2009.04.02 お誕生日おめでとう、ぺトゥコと私

4月1日は子供たちの従兄弟だけど私より1歳年上のブルガリアのぺトゥコの誕生日でした。私は日本人補習学校の臨時運営委員会と言うのがあって、夜外出していたので、委員会が終わってからお祝いの電話をしました。
昼間電話したときはいなかったので、夜になってしまったら、はじめは私のことわからずに、おかしな会話でした。なぜなら朝から友人たちと飲んでいたようで、もうしっかり出来上がっていたため、外国人の私のブルガリア語でさえ、きちんと聞こえたようで、「誰?マリア?エレーナ?」なんていっていました。私だとわかると大笑いでした。

その翌日は私の誕生日。仕事場から、父と母に反対に電話しました。「私を産んでくれてありがとう。」と言いました。しかも難産だった私はずいぶん母を苦しめましたから、十分お礼を言わないと。

一時期はどうなることかとずいぶん心配しましたが、母もずいぶんと元気になってくれたようで安心です。父もデイケアに通えるようになり、至れり尽くせりの様子、もう前日には花見にも連れて行ってもらったとうれしそうに話していたので、本当に安心しました。頑固な父がデイケアなどで人の世話になどならん、と言い出すかと本当に心配していたのです。

でも、とても気に入って通ってくれるみたいですし、人の作ったものなど食べん、といっていた人なのに、そこでは何でも美味しい、とお昼ご飯もいただいてくるそうです。週に3回だそうですが、その間母も自分の好きに過ごせるし、本当に良かったと思います。
自己負担が一日1700円ちょっとほどと言うことですが、お昼も頂き、お風呂にも入れていただいて、まあまあだと思います。でも日本の相場ってどうなのでしょう。。。

ぺトゥコと私もまた1歳年を取りましたが、今年はなんとなく36歳と言い続けることができない気分です。私のほうが健忘症で、日本人学校の校長先生がご自分のことを「鶏です、3分も覚えていることができません。」とご冗談をおっしゃって笑っていらっしゃいましたが、私なんて「金魚です」
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# by obreykov | 2009-04-05 18:20 | 徒然なる生活

2009.03.25 スキーのあとの筋肉痛

21日の土曜日は日本人学校も春休みなので、日本人会が主催したスキー旅行に日本人学校の生徒たちの多くが集まってバスで出かけました。
私は、スキー靴が壊れたので、もうスキーはしない事にしていたのですが、友達の息子さんがスキーをしたいと言うので、じゃあ、初心者は私にまかせてっと張り切っておせっかい叔母さんの役を買って出たのでした。スキーは私の古いのを使ってスキー靴は昔謙かネディが履いていたのを引っ張り出してもって行きました。
ストックホルム中央駅に集合してバスでいつも行くクレッペンというスキー場のちょうど中間地点にあるロンメという小さなスキー場です。でも半日にはこのくらいがちょうど良いかもしれません。
緑のコース(スウェーデンでは、緑、青、赤、黒のゲレンデがあって、緑が一番優しいコースです。)を中心に滑りました。友人の息子さんはすぐに上手になってくれて、本当にうれしかったです。ニッキィとイヴも友達と一緒で楽しそうでした。

私は、日本で、幼稚園から一緒だった体操の得意の(将来的には体育大を出てたいそうの先生になり、校長先生にもなられたようです。)友人とそのお兄さんご夫婦(なんとあの時代には珍しく5人兄弟のしたから2番目の人でした。)、そして小学校の担任の先生にとっても親切に初歩を教えていただいたのです。だから、スキーの初心者への指導は私、とても得意なのです。それ以上になると、子供たちからはもう足手まといになるようで、一緒にすべるのを嫌がられています。しかも黒いゲレンデなんて滑れないし。。。何年か前、私のコースが吹雪で占められていて一部黒いゲレンデを滑らなくては下に下りることができないことがあって、死ぬほど怖い思いをしました。子供たちに見守られて笑われて、やっとの思いでジグザグに滑り降りたのでした。

そんなわけで、週末から筋肉痛でしたが、やっと今日からは普通に階段を下りることができるようになりました。

熊本では東京に住む母の弟夫婦が来ていて、熊本の弟夫婦も集まって電話をするとずいぶんにぎやかに楽しそうでした。

こちらはすっかり雪景色に舞い戻ってマイナス気温ではありますが、春は着実にやってきています。なぜなら私の花粉症がもう始まって目に出てきているのです。目が痒くて痛くて、腫れています。イヴも目が痒いといっていますが、腫れてはいません。私は、今ブスになってしまいました。

お金にならない仕事が沢山たまっていて、今日はせっかく仕事がなかったのに、コンピューターの前で3種類の稼ぎにならない仕事をしつつ、洗濯、子供の送り迎え、買い物などもしました。
何でこんなに忙しいのでしょう。。。
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# by obreykov | 2009-03-26 07:49 | 徒然なる生活

2009.03.14 中学卒業おめでとう

今日は日本人補習学校の卒業式でした。
イヴが中学校を卒業したなんて!
謙のスーツを借りようと思ったら、イヴのほうが細身なのか、ぶかぶかしていたので、イヴは自分の黒いジーンズに謙のかなり素敵な背広を借りて、パパのバリーの靴を借りて、馬子にも衣装とはよく言ったもので、とても素敵な卒業生が出来上がりました。
昨晩、ネクタイの結び方も練習して家でわいわい騒いでいました。
壇上できちんと座って、その姿を見ていたら、とても感激して涙が出そうでした。それをこらえている私の苦虫を噛み潰したような顔を見て、イヴは自分が何か変な洋服の着方をしているのか、何か変な姿勢をしているのか、と気になっていたと言ったので後で笑いました。

子供たちが答辞を読んだときにはもう、涙があふれてしまいました。
楽しい思い出、苦しい思いで、いろいろなことが本当に走馬灯のように浮かんできました。

卒業式が終わって、一度は解散し、再び、中国人の経営するおすし屋さんにみんなで集まり、謝恩会をしました。
先生に会いに謙も彼女とピーターを連れて謝恩会に来ました。
こうして見ると謙も本当に大人になったと思いました。しっかり先生方とも感じよくお話ができ、安心しました。

イヴたちは分かれがたいのか、近所に住んでいるエリック君のお宅にみんなでお邪魔して、楽しく過ごして帰ってきました。

長い長い9年間良くがんばりました。
後はニッキィだけかア。。。と思うとなんだか本当に変な感じです。
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# by obreykov | 2009-03-15 08:07 | 子育て

2009-03.14 うわあ、惜しい!ストックホルムチーム

スウェーデンの地方対抗のフィギュアスケート、スウェーデンスケート協会杯が昨日から北の街リューレオで始まりましたが、今日はジュニアの男子女子、ノーヴィスの男子女子がフリーを終えました。
ここにその結果が出ています。

ニッキィは信じられないショートの1位を守ることができず、青少年15歳のクラスのマルクスに惜しくも0.10差で負けてしまいましたが、なんと自己最高記録の99.12を出したようです。

ミッケもショートの後の1位を守ることができず、バッティルに負けてしまいました。ニッキィと同じく2位。
でも、ダンネは4位を守り、点数も104.02という良い成績でした。
ニッキィとミッケのストックホルムチーム1のノーヴィスの女子はソフィーが3位を守りました。チーム2のヴェロニカは昨日からあがってフリーの後は7位となりました。
チーム1のシニアの男子のアントンはダントツ1位です。サーシャ マヨロフがニッキィの話だとおなかのインフルエンザと言われてスウェーデンでよくはやるおなかをこわす風邪にかかって棄権だったようで、残念でした。

ストックホルム結構調子よさそうです。1位はかなわなかったけれど、まずまずの成績のようです。

普段はネディがやっていたシンクロナイズドスケーティングなどと違ってシングルのスケーターは孤独な感じですが、このSKF杯では、チームを組むので、団結心ができて、選手たちはそれなりにかなり楽しいようです。
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# by obreykov | 2009-03-15 07:52 | フィギュアスケート

2009.03.13 がんばっているストックホルムチーム

フィギュアスケートの地域対抗SKF杯というのが開催されましたが、まずはNoviceの部で、ニッキィのストックホルムチーム1のソフィーが3位、チーム2のヴェロニカが9位にいます。
その後Noviceの男子が滑りましたが、まだインターネットでは結果が出ていません。ニッキィに電話するとやっとつながり、なんとニッキィが33点で1位、マルクスが31点で2位ということ。がんばれニッキィ!
でも、マルクスのダブルアクセルはいつも決まるからなあ。。。
ジュニア男子はチーム1のミッケが1位!チーム2のダンネも4位。男子はNoviceもJuniorも7人が出場しているので、まずまずのできです。
がんばれストックホルム!ヨーテボリとマルメチームには負けてほしくないと私も応援の闘志が燃えてきました。
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# by obreykov | 2009-03-14 06:53 | フィギュアスケート

2009.03.13 がんばれストックホルムチーム

今日は朝早く飛行場に集合して10人のストックホルムフィギュアスケート協会より選抜をされた選手がリューレオというマヨロフ選手のいる街へスウェーデンフィギュアスケート協会杯に出発しました。
いつもは対戦相手となる選手たちも地方対抗となるので、ストックホルムからは2チーム、ネディたちのシンクロナイズドスケーティングのチームほどではないにしろ、団結したような雰囲気で待ち合わせ場所に集合していました。ニッキィのトレーナーのターニャはニッキィのほか、同じ年のヴェロニカ、そしてジュニアのダンネとミッケを連れ、いつものようにエレガントに出発しました。ロシア人のヴェラとスウェーデン人のマリーもトレーナーとしてついていき、夜にはニッキィのショートの振り付けをしたアンナも来ます。アンナは以前ターニャがスウェーデンチャンピョンにした人です。

着いたら連絡してね、といっておいたにもかかわらず、いつものようにニッキィからは連絡ありません。
今日はもう今頃ヴェロニカたちのクラスは終わっているはずなのに、インターネットで結果を調べるけれどまだ出ていません。
ちょうど今はニッキィたちのクラスのスタートグループ1がウォーミングアップをはじめたはずです。
ニッキィは珍しくグループ2の最後の滑走です。こんな大人数の対戦で最後の滑走なんて初めてだと思います。
ニッキィのクラスとはいっても青少年13歳の部と15歳の部が一緒になっていて、13歳の選手はニッキィとアントンだけです。がんばれニッキィ!がんばれストックホルム!

日本では受験シーズンもそろそろ終わったのでしょうか。
こちらは大学さえも受験はないのですが、イヴは謙と同じように第一希望を理科系プラス音楽、第二希望を文科系プラス音楽という選択をしているので、今週は音楽のテストがありました。
普段、コンサートやらクラスロー フィオールのヴァイオリンアンサンブルでコンクールなどにも出たりして離れしているはずなのに、試験のときはやたらと緊張したらしく、うまくいかなかったといっています。どの程度うまくいかなかったのかわからないけれど、学校の内申書もとても重要なので、どうなることやら。。。
とにかく理科系から10人、文科系から10人合計20人しか音楽をとらないので狭き門です。

その実技テストは月曜日にあり、ネディがバスで一緒についていってくれました。
木曜日は近所の高校の音楽のテストでした。ここのテストは楽器の実技より、歌と楽典の試験が主で、今週は楽典の勉強をインスタントに沢山詰め込みました。私は日本語とドイツ語で楽典を学んだので、スウェーデン語での説明が大変でした。それに、このごろはスウェーデンもCDEFGAHではなくアメリカ式にHをBとしている部分もあり、私自身混乱しました。
同僚のヴァイオリンの先生に話すと、彼もHをBにしているのは本来なら少しおかしなものだ、と言うことでした。B-durとH-durと混乱するではないか、と思います。ちなみにB-durを意味するためにはBess-durと言うそうです。
人間の記憶はすごいなと思ったのは私は、トニイホロヘハで調を覚えたので、さっと頭に浮かぶのはこちらのほうで、音はドレミで覚えたので、頭に浮かぶ音はドレミファソです。
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# by obreykov | 2009-03-14 03:26 | フィギュアスケート

2009.03.12 忙しい忙しい。。。

ああ、本当に忙しくて一日24時間では全く足りません!
ニッキィはストックホルムトロフィーというインターナショナルの試合に出ました。ニッキィのクラスは5,6人いたはずなのですが、棄権があって、ロシアの小さな男の子二人との試合となりました。でも、ロシアの子はすごい!
あんなに小さいのに(確か10歳くらい)ショートでは1点ニッキィより高く、フリーではニッキィが1位になったのですが、0.97点足りずに総合では負けてしまいました。
ニッキィがコンビネーションをちゃんと飛べていたら、ほんの少しの差で勝っていたのに、と残念でしたが、ダブルアクセルができなかったので、小さい選手に負けた、と言うのは本人にとって良い宿題になってよかったかな、と思います。
お父さんがトレーナーらしく、待っている間などニッキィに、ロシアの名前なの?と訊いたりしたそうで、英語で話した、と喜んでいました。

今シーズンはニッキィもヴェロニカも伸び悩んでいます。どうしてコンビネーションが失敗するようになってしまったのか。どうしてアクセルができないのか。。。
ニッキィのクラブに所属しているジャッジのハラルドに「今のニッキィ、ダブルアクセルとコンビネーションがだめになってしまったから見ない振りして!」と冗談いったら、成長期の子供には良くあることだから気にしないで長い目で見てあげると良い、なんていわれてしまいました。ひどい子になると1年も飛べなくなってしまったりすると言うことですが、。。。

一時、雪が解けてミオちゃんの散歩のたびにシャワーをしなくてはならなくて大変でした。でもまた大雪が降り、散歩は楽になりました。
雪が大好きになってしまったミオは、今も外に出して、とせがむので、庭に出すと歌の通り、喜んで庭を駆け回っています。

それにしてもなんと忙しい私。。。
時間が足りなーーーい。
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# by obreykov | 2009-03-12 21:08 | フィギュアスケート

2009.02.26 Mioちゃんも楽しいクレッペン その2

昨日はイヴが謙の風邪を受け継いだのか、それとも単に風邪をひいたのか、熱が少し出たので、心配しましたが、一日ゆっくりしていると今日は治って元気にスノウボードをしに出かけました。
謙の学校の友人が一日だけよそのゲレンデからクレッペンに来ました。今日は謙は友達と滑っていて、ネディ、イヴ、ニッキィが3人で滑っています。きっとどこかでみんな落ち合うのでしょうけれど。

私はミオちゃんと買い物がてら散歩に行きました。誰も踏み入っていないふわふわの雪のところを走り回るのが大好きなミオちゃんです。
もう、雪がうれしくてたまらないと言う感じです。

クレッペンでの写真を少し。。。
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雪遊びで着かれきったミオちゃん、おやすみなさい。。。
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# by obreykov | 2009-03-04 23:36 |

2009.02.22 Mioちゃんも楽しいクレッペン

Mioちゃんは沢山の雪、窓から見えるリフトやら沢山のスキーヤーが珍しくて、ソファに座って窓の外を見てばかりいます。
外に連れ出すと、もううれしくてうれしくて、うんこどころではありません。おしっこもやっとこさっとこできたような感じでした。
2日目になるとやっとうんこもできて、おしっこもちゃんと落ち着いてできるようになりました。
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子供たちがスノウボードに出かけた後、私たちもゲレンデまで散歩に行きました。ミオちゃんは、それはそれはうれしくて、雪の中をはしゃぎまわり、特に誰も踏み入っていない柔らかい雪の中に入って走り回るのが大好きなようです。まるでシャワーを浴びた後のように雪ですっかり洗われてしまいました。

ゲレンデで子供たちにあったら、もうとてもうれしくてミオちゃんはどのようにうれしさを表したらよいかわからないっていう感じでした。
ミオちゃんと散歩をするとミミちゃんを思い出します。ミミちゃんも雪に大喜びでしたが、去年は癌があちらこちらに広がり始めて痛かったのか、足が痛くてあまり歩くことができませんでした。ストックホルムまでもつのか、と心配したほどでしたが、それから半年、本当に一時は治ったのかと思うくらい元気になって楽しい毎日を過ごさせてくれました。

トランナンというメインゲレンデのカフェにインターネットカフェを作って、無線サービスもするようになっていました。
私は、PCを持っていき、メールチェックをすることができました。何通か大切なメールがあったので、本当に助かりました。この日記も機会があったらPCを持っていってアップしようかと、家で時間があるときに書いていると言うわけです。

毎日、良い天気であまり寒くもなく、スキーをしない人にとっても素晴らしい毎日です。私は一昨年まで、じゃんじゃんスキーをしていましたが、昨年スキー靴が壊れてから、なんだか靴と一緒に私もスキーを引退した感じがしました。36歳ですが、もう十分楽しんだ、と言う感じです。と言うより、子供たちが上手になりすぎてしまって、私とゆっくり滑ってくれる相手がいなくなってしまったというのが本音ですが。。。
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# by obreykov | 2009-03-04 23:10 |

2009.02.21 謙、お誕生日おめでとう

たいてい謙の誕生日前後にスキーに行きますが、今年はちょうど謙の誕生日の日が出発の日でした。
謙ちゃん、お誕生日おめでとう!
出発のごちゃごちゃで、結局何もしてあげることができませんでしたが、その前の一週間はインフルエンザで39度の熱が続いていたので、元気になってくれて何よりでした。前日はピーターのところに友達が謙のために集まってくれてパーティーをしてくれたようです。
今年は家族水入らずのスキーです。いつもは友人家族が来ているか、あるいはネディか謙がいないか、のパターンでしたが、今回は友人もいないし、兄弟4人が勢ぞろいで、なんだかかえって変な感じがします。

さて、ミオちゃんにとってははじめてのクレッペン、車中では酔ってしまいましたが、後半は横になればよいことがわかったようで、寝ることはできなかったようでしたが、何とかリラックスできたようでした。

家も初めてなので、入り口でびっくりしたような顔をしてなかなか入ってこなかったのですが、そのうち慣れて、ソファにも自分の場所を見つけたようです。
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# by obreykov | 2009-03-04 22:50 | 子育て

2009.02.18 父母、おたんじょうびおめでとう

母が11日に80歳、父が16日に81歳となり、一時はどうなるかと思った母の具合も順調に回復に向かい、健康第一を祈るのみのお誕生日を過ごしたようでした。私たちもこちらから電話でお祝いの言葉を送りました。

日本から帰ってあたふたとマルメにノルディスカ選手権を観戦に行き、仕事も始まり、あっという間に2月も後半になってしまいました。
21日は謙が19歳になります。本当にあっという間に月日が流れて行き、驚くばかりです。
みんなが健康で幸せな気分で過ごせるというのが何よりのしあわせと実感します。

土曜日からスポーツ週間でスキーへ行きますが、今回が家族全員での最後のスキーかなと思います。このところ友達とオーレに行っていた謙は金欠病で、今年はスポンサーにも謙ばかりになっていられないというと、私たちのスキーについてくるようなことを言っていました。イヴも本当は友達と過ごしたそう。。。
そういえば、私だって高校の時家族旅行なんて絶対嫌と思っていたわ、と思いました。
大喜びしているのはニッキィだけです。

イヴの高校の入学希望申込みが月曜日が最終日でした。
日本と違って受験はないのですが、イヴは謙と同じ、音楽のコースに行きたいので、実技試験はあります。ただし、中学の成績で入学が決まるので、実技試験はそれにプラスアルファーされる程度です。
この学期、頑張らないと。。。。
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# by obreykov | 2009-02-18 18:45 | 徒然なる生活

2009.02.07 ノルディスカ選手権2009

日本からのたびの疲れも出る暇もなく、ネディと朝5時に家を出発してパパに最寄の駅まで送ってもらい、そこから、ストックホルム中央駅へ向かい6時20分のマルメ行きの汽車に乗りました。
昨日、スケート場で2週間以上ぶりのニッキィに会いました。
Novisでは、スウェーデンの少年部13歳と15歳が一緒になっているクラスで、9人が戦ったのですが、下の順位にならなければ良いけれどと思っていたら、なんと3位に終わっていたので、びっくりしました。
今日はフリーだったのですが、上位4位まではほとんど点の差が少なく、今日はたったの1点差で4位だったフィンランドの選手に負けてしまい、ニッキィが4位になってしまいました。
でも、スウェーデンのマルクスが100点を出して、1位になったので、うれしかったです。
フィンランドに2位3位を持っていかれてしまいました。たったの1点差だったのは残念ですが、ダブルアクセルがいまひとつ完全でなかったので、アクセルにした様でしたし、3回転もいまひとつ危ないところがあったので、取りやめていました。これでダブルアクセルや3回転を入れていたら、1点ぐらい何とかなったか、あるいは大失敗をして大きく負けていたか、と言うところです。

でも、今回のように沢山の対戦相手がいて、しかもみんなどっこいどっこいの実力で上のクラスの人とも戦えて、ニッキィには本当に良い試合だったようです。
何よりも、ミッケやマティアス、サーシャなど大きな選手たちと一緒にいられるということ自体が楽しいようで、良い5日間を過ごしていることでしょう。
リチャードや、ダニエルなども応援に来ていたようで、ずいぶんとうれしそうなニッキィでした。
スケートのほうはもっとダブルアクセルをがんばって正確に着氷できるようにしなくてはならないでしょう。3回転も試合でどんどん飛べるようにしなくてはならないでしょう。

もうひとつ残念だったのはアードリアンです。練習中の怪我のため棄権でした。でも、歩いている様子を見るとそんなに大変な怪我ではなさそうだったので、安心しました。世界選手権のために大事を取ったのかな、と思います。
サーシャもとてもよく滑っていたのに、芸術点が少なかったのは驚きました。ニッキィもたいていフリーの芸術点はもっと良いのに、今日はあまり芳しい点が出ませんでした。

表彰式に出ることができなくなったニッキィでしたが、良い勉強になったと思います。
いつも1位と言うのでは、本人も楽しくないだろうしそれ以上の生長もできないと思います。
とりあえずマルクスの素晴らしいダブルアクセルを目標にしたら良いと思います。
去年のスウェーデン大会では、マルクスのダブルアクセルがまだ完璧ではなかったので、そのおかげでか、ニッキィが1位を取ることができたのです。その数ヵ月後のSKF杯では、マルクスのダブルアクセルでニッキィは勝つことができませんでした。

また、ジュニアのオンドレイはノルディスクの国籍がないので、点数は出ましたが、試合には数えられず、残念でした。でも、ショートの後、彼は得点から行くと2位にいます。
将来もし、世界大会などに出ることがあったら、チェコ代表で出てしまうのでしょうか。。。

今日はネディと美味しいレストランでとても美味しいシュニッツェルとヒレ肉の料理をいただきました。
明日は早朝からジュニアやシニアの素晴らしい滑走を観戦します。
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# by obreykov | 2009-02-08 05:44 | フィギュアスケート

2009.02.05 ただいま!

ニッキィがトレーナーのターニャと飛行機でマルメに向かった日に私も飛行機で空の上の人となりました。福岡発ができるだけ遅い便を取ったら、福岡11時45分発というソウル行きが取れました。いつもは8時ごろの出発のため、家を出るのは5時ごろでした。
さて、福岡は初めて国際空港に行きました。以前は手荷物もどんどん預かってくれましたが、今は重量にとても厳しくなったようです。うちの体重計が壊れていたのか、どちらも2キロオーバーで手荷物を預けたら超過料金といわれ、コロコロ転がしていきました。

さて、ソウルに着くと出発便が別のビルだったようで、ちょっと見つけるまでややこしい思いをしました。同じような顔をしている人たちと英語で話すのはちょっと変な感じでした。
グランドホステスたちもキャビンアテンダントたちも、みんな版で押したように美人で髪もきっちりとまとめていて、日本の航空会社と同じような素敵さで、親切でした。

ソウルで霧のため、1時間飛行機が遅れたのですが、おかげで、インターネットにつながることができて、メールのチェックをしたり、インターネットで実家にも我が家にも電話を入れることができました。便利な世の中!
ソウルでは持ってきていた熊本名物の「いきなり団子」というサツマイモの入ったお団子を食べたら、なんだか涙が出てきてしまいました。

ソウルからはKLMでしたが、SASよりもずっとサービス良い感じでした。
でもキャビンアテンダントは韓国人は髪もきちんとまとめて素敵でしたが、オランダ人はなんだか、ああ、ヨーロッパに帰ってきたな、と思わせるようないい加減なぐちゃぐちゃスタイルで、おもてなしもいまひとつヨーロッパ的な大雑把なものでした。

くたびれていたのか、ほとんど本当にほとんど寝てすごし、食事のときだけ起きたような感じでした。おかげで、時差ぼけもない様で、今日は早朝からの仕事もばっちり。
ピアノを弾いているといやなことも忘れて、本当にすがすがしい気分になりました。
こちらは雪景色で、日本では春を感じるくらいだったのに、やっぱり北国に戻ってきたな、と言う感じです。
昼過ぎ、ニッキィと電話で話しました。いつもどおり、すぐに「じゃあね、ばいばい」と言います。「ちょっと待って、今忙しいの?」と訊くとみんなでショッピングセンターに来ているというのです。SM(スウェーデン選手権)などでも一緒だった選手と再会して、楽しそうでした。しかも今回はスウェーデン代表なので、みんなの仲間意識がもっと沢山あるようです。
スウェーデンの国のおそろいのヤッケを着て、余計仲間意識も芽生えるのでしょう。

私とネディも明日早く応援に行く予定です。

日本にも電話すると父が食事の後片付けをしたりしていたようでした。
母が咳が出るようになったと言うので、心配ですが、明日は母の弟夫婦が来てくれて外来で診察に連れて行ってくれることになっているので、少しは安心です。

弟夫婦と言えば、本当に今回はすっかり世話になりました。その上、叔父の若かりしころのスーツを謙にもらってきました。お洒落なおじだったので、伊勢丹での特注で、裏はアルパカ、表は絹の超素敵スーツです。謙が着てみるとまるで謙のためにあつらえたようにぴったりでした。叔父は昔の日本人には珍しいような手足の長い体型なので、ちょうど良く今の若者の謙にぴったりだったのです。
謙も大喜びで、早速お礼の電話をしていました。ちゃっかり、ほかのスーツも処分しないで取っておいて、と頼むのを忘れずに!
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# by obreykov | 2009-02-06 02:04 | 徒然なる生活

2009.01.31 がんばれニッキィ

今日は、母も退院しているので、病院へ見舞いに行く事もなく、ここに来て初めて家でゆっくりしました。
昼には焼きそばを作ったり、夜には魚を焼いたり、豚汁を作ったりして、父も母も喜んで食べてくれたのがなんとも嬉しかったです。

ニッキィは今日はエンショーピングという街で試合がありますが、日本人学校を休まずに住んだのでよかったです。二人で焼きそばを作ってお弁当にしたようでした。
日本が14時ごろ、イヴから電話がかかって来ました。こちらのようすを心配してくれていたようです。私があちらのようすを聞くとニッキィが怒っていると言うので、電話を変わってみると試合前、十分時間を取ってスケート場に行きたいニッキィなのに、パパも悠長に構えているので、不安になったのでしょう。泣き声でエンショーピングまでは何時間かかるのか、と言うので、まよわなければ1時間かからないから、2時半に出れば十分間に合うといったら、安心したようでした。
パパはいつも時間に遅れたり、私のように迷ったりする人ではないのですが、私のように十分時間のゆとりを持って行動する事がないので、イライラしたり不安になったりするのでしょう。
イヴも前にホッケーの試合にパパが連れて行くというときはとても不安だった、とこぼしている事がありました。
今日の試合は対戦相手がいるわけでもなし、来週のノルディックスの練習の意味で、3回転やダブルアクセルを入れて滑らせるのだとターニャが言っていたので、本当に本人のための予行練習のようなものですが、いくら対戦相手はいないといっても心落ち着いた状態でしっかりと滑ってもらいたいものです。
まだまだ結果は出ていないようですが、ニッキィ、がんばれ!

今日の午後は父母と私が移してきたDVDを見て過ごしました。ニッキィのスケートが上手になったと喜んでくれたし、謙やイヴのコンサートの様子やそして、何よりもミオちゃんの可愛い様子にとても喜んでいました。

明日は9時30分までにはスケート場にいなくてはならないので、早起きできますようにと祈るのみです。
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# by obreykov | 2009-02-01 00:58 | フィギュアスケート

2009.01.30 母の退院

まだ完治しては居ないのですが、家事などしない絶対安静を条件に母が退院して良い事になりました。
今日は、叔父夫婦がいつものように車で駆けつけてくれて父と私を乗せて、母の病院へ行ってくれました。

退院のとき、全員で院長先生から病状の説明などを聞き、本当に風邪が原因ではあったけれど、ほとんど手遅れ状態になっていて、肺腑種や、心臓肥大なども起こしてあと一歩で心筋梗塞さえ起こしそうになっていたようでした。
まあ、とにかく、完治はしていないものの、私がいる間に一度退院をして、今後の生活の練習をするようにという所です。

とりあえずは、ケータリングの会社もあるようなので、叔母が調べてきてくれて、早速、夕方その会社の人も訪問してくれ、説明を受け、月曜日からそれを利用してみる事となりました。
父はそういったものが大嫌いな性格ですが、とにかく私がいなくなってから、日々の買い物もできない状態で、家事も暫くはしないようにという事で、二人が完全によくなるまではそれで我慢して、と何とか強引に説得したのでした。
話を聞いてみるとこの辺でも数件利用しているようで、二人の生活にはかえってこんなものを利用した方が安上がりで、しかもカロリーや塩分などもしっかり計算されていてよいようです。
スウェーデンにもこんなのがあるなら、私はぜひ利用したいと思いました。
スウェーデンでは、ピザしか出前がありません。風邪をひいた時などうどんなどの出前がほしいとよく思いました。

久しぶり、母とゆっくり家でおしゃべりをして過ごしました。
夕食は叔母が持って来てくれたお赤飯と母の親友がわざわざ私のために新潟から取り寄せてくれた鮭を焼いて食べました。
母も喜んで食事をしてくれたし、この鮭は本当に美味しいものでした。
私もスウェーデンに帰ったら、塩水につけて塩鮭にしてこうしてアルミフォイルで包んでオーブントースターで焼いてみようと思いました。

夜は、テレビをそのままつけて母と話していると手塚治さんの特集をやっていました。
鉄腕アトムなど、懐かしいマンガも出てきて、見ているとリボンの騎士も出てきました。リボンの騎士を見ると思い出すのが、叔父です。
叔父が私がまだ小さい頃我が家に住んでいた頃、かならず、私に「なかよし」とか「りぼん」とか言う月刊の少女誌を買って来てくれていました。
私はリボンの騎士が好きで、いつも待ち遠しく待っていました。
だから、大きくなっても大人になってもこのリボンの騎士を見るたびにこの叔父のことを思い出していました。
叔父の部屋に行って、プロレスごっこをして「力道山の空手投げ』などといいながら布団の上に投げ飛ばされるのが大好きでした。

母の二人の弟の面倒を見た父も本当に素晴らしかったんだな、と思います。
そんな父が今は年を取ってイライラしたり怒りっぽくなっているのを見ると、心が痛みます。

父と母のところには還元水という身体によいという水を作る器械が備え付けてあります。私の従姉妹のご主人がその販売をして居るのですが、ちょうどカートリッジの交換時期になり、今日取り替えに従姉妹と一緒に来てくれました。
いろいろな話をしていて、『おじちゃん、イライラする時は還元水を飲んで腹式呼吸をするとよいですよ。また、俺が俺がの我をすてて、おかげ、おかげのげで生きていくとよいですよ。』という話に私は感動しました。
俺がした、俺がしてあげた、と自分中心に考えるのではなく、だれそれのおかげで今の幸せな自分があるという考え方に切り替えると自然に感謝の気持ち、優しい気持ちがわいてくるという理論です。
私も時間に追われイライラする毎日を過ごし、家族に当り散らしている事もよくもありますが、このように少し考え方を変えるとずいぶんと変わるだろうと反省しました。
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# by obreykov | 2009-01-31 01:00 | 両親

2009.01.29 忙しい毎日

日本へきて、自分の仕事や子供の送り迎えや我が家の家事に追われる事はないものの、毎日病院通い、母の携帯の契約、病院、その他の色々な手続き、調べなくてはならないこと、などなど毎日あっという間に終わっていきます。
夫が2週間なんて短すぎる、もっと長期間行かなくては、といっていたのに、2週間しか取らずに来た私でしたが、昨晩も電話で、だから、2週間じゃ足りないといったのに、と言われてしまいました。
でも、私だって家族の事を全く考えないわけにもいきません。
父と母も大切であると同時に私の子供達も大切です。何とかなっているようですが、それと私の心配とはまた別の話。。。

母はおかげで、酸素吸入も取れ、まだ完治してはいないものの、退院をしても良い事となり、絶対安静が条件で明日、戻ってくる事となりました。
でも、正直なところ、病院にいてくれたほうが安心して居る事が出来ます。とはいっても私の目で年老いた両親が私がいなくなってどのように生活していくのかを見届けなくてもいけません。

昨日は病院のあとお墓参りに行って、親戚にも挨拶に行きました。そこには、叔母と従兄弟達が別の従姉妹を読んでいてくれて、今後どうして行ったら良いかの相談をしてくれましたが、結論が出るわけでもなく、。。。

二人がスウェーデンに来てくれるのならそれが一番安心ではありますが、もう、父が全くその気がありません。かといって母だけを連れて行くわけには行きません。母もそんな事出来ないといっています。
どうしてこんな遠いところにお嫁に行ってしまったのだろう。。。あの頃はそんな事考えてもいなかったのです。
でも、だからといって、一人娘で両親と離れられないから結婚できないなんて言えただろうか。またそうしていたら、現在の私はなくて、私の4人の子供も夫もいなくて、そんな生活想像も出来ないし、私はこの家族に出会えた事を本当に後悔はしていません。
夫も子供達も私にとっては大切な家族。そして、日本に残しているこの両親も大切な家族。

毎日、一部始終を電話で話せる母の弟夫婦がいるのが本当に私にとって大きな事です。
私の叔父であるわけですが、母と一回りも違っているのと私が小さい頃、我が家に住んでいて私の家から結婚をして巣立って言ったといってもよい叔父なので、私にとって、叔父であり、大きな兄であり、本当に頼りになる存在です。そんな人がいて、どんなに助かっている事か。
また、その奥さんも、私にとっては叔母というより大きな姉のような感じで、明るくて陽気で手芸が上手なその人は私とは血がつながっていないのに、とても私を可愛がってくれ、心配してくれ、本当に頼りになる人です。国際結婚なんて大反対をされると分かっている時、唯一相談できたのもこの叔母でした。
二人がまだ結婚していない頃、初めて家に来た彼女が家にあった毛糸でさっとモチーフを編んでこれを沢山つなげるといろいろなものが出来るのよ、と私にくれた時、一人っ子だった私はとても嬉しくて、本当のお姉さんが出来たような嬉しい気持ちでいっぱいになったのを今でもよく覚えています。不思議な事に、その二人に私の従姉妹が生まれた時は嬉しいより、私の叔父叔母をその従姉妹に取られたような嫉妬心が生まれたのも覚えています。でも、病院に初めて赤ちゃんを見に行ったら、そんな事すっかり忘れて嬉しかったのもよく覚えています。

母が具合悪くなってから、毎日のように食事を持って様子を見に来てくれたこの二人がいなかったら、母はきっと助かっていなかったでしょう。入院がもうすこし遅れたら、助かっていなかっただろうと医師に言われ、本当にどんなにこの二人に感謝している事か。。。
数年前に二人がこちらに引っ越してきた時はびっくりして、叔母が果たしてこんなところでなじんで生活していけるのだろうか、と心配しましたが、とても幸せそうに叔父の里での生活を二人でエンジョイしている様子を見て、私の両親のためにも、どんなに私は心強く、感謝した事か。。。

私の祖母はこの叔父を出産してまもなく亡くなってしまいました。
私がこの叔父と同じくらい好きで頼りにして居るもう一人の東京にいる叔父のやっと小学生になろうとしている頃の手を、今のニッキィの年の母がその幼い手を引いて、母親が亡くなった後、病院から家に歩いて帰った話を何度かきいた事があります。
幼い3人の子供を残してなくなった祖母はどんなに心残りだったろうと思うと、今、子供を持ってみてその無念さが良く分かるような気がします。私はその祖母の命日に生まれました。

夫が電話で、スウェーデンではなかなかサイズが合わずに買うのが困難な私の洋服を沢山買って来るように、といいますが、いつもの楽しい里帰りの時は、見るもの見るもの日本のものは素敵で洋服も靴も、家庭用品も何もかもほしくって買ってしまい、大荷物になってもって帰るのを四苦八苦するのですが、今回は、何を見ても、見るのも面倒で、とりあえず必要な下着やストッキングやらを買ったくらいで、人間、幸せな気分ではない時は物欲も何もなくなるのだなと思いました。食欲も余りないみたいです。いつもはあれも食べたい、これも食べたいと大変なのに、。。。今日は熊本の峰楽まんじゅうというのを一つだけかって店先で食べました。
いつもはまず10個買う品物です。一人だと食欲も沸きません。
生八橋も日本の空港につくとまず2箱かって空港で待ち時間に1箱食べてしまうのに、今回はやっと今日一箱食べ終わりました。

人は家族と周りのものがみんなが健康であれば幸せな気分になれ、食欲もやる気も何でも沸いてくるものなのです。
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# by obreykov | 2009-01-30 00:02 | 両親

2009.01.25 日本にて

いつもだったら楽しい思い出うきうきしながら繰る日本でしたが、今回は本当にいやな帰国でした。
空港から直接母のところへ行くと酸素吸入もして本当に辛そうで、涙が出そうになりました。
でも、おかげで、だんだんとよくなりつつあるようで、昨日からは酸素吸入も取れ、多いな病院へ転院されることもなく、回復に向かっています。
入院が一日遅れていたら、手遅れになっていたそうです。
風邪の始まりの頃、起きる事も食事も出来なくなった母に救急車を呼ぼうかといった父に、救急車なんか呼ばないでといってそのまま食事も取らずに寝ていたようでした。
風邪は万病の元というとおり、私が叔父に様子を見に行ってもらいたくて電話した時、ちょうど叔父達も様子を見に行こうと出かけるところだったようでした。
そしてかかりつけの病院へ連れて行ってもらい、入院となったのですが、肺に水がたまり、呼吸が困難に成り、酸素不足から心臓も肥大して心筋梗塞を起こす寸前になっていたようでした。
もともとは急性気管支炎だったようですが、本当に風邪だからそのうち治るだろうと思うのはおそろしい事です。

父もうつっていたようで、熱がありましたので、私が付いた翌日叔父達に母の見舞いがてら父も連れて行き診察してもらって薬を貰ってきました。
もう、風邪の方は落ち着いたようで、大事に至らず、本当に安心しました。

ただ、父がかなりイライラして精神が高ぶっている様子が心配です。あんなにしっかりした人で厳しくはありましたが、優しい人だったので、困っています。
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# by obreykov | 2009-01-26 00:26 | 両親

2009.01.20 はるばる日本へ

家族や同僚が進めてくれたので、思い切って日本へ来ました。
長い長い20年以上ぶりの一人旅でした。
飛行機の連絡は良かったのですが、今、うちに電話をしたりしていたら、バス乗り場に行くと熊本域のバスが出たばかりで後1時間後と言うことでした。
PCを開けてみるとインターネットにつながったので、メールの整理をしたりしていました。
母の弟が今日の夕方私が来ることを伝えてくれたようです。
どうぞ、少しでも良くなっていますように。
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# by obreykov | 2009-01-20 14:29 | 旅行

2009.01.16 つくづく遠いと感じる日本とスウェーデン

ニッキィのLKF杯も何とか無事に金メダルを獲得し、3回転や2回転アクセルも失敗には終わったけれど、ターニャはまずまずのできにまあまあ満足げだったので、次のステップにがんばらなくちゃ、と言うところで、グスタフくんとニッキィを乗せて車で戻りました。

しばらく父と母と話していなかったので、電話をしてみるとなんだかいやな予感がしていたのが当たって母が具合悪くなっていました。父の説明ではいまひとつ良くわからない上に、やっと電話口に出た母が別人のように苦しそうに話しているので、日本が8時になるのを待って、母の弟夫婦に電話して見ました。
叔母は、母が風邪を引いているのは知っていたようですが、その後、電話にも出てこないので心配して、9時になったら様子を見に行こうと思っていたところだと言うのです。
本当に叔父と叔母が熊本に引っ越してくれて、助かりました。二人が熊本に引っ越してからは本当に私も安心していられる感じがしています。
しばらくして、また父に電話をしてみるとちょうど叔父叔母が来ているところで、病院へ連れて行こうとしている最中でした。3日以上も食事が全くできなかったようで、体力も全くなくなっているようでした。
その日は点滴をして戻ったようでしたが、翌日も叔父叔母が来てみると元気がないので、また病院へ連れて行き、入院をすることになりました。

と言うわけで、私は心配で、この数日きちんと寝ていない感じです。電話をするにも時差が8時間もあるので、本当につくづくと日本とスウェーデンの距離を感じたこのごろです。

今日は、入院先の病院にも電話をしてみました。院長先生は往診でお留守でしたが、看護婦さんがいろいろと様子を教えてくれました。肺炎にはなっていなかったそうですが、風邪の炎症自体は喉にあった様で、そこから、呼吸ができなくなり、酸素不足になり、と言うことだったようです。酸素吸入をして、ステロイドの点滴をして、昨日の39度の熱は下がり、今日は食事も半分ぐらいは食べたようで、看護婦さんが普段の母のような感じになってきていると話してくれたので、安心しました。昨日はこのままの様子なら大きな病院に移そうと言う話を院長先生がなさっていたようですが、今日の様子ではこのままここで治療を続けようと言う方針にしたということでした。

私は、本当にこの距離を感じました。家族をそのままに飛んでいくこともできず、父の話ではなんだか要領を得ないし、でも、本当に叔父叔母が助けてくれて助かりました。
この叔父は私が小さいころ我が家に住んでいたし、母とは一回りも違うので、私にとっては兄のような存在です。そして叔母も叔母とはいっても、私が小さいころに叔父と結婚して私にとってはまるで血のつながった義姉のような存在です。
年も離れていて外国人との結婚のことを絶対両親は大反対をするのがわかっていましたが、この叔父と叔母には相談することができました。
頑固な父のことも良くわかってくれているので、プライドの高い父は人の助けを求めず、「自分でできる」と言い張りますが、叔母が食事も届けてくれているので、本当に助かります。

今日は、父も少しは安心したのか、素直に(?)ありがたがって叔母の持ってきてくださった食事や果物をいただいていたようです。
ネディと話したがっていたようなので、ネディに電話させると本当に声まで変わって大喜びしていました。

父も咳をしているので、きっと母の風邪がうつっているのだと思います。二人とも80を過ぎているので、風邪と入っても馬鹿にできません。
とにかく健康が何よりの宝です。二人が元気でいてくれないと私も心配で寝不足になって体を壊してしまいます。私が寝込めば我が家のみんなも体調を崩し始めます。

早く良くなってくれますようにと神様に祈るのみです。このごろ神様にお願いすることが多くなっております。。。

ニッキィは来週末、エンショーピングの試合、対戦相手はいるのか、まだ、エントリーが出ていませんが、とにかくその次の週のノルディックスでの予行練習になるようにノルディックスと同じプログラムでやらせるとターニャがおっしゃっていました。
つまり、3回転と2回転アクセルを入れるのです。

ストックホルム杯(Stockhoom Trophyのエントリーが出ました。3月4日から8日まで9カ国から437名が出場するのですが、フィンランドやロシアのすごい選手たちも来るようで、対戦相手が7人の上、ほとんどがひとつ上のクラス(少年15)なので、大変ですが、ニッキィにとってきっと良い経験になると思います。

日本のスケート協会ではメダルを取るために10年くらいの長期計画で強化選手養成のシステムを作って荒川選手やその他の活躍中の選手を育成してきたそうです。
まるで、共産圏時代のロシアのようだと思いました。そんな国に勝てるわけがないな、と思ってしまいますが、インターネットでいろいろ次々と見ていたら、ニッキィくらいの子供が簡単に2回転アクセルや3回転ジャンプをこなしているので、びっくりしました。
審判の詳しい成績表を見ると。たぶん着氷も良かった上にプラス点があちらこちらについていました。どんな練習をしているのかしら。。。

スウェーデンでは選りすぐった選手と言う前に、まず、スケート人口が少なく、特に男子はテストさえクリアすれば、全国大会に出場できるし、こんなところで対戦相手も少なくやっていても井の中の蛙だな、とつくづく思いました。
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# by obreykov | 2009-01-16 21:25 | 両親

2009.01.10 LKF 杯のショートプログラムを終えて

昨日ニッキィは奥歯がぐらぐらでどうしようと出かけていったので、私はニッキィが滑走中に奥歯が取れて飲み込んでしまった夢を見てしまいました。
今日、イヴを日本人学校へ連れて行って、そのままリンショーピングに向かいました。するとガムを食べていたら、ぽろっと取れた、といったので安心しました。

さて、ニッキィのショートですが、最初のトリプルサルコウの三回転に転倒してしまったためにコンビネーションがだめになってしまいました。残念。マイナス1点になり、技術点が及びませんでしたが、アントンのトレーナーが夕食後私たちのところに来て一緒にお話していたのですが、SMのときよりはとてもよい滑走をしていた、と言うことでした。アクセルジャンプしか見分けのつかないフィギュアスケートのことは何もわからない私は転倒してしまうとそれであらあらと思ってしまうのですが。。。
とはいっても小さいマンドゥスくん、転倒なしで、ニッキィとは1点ほどしか差をつけていません。ニッキィは芸術点を沢山もらったので、転倒の1点と技術点の0.01点差は何とか挽回したと言うわけです。
明日がんばらないと危ないぞ。。。
それにしてもダブルアクセルで回転が十分でなくかなりマイナス点をもらうより、1回転アクセルでプラス点をもらうほうが良い点が出るなんて、ちょっと変な感じがします。

どちらにしても、明日、何とかがんばってもらわないと。。。
青少年15歳Bと言うクラスのニッキィと同じ年の同じクラブの男の子、グスタフくん(彼もお母さんは日本人!)とラムティンくんは仲良く1位と2位を取りました!
ヴェロニカとジョセフィーンもショートの後3位と4位にいます。がんばれみんな!
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# by obreykov | 2009-01-11 06:48 | フィギュアスケート

2009.01.09 明日はLKF杯

今週水曜日から学校も始まり、謙は今まで夕方まで寝て、夜に遊びに出かけていたのに、急に6時おきで学校へ行き始めました。
イヴとニッキィも木曜日より学校が始まり、まあ、それなりに早起きをしています。私も木曜日から仕事が始まり、また忙しい毎日となりました。
水曜日は子供たちの音楽のレッスンも始まった上に、イヴのヴァイオリンのアンサンブルでクリスティーナ先生のお宅で練習をして、親たちがそれぞれパイを焼いていき、一緒にその後夕食をするということもありました。
それはそれで、楽しい時間でしたが、忙しい中、ハムとほうれん草のパイを2皿作って、ひとつは家族において、もうひとつを持っていくと言う作業は本当に大忙しでした。

今日はニッキィは学校を早退して車の中でのサンドイッチ、ニッキィとヴェロニカとオリヴィアとでターニャの試合前最後のトレーニングをしていただき、帰ってからは、久しぶりにご飯を炊いておいたので、鮭の照り焼きと味噌汁とで食事をさせました。
16時少し前にお迎えが来て、ニッキィをストックホルム中央駅からリンショーピングまで連れて行ってもらいました。
一向は無事に着いたようです。ヴェロニカなど朝9時からの試合なので今日から出かけて言ったのですが、ニッキィの滑走は昼過ぎなので、私はイヴを日本人学校へ送ってからそのまま来るまでリンショーピングに向かおうと思っています。

ニッキィは三回転のトウループジャンプがどうもいまひとつ着氷できないことが多いので、コンビネーションにもはいっているから、どうなるのか。。。最後にダブルに変更するのか、それはターニャにまかせて。。。
それにダブルアクセルもいまいち正確ではありません。。。
対戦相手はSMのときの2位の小さい選手です。ショートはニッキィと3点弱しか差がなかったので、今回はかなりがんばらないと危ないかもしれません。

このごろ寝不足なので、夕方少し昼寝(夕寝?)をしたら、イヴが何かを訊きに来たとき、まるで朝まで寝てしまったような感覚でした。
さて、そろそろ寝なくちゃ。。。
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# by obreykov | 2009-01-10 08:30 | フィギュアスケート

2008.01.06 お帰りなさいニッキィ

昨日はパパの誕生日。今年は私の具合がよくなかったり、指がいまひとつなので、大きなパーティーはしませんでした。
イヴが得意のメレンゲイチゴケーキをネディと作ってくれました。このごろ私の指のおかげで(?)私は家事をかなりサボらせてもらっています。。。

北の町にスケートの合宿に行っていたニッキィは5日に合宿が終わり、14時過ぎのバスで戻るはずでしたが、あまりに楽しいのでもう少しあちらの選手たちと一緒に過ごさせてほしいと連絡があり、ミッケのお母さんがバスの予約をしなおしてくれました。そのおかげで5日の夜に着くはずが夜行バスを取ったので、今朝6時に到着しました。
合宿などのときめったに携帯で連絡してこない子なのですが、今回は携帯電波がうまく届かないらしく全く連絡なしでした。あきれた!
でも、今朝、とってもうれしそうにいろいろと話してくれました。練習も充実していたようですし、自由時間もものすごく楽しかったといっていました。
ミッケとダンネがいつものようによく面倒見てくれたので、本当に感謝です。

昨日はものすごく冷え込んでマイナス20度近く会ったので、家も暖房が追いつかない感じで室温20度となっておりました。足なども冷え切っていたので、なかなか寝付かれず、やっと寝たかと思うともうニッキィを迎えに行かなければならず、帰ってからニッキィを寝かし、私ももう一度ベッドに入ったのですが、うとうとしたかと思うと電話で起こされてしまい、結局今日はなんだか寝不足。。。

午後は早速15時からヴァーレンテューナでスケートの練習で連れて行きました。紅白でも見ようと小さいパソコンを持っていったのですが、久しぶりにオリビアのお母さんが来たので、おしゃべりに花が咲いてしまいました。

今日は、7時近くに帰宅してから、肉まんつくりをしました。
私の指がまだいまひとつ水につけられない状態なので、使い捨てのゴム手袋をしての作業は結構難しかったので、子供たち総動員で作りました。調子の良い謙は台紙にする紙を切ったのみ。ほとんどイヴが手伝ってくれました。

中身が足りなくなったので、後は中身なしの中華蒸しパンになりました。
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# by obreykov | 2009-01-07 07:24 | フィギュアスケート

2009.01.03 あけましておめでとうございます。

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2009年明けましておめでとうございます。

今年も健康第一でよい一年になりますように心からお祈りします。

我が家では、あわただしく2008年が過ぎ去り、2009年もあわただしく迎えました。私の風邪はすっかりよくなったのですが、指の切開のあとがいまひとつ良くならず、ついつい水仕事をしてしまい、ごく手袋もしてはいるのですが、水に使ってしまい傷口が開いてしまいます。

そんなこんなで、家事や料理はいつもの2倍も3倍も時間がかかる状態でした。
今年もネディも謙も友達との新年会だそうで、二人で別々のところへ出かけていき、イヴとニッキィが家に残り、ゾヤとボヤンが来ました。いつもより人数が少なかったので、かなり落ち着いたお正月を迎えた感じでした。
お料理はアスパラガスのスモークベーコン包み、ひれ肉のオーブン焼ききのこソース添え、にんにくの効いたポテトグラタン、そして、バクラバというあまーいシロップ漬けのブルガリアの胡桃のパイ。12時にはシャンパンとともにブルガリアのバーニッツァと言う福引入りのチーズパイでした。

大晦日に打ち上げられる花火にはたいていの犬は怖がり、精神安定剤を打ってもらう犬さえいるほどです。ミミちゃんもとても怖がり、花火や雷さんや風は大嫌いでした。
でも、ミオちゃんはなーんともない顔をしていました。怖くないのかな。

1時過ぎにお客様も帰宅し、3時ごろには大体の片付けも掃除さえも終わりました。するとネディが楽しそうに帰宅してきました。友達のお父さんが迎えに来てくれて送ってくれたそうです。
謙は私がシャワーを浴びおわり、そろそろ寝ようかとしていた4時ごろ飲みかけのシャンペンを持って帰ってきました。
パパがくれたと言うことですが、あとでパパがこんな高級なシャンペンを持っていって、とあきれていましたが、謙はちゃんとパパが何本か用意してキッチンに持ってきていたシャンペンの中からこの一本を選んでちゃんと「これ持って良いか」ときいたら、パパがチラッと見て「いいよ」と言ったのでした。よく見ないで返事したパパが悪いだけです。。。
それにしてもシャンペンの値段から価値からどこで知るんだろうと言うほど謙はいろいろ知っています。あきれるほど。。。
ネディはピッコロと言う本当に小さなシャンペンを買ってもって行ったのですが、ヨハンナと分けたと言うにもかかわらず、半分ほど残して持って帰っていました。私と同じでお酒あまり好きではないようです。

毎年元旦にはウィーンからのニューイヤーコンサートをゆっくりテレビで聴いて家族全員で散歩をするのですが、今年は謙とイヴが起きなかったのと、ニッキィがアンシャンスヴィークという来たの町にスケートの合宿に行くため私はそのお弁当つくりに前の日から下準備していた鶏のから揚げを揚げて、おにぎりを握りました。
そしてニッキィとネディとパパとミオちゃんと一緒に新年のお散歩をしました。

そのあとはパパとニッキィをストックホルムのバスターミナルまで送って、ミッケとダンネと待ち合わせて3人の男の子は7時間半かかってアンシャンスヴィークまで行きました。
携帯の信号がよろしくないようで、なかなか連絡が取れません。ミッケたちのママに電話すると何とかミッケが連絡してきて無事ついたと言うことがわかり安心しました。
ニッキィはただでさえめったに携帯で電話をしてくる子ではないのですが今回は特に連絡が取れません。
ニッキィとミッケはスウェーデンのスケート協会からスウェーデン代表でノルディックスという北欧とアイスランドの競技会に出場するように言われています。ダンネは補欠です。そんなわけで三人はターニャと集中練習をするためにいきました。

昨日は私もゆっくり古い日本のビデオやネディの持っている日本の映画などを観て過ごしました。ネディが紅白をダウンロードしているので、それが出来上がるのが楽しみです。
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# by obreykov | 2009-01-03 21:54 | 徒然なる生活

2008.12.27 なんとかクリスマスは過ぎて行った。。。

クリスマス前終業の日にイヴが熱を出したかと思うと続いて私の番。二人で体中は痛いし、熱はあるしで今回ほどつらい思いをしたのは久しぶりでした。私はその数日前に左中指に炎症をおこして、薬では治らなかったので、ピアノの仕事が終わるのを待って切開をしたのでした。
それが治る暇もなく今度はインフルエンザ。
家の中は掃除もままならぬまま、私は寝込むことになりました。
クリスマスカードは何とか熱の朦朧とする頭の中書き終えて国内の分はクリスマス前に到着した様子。。。
それにしても大変な日々でした。やっとクリスマスを迎え、友人家族を呼んでいたのですが、それもお断りして家族だけで七面鳥を何とか料理して乗り切りました。クリスマスプレゼントはお金を謙の口座に振り込んで大きなもの(ニッキィのパソコンはお誕生日とクリスマスを一緒にということで決まっていたのです。)だけ謙に頼んで用意したら、結構子供たちがそれぞれにクリスマスプレゼントを用意しており、クリスマスツリーの下にはたくさんのプレゼントが置かれておりました。
風邪もなんとか峠を越したと思った日には今度は物凄くおなかが痛くなり、トイレに泊まったような一夜を過ごしました。
もう、しっちゃかめっちゃかな休日でした。。。。。
健康が第一。それ以外は何もいらないとつくづく思いました。
いまだに身体の調子が元に戻らず、ミオちゃんとの散歩もふらふらします。しっかりしなくちゃ。
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# by obreykov | 2008-12-27 21:28 | 徒然なる生活

2008.12.10 ニッキィのフリープログラム


ここにニッキィのSM(スウェーデンフィギュアスケート選手権)のフリープログラムがあります。
正面からの撮影でないのが残念。。。
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# by obreykov | 2008-12-11 01:58 | フィギュアスケート

2008.12.06 ニッキィ、スウェーデンチャンピョン、おめでとう

今日ほど、落ち着かないドキドキした日はありませんでした。
ニッキィのフリープログラムが本日で、2位のマンドゥスとの得点差が3点ないくらいだったので、初めてのこの選手は怖いもの知らずで結構うまくいき、プレッシャーのあるニッキィが失敗したら。。。なんていろいろ考えると私のほうがドキドキしていました。

でも、第3滑走ではじめの二人の選手も良く滑っていたので、あれあれ、と思っていましたが、ニッキィはほとんど大きなミスなしで、会場を十分楽しませていたようで、その感じがこちらまで伝わってきて、私は涙が出る寸前でした。

結果を聞くとなんと97.67という自己最高得点を取り、2位から大きな得点差をつけての1位でした。ニッキィのクラスでのスウェーデンチャンピョンです。
しかもニッキィのひとつ上のクラスの1位の選手、マルクス(去年ニッキィの後に続く2位になった選手です。)よりも良い得点でした。

終わってから、本当にうれしくて涙が出そうでした。
その後のペアの演技を見ながらじわじわと感動が湧き上がってきました。
すれすれで1位になったり、失敗が多くてやっと1位になったのとは全く違ってよい出来だったので、本人もうれしかったことと思います。

本人は大きなお兄さんたちと一緒に今晩はパーティーがあったし、今も、みんなと一緒で楽しくてたまらないようで、私たちのところに来ようともしません。

私たちは試合の合間にトレーニングも見学しました。シニアの男子のトレーニングですが、もう、惚れ惚れするほどの滑走で、ネディと興奮しました。
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# by obreykov | 2008-12-07 06:52 | フィギュアスケート

2008.12.05 ニッキィお誕生日おめでとう

ニッキィは、今日で13歳。今は、リンショーピングのスウェーデン選手権SMにきていてホテルの小職のときや、スケート場でちらちらと会うのみだったので、携帯電話にまず「おめでとう」と書いておきました。
照れ屋のニッキィは朝食のときも、ママたち絶対僕たちのそばで食べないでね。通りがかりにいいに来てミッケや、サーシャ マヨロフ(Alexander Majorov)などと一緒に食べていました。このサーシャ、去年は怪我で出場できなかったけれど、ついこの前のザグレブの大会ではアードリアンより良い6位でアードリアンが7位と言う成績を上げました。
それに、今年はストックホルムのアントンもシニアになったので、本当にわくわくする試合でした。

練習を見に行きましたが、もう、あまりにかっこよくて、どの選手もかっこよすぎでネディと二人興奮しました。
その後はニッキィたちの練習でしたが、なかなか調子が良かったようです。

話が前後しますが、昨日の試合はニッキィが1位、マンドゥスという選手が2位、得点差が2.87しかありません。そしてアントンが3位となっています。
ニッキィはいつもと違う滑走をしたので、あれあれと心配しました。後で聞くと、ルーツを飛び忘れて、自分でもあれあれと思い、ステーグの後にルーツを入れて何とか切り抜けたそうですが、ターニャはその後キスアンドクライで笑っていたので、なんていっていたのか聞くと、もうこんな失敗しないで、心臓麻痺を起こすところだったから、といったそうです。
やれやれ、パニックにならずに何とか切り抜けてくれたので良かったけれど。。。

明日はどうなることでしょう。何とか1位を保ってくれればと思います。。。神様、お願いします。

ローニャと大きいグスタフのペアのショートも今日でした。途中で音楽がおかしくなり、やり直しと言うハプニングがありましたが、本当に二人とも取っても上手になっていたのでびっくりしました。

シニアの男子はもう、あまりに素晴らしすぎて時間が止まってくれたらよい、と言う感じで見ました。どうなるか本当にわからないくらいみんな上手でしたが、やっぱり、ベテランのクリストッフェルが1位、アードリアンが2位、しかもたったの1点差で!そして、サーシャ マヨロフ、4位にはなんと今年からシニアクラスになった、ストックホルムのアントンでした。惜しくもジミーは怪我から復帰してとてもよく滑ってはいましたが、5位でした。
あさってのフリーが本当に楽しみです。
それにしてもみんなの演技はあまりにも素晴らしく、とても楽しませてくれました。
ネディが沢山写真を撮ったので、ゆっくりまたここに載せようと思っています。
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# by obreykov | 2008-12-06 08:04 | フィギュアスケート

2008.12.03 ニッキィはスウェーデン選手権へ

今日は、ヴァーレンテューナで、アイスのトレーンングをしてから、午後、ヴェロニカとトレーナーのターニャと汽車でリンショーピングまで行きました。
私は、なんだかやっておく仕事が沢山で、頭の中が謙に言わせると「ママの頭の中、ハムスターが走り回っているみたい。」と言うことだそうですが、全くその通りと言う感じです。

さっきニッキィと電話で話しましたが、スウェーデン全国の選手と会ったりして楽しいようです。大きな試合で会う選手たちなので、久しぶりに楽しそうです。
抽選会も終わり、ニッキィは第1番の滑走になったようです。ニッキィは第1番の滑走に慣れているので、良かったかも!
とにかく、怪我のない様、また、風邪など引かないよう、元気に滑ってくれるのを祈るのみです。

神様、またお願いすることが増えてしまいました。
明日、仕事の後ネディとリンショーピングまで駆けつけて応援に行きます。

スウェーデン選手権の情報はここのリンショーピングスケートクラブのホームページにあります。左のブルーのSMのところをクリックするといろいろな情報が出てきます。
今年は写真入の選手の紹介がないので、残念。。。
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# by obreykov | 2008-12-04 07:24 | フィギュアスケート

2008.11.28 息つく暇もないままに11月も終わりに

題名の通り、本当に息つく暇もないような毎日が過ぎていきました。
前の日記で雪がミオちゃんにはじめて降りましたが、そのころ、イヴは熱を出してしまいました。17日からはプラオといって職業訓練とでも言うのかしら、いろいろな仕事場に行って実習をするというのが中2、中3であります。前回はスーパーで過酷な仕事(?)をしたのでしたが、今回はできるだけ別の種類の仕事と言うことで、友人のおすし屋さんにお願いしたのでした。ところが、日曜日から熱!知り合いだったので、良かったのですが、本人も楽しみにしていただけに本当にかわいそうでした。
解熱剤、蜂蜜生姜湯、ビタミン剤、レモン、などなどありとあらゆるもので何とか治して水曜日から出かけました。
水曜日の朝は私も時間があったので、友人とほんの30分お茶をするのもかねて、おすし屋さんまで送っていきました。ほんの30分でしたが、私と変わらないくらい息つく暇もないような友人と会って、二人で愚痴をこぼしあいながら本当に充実した30分でした。
同じ事を金曜日もしました。うれしい!
イヴと言えば、蜂蜜生姜などが利いたのか、すっかり元気になって、握りができるようになったと大得意になって帰ってきました。
しかも、最後の日には握り方も教えていただき、自分で握ったお寿司もお土産にいただいてきました。

22日の土曜日はこちらは大雪が降りました。子供たちを日本人学校へやり、ニッキィはウプサーラという街でリネー(日本で言うリンネのことです。リンネがこの街に住んでいろいろな植物の研究をしていたのです。)杯があり、お昼前に早退して大雪の中私たちはウプサーラに向かいました。
試合の前は日本人学校へ行かずに準備運動や気持ちを落ち着かせたりしたかったのですが、あまりに日本人学校を休みすぎることになるため、ものすごいストレスで行きました。
3回転とダブルアクセルがプログラムに入っているのですが、転倒しても何でもそれをするようにと言うことで、案の定転倒してしまいました。
翌日のフリープログラムも同様で、3回転などの着氷ができませんでしたが、意外なことにターニャは良くできたと褒めていたので、びっくりしました。
トレーナーはジャンプの出来だけでなく、スケーティングなども総合してみて評価をするのだろうと思いますが、私たち素人は転倒するともうすべてだめのように感じてしまいます。

まあ、いつものように対戦相手がいなかったので、1位ではありましたが、得点のほうはいまいちでした。ただし、今回は誰もが得点が悪かったと言って、これも審判がどんな評価をするかであって、いくら新採点方になって公平になったと言ってもなんだか眉唾物だなと思ってしまいました。

ものすごい吹雪の中約1時間運転してすっかりくたびれてしまいました。
その上土曜日の夜は友人の65歳の誕生日に呼ばれており、夜遅くなってしまったので、私は本当に辛いパーティーでした。あくびするわけにも行かないけれど、日ごろの寝不足も手伝って睡魔との闘いという感じでした。

イヴの風邪以来その辺でも沢山風邪がはやっているので、SM(スウェーデン選手権)の前にニッキィが病気にならなければ良いとそればかりを神様に頼んでいたのに、案の定、ウプサーラから戻るとニッキィも38度の熱が出ていました。
本人もそれだけはいやだったのか、私に熱はないなんて嘘をついていたのですが、熱のある顔をしていたので、すぐにわかりました。

私は自分が風邪を引いたとき、どうしても今は風邪なんか引いていられない、と言うようなときにはみんなは信じられないだろうけれど、蜂蜜生姜湯や、オレンジや、キンカンや、念力で治します。
もうひたすら、治さなくちゃ、神様、お願い、と念じるのです。
それをニッキィが寝ているとき、ニッキィのおでこに私の手を当てて、この手の中に熱が入ってニッキィの熱が下がりますように、お願い、早く治って、と念じました。

それが効いたのかどうかはわかりませんが、翌日は37度に下がり、その夜は36度台に下がり、水曜日からは学校へ行き、トレーニングも始めました。
昨日のトレーニングは私もついていって見ていましたが、まだ本調子にはなっていないようですが、ひどい風邪にならずにすみ、本当に神様仏様に感謝しています。

私はと言うと、月曜日と火曜日のヴァイオリンの伴奏では、同僚がいなかったので、私一人で伴奏しつつ、ヴァイオリンの指導もしなくてはならず、かなり疲れました。
でも、今はクリスマスコンサートへの準備なので、ひたすら練習のみで、あまり新しいことを教える必要がないので、何とかなりました。
音大時代に弦楽器、管楽器の授業もありましたが、今に思えば本当にそんな授業に出ていて良かったと思います。あの当時は将来使うここともないだろうけれど単位を取らなくちゃ、と思って出席していたのですが、こうして今になって本当に役に立っています。
希望をすれば第二楽器としてヴァイオリンを習うことさえできたのに、それはさすがにしなかったのでもったいなかったなと思います。

水曜日にはパパが再びブルガリアへ行きました。ニッキィのSMのときは必ず留守です。。。まあしょうがない、以前はいちいち頭に来ていたけれど、もう慣れました。頭にきても解決しないので、無駄にいらいらしない方法をとることにしました。結婚記念日に留守をしていることもやっぱり、全く気にしないでいられるほど私もまだ成長はしていないものの、以前ほどがっかりしたり、頭にきたりしないようにしたら、ずいぶん楽に感じました。
「ものは考えよう」と、よく言ったものです。

パパがいないので、と言うわけでもないのですが、昨日は我が家でお寿司をしました。私は、巻き寿司係、イヴが握りの係りです。
材料は限られていて、鮭ときゅうりと、卵のみのちょっと貧乏なお寿司でしたが、イヴがお寿司やさんで学んできた握り方で、本当に板さんがうちに来たようなムードでした。
いつもはみんなで握るのですが、おにぎりの様な大きさになったりしていたので、イヴが大笑いして「みんな、どきなさい」と腕まくりをしたので、今回のにぎりはイヴのみがしました。
謙の特大握りは自分で責任を持って食べること、と言って本人に食べさせました。

何が忙しいのかわからないけれど忙しい私は昨日なんて、なんだかあまりの忙しさに古いパソコンが情報を処理しきれずに「じゅぐじゅぐ」言っている様な感じで、私の頭の中も」じゅぐじゅぐ」言っていました。
パパがいないので、ちょうどフォードの車の修理をしなくてはならないのですが、その予約が入っていたので、私が車を置きに行って、昨日出来上がったのを取りに行きました。
そんなパパの仕事も私がやったから、スーパーマンのように忙しさも倍増した感じだったのです。
忙しすぎて焦りすぎてか、頭が痛く、特に耳の後ろの辺り、うなじの辺り、などが変に痛いと言うか、重いと言うか、なんともいえない感じがあったので、隈膜下出血にでもなるんじゃないかと心配しました。

ニッキィをスケート場へ連れて行き、火曜日、木曜日、日曜日のスケート場は家からちょっと遠いので、いつもスケート場のカフェテリアで何かしたり、友人としゃべったりしてゆっくり過ごすことにしています。
昨日はゆっくりとSMにニッキィと行くヴェロニカのご両親と話したり、その後はパソコンを広げて、やらなくてはならないたまっていた仕事を片したりしていたら、気持ちが落ち着いてきました。
やっぱり、人間はあまり大急ぎで沢山のことをこなしすぎてはいけません。息せき切って過ごしていはやっぱり、体に良いわけありません。
でも、1日24時間と決まっているので、やることが沢山あるとどうしても息せき切って髪振り乱して駆けずり回らないと間に合いません。
睡眠も十分にとらないといけないのに、どうしても間に合わずに夜遅くなってしまいます。

でも、昨日は朝の仕事が午後に変更されたので、朝、ミオがソファーで寝ていたので、その横に私も横たわって寝てしまいました。ミオちゃんの体温が湯たんぽのようでなんと気持ちよい昼寝ができたのでしょう。ほんの40分程度でしたが、とっても良い昼寝でした。

ミミちゃんはソファに乗ってはいけないということを知っていました。でも隠れて乗っていたのですが、見つかると、目を細めて、とっても恥ずかしがりながら、まるで「ごめんなさーい」といっているような様子で降りていって隠れておりましたが、ミオちゃんはまだソファに乗っちゃいけないということを知らないので、しかも誰もだめなんて言ったこともないから知る分けないのですが、我が物顔でこちらのソファからあちらのソファに乗って堂々とお昼寝しています。

子供たちも、謙などに言わせるとだんだん私は子育てに疲れてきて、小さい子の躾はしなくなった、ニッキィなんて最悪だ、何の躾もされていない、自分たちが小さいころは躾が厳し買ったのでこんなに良い子に育っている(ホントか?!)のだそうですが、犬も同じで、なんだかめんどくさいと言うか、かわいすぎると言うか、もう何だって許せちゃうって言う感じなのか、これじゃあだめだなと思っているところです。
でも、ソファで一緒になって寝たりするのは結構暖かくて気持ちよいので、これは良いか。。。

雪が沢山で本当にきれいだったし、犬の散歩後もとても楽だったのですが、水曜日よりすっかり暖かくなってしまい、解けてしまいました。
すると雪解けは本当にひどくて、犬の散歩後のシャワーがまた始まりました。。。
一度大雪が降ってラッセル車が道をきれいにした後は雪は降らずに毎日マイナス2度程度、と言う日が続くと言うのが私の願いなのですが、どうもうまくいきません。
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# by obreykov | 2008-11-28 17:32 | 徒然なる生活

2008.11.16 犬は喜び庭駆け回り。。。

まさに歌の通り、雪が降って大喜びの15週のMioは大喜びでボールや木の枝で一人遊びです。

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# by obreykov | 2008-11-17 06:40