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2011.09.28. 編み物始めたわ

毎日せかせかと忙しく生活していたのですが、なんでこんなに忙しがらなくてはならないのか、と考え、全くゆとりのない生活から、のんびりちょっとゆとりを持った生活に、と思い、編み物を始めました。
実は、私は、その昔、ボーイフレンドのお母さんが編み物が上手で手編みのセーターなどを着ていたのに変にライバル意識をもってしまい、私も編み物くらいできるようにならなくちゃ、と日本ヴォーグ社の編み物教室に通い始めたことがありました。かぎ針編みをほんの少し、母や家庭科で習ってマフラーと手袋くらいしか編んだ事のなかった私でしたが、ちゃんと基礎から習うともう、最後には講師の資格さえも取ったくらい本格的な編み物を習いました。結局編み物教室を卒業する前にボーイフレンドとの恋ははかなく終わってしまい、そのお母さんと競い合う事もないままになってしまったのでしたが、おかげで、たいていのものを編むことができるようになっていました。
自分の子供ができたら沢山編んであげようと思っていたのに、ちくちくすると言ってあまり喜んできてもらえなかったので、ほんの数枚しか編まずに今日まできてしまったのでした。
でも、考えてみたら、私は受験がある訳でも宿題がある訳でもありません。いったい何をしているからこんなに忙しいのだろうと考え、考え方を改めて、ゆっくり生活するようにしようと思い、まずはスーパーでウール70パーセントという毛糸をひと玉購入してみました。
日本から持ってきていた編み棒セットを引っぱりだし、毛糸がガーンジー糸に少し似ていたので、ガーンジーの模様図を見つけ出し、とりあえずゲージをとってみました。10センチ四方のゲージを編んでいたら、私が編み物をしているのを見たのが初めてのニッキィやイヴがいったいママ何を編んでいるの、と不思議がっていました。

そして編み始めたのがニッキィかイヴかに使ってもらえそうなガーンジー模様のカーディガンです。
昨日はニッキィがヴァーレンテューナという車で20分くらいのちょっと遠いスケート場で練習だったので、家に帰るほどではないため、いつもは買い物したり、ちょっと見学したりして待っているのですが、編み物を持って出かけました。
車の中がぽかぽかしていたので、後部座席に移って編み始めました。
するとあまりぽかぽか気持ちよいので、何と1時間以上も居眠りをしてしまいました。
そばを通った人は編み物を持って車の中で寝ているおばさんを発見してさぞ、笑った事でしょう。
ちょうどスケート場の中の喫茶部もあく時間になったので、編み物も持っていきました。すると知ったスケートママがいたので、おしゃべりしながらの編み物になり、何度も間違えてほどいたり編んだり。。。
ガーンジー模様は主に表編みと裏編みの構成で模様になっているので、ちょっと間違えると大変なことになってしまいます。

うまくいきそうだったので、スケートの帰りに5玉買い足して帰りました。帰るとイヴの高校の友達が3人きていたので慌てて食事の支度をして、夜は再び編み物です。
イヴの髪がベートーヴェンのように長くのびてくせ毛なので、イヴはドレッドヘアーにしたいと言っており、とうとう友達がそれを死に泊まりがけでやってきたのです。
私はカーディガンを編み、イヴたちはイヴの髪をドレッドに編んで我が家は編み物のオンパレードでした。
イヴの髪も結構大変らしく、下のほう一列くらいしかできず、あとはぐちゃぐちゃにまとめてお団子にして帽子をかぶって学校やアンサンブルに行っておりました。

私も今日は仕事が午後だったので、、ゆったりと素敵な音楽を聴きながら、まず編み物から始めスケート場でも編みました。
裾から編み始めもうすぐで脇の下まで行きそうです。
果たしてイヴのドレッドと私のカーディガンとどちらが先に編み上がるでしょうか。

これができたら、もっとよい毛糸を探すぞ!
誰か、ストックホルム近辺でよい素敵な毛糸を売っている店を知っている人は教えてください。なんだかあまり素敵な毛糸を見かけないのです。日本には本当にいろいろな種類の素敵な毛糸が沢山売られておりましたが、今はどうなのでしょう。。。
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by obreykov | 2011-09-29 07:18 | 徒然なる生活

2011.09.26. 天気のよい暖かい日が再び

先週はお客様が日本からかわりばんこに来ていたのに、せっかくの美しいストックホルムをご案内することができないほど雨が降っており、残念でした。
でも、このごろはちょっと太陽もでて、今日など何と20度近くにまでなり、仕事のあと、同僚のお宅へ伺い沢山実っているリンゴ狩りをさせていただいて、外でコーヒーをいただきました。今日の同僚はイヴのヴァイオリンの先生でもあります。
早速帰ってから、いただいてきたリンゴでアップルケーキを作りました。インターネットでいろいろなレシピを見たにもかかわらず、結局私風の独自のアップルケーキを作りました。
ちょうど、イヴが今日はヴァイオリンのレッスンがあるため、いただいたリンゴでどんなものができたかをお見せしようと思っていたのに、イヴは自分だけさっさと食べて、持っていくのなんて嫌だよ、と言って出かけていってしまいました。持たせるのによいようにと今日のアップルケーキはマフィン型に大きめに切ったリンゴをたっぷり入れて、その中に卵5つ、バター100−150gくらいかな、それに砂糖をうーん、大きなティーカップ1杯くらい、粉をその倍くらい入れて、バニラエッセンスとベーキングパウダー、そして、柔らかさを見ながら牛乳を少々。
その生地をリンゴのはいったマフィン型に入れて、上からシナモンと砂糖を振りかけてオーブンで20分くらい焼いてみました。
なかなか良い感じの出来でした。リンゴは櫛形のものを二切れ入れたのと、それをさらに二つに割って四切れにしたものと作ってみましたが、四切れにした方が美味しい感じでした。
生地が余ったので、プラムの種を取ってやはり四切れくらいにしたものを入れて、それは電子レンジで4分くらいチンしてみました。
これはちょっとした蒸しパンの雰囲気でまあまあ、それも面白いかなと。。。
思いがけずいただいたリンゴで久しぶりのお菓子作りでした。
今日はニッキィも18時からスケートの練習という事でネディの運転で出かけていきました。
さて、夕食は豚ヒレのクリーム煮とピラフの付け合わせです。
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by obreykov | 2011-09-27 01:20 | 徒然なる生活

2011.09.16. すごい! ネットの世界

便利な世の中になったものです。私が子供の頃は(というより、つい一昔くらい前までは)、日記というと日記帳に綴ったものでしたし、ペンフレンドというのがいると、切手を貼ってポストに投函して、郵便屋さんが運んでくれる手紙を楽しみにしたものでした。
ところが今は、インターネットで日記が書ける、調べものができる、ペンフレンドはメル友とか言って瞬時に意見交換ができてしまうという世界。電話もインターネットでビデオ会話ができてしまうからうっかりお風呂上がりに電話なんてできません。だから私は本当の電話を主に使っているのですが。。。
その電話だってこのごろは携帯が主で、私が両親と住んでいる頃は長話をしていると、「もう、いい加減にしなさい」と書かれたメモを母が持ってきて電話している私の目の前においていったものでした。
テレビだって何処の家出もチャンネル争いというのがあり、テレビを2台、3台と持っている家庭はあまりなかったし、今はテレビも各部屋にあるだけでなく、インターネットでパソコンの前でそれぞれが好きなものを見ているような時代になってしまいました。なんだか味気ない感じです。
久しぶりにテレビの前で家族と一緒に見ると、やっぱりああでもないこうでもないといいながら見る方が楽しいと思います。

こちらスウェーデンではFacebookというのがとても流行していて、私も数年前友人を助けるためのスローガンを掲げたグループに参加して人数を増やすのに協力してほしい、と言われFacebookを始めたのがきっかけで、あまりアクティヴにはしておりませんが、数ヶ月前に私が中学校のとき英語の勉強のために文通をしていたドイツに住む人から連絡がありました。はじめは誰だろうと思ったのですが、よくよく見ると彼女の旧姓も書いてあったので、「あっ」とびっくりして早速返事を書き、今ではメル友になって、数十年の音信不通の期間を隔て、再び文通が始まったのでした。一つ違っているのは、少女の頃はかわいい便せんを買ってきたり、ちょこっと何かを同封したり、クリスマスや誕生日にお互いにプレゼントを贈ったりしましたが、今はどんな字を書いているのかも互いにわかる事もないパソコンの世界です。

それからもう一つ、私の小学校のクラスでは卒業してからずっと毎年クラス会をしています。私も東京に住んでいた当初は参加していましたが、もう、参加する機会もなく、それでも連絡をくださる幹事の方や仕事でこちらに来たりするクラスメートとは細々ながら連絡し合っていました。
一人、勉強もスポーツも音楽も何もかも抜群にできるクラスメートがいました。幼稚園の頃から一緒だった近所の人だったのですが、その人は頭が良すぎて、そういう人たちの通う学校へと進学していき、全く住む世界が違ってしまい、それ以後はほとんどあう事も連絡を取り合う事もなく数十年が過ぎてしまっておりました。
私は、全く目立たない、ごくごく普通の子供でしたから、クラスだけでなくクラス以外の学校中の人気者のその人には、私以外の沢山の少女たちが幼い恋心を抱いていたので、私が好きになろうなんて思ったこともありませんでした。
でも、ある日、友達のその人への気持ちを助けてあげようと私たちが通っていた日曜学校の何か催し物があったとき、私が近所に住んでいて話しやすかったこともあって、誘ってあげたのでした。
ところが、私が友達の恋のキューピットになるはずだったのに、その人に誘った事を大変喜んでいただき、何と、その人が私の事が好きだった、という事がわかって、びっくり仰天、ということが起きてしまいました。
その後も、お互いに学校が違ってしまったのでしたが、私は地元のごく普通の学校へ行き、ごく普通の塾で楽しく過ごし、(当時の塾には進学塾と私のように楽しんでみんなで勉強するような塾とがあったのです。)頭の良いその人と、お互いの塾でもらってきた問題を見せ合ったり、私がわからないところを教えてもらったりしました。
とは言っても勉強があまり好きではなかった私ですから、それは、少しありがた迷惑みたいな感じがあったのですが、その勉強にもれなくついてきた「文通」(交換日記みたいなもの)が、魅力でした。

私は一人娘でしたが、両親の友人の子供に男の子が多かったり、近所の母の友人たちも男の子を持っている方が多かった事なども手伝ってか、我が家には結構いろいろな男の子が出入りしていました。だから、交換日記や問題集を私に渡しにその人が来ても、全く問題がなく、ちょうどその人もピアノを習っていて、アメリカの私が大好きだったピアニストが日本に来るとわかった時は即座にそのチケットを買ってもらい、その人にも気楽に一緒に行こうと誘ってしまったのです。そのピアニスト、チャイコフスキーコンクールで見事第1位になった当時、ソビエト連邦とアメリカ合衆国の冷戦の中の出来事は当時かなりな話題になったそうですが、ヴァン クライバーンときくとほんのり甘酸っぱい小さな恋の思いがよみがえってきます。
ところが、まだまだ若い少年少女が夜出かけるという事が大変な騒ぎになったその人の家庭では、絶対にコンサートにいってはいけないということになったそうで、私は一人でピアノを聴きにいったのでした。
そして特にこのベートーヴェンのピアノ協奏曲の5番が好きで好きでたまらなくクライバーンの弾くLP(当時CDなどというのはなかったのです。)をすり切れるのではないかというほど何度も何度も聴いてうっとりしていました。こんなに美しくキラキラした音で弾く人がいるなんて、と幼心に感動し、こんな人のお嫁さんになれるなら何もいらない、と、思うほどでした。


そんなこんなで、コンサートにご一緒できなかった彼とは学校も違って、音信不通になってしまったのでした。その方と今になって連絡を取り合うことができ、昔々の小さな恋の物語の交換日記がメールで再現されるようになったのです。
とはいってもお互い全く別の世界に住んでおり、環境も場所も何もかも違って、一生会う事もないのでしょうけれど、このインターネットのおかげで、それでも連絡が取れるという事は何とすばらしい事でしょうか。
今、大河物語を楽しみに見ていますが、あの頃の人たちはこんな世界があるなんて、想像もできなかったと思います。
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by obreykov | 2011-09-17 03:52 | 徒然なる生活

2011.09.05. ちょっと古い話題だけれど。。。

ちょっと古い話題ですが、ニッキィがシーズンの最後にあった、エリートシリーズのファイナルに出場したときの事を少し。。。
実は昨シーズンはじめに、膝を痛めて、初めてのジュニアグランプリも、国内のエリートシリーズも全部ミスってしまいました。ちょうど夏休み明け、合宿に行き、練習が始まるとほとんど同時くらいに膝が痛くなり、それはそれは心配しました。なんとかなおったかと思うと今度は風邪を引いたり、爪を痛めたり、顔面火傷をしたりと、不幸続きでしたが、なんとか国内選手権には出場させていただき、優勝という良い結果をだし、2月にはヨーロッパの青少年のオリンピックにもスウェーデン代表で出場させていただけるというよい経験をすることができました。
元々エリートシリーズは出場回数が満たなくて、ポイントも集めることができずにいたのでファイナルには出場できないと思っていたところ、オリンピックのポイントなども含め、ぎりぎり出場できるようになりました。

オリンピックではジュニアのクラスで出場し、その練習のため、ストックホルムトロフィーという国際大会でもジュニアのクラスで出場しましたが、このエリートシリーズは少年の部の最後を飾る良い滑走となりました。
スケート協会のホームページでもお褒めの言葉をいただき、親ばかではありますが、本当によい滑走だったと思います。

シーズンのポイントで滑走順が決まっているので、ショートは第1滑走でしたが良い結果を出して、フリーでは最後に滑走しパーソナルベストの得点で優勝することができました。





そして、グローベンで開催されたストックホルムアイスでは、プレショーに出演させていただき、休憩の後ではホッケーとバンディーとフィギュアスケーターの競争があり、それにも出演させていただきました。



また、ニッキィと同じトレーナーでニッキィと同じく少年の部のナショナルチャンピョンになったかわいいスケーターと一緒にペアスケートもどきを数カ所のアイスショーで滑走させていただきました。



このように、始まりは様々な故障でシーズンスタートを遅れてしまったのですが、最終的には良い結果を出すことができました。
そして、今年の夏の合宿も有意義に過ごして3週間の夏休みを取った後、私も日本へ行っている間のほんの少しの間にびっくりしたくらい背が伸びており、案の定、昨年と全く同様に夏休み明けの合宿で膝が痛くなってしまいました。
でも、今回は初めてではないのと、原因がよくわかっていたので、いろいろな治療や体操等々。。。ナショナルチームの強化合宿やジュニアグランプリはミスってしまいましたが、来週くらいからジャンプの練習も加えてよいという許可もでて。。。。。ところが今度は鼠蹊部が痛いと言い始め。。。明日また看てもらいにいくことになっています。やれやれ。。。まるで爆弾を抱えているような気分です。
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by obreykov | 2011-09-06 23:46 | フィギュアスケート

2011.09.04 秋も深まり音楽の秋

こちらストックホルムはずいぶん秋も深まり、朝晩冷えるようになってきたので、とうとう我慢ができずに暖房を入れました。とは言っても昼間は結構暖かく、天気がよい今日などはぽかぽかとうれしくなります。
私の友人の中にはまだ海で泳いでいる元気な方もいますが、私には到底考えられない事です。海に入ったのはいつが最後だったかしら。。。子供が小さいころは毎年のようにブルガリアの黒海で1週間は海の生活をしていましたが、海は遠浅で水温は25度くらいあって本当に快適でした。
最後に海に入ったのは確かトルコに行った3年ほど前になるでしょうか。。。あれ、いつトルコに行ったのでしたっけ。なんだかこのごろ記憶が飛んでしまうというか、私は、アルツハイマーか痴呆症ではないかとちょっと不安になることがあります。

さてさて、仕事も始まり、今年度も3つの仕事場でピアノを弾きますが、新しいピアノを購入してもらいなんだかうれしいスタートでした。電子ピアノではありますが、まあまあよしとしなくてはと思います。予算の関係上、私の希望ばかり聞いてもらうわけにはいかないものの、まあまあの希望通りのピアノを買ってもらいました。
本当は本当のピアノがよいのですが、私たちが使っていた本当のピアノのある部屋をどうしても使うことができなくなったためです。
このごろの電子ピアノは結構よくできていて、音もまあまあだし、何しろピアノタッチなので、昔の電子ピアノより本当によくなってきたと思います。

夏に実家に戻ったとき、私が弾いていたピアノを弾いてみました。ずっと調律をしていないので、音が狂っている部分もあるのですが、なんだかとっても懐かしいタッチに子供の頃を思い出しました。 
昔使っていた楽譜も開いてみると、懐かしい今は亡き先生の注意書きなどがあり、あの当時にいろいろと注意された言葉などが走馬灯のようによみがえってきたのにはびっくりしました。
大学時代の先生の注意書きを見ると、あの大学のレッスン室の雰囲気がそのまま思い出されました。
すっかり忘れていた先生方の注意書きなのに、こんなによく覚えているものかとびっくりしました。
ピアノの伴奏者になりたいと思っていた子供の頃を思い出し、日本ではままさんコーラスの伴奏くらいしかやることができず、ピアノ教師をしていましたが、こんなスウェーデンに来て、子供を育てながらのピアノ教師は少し困難だったので、言葉のハンディもあまりなく、昼間働ける仕事を、と思っていたら、何と伴奏の仕事をするようになって、結果的には自分の子供の頃の夢がかなったのか、と改めて思いました。

さあ、明日もがんばって伴奏してこよう!
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by obreykov | 2011-09-05 07:07 | 音楽