのフォードも後ろから追突されたり、前に信号待ちしていた消防自動車が急バックして前に衝突してきたりしたのですが、もうひとつの安産のお守りのおかげか、私たちはいつも無事でした。

今はもう一台一番新しいベンツがあって、これでヨーロッパ旅行をしているのですが、ネディが日本へ行ったらぜひお守りを買ってきてもらおうと思っています。今は私のお数珠だけに頼っています。
このベンツ、なんと私の生涯の半分を過ごした練馬ナンバーだったのです。中古車を買ったのですが、ベンツなのに日本から逆輸入されてきたのです。すべて日本語で書いてあったりするものだからスウェーデンではなかなか売れなかったのでしょう。運よく私を待っていたかのように練馬ナンバーが転がり込んできました。しかも東京ではスウェーデンのように沢山車に乗ることもないでしょうから、走行距離が本当に少なくて我が家で購入してからあっという間に3千キロくらい走ってしまった車です。
この車には日本のGPSがついているのですが、先日、Lysekilという西海岸まで行ったら、東京から倉敷あたりの方面まで行っておりました。
今は、ちょっと道案内のアナウンスがうるさいので、GPSは使っていませんが、こちらのプログラムを入れ替えることができるのかしら。。。私の小さい電話けんハンドコンピューター(というのでしょうか?)にもGPSははいっているのですが、画面が小さいので、この車のGPSにこちらのプログラムが入ればどんなに便利だろうと思うのです。

ここオーストリアは素敵なペンションが多く、5つ星のホテルよりも安く、2部屋と大きなリビング、大きなバスルームと別に中くらいのシャワー室、大きな二つのバルコニー前にはアルプスの山、と言う素敵な素敵なペンションに泊まっています。

オーストリアが好きなのは、ホテルやレストランの人々、道を歩く人々がとてもにこやかで親切な点です。それにどの家も窓と言う窓に素敵な花を飾ってアルプスの山とすべてが本当にきれい!
忘れかけていたドイツ語も戻ってきてイヴとニッキィは私がドイツ語少しだけだけれどわかるので、びっくりして、母親の株もちょっと上がりました。(ドイツ語で過去形では表現できませんけど。。。)
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by obreykov | 2009-07-11 05:43 | 旅行