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2013.01.12. LKF杯優勝おめでとう

長い一日でした。
ノーヴィスの選手の頃は時々同じ日にショートもフリーも試合をしてしまうというスケジュールもありましたが、ジュニアの男子も今回はそういうスケジュールが組まれていました。
何と朝の9時の試合。ということは8時には会場へ行かなくてはなりません。ホテルから会場までは歩いていける距離なのですが、あまりに寒かったので、私が車で送っていきました。

あまりに早いので観客さえほとんどいません。
ジュニアの男子は5人だったので、1グループしかありませんでした。

SM(スウェーデン選手権)の時の様に私はドキドキしていませんでした。ニッキィはどうだったのでしょう。。。
ミスのない滑走ができますようにとそればかりを祈りながら観戦しました。
すると、小さなミスはありましたが、52.12という、自己最高点をもらうことができました。SMの時は大失敗をしてとても辛く大変な思いをしたので、まずまずのスタートでした。



その後の試合も見たかったのですが、私も前日もその前からの寝不足があったので、皆でホテルに戻り、休みました。
私はトレーナーと昼食に街に出てニッキィはほかの選手と昼食をとったようでした。
ホテルも親切で15時までチェックアウトをのばしてくれたので、ニッキィもゆっくり休めたようでした。

そして再び17時からのフリーへ!
3回転3回転という連続ジャンプも成功して98.95という自己最高点を頂きました。総合で151.07でこれも自己記録を更新。2位の選手とは27点も差をつけての優勝でした。
日本のフィギュア界にはまだまだ追いつけませんが、ニッキィなりの良い滑走ができて本当に良かったです。

試合の後はゆっくりストックホルムへ向かいました。幸い天候にも恵まれ、トレーナーの車もカーポートのない方へ駐車したのでしたが、雪に埋もれることもなく、良い一日でした。
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by obreykov | 2013-01-23 01:25 | フィギュアスケート

2013.01.11. リンショーピングでのショッピング

やっとの思いでストックホルムを出発して、吹雪もそうひどくなく、渋滞にも巻き込まれず無事に10時ごろリンショーピングにつきました。スケート場にトレーナーとニッキィを置いて私はガソリンを入れたり、フロントガラスを洗う水を入れたり帰りの準備万端にして、ホテルに向かいましたが、案の定早すぎてチェックインができないので、車だけ入れさせてもらってリンショーピングの街に出ました。
私は、リンショーピングやエンショーピングやウプサーラなどでニッキィがスケートしている間に結構よいものを見つけてラッキーな買い物ができるので、この日も楽しみに雪の中をショッピングにいきました。ホテルは街のど真ん中にあるのでとても便利です。
思った通り、良いブーツを見つけることができました。ストックホルムでは私のサイズはなかなか置いてなかったり売り切れていたりで見つけるのが大変なのですが、この3都市では必ずと言ってよいほど私のサイズがあるのです。
雪のとき用のブーツが随分と古くなってただの雪の日は良いのですが、雪解けのぐちゃぐちゃ道を行くと、どこからもるのか中がぬれてくるのです。
ぴったりと私の足に吸い付く様なサイズのブーツを3分の2の値段で手に入れることができました。

しかも、イギリスのクッキーも見つけました!
これは、とても素朴なバタークッキーなのですが、あまり私の住んでいる近所では見かけません。
ひとり、日本人ではない人たちのやっているお寿司屋さんでお寿司と焼き肉(付け合わせはご飯でなく焼きそば!)でランチをして、ルンルンで戻りました。

戻ってから、チェックインして、自分一人のリッチな時間をすごしました。
ゆっくりとヘアーダイをして、美しくなったらテレビを見ながら読書をしながらこっくりこっくり。
何とリッチな自分だけの時間!

ニッキィたちはスケート連盟の主催する夕食にホテルで食事ということだったので、私はどこかに食べにいこうかなと思ったけれど、あまりにリラックスしてしまったので、もうどこにも出かける気分にならず、ホテルのレストランの食事を部屋に運んで一人で気ままな夕食にしました。
ニッキィは一度戻ってきましたが、すぐに友達の選手と一緒に過ごすからと出て行ったので、本当に一人でリッチな時間を過ごしました。何年ぶりだろうという感じ!
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by obreykov | 2013-01-23 01:00 | 徒然なる生活

2013.01.22. 寒い毎日が続いています。

一時期、暖かくなって雪もとけ始め、ミオの散歩もどろんこになっていやな季節になったなと思っていたら、また大雪が降り、そして今はマイナス気温が続いていますが、今日などはかなり冷え込み朝などはマイナス18度ほどありました。昨日はマイナス4度くらいでちょうどいい感じがしたのですが、さすがに今日は冷え込みます。

私の理想の冬は早めに雪が降ってあたりが真っ白になったら、後は降らずに毎日マイナス2度ほどでとどまってくれる冬です。
そうすれば、雪かきも一度ですむし、マイナス2度くらいなら滑る心配も少なくてすみます。

ところがそうはいかないのが、現実です。
雪がずんずん降った日はせっせと雪かきをしていかないとラッセル車が通った後は道の両脇に雪の山ができるし、大変なことになります。
私は大汗をかいて雪かきに励みました。身体の中からぽかぽかとしてきて本当に良い運動でしたが、ニッキィのトレーナーは転んでしまい大腿の付け根のあたりを骨折して入院手術ということになってしまいました。
ちょうどニッキィたちが強化選手の集まりがあって、その翌日からはLKF杯という、ほぼ毎年出場しているエリート戦もA選手の試合も、そしてBC選手の試合もあるという大々的な大きな試合を控えている時でした。
ニッキィを小さいころからしっているトレーナーが急遽一緒に行ってくださることとなりましたが、彼女を金曜日の早朝に地元のスケート場まで迎えにいき、彼女の車を我が家に駐車して私の車で、ニッキィとトレーナーを連れて行く段取りを取っていたら、ちょうどその朝は夜中からずっと降り続いた雪でまだ除雪車は通っておらず、案の定、うちの駐車場に入れることができませんでした。
私の家の前はほんの少しではあるのですが、上り坂になっており、駐車場はカーポートのある方は狭いので前から入れるのはとても困難、もう一つの方は広いのですが、もっと上り坂の道をあがっていかなくてはならず。。。結局、トレーナーの車を広い方に頭から入れようということにして、私が誘導してもう一度挑戦しようと言うことにしました。今考えたら、何も2台でいく必要がないのに、そのときは頭が回りません。
するとどちらの車も雪にとてつもなく弱いベンツだったので、雪に埋もれてしまい前にも後ろにも行かなくなってしまいました。
ニッキィにスコップや雪かきや砂を持ってきてもらったり、最後には寝ていた夫も起こしてなんとか雪から脱出。
トレーナーの車は夫に運転してもらって駐車してもらいました。
何と5分ですむはずの駐車が40分もかかってしまい、果たして集合時間に間に合うか、という感じで出発しました。
でも、思ったより渋滞にも巻き込まれず、予定時間きっかりにリンショーピングという街に到着しました。
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by obreykov | 2013-01-23 00:45 | 徒然なる生活

2013.01.03. 春が来たかと思ったのにまた冬

年末から数日プラス気温が続いて、だいぶ雪が溶けて来たので、ミオの散歩の後の度に半分シャワーという大変な毎日でした。 昨日の昼等はなんだか春の気配がして来たように思えたのでした。犬の散歩にはあまりうれしい季節ではないなあ、と思いながら歩いていた時、黒い犬の散歩をしている人にあって「新年おめでとう」と言い合い、つい、「いやな天候ですね。」と言ってしまったら、変な顔されたので、あわてて、散歩の度にミオは真っ黒になるからと付け足しました。
普通なら、暖冬で喜ぶ季節だったのです。そしたら、暖かくてよいわ、うちは黒だから目立たないし、なんて返事。黒くて汚れが目立たないからいいって言う問題じゃない様な気がしました。
黒で目立たないからちょこっと拭いて家に入れているのでしょうか。
ミオは真っ黒で、普段は足を小さなおもちゃのバケツに入れた水でちょこちょこと洗ってから家に入るのですが、今は半シャワーをしないとお腹の辺り砂と水と泥で真っ黒です。
その後始末がいやなので、家族は今はミオと散歩に行きたがりません。
雪の方がずっといいな、シーズン始めに雪が降ってその後は降らずにマイナス1度か2度でとどまってくれたら最高なのに、と思っています。
ところが昨晩散歩に連れて行くと、少し気温がさがってか、ほとんど汚れることもなくまたぬれることもなく戻ってくることができました。
そして、何と今日はまた雪が!
やっぱりスウェーデンの春はまだまだ先の話のようです。

年末の大掃除がすべてすまなかったので、今頃になってあちらこちら始めています。
まだ仕事が始まらないので、ゆっくりとマイペースで、と思っているのですが、期限は一応あります。
5日に夫が誕生会をするというので、それまでにはせめてリビングとキッチン等を見られるようにしておかないとなりません。
ドラマの「ホタルのヒカリ」と同じ様な状態の我が家。。。よく亡くなった父が「この家は定期的にお客さんを呼ばないときれいにならん。」と言っていたのが耳に聞こえてくるようです。
仕事もないし、今はニッキィのスケート場への送り迎えもないので、十分時間があります。

大晦日とお正月には自分へのご褒美で、「テルマエ・ロマニ」と「ロボジー」という映画を見ました。
久しぶり笑いと感動の映画でした。
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by obreykov | 2013-01-03 21:30 | 徒然なる生活

2013.01.02. 父が会いに来た!

今日は早朝からニッキィたちを空港に送り、そのまま朝8時から開いているスーパーに買い物に行きすっかりくたびれて戻りました。早朝の買い物はなかなか良いなと思いました。10時に閉まるスーパーなので、よく夜遅くニッキィのトレーニングの後にしまる15分前とかに買い物に行きますが、焼きたてパンが半額だったり、人も少なくとてもよい感じだったのですが、いつもギリギリで大急ぎでしたが、早朝は人も少ない上にゆったりできて最高でした。仕事が始まったらそんなことしていられませんが。。。

帰ってからは、ニッキィの友達からもらって来た大きな水槽にうちのグッピーたちを移したり、お昼の支度したり、ヴェステロースに戻るネディを駅まで送ったりと、結構忙しく過ごしました。
なんだか、心身共に疲れた感じで、だんだん、立っているのも辛い感じがして来て、ベッドにはいってちょっくら昼寝というか夕方寝をしました。
ほんの少し、のつもりが、すっかり2時間くらい寝込んでしまいました。

すると、なんだか不思議な夢をみました。
両親を連れてピアノのレッスンに行っています。私が先生なのか、生徒なのかよくわからなかったのですが、訪問先の人が親切だったのですが、話しているうちに、明日、うちにみえるということになりそうで、私は家の中がしっちゃかめっちゃかだったので、大慌てでなんとか理由をつけてうまくお断りしようと必死でした。
すると、父や母がいつでもだれが来てもお迎えできる家庭にしなくてはと言っていたのを思い出しました。二人は、「ほらね」と言わんばかりの顔をして私を見て微笑んでいました。
そこを出発して駅に着くと母が一人、ベンチに腰掛けて私を待っています。
「じっちゃは?」ときくと、「あら、今まで一緒にいたのに、どこいったのかしら?」とのんきに答えるので、「やだ、どこ行ったのかしらじゃないわよ、ちょっとこれ見ていて。」と荷物を頼み、探しに行きました。
そこは私がかつてよく利用した池袋の東口の様な感じでした。
「パパー、パパ」と叫びながら、子供が産まれてから「じっちゃ」と呼んでいたのに、今更、「パパ」なんて呼んでも果たして父はピンと来るのかな、等と考えながら叫んでいると、父も私たちを捜してキョロキョロしながら私を見つけるとニコニコして、こちらに向かってきました。
私は思わず、「やだ、私からはなれないでよ。」といいながら父の左手と背中に抱きつきました。
左手は細かった父なのに、暖かくてぷかぷかとした感じで太ったのかなと思うようでしたが、私の右手がつかんだ父の背中は亡くなる前に入院していた頃の骨と皮のように細くなってしまった父の背中でした。

そんなところで目が覚め、不思議な手に残った父の感覚を感じながらベッドの中でぼーっとして、枕元においてあった携帯を広げてみると、何通もメールがはいっていました。
その中の1つは何と父の葬儀や初盆、一周忌とお世話になった来迎院からでした。
ますます、不思議な感じで、私は一時ベッドの中で不思議な気分に浸っていました。

今でもこの左手に父の左手のぬくもりと、右手には骨と皮のように痩せ細った父の身体の感覚が残っています。
ニコニコしていて、何も話しませんでしたが、なんだか本当に父に会った様な気がしました。

お正月だから、夢の中に会いに来てくれたのでしょうか。
世の中不思議なことがあるな、と思ってはいましたが、このごろ特にそれを感じます。
父が亡くなった日に日本からスウェーデンへ飛行機で飛んでいた私は、飛行機の外に父だったのか、誰かの気配を感じました。それも、今思えば、父の魂だったのかな、と、考えます。

私のとても親しくしている友人もずっと以前に私のところに遊びにいらしている時明け方お父様が名前をお呼びになった夢を見たので、家に電話してみてよいかときいたことがありました。
連絡が取れず、あとになってやっと連絡が取れた時は、お父様が交通事故で、入院なさっていたためだったのですが、その交通事故に遭われた時が友人が夢でお父様に呼ばれた時だったのでした。

まだ、科学ではわからないことがこの世には沢山ある様な気がします。
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by obreykov | 2013-01-03 05:40 | 両親

2013.01.02. 新年おめでとうございます。

2013年になりました。
明けましておめでとうございます。
2011年から慌ただしい毎日が通り過ぎていきました。長い様で短く、短い様で長い、なんとも言えない私にとっては試練の年でした。
毎年36歳と言い続けていた私ですが、いささか、このごろは疲れて来た感じです。
昨年は日本で年を越し、今年はだれもお客さんを呼ばずに静かに新年を迎えました。
上の3人はそれぞれ友達とパーティーを企画して夕方から出て行きました。謙は何度も買い物もしたりものを運んだりして忙しく過ごしていました。
ニッキィも友達と過ごす様なことを言っていましたが、少しだけ風邪気味が自分でも気になっていたのか、日本の6時間番組とかを見たりしておとなしく家で過ごしていました。
たった三人だけの大晦日でした。
スモークサーモンをオードブルに、牛ヒレ肉の丸焼きに赤ワインソースととポテトグラタンの付け合わせ、そしてデザートはとらやの羊羹、ちょうど新年を迎える時は打ち上げ花火をききながら、シャンペンを開けて、福引き入りのチーズパイ、というメニューでした。
あちらこちらで花火が時々あがるたびにミオは震えていましたが、12時にもの凄い花火があがり始めるとかわいそうなくらい震えて心臓が飛び出すのではないかと思うほどバクバクしていました。

今までは毎年友人たちも呼んでの大晦日だったので、1年の計元旦にありではないけれど、朝までかかって、洗いものと掃除をしていましたが、今回はだいたい洗って、掃除はしませんでした。
しかも誰もいないから、12時になる前にお風呂にはいってネグリジェ姿で新年を迎えました。

ネディは夜中、3時半頃戻ったようでしたが、謙は元日の昼頃、イヴは夕方近くなって戻ってきました。
夜ご飯と言っても良いくらいになってから、九州風、関東風、お雑煮もどきを作って冷凍してあったお餅を入れて食べました。
とっておきの善光寺の甘酒も作りました。
少しだけ日本のお正月。。。と言っても全くお正月の気分はしませんでした。

今日は朝7時半にニッキィのトレーナーを迎えにいって二人を空港へ送りました。
毎年恒例のアンシャルンスヴィークという北の街でスケートの合宿です。

母は4日までショートステイですが、携帯電話を持っていっているはずなのに、出ないところを見るときっと携帯はバッグかなにかにしまい込んで聞こえないのでしょう。。。
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by obreykov | 2013-01-03 00:41 | 徒然なる生活