2004.06.25 コメントの返事が出来ません。

今日は第2回目のコメントをいただきました。早速返事を書いたのですが、前回は何の問題も無く返事を送れたのですが、今度はなんだか?????マークばかりの質問がコンピューターから来てOKをクリックするとどうも何も送れてない様子です。私のコンピューターはスウェーデン語のOSなので時々こんな事も起こるのですが、その辺の使い方がどうも今一つよく分からないのとスウェーデン語日本語のコンビネーションでコンピューターをよく分かっている人も少ないので、今日は私のブログに返事を乗せる事にしました。

コメントをくださったNORGEへ留学なさっていたかたへ。
コメントを有難うございました。
このブログは留学中の娘が私たちの生活の様子をのぞいてみたいと思った時に読んでもらったり、熊本でたった二人の生活をしている私の両親にもメール以外で伝えたいと思って書き始めました。
でもこうして全く知らない方と思いがけない所でお知り合いに慣れるのも楽しいですね。

それに高校生の時お隣りのノルウェーに留学していらした時の貴重な経験談も有難うございました。とても参考になりました。
私だって、今でこそ父母に会ったり一緒に何処かへ旅行したりするのはとっても楽しいのですが、高校生くらいのころは親と一緒にいるよりは友達第一だったし、一緒に旅行したりなんて、ちっとも楽しいなんて思わなかったなあ、と思い出します。

近所に子供の友達のお父さんがノルウェー人という人が二人ほどいらっしゃいます。ノルウェー語とスウェーデン語はとってもよく似ていて日本語で言えば、東北弁と関西弁の様なものなのでしょうね。
今日は夏至祭りです。
昨日沢山雨が降ったので、今日は晴れました。でも、ご存じのように北欧の天気は全く保証がないので、すぐまた雨になったりするかもしれません。
今日は親しい友人が2、3家族うちに集まってバーベキューをしますが、寒くなるかもしれないので、家の中で食べることになるかもしれません。
日本の夏が懐かしいです。夏にトレーナーや夏のヤッケを持って出かけることなんて有り得ませんものね。
それでは、どうぞまたいつか北欧を訪ねて下さい。
お元気で!
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# by obreykov | 2004-06-25 18:01

3ヶ国語を理解するバイリンガルのゴールデン、ミミ

あなたのペット自慢を!
はじめまして。ペット自慢と聞いて黙っていられず、自慢させて頂きます。
うちのゴールデンレトリバーのミミはもうすぐ8歳ですが、7歳の時にもらってきました。飼い主のおばあさんが亡くなってすでに犬を飼っている息子の家族が仕方なく面倒を見ていて、馬鹿犬と言ったり、とてもしいたげられているミミを夏休みにその息子家族の長男のGFが預かっている時私たちがそのGFの家を訪問してミミに出会ったのです。私の娘も私も一辺でミミが気に入ってミミも私たちの事をすぐに好きになってくれました。そんなに邪魔にされている犬ならうちで預かる、と言ったらGFが持ち主の家族に早速伝えて、すぐに話しが決まったのでした。
馬鹿犬などと言っていましたが、ここはスウェーデン、ミミはスウェーデン語で育ったのですが、私は日本語で、子供たちはスウェーデン語や日本語で、そしてパパはブルガリア人なので、ブルガリア語ではなしかけると何と1ヶ月もしないうちにバイリンガル犬になりました。
お手やらいろいろな芸当を教えるとちゃんとするようになりました。しまいには、ほしい人?とききながら食べ物を見せると前足をあげて欲しいと意思表示もすることを教え、よし、の合図で食べさせていましたが、よし...こちゃん、よし...みちゃん、よし...いくぞう、よし...むらさん、よし!というまでちゃんと聞き分けて待っているのです。
これとおなじようにスウェーデン語で試してみるとそれも理解できるようになりました。
これで馬鹿犬なんていう汚名を晴らすことができたと思います。
ものとの飼い主は吠えてばかりいると言っていましたが、確かに吠えるけれど、物凄くよい番犬になっています。
吠え方で、うちの誰が帰ってきたか、お客さんなのか、よく分かります。
それに散歩に連れていってもらえるのか、自分はお留守番なのかもよく理解して、連れていってもらえないと分かるとつまらなそうに奥のほうに言っていますが連れていってもらえると分かるとピョンピョンはねて喜びます。
ちなみに、元飼い主の犬はほとんど吠えないお利口さんだというのですが、吠えない犬なんて犬じゃありませんよね。
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# by obreykov | 2004-06-25 06:04

2004.06.24 フィギュアスケートのテスト合格!

今日はニッキィのフィギュアスケートの集中練習が最終日で、練習の後は3人の審判が来てテストがありました。
ニッキィと小さいころから一緒のサンナと別のクラブの子が同じレベル、グルンドベーシックのテストを一緒に受けました。(ネディちゃん、あなたに伝えたか忘れてしまいましたが、ニッキィもサンナもぺールも3月にグルンドフリーを合格したのですよ。)
ネディがテストを受けていた頃もそうでしたが、一緒に受けた子全員が受かればよいのですが、必ず、合格しない子もいて可哀相な思いをしていました。今度もどうか皆が受かりますようにと祈りながら見ていました。最後に滑り終わってから審判が皆に何か言っており、その後ニッキィとサンナがトレーナーのカタリーナの所に行き、私たちもどうなったのかな、と心配してみていると二人をカタリーナが抱きしめたので、ああ、合格したな、と分かりました。サンナのお母さんと一緒にアイスの方へおりていって私たちもおめでとうと祝福してあげました。2週間一生懸命教えてくれたカタリーナが一番嬉しそうでした。私たちが話していると、とってもスケートの上手なスウェーデンの選手権にもでているカタリーナの娘までもが駆け寄ってきて合格したのね、と喜んでくれました。同じクラブの他の選手たちも一緒になって喜んでくれました。
一方、別のクラブの子は合格しなかったようで、可哀相でしたし、こんなちいさいころから勝負の世界の厳しさを知るのは少し酷だなあ、と思いました。
この集中トレーニングは本当に実りのある良いトレーニングでした。技術面ももちろんのこと、控え室に親が立ち入り禁止なので、自分たちで靴を履いたり脱いだり、時間を見て用意をしたり、スケート以外の事も勉強になったようでした。
これで安心して日本へ行けます。8月は自分たちのクラブで夏の集中トレーニングが2週間あります。その後は学校が始まるので、約1ヶ月の夏休み、十分に遊ばせてあげようと思います。
今日はニッキィのクラブの役員も来ていて、ネディの様子をきかれました。8月の集中トレーニングの時にはネディにも自分のトレーニングだけでなくトレーナーとしても入ってもらおうと思っていたのに、といわれ残念に思いました。ネディもさぞ、スケートをしたいと思っていることでしょう。日本では2回だけスケートをしに行ったと言っていましたが、人が沢山でジャンプなどの練習は出来なかったようです。今ごろは、剣道でしごかれているのかな、とついついネディの事を考えてしまいます。

さて、明日は夏至祭り、うちにも親しい友人が集まってバーベキューをすることになっていますが、今日午前中に沢山雨が降ったので、明日は晴れるでしょうか?
今はほとんど明るい1日で、夜中にほんの数時間薄暗くなる程度ですが、明後日からだんだん日が短くなるのか、と考えるとちょっと淋しくなってしまいます。そんなこと考えずにこれから日本の暑い夏を過ごすんだとプラス方向に思考をもって行こうと思いました。
日本へ発つ前に少し家の中や外を整理してよく掃除をしなくては...

夕方にはイヴと種をまいて芽が出たものを別の鉢に移したり、外に移したりしました。ミミチャンも一緒に喜んで芝生の所で転がったりしていましたが、せっかくイヴが芝生に2つ蒔いたひまわりの種を掘り出してしまったようです。
いたずら好きのイヴは芝生からひょっこりひまわりを咲かせたかったようです。
玄関先の雪割り草とチューリップとヒヤシンスだけの植えてある花壇に夏の花も植えたり、苺なども移して少し見栄えがよくなりました。
今年は庭師をしてくれる私の父がスウェーデンに来ないので、うちの庭はどうなってしまうのでしょうか。鉢の植え替えなどもどうしたら良いのかしら...と心配しています。
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# by obreykov | 2004-06-25 05:33

2004.06.23 今ごろ娘は...

今日は久しぶりにインターネットで色々なものを見ていたら、そうそう、娘と一緒に日本へ留学している青年がホームページの日記をつけていたんだっけ、と思って訪問させて頂きました。結構日本の青春を謳歌しているみたいで、また日本語の文字さえも使っている部分もあって、日本の生活や日本語にもだんだん慣れているのだろうな、と思いました。
我が娘はどのような生活をしているのでしょう。あの子もこのような日記をつけてくれたら、様子が分かって楽しいのに、と思いますが、メール書く暇もなかなかない様子でまあ、せっかく日本へ行ってコンピューターの前にばかりいるよりは生きた勉強を沢山してくれたほうがいいかな、と思うようにしています。この青年はかなり日本の青春を謳歌していて少し心配になるくらいですが、女の子のネディの生活はもう少し違っているのだろうな、と思っているのは私だけでしょうか。これはうちのこに限ってという決まり文句と同じかな、などと色々自問自答している所です。
知りたがりやの私は毎日の生活をどうしたか、どんな友達とどんな事をしたか、どんな勉強をしてどんなことを感じたか、など一部始終知りたいと思うのですが、息子はママは何でもききすぎるから何も言いたくなっちゃうよ、と言います。
でもネディは日本人学校のクラスメートとお泊り会などをした時など女の友達を含めて色々おしゃべりをしたことを思い出し、本当に楽しかったなあ、と懐かしく思います。日本から戻ったら、日本でのこと沢山話してくれるのを楽しみに待っている所です。
私のもとにいる頃は夜遊びなどもってのほかで、高学年になってからはトレーニングなどで忙しかったからもあるでしょうけれど、トレーニングなどのないときは机に向かっているような娘でほとんど一人で街にも満足に出かけられず、弟が友達と映画を見にいく時一緒に連れていってもらうことさえ何度もあったような子でしたので、そんな様子を見た同じ年の男の子を持つお母さんにそんなのネディちゃんが異常なのよ、と言われたこともありました。そのネディが東京で一人で山の手線に乗って毎日通学しているのかと思うと本当に信じられない気がしてきます。
日本語の勉強も勿論でしょうけれど、こうして自立していくのが何よりの勉強なのだろうと思います。
夜遊びなど全くしなかったネディに比べ、14歳の弟は夏休みになってから本当によく遊びます。サッカーのトレーニングの後に友達と一緒にビデオを見てそのまま友達が泊っていったり、夕食を取りに戻ったらすぐにまたスケートボードを抱えて出ていって11時すぎまで帰ってこなかったり、私が末っ子のニッキィのスケートにかかりっきりで留守をしているのをいい事にそれはそれは良く遊んでいるようです。いつもだったら日本人学校の宿題をしてから遊びなさい、楽器の練習をしてから行きなさい、などという所ですが、まあ、今年は思いっきり遊ばせてもいいかな、と思っています。私自身もあれをしなさい、これをしなさいというのも疲れてしまいました。今はもうすぐ夏至祭りなので、いつまでも日が暮れないで明るいのでついつい夜遅くまで遊んでいます。パパに言わせると今しか遊ぶ時期はないから、というので、それもそうかと思います。
まあ、5、6人うちに来てスケートボードの滑る所をトンカチや鋸で作ったり、その後ビデオを見て、泊っていったり、あるいは友達の家で一緒にサッカーのヨーロッパ戦を鑑賞したりと、やっていることが良く分かっているので心配はしていませんが...

ニッキィのスケートの夏の集中練習は明日でおしまい。明日は練習の後、ニッキィとサンナという友達はベーシックのテストがあります。
ネディが練習をしている頃はポンと送っていって、時間になると迎えに行ってあまり練習を見たことはありませんでしたが、ニッキィがはじめてから小さい事もあって練習も見ていたら、とても上手なやや大きい子供も同じ時間に練習していたりして、見ているのもかなり楽しいものです。ネディがいる頃は時々ニッキィと練習時間が同じだったり、あるいはネディがトレーナーとして別のグループを教えていたりして、ネディが大きくなってから結構練習風景を見たりしていたので、今はああ、日本に行っていてネディはここにはいないんだ、とふと淋しくなります。ネディが良く着ていた黒のタートルネックに黒いパンタロンの人を見ると本当にネディも滑りたいだろうなあ、今ごろどうしているかなあ、とついつい考えてしまいます。親馬鹿の様ですが、ネディの滑りはとても優雅だったので、ネディだったらこんな風にすべるだろうな、などと色々想像しながら他の選手の練習を見るのも楽しいものです。
でも本当にネディのスケートには私もあまり力を入れてあげず、本当に可哀相なことをしたな、と思っています。ゴメンね、ネディちゃん。
エッジも取り替えたいと言っていたのにほとんど聴く耳持たずで、可愛そうなことしてしまいました。
ニッキィのレベルになったらこんなエッジでなくては、とトレーナーに言われて今回靴も取り替えました。今度こちらに戻ってきたらすぐにトレーナーに相談してネディの欲しい靴を買ってあげようと心に決めました。

10歳のイヴも今度の休みは本当によく遊んでいるようです。なんだかまだ十分に大きくないからこの子だけをほったらかしているように感じて、夜などなるべくお話をするようにしています。とても性格のよい子なので、色々話すと嬉しそうに受け応えをしています。ネディから手紙が来た時もすぐに返事を書いたのはこの子でした。作文などあまり得意ではないのに、スペルも間違えだらけでしたが、一生懸命2枚も書いていました。今ごろネディは手紙を受け取ったかな、イヴの手紙にはきっと今ごろクスクスと笑いながら読んでいることでしょう。
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# by obreykov | 2004-06-24 02:05

2004.06.18 娘からの手紙

あっという間に6月も半ばをすぎてしまいました。先週の土曜日から始まったニッキィのフィギュアスケートの夏の特訓は、11時50分から始まって、中に休みの時間もたくさんあって、2時間の氷上の練習と1時間の陸上の練習がありました。普段のクラブでは女の子と一緒の部屋でしたが、ここでは、男の子は別の部屋をもらってしかも親は立ち入り禁止のため、末っ子で甘やかしてしまったニッキィも自分で靴を履いたり、体操の服に着替えたり出来るようになりました。
私も始めの何日かは一緒についていたのですが、同じグループの友達とも慣れ、またニッキィのクラブの友達も一人いたので、途中で私が家に帰っても良いというので、最後の氷での練習に間に合うように迎えに行くようにしました。かえって私がいないほうが友達と遊んで待ったりして良かったような気がします。スケート自体も随分上達しましたが、何よりも本人が自立できたような気がしました。謙やイヴのホッケーのようにチームスポーツではないけれどやはり同じグループの友達と一緒にいるのは楽しいようです。
でもお陰で私も夏休みになったら家を片して掃除をして、などと予定していたのにまたまた腰を据えて片づけをしたり出来ませんでした。
ニッキィは良いトレーナーに巡り合えて、本当に上達しました。スケート靴の世話からしてくれます。休み時間などにトレーナーにそんな話しをするとネディはとても良いものを持っているのに、残念だったとおっしゃいました。でも、トレーナーになるための講習の時、本当に上手だったので、ネディが日本から戻ったらもっと上のクラスのトレーナーの講習に行かせたり、スケート自体もいろいろ助けたい、とおっしゃってくれました。

さて、そのネディからはじめて手紙が届きました。月曜日に私は頭痛がして家に戻るとそのままバタンキューと横になっておりましたが、サッカーから帰ってきた謙がネディから手紙が来ているよ、と言ったら頭のいたいのも吹っ飛んで皆で手紙を読みました。それぞれの弟たちにはスウェーデン語で、パパにはブルガリア語で私には日本語で書いてありました。
メールで便利になってしまったこのごろですが、やっぱりこうして郵便でくる手紙ほど嬉しいものはありませんでした。
私たちのわがままで東京に行こうと言ってネディを怒らせてから邪魔をしないように、出来るだけこちらからメールも出さないようにと気をつけていたのでした。
でもネディも元気そうで、楽しそうな学校生活、ホームステイ先の家族もとても良いかた達ばかりで、楽しく暮らしている様子、そんな色々なことが書かれていて私は本当に安心しました。
パパ宛ての手紙は文字が小さいので良く読めないからと私が読んであげましたが、それはそれは、どんなにネディにとってパパが良いパパであるかなどが書かれており、私のほうが嬉しくて涙が出るほどでした。
イヴとニッキィ宛ての手紙には最初に自分で読むようにと書いてあり、二人とも一生懸命読んではいましたが、もたもた読んでいると意味が良く分からなくなってしまったりしていたので、私が読んであげました。それぞれの弟たちに本当によく書けている心のこもった手紙でした。謙の手紙も見せて、と言うと、謙は、姉弟の秘密だから見せられないと言ってとうとう見せてくれませんでした。
運動会も楽しかったようで、ネディも結構活躍できたようでした。後で日本のお母さんからもメールを頂き、ネディが代表で表彰されたりもしたようでした。
また部活には剣道部を選んだようですが、はじめて竹刀を持たせてもらったり、先輩の試合を見にいく予定だったり、本当に学校生活を十分にエンジョイしている様子が分かりました。
日本に行くのにネディには合わないという話しをするとスウェーデン人にはとても理解が出来ない様子ですが、私にはネディが留学中には私たちに会いたくないという気持ちが良く分かります。謙もそれをよく理解したからもう東京へ行きたいとは言わなくなったのだと思います。

今はサッカーのヨーロッパ大会です。先日はスウェーデン対ブルガリアで謙の友達がうちに集まって皆でテレビを見ておりました。うちはどちらを応援してもよかったのですが、今回のブルガリアはどうも良い選手がいないのかストイチコフの時代とは違って何と5対0で負けてしまいました。
今日は別の友達の家に集まってスウェーデン対イタリアを見ているようです。
謙はまだサッカーの練習に行っているようですが、イヴたちは水曜日に一応夏休み前の練習が最後の日で親も一緒の親子試合をしましたが、私がニッキィとスケートに行っていたし、パパは仕事があったしで、ちょうどホッケーの陸上練習に行く謙に一緒に自転車で連れていってもらいました。
可哀相にこういうしわ寄せはいつもイヴにきてしまいます。でも、その後ピクニックだったので、ニッキィと二人でお弁当を持って駆けつけました。幸い良い天気で、サンドイッチと鶏のから揚げを持っていったら、近くに座っていた子供たちに鶏のから揚げを味見させてくれといわれ、美味しい美味しいと誉められました。
かっぱ巻やカニ足の細巻などもスウェーデン人は美味しいというようですし、謙の友達はポテトコロッケが大好物です。
私もやっぱり日本の味が一番美味しいような気がします。もうすぐ日本へ行けるかと思うと嬉しくなります。

今日はニッキィのスケートが休みなので、男の子達と街まで出て、日本へのおみやげを買いに行きました。よく母とも行ったスウェーデンの土産物屋さんで、絵美子?と声をかけられそうよと振り向くと何と昔スウェーデンに住んでいて今はカナダに住んでいる友達ではありませんか!
ブルガリアの人なのでブルガリアに帰る時はスウェーデンによったりしていたけれど私たちがブルガリアに行っていたり、あちらの家族がブルガリアに来た時は私たちが海へ行っていたりと、いつも行き違いになって会えずにいたのでした。私がスウェーデンにきた当時は赤ちゃんだったドンという男の子ももう恋人までいる大人になってしまったのです。小さいころネディをお嫁さんにすると言っていたので今でもうちのお嫁さんによろしく、などと言っていました。あちらもネディが一人で日本に勉強に行っているなんて信じられない様子でした。本当に時の流れの速さを感じました。

さて、明日からまたニッキィのスケートが1週間あります。トレーナーのカタリーナがニッキィに、アクセルやトーロープが出来るようになったことをネディに言ったらネディは悔しがるわよ、と言ってウインクするとニッキィも嬉しそうでした。
こんなにスケート人口が多いのに世界大会で上位を占めないスウェーデンは何が足りないのでしょう? 日本も今はスケートの大会では沢山の選手が活躍していますが、日本などは金持ちのエリートしかスケートの選手になれないのでしょうか?
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# by obreykov | 2004-06-19 05:47

2004.06.11 スウェーデン式終業式

昨日はこの地域の高校の卒業式があって、私たちも友達の娘さんが卒業なのでお祝いに行きました。残念なことに雨模様で白いワンピースで着飾った女学生たちは寒そうでした。スウェーデンでは18歳になって高校を卒業する時が日本の成人の日のようで、男の子も女の子も大人の仲間入りをして奇麗に着飾って卒業を祝い、たいていは高校から白樺の枝やらスウェーデンの国旗色のリボンで飾ったトラックの荷台などに乗って街を巡ります。その後はそれぞれの家でお祝いのパーティーがあります。生まれた時から知っているジェニーちゃんが高校を卒業したというのはなんとも感激でした。ご両親の感激はもっと大きいのだろうと思います。

さて、今日は昨日とうって変わっての晴天で、我が家の子供たちの終業式でした。
日本の終業式のような厳かなものは全くなく、自分たちで作った花の冠をそれぞれがかぶって外で夏の歌を沢山歌いました。
放課後の余暇活動のとき希望者にギターやリコーダーを教えてくれていた音楽の先生が今年度は引っ越して別の街に行ってしまったので、今年の終業式にはギターやリコーダーなどの楽器は無くてちょっぴり淋しい感じでした。チェロやヴァイオリンを弾いている私の子供たちもギターなどと一緒に弾いたので、その影響でかこの学校にも沢山の小さいチェリストやヴァイオリニストが誕生しました。
全校生徒の歌が終わるとそれぞれのクラスにいって先生と一人一人が良い夏休みを、と抱き合ってお別れです。

さあ、うちには別の学校に行っている子供がいるので、ぐずぐずお母さんがたとおしゃべりをしている暇はありません。ニッキィを連れてすでにパパと謙が行っている教会へ向かいましたが、ちょうど高学年の終業式が終わった所で、外に出てきた謙や友達の写真を撮りました。
そうこうしているうちに今度は中学年の終業式です。イヴは学校の合唱団に入っており男の子たった二人でしたが、元気に歌っていました。
この終業式がこの学校の本当に最後の終業式なので、涙を浮かべている先生や生徒が沢山おりました。私も特にうちの子供たちがお世話になった先生方にさよならの挨拶をしていると本当に悲しくなってしまいました。特に音楽のクリスティアンや体操のラッセや美術のアンナカーリンはネディの代から子供たちも慕っていたので、イヴが習えないのは残念だと思いました。
最後に先生方が蛍の光のスウェーデン語版を歌ってくれました。スウェーデンの学校の終業式ではじめて聴く蛍の光でしたが、日本の卒業式では必ず歌う歌だったなあと懐かしく思い出しました。

明日から早くも夏休みです。ニッキィはフィギュアスケートの夏の集中練習があります。私が連れて行くことになるからいない間は謙もイヴも遊びほうけるのだろうなと思いますが、まあ、せっかくの休みだからたまにはスウェーデンの子供たちのように夏休みを遊びほうけるのも良いかなと思うようにしました。そうでもしないとまた私が一人でイライラしてしまいそうです。
でもうちの子供たちは、日本人補習学校からしっかり宿題をもらってきているので、少し計画を立ててやらせないと、とも思っています。

私も何処から手を付けてよいかわからないくらい散らかっている家の中を片そうと思いつつもなかなかエンジンがかかりません。
このごろ増えている泥棒がうちに来てももう泥棒が入った後かと思って何もしないで出て行くかもしれません。
私も焦らずのんびりと少しづつ片づけましょう。
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# by obreykov | 2004-06-12 00:34

2004.06.09 絵津子ちゃんの命日

今日は私の妹の命日なので、ちょうど謙に巻寿司のお弁当を作ったので、細巻の卵とカニ足を御供えしました。2歳で亡くなった妹はいつも2歳のままなのでなんとも不思議な感じがします。でも子供を亡くした父母の気持ちを思うとこうして自分も子供を持つ身になってはじめてどんなに辛かっただろうと分かるような気がします。妹のお経の中に子供に先立たれる親の悲しさという部分がありましたが、本当に涙が出てきます。
今も佐世保で悲しい事件が起きて残されたお父さんの気持ちを考えると何と表現してよいか分からなくなります。しかも私の妹のように病気だったのではなくいつものように元気に学校に見送った後、もうこの世にはいなくなっているなんて、本当に信じられない気持ちでしょう。

さて、悲しい話しはこれくらいにして、私もピアノ伴奏の仕事は昨日が最後でこれからピアノの仕事は夏休みに入ったため、今日は土などを買いに行きました。そこでクランベリーやブルーベリーなども少し買って、玄関先の花壇の手入れをしました。春は雪割草やチューリップなどが咲いて奇麗なのですが、夏の花が何も無く、芝の様なものがただ一面あるような変な花壇だったので、余計な草を取って土を加えました。そうこうしているうちにイヴが学校から帰ってきて手伝ってくれました。犬のミミも前の芝生で嬉しそうに駆け回っていました。ミミは散歩以外はあまり外に出たがらないのですが、私たちが外にいると一緒になってはしゃいでいました。
ちょっと素敵になったので、日本のおじいさんに自慢したい感じになりました。実は毎年夏に着ている私の父が我が家の庭師の役割を果たしており、今年はネディが日本へ留学しているからこちらには来ないと言っているのです。誰が植木の剪定をするのかな、と考えてしまいます。
久しぶり違った仕事をしたので、腰やら手やら痛くて疲れてソファに横になってうつらうつらするのがなんとも良い気持ちでした。
夕方は珍しくパパが車を洗い始めました。明日、雨が降らなければよいけれど。イヴが手伝っているのですが、かえって大変そうでした。私なら、しなくてよいと言いたくなる感じですが、そこがパパの良い所で、気長に手伝わせています。そうしないと覚えないから、とパパは言い、謙にはジャガイモの皮をむかせていました。人を使うのがとても上手な人です。私は人に頼むより自分でやったほうが速いと思ってしまうので結局は子供も手伝い上手にならないのでしょう。
謙がパパと料理をしていたので、私はニッキィと苺畑の草取りと株の植え替えをしました。随分花が咲いているので今年も沢山苺がとれそうです。

話しは前後しますが、昨日はイヴの学校で英語劇がありました。でも私は残念なことに見ることが出来ませんでしたので、パパにビデオでとってもらいました。
なぜなら謙の新しい学校のインフォメーションがあったのです。3月に急に子供たちの学校が新学期から廃校になると決まり、色々な反対運動やら政治家との話し合いやらありましたが、その甲斐もなく生徒もそれぞれの新しい学校が決まって、今の学校も今週いっぱいでおしまいです。
謙は近くのインターナショナルスクールという英語の学校になりました。始めは本人は登校拒否をしてやる、などと言っておりましたが、新学期からスウェーデン語の理数系のクラスも作るということで、クラスの人数も少ないし、きっと良くなるだろうと思います。校長先生が以前謙たちの担任だったこともあるし、その先生や、廃校になる学校から転任する先生方が現在の理数系のクラスを作った人たちだったので、きっとインターでも良い理数系のクラスを作ってくれると確信しています。
また嬉しいことにネディが習っていたとても良い数学の先生も転任していらっしゃり担任になるので、ますます安心しました。
イヴはというと、うちの道に男の子と女の子二人づつクラスメートがおり、その四人が同じ学校を希望し、同じ学校に入れることになりました。
先日その学校から招待状があり、四人で訪問してきました。バスで通わなくてはならないのですが、こじんまりした、とてもよさそうな学校で、クラスメートも大歓迎をしてくれて、子供たちも大満足でした。
スローモーのイヴとロベルトのバス通学がちょっと気になりますが、学校はとてもよさそうなので、ニッキィやロベルトの妹も4年生からその学校にしようかと話しているくらいです。
始めは廃校になる事にとても腹を立てていましたが、新しいスタートも心新たに良いかもしれないとプラス方向に考えるようにしました。
ただ今までの学校はハンディキャップの生徒も一緒に学び校舎もハンディキャップの生徒が自由に車椅子で学校内をまわれるように出来ていて、子供たちもそういう友達とも普通にうまくやってきたので、残念だと思います。
また小学4年から中学3年まで理数科と英語音楽科と基礎科に別れていたのもとてもユニークな学校だったので残念です。
何処でも経済状態が悪く、節約、予算削減で色々なことに影響が出ています。

さあ、夜もふけてきました。今日はこのへんでおやすみなさい。
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# by obreykov | 2004-06-10 07:01

2004.06.07 親馬鹿日記

日本が北海道をのぞく全国で梅雨に入ったというニュースを聞いたとたん、ストックホルムも晴天の毎日だったのに午後から梅雨のような雨模様になりました。
土曜日には私たちの住む地域で文化の日というイベントがありました。移民の受け入れ国であるスウェーデンですので、この辺も色々な民族の集まりのようになっており、音楽あり、ダンスあり、食べ物ありと民族色豊かな1日でした。
そのプログラムの中に謙たちの音楽学校(日本では音楽教室とでもいうのでしょうか)のロックバンドが去年に続いて出演しました。今年はヴォーカルが代わってギターももう一人加わっての少し新しいメンバーのバンドでした。去年謙が好きな日本のグレイにちなんでグレイドと命名をしたようです。とはいってもグレイの曲は弾かず、いくつかのロックの曲を弾きました。
謙は新品であったら何十万もするという中古のエレキをパパに買ってもらったので満足げでした。去年よりレパートリーも増え上手になっておりました。トーマスという先生が物凄く良いのです。でも残念なことに引き抜きがあり、別の学校に移ってしまうのです。トーマスにとっては出世でもあるので喜ばしいことですが、子供たちにとっては良い先生だっただけに悲しいことです。私もこの音楽学校のピアノ伴奏をしているので、今日は職員の昼食会だったのですが、その時トーマスも子供たちと別れるのは辛いと話していました。特に謙たちのロックバンドは楽しかったので別れが特に辛いと言っていました。

さて、日曜日はストックホルム日本人補習学校の恒例の運動会でした。子供たち皆が楽しみにしている行事です。スウェーデンの学校には運動会というものはありません。日本の運動会は親も子も一緒に楽しめる素晴らしい行事だと思います。
心配された雨も昼食時にほんの二、三滴降ったかな、という程度であとは暑いくらいの晴天でした。
私はあまり運動は得意ではなかったと記憶するのですが、何故かうちの子供たちは皆運動神経が発達していて、見ていても楽しくなりました。
ほとんど1位を取る謙が今回の徒競走では中3のサッカーもとても上手だという子に1位を取られてしまい残念ながら2位になりました。
末っ子のニッキィはすべての種目1位をとりました。徒競走も、障害物も、飴食い競争も何もかも、しかもマラソンも800メートル1位でした。
とっても性格は良いのですが、運動がいまいちのイヴは学年の徒競走では4位だったと思ったら、人数調整のため中学生たちとも徒競走に出ました。すると中学生に続いて3位にきてリボンを付けてもらって大喜びしていました。マラソンも1200メートル完走できればよいわ、と思ってビデオをのぞきながら後ろのほうの団体を見ているとイヴがいないので、もう棄権をしたかな、と思っていたら、近くで見ていたお母さんにお宅のお子さんどうして皆速いの、と言われたのでびっくりしてビデオをはずしてみると何とイヴが3位を走っているではありませんか!
思わず、一生懸命応援しました。でも最後で抜かされてしまって4位になってしまいましたが、私もパパもイヴの健闘には本当に感激しました。思いっきり誉めてあげました。
そして私も思いっきり親馬鹿ぶりを発揮した一日でした。私も紅白リレーやマラソンに出場しようかと頭の中をそんな考えがよぎったのですが、スプーンリレーやボール運びだけにしておいてよかったと思いました。なぜならボール運びは大きな割り箸のようなものでペアになってボールをはさんで運ぶのですが、そのちょっとした距離を走っただけで心臓がばふばふ言ってしまったからです。犬の散歩で歩くのにはかなり自信があるのですが、運動しつけてないとやっぱり心臓にこたえるということが良く分かりました。
でも色々なお母さん達ともおしゃべりをしたり、子供を応援したり、本当に久しぶり楽しい1日でした。
今日の日記は親馬鹿ぶりを発揮してしまいました。子供が楽しそうに過ごしているのを見るのはなんとも良い気分です。そして週にたった一回しか会わないのに日本人や半分日本人の友達が沢山出来て楽しそうにしているのは何よりだと思いました。
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# by obreykov | 2004-06-08 05:58

2004.05.31 先に親離れした娘と子離れできない親

日本へ行くチケットの予約を入れ、帰りに東京で1泊して東京ドームを見に行って留学中の娘にも会おうという計画を立てて、娘に連絡を入れるとカンカンになって怒ったメールが入りました。
自分は日本へ遊びに行っているのではなく留学しているのに、勝手に東京に来て邪魔をしないくれという所なのです。
東京の予約が取れた時点で、実は私も一瞬、果たしてこれで良かったかなと迷ったのでした。何故かというと、あれだけ自分が日本にいる間に日本へ来てくれるなと言っていた娘が本当に喜ぶか、また私たちが帰った後、急に淋しくならないか、とも思ったのでした。
それは私が、今まで日本とスウェーデンの間で、何度も別れを経験し、去っていく側の別れと去られていく側の別れではその悲しみと寂しさの大きさが全く違っていることを実感しているからです。
でも娘はもっと深い所で、私たちの来訪を歓迎していなかったのです。つまり、娘のほうがこの3ヶ月でよほど早く親離れが出来、親のほうが子離れができなくて、東京ドームのナイターを見にいくと言訳を付けながら実は娘の様子を垣間見に行きたい気持ちでいっぱいだったのです。

娘のメールを見て、あまりにしっかりした考えで日本へ留学した娘の本当の気持ちが分かり、安心するとともに軽率だった自分自身を深く反省しました。
東京へ行くに当たって、旅行会社の何十年来とお世話になっている方や、東京ドームのチケットの手配をお願いした私の叔父や、父や母、そして何よりも留学中の娘とそのお世話になっている御家族のかた、周りの人々を台風の目に巻き込んでしまいました。
でも、早速、旅行会社に連絡を取り、熊本へ関空経由で直行し、そのままストックホルムへ直行して戻るというようにチケットの予約を取り直してもらいました。

そんなこんなで、日本へは行くものの、今回も私の街、東京訪問はなし、九州のみの日本行となりました。

娘が留学するに当たって、あまり連絡を密に取らないように、などの指導はあったのですが、他の留学生の御家族から子供がどうしたの、ああしたの、日本へ訪ねるだの、お宅は行かないの?などと言われたりするとなんだか不安になってしまい、日本に行くのに東京に寄らないのは異常かなとも思うようになったのも事実でした。また、極力連絡はしないようにしていたものの、やはり様子が知りたいのがはじめての子供を手放す親の気持ちで、たまにメールが入るとすぐに返事を沢山だしてしまって、これではメールの書きすぎかなと思う時もありました。
私が大学時代や卒業してから、1ヶ月、2ヶ月という短期間ではあったけれど、ブルガリアに留学した時はメールなどなかったから、手紙を送るか、留学中に1度か2度、電話局に行ってうちに無事を知らせた程度でした。
一人娘の私を親戚も誰もいないブルガリアへ行かせてくれた親の心配やら今になって良く分かります。
これは、留学している本人の自立とともに、親が子離れをするための試練でもあるとつくづく思いました。

どうしてもはじめての子供は親にとっても何事も始めてなので、手探り状態です。二人目からはあの時こうだったから、ああしたほうがよい、などと様子が分かり少し気楽にもなるのですが、そんな意味では長女にはかまいすぎ、心配しすぎ、ストックホルムの街へも弟に連れていってもらうような娘に育ててしまいました。その子が東京という大都会で、毎日山の手線に乗って学校へ通っているのかと思うだけで本当に信じられないくらいです。
言葉だけでなく色々な意味で勉強になる1年だと思います。

さて、こちらはというと、先週から、自分流の漢方療法というか、生姜のすりおろしたものを入れた紅茶に蜂蜜を入れたり、オレンジを水がわりに飲んだりしつつ風邪を引いていた身体をだましだまし過ごしていたのですが、今回は私流の漢方(?)も念力もこの風邪には負けました。週末にはいよいよ自分を支えていられないくらいになってしまい、とうとう子供にピザ屋さんでピザを買ってきてもらい夕食にするほどになりました。こんな時日本だったら、たぬきうどんでもとって過ごせるのに、と思いました。
翌日は何とかお弁当を作り子供を日本人補習学校へ送っていきそのまま1週間留守をしていたパパを迎えに空港まで行ったのですが、どのように運転していったかわからないくらいです。空港ですぐに運転を代わってもらい、家に着いたらベットにパタンキューでした。
久々の辛さで、ろくにしゃべることさえ出来ないくらいでした。
そして今日は何とかこうして起きてPCの前にも座ることが出来るようになりました。
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# by obreykov | 2004-05-31 21:48

2004.05.24 日本へ行きます。

土曜日の午後熱っぽくてスイミングを休んだイヴの風邪がうつったのかなんだか夕方になって熱っぽいような、身体が痛いような、嫌なムードになったので、ミミチャンの散歩は謙に頼んで、慌てて漢方薬のような私流のものを飲んで風邪対策をしました。
謙がどうしても一人でも日本に行きたいと言っており、一時は一人でいかせようかなとも思ったのですが、春休みにスウェーデン人の友達とブルガリアにはじめて二人で行ったため、弟たちが黙っていません。弟たちもいくとなると私も行かなくてはならないので、どうしようかと思っていました。ブルガリアの親戚も子供たちを待っているのですが、今は家の改装工事をしたりしているため、私たちがいないほうがかえってはかどるかもしれないし、旦那と親戚の人が我が家のために必死になって改装工事をしている時、外国人の私は何も手伝えなくてかえって居心地の悪い気もするので、思い切って日本へ行くことにしました。
謙はどうしても東京に行きたかったのですが、なんせ人数の多い我が家では、東京滞在となるとぐっと値段も高くなってしまうため、いつも世話になっている旅行会社のかたの知恵もお借りして、24時間以内の東京滞在はチケットの料金も変らないというので、ぎりぎりの線で東京に1泊する事にしました。その夜は子供たちの夢である東京ドームでのナイターを見ることにして、私の叔父にチケットを取ってもらうよう頼みました。
いつものように叔父やら叔母やら親戚の人たちや周りの人々を振り回して嵐のごとく日本へ行きます。
まだ、ネディには伝えておりません。この日記を読んだら、分かってしまうけれど、彼女は私たちに日本に来てもらいたくなかったので、びっくりするだろうなあと思っています。別にネディに会いに行くわけではないし、東京と熊本ではものすごく離れているのだからと言ってもせっかく一人で留学している所なのに、同じ国に私たちがいるというのが嫌なようです。
こちらに住んでいたころはろくにストックホルムも一人で歩けないような箱入り娘だったのに、と思うと頼もしいような...
今日は久しぶりにネディの日本人補習学校時代の友達のお母さんと電話で話していて、そのかたもネディちゃんが東京のような大都会でどんな生活をしているのか想像もつかないわね、と言っておられました。

吉田兄弟の影響で津軽三味線に興味を持った子供たちですが、特に謙が三味線を習いたくて今度日本に行ったら習えないかといろいろ調べて、熊本の楽器店の音楽教室に三味線教室を見つけ、早速メールをしてみると親切にも普通は1ヶ月の短期の生徒は取らないけれど特別にレッスンを受けさせてくれるという返事を頂き、それはそれは幸せのようです。
吉田兄弟のビデオなどを見ながら真似をしています。

今日は一番小さいニッキィがスイミングの大会に出てきました。25メートルの平泳ぎで、コースでは2位になりましたが総合では9位になってしまいました。この前の大会では背の高い子があまり出場しなかったので総合でも1位になって大喜びしたのですが、いつも上位に入れるとは限らないということを学ぶにもよかったかなと思います。
謙とニッキィは結構負けず嫌いの所があるようで、フィギュアスケートをしているニッキィに夏の特別練習に申し込むかきくと、大変だから嫌だけど上手になりたいから行く、なんて言っています。
4人子供がいると同じ親から生まれて同じ環境で育っているにもかかわらず、それぞれ性格も何もかも違っているので、なかなか面白いです。

それでは風邪がひどくならないうちにそろそろ寝るとします。
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# by obreykov | 2004-05-25 05:41

本日より日記開始

スウェーデンに住む6人家族のお母さんの日記です。
3日坊主にならないように時間のある時に少しづつ書いていきましょう。
大黒柱のパパはブルガリア人、ここのお母さんをしている私は日本人です。
我が家を知っている人ももしかして、知らない人もこれを見てくださるかもしれないので、簡単な紹介をしましょう。

子供は16歳の長女のネディ、14歳の長男の謙、10歳の次男のイヴ、8歳の三男のニッキィ、そして7歳のゴールデンのメス、ミミからなる家族で、熊本に住むおじいさんとおばあさんも1年のうち3ヶ月はここに来ているので、6人、ないし8人と1匹の家族構成となっています。
ところがおじいさんとおばあさんは今は日本ですし、長女のネディは10ヶ月東京の女子校に留学中で、パパは仕事でブルガリアに1週間行っており随分人数が少なくなっております。でも私は兄弟がいなかったので、ここにお嫁にくる前は父母との3人家族だったのだとおもうと不思議な気がしてきます。

この日記を付ける気持ちになったのは日本のおじいさんおばあさん、そして長女がこちらの様子をメールだけでなく知ることが出来れば、と思って思いついたのです。そしてそもそもこのような事をしようと思ったのは、娘と同じように神戸の男子校に通うスウェーデンの青年の日本滞在日記(スウェーデン語)をよんでヒントを得たのでした。

さて、スケートボードを友達としに行って遊びほうけていた長男がお腹すかせて、食べようと言っているのでこのへんで今日の日記はおしまいにしましょう。今日の献立はパパも留守なので、電子レンジで作った手抜き炊き込み御飯です。

ではまた!
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# by obreykov | 2004-05-24 03:44